やや話が広がりすぎたが
さてさて前回はずいぶん大きなテーマまで展開をしてしまった。私の意とするところは、我が国に押し寄せる西欧文化の勢いに対して、「日本文化の育んできた独特のセンスを見失うな」というだけで良かったのだが、書いている私の文が著者のコントロールを越えてやや暴走をした感がある。
ただ、今回の文を書こうとした当初のきっかけは、原子力発電を利用して良いか否かというテーマに続き、その後も目の前に重要な問題となり得ると予想されるネルギー資源の確保、あるいは急増する世界人口の膨張を前に食料確保、さらには地球温暖化や環境汚染などの諸問題に、独自の判断を示し得る日本人として、考えなければならない基本があるのではないか、という問題意識だった。そんな自分の着眼点を思い出し、その課題に「日本文化の育んだ貴重な発想の復活が大切だ」と思っていたので、原点に還り、そんなところにちょっと触れて、結論の進むべき方向を求めて、この文を締めくくることにしよう。
日本と西欧文化には、前提の違いがある
以下私の述べる文は理屈くさいので、関心の無い方はここからは飛ばして、次の小見出しまで飛ばして進まれたい。
戦後わが国では、個人が思うままに活動し、欲望のおもむくままに生きることが新しい時代の新しい生き方であるとの教育が行われてきた。まるで野獣のように本能的に生きるのが理想という発想に近い。私はその考え方そのものの大前提が日本的でないと受け取る立場にいる。
我々が戦後、普遍的原則であると教えられた「人は生まれながらにして平等だ」との原則、「個人の自由は天が与えた権利である」という自由・平等の原則を、人間社会に最初から存在しているものだと無条件に信じるのは、私は非現実的だと思う。生まれつき頭の良いもの悪いものはいる。体力に恵まれたもの病弱のものの格差もある。意志の強いもの弱いもの、特殊の才のある者ないもの、敏感なもの鈍感なもの、持って生まれた不平等は明らかに存在するし、生まれた環境にだって大きな差がある。それが最初から存在しないなどという断定は一般では通用しない。
こんな法則が無条件に西欧(日本を占領した米国)において教えられ、日本人にも同じように教えようと計画された背景には、米国がプロテスタントのキリスト教文化の国であり、全国民にキリスト教の信者相互の間に共通の文化の土壌があったから通用したことという条件を見落として日本に教えようとしたミスだったと思う。言葉を換えれば、全員が全能の神・ゴッドの信仰者であるという共通の土壌が存在する上でのみ、これは教育の原則としてありえたのである。
だが日本は彼らにとっては異教徒である別の「日本の神」の信仰の基に作られてきた社会である。彼我の文化の差を明瞭にわきまえないで、こんな教育を押し付ければ、それは迷信を強制的に教え込ませて、その国の文化を破壊することになってしまう。
人間には一人とて他人と同じに生まれるものはいないし、平等は現実ではなく我々が追求すべき理想の姿にすぎないと解釈するのが、一般的には冷静な観方だ。それが既に存在すると西欧人が言えるのは、聖書における全能の神・ゴットとその信者の関係を前提にしているからだ。それは全能のゴットとゴットに選ばれた選良=信者の間で、ゴッドに与えられたという論理の上の作られていることに気づかねばならない。だが、日本を占領した米国はその違いを見落として、そのまま日本に彼らの思想を押し付けようとしたし、前回に触れたように、明治以来、急速に欧米に傾倒するようになった日本在住の「洋魂洋才」にいつしかなってしまった知識人たちも、そんな彼我の違いに気づくほど本物の西欧文化を理解していなかった。
これを知って冷静に見れば、西欧文明の平等の思想の出発する根拠は、人の生まれた性分にはおのずから差があるし、環境や身分の差があることを否定したものではないことにも慎重に考えれば気がつく筈だ。ただ違いがあっても人間相互の能力差などは、ゴッドと自分らとの圧倒的な違いに比べれば、ほんの僅かな凸凹に過ぎないではないかといっているのに過ぎないのだ。ただ地上に住む人々の間の能力差や環境、財産などの高低の格差は、天にある全能のゴッドと地上の信者たちの間にある想像を絶するくらいの差に比べれば、ほんの僅かのちょっと高い低いなどという小さなものになり、もうそれは誤差とみなしてもよい細かな差にすぎないというのがキリスト教などの捉え方だ。
ゴッドと人間との格差をみる視点の前では、信者相互の格差がいくらあっても、それはゴッドとの距離との対比で見れば、あまりにも小さく、無視してほぼ平等の距離とみなしてもよい。平等の方程式はそこからが成り立ってくる。だから人々(ただし信者たちどうしに限る)はおのずから平等であるとの論が生まれる。
その発想が基になり、西欧では自然法などの論理概念も生じてきた。それには同じセンスがあるのだが、その捉え方は、我々日本人の抱いてきた神道や哲学とは、発想法においてかなりに違っている。
○
我々日本人の文化は、この大自然のあらゆるもの、動物ばかりではなく、草木も山も川も石も天気も太陽も星もすべてが霊性を持つ混沌の中から宇宙を生んだ結びの神の作られたものと受け取る神話に基づく発想から成り立っている。それら作りなされたものはお互いに八百万の神々という霊性につながっており、調和しあって我々の環境・大宇宙ができている。人間だってそれらの一部分としてそんな調和の中に存在しているのは勿論のことだ。そんな哲学が先祖たちによってたてられて、我々はこの認識に立って生きてきた。だから全てのものが結びあっているこの世界は、我々の神が作られた宇宙であるから、その構成要素である我々も、あるがまま、組成を壊さず大切に次世代に引き継いでいかねばならない。またそんな万物それぞれに霊性があるのだから、それらの霊(神)が満足されるようにひたすらまつりをして、神々にあるべき姿に落ち着いて機嫌よくしていただく。我々は良き恵みを求めてまつりをするが、それもそんな調和を作られた神々の御機嫌を取り、精一杯の配慮を戴きたいという儀式なのだとする。ちょっと神道の解釈としては雑だが、また理屈の世界に入って分かりにくいかもしれないが、大まかにいえばそんな発想から出発している。
西欧の自由の原則は、全能のゴットがひたすら信仰する自分の形に似せて作った人(信仰する人間)との関係で語るところを基本としている。そしてゴットに絶対的に服従する、ゴットが格別に可愛がる人間に、造物主として特別に万物に対して支配する権限を与えたという信仰につながっている。
西欧的常識がなかったので
さて、敗戦で占領軍によって過去の日本の思想教育が否定され、国への忠誠心ばかりではなく、日本の神々や、家庭の習慣、そこから生まれた集団の秩序意識、家族主義や長幼の序列や先輩への接し方までがまとめて教育を禁止されたので、日本では国民の社会意識の解体、集団を構成する秩序意識崩壊の傾向などが一挙に進んだ。在来の日本人の暮らし方は、ことごとく反動的な古いものとされ、個人の自由を束縛する封建的な遺物だと否定されたので、日本人の集団として生きていく暮らしは一変した。私はこれにより、日本人社会は集団から、ただそこに集まる「群れ」にすぎないものに変質したと思っている。
人間の幸せを求める心を、他人を押しのけてでも求めるのが自由だと教えられ、さらにこれとは論理はつながらないのだが、別に平等教育も行われた。平等教育では競い合って努力することまでを否定し、無差別に平等を徹底させる教育で、幼稚園や小学校での運動会で、皆が手をつないで一緒にゴールするようなおかしな競技風景までが導入された。平等思想の基本に、日本人はキリスト教倫理の教徒の持つ生活常識などは持っていない。たとえば「男女同権」などは、役に立つべきところはほとんど何もなく、勘違いした日本人が急増して混乱し、おかしな日本を作り上げる結果となった。
また戦後の日本が敗戦により、物質的にも食べるものも着るものも不足し、寒風に飢えているような中にあって、当時の米国の豊かな生活ぶりを見せられ、アメリカのまねをして生きていけば、こんな豊かな暮らしができると言わんばかりの宣伝は、日本人の心を大きく揺さぶった。日本が先輩や親や集団の指導者などが率いる家庭や地域集団、会社や国などのことを優先し、自分の贅沢を本気で求めなかったからこんな米国みたいな生活ができなかったんだと教えられ、日本人は好況への道徳や仲間に対する配慮、将来に向けての蓄積なども考えずに、ただものをたくさん使用することが幸せだと思う日本人の判断基準が固まってしまった。
それまでの「贅沢は敵」というスローガンから「贅沢や無駄遣いすることが幸せ」という使い捨て文化の発想、単純なものの考え方が社会の中に強く意識されるようになった。日本人の生活感は日本文化の「子孫のために美田を遺す」という精神風潮とも結びついていたが、この構造が占領政策として破壊されたために、国民はただ現在の物質的贅沢と享楽を求める姿勢が著しく強くなった。社会が集団から単なる群れになったような状態であった。
先輩や先祖の作った遺風を否定し、今を楽しむ。日本人はそれまで国の総合面の発展のためにと懸命に国民教育の徹底、今のぜいたくよりも未来の発展を目指して勉強し、蓄積をして励んできたが、その力がすべて現在の生活の物的向上に向けられるようになってきた。それは敗戦によりすべてを失い、壊滅的な状態にあった日本経済の回復には一つの力になった。日本には敗戦まで、国の急速な成長を目指して勤勉に働く教育が徹底され、技術能力を磨くための教育にもかなりの力が入れられて来ていた。それらの大きな生産力も戦後の経済復興の大きな力になった。朝鮮戦争の勃発による特需による景気をきっかけにして、戦後の日本が急速に経済成長を果たし、明治以来の日本が夢見ても果たせなかった大きな国際的進出を果たし得たことはいまさら説明する必要もないだろう。
日本らしい個性が消えてしまって。
明治時代の初め、日本が鎖国を解いて開国したためにやってきた多くの西欧人は、整然とした日本の風景に感心して、多くの記録を残している。それらに共通する大きな驚きは、日本人が自然環境と密着した生活し、日本には自然の破壊がないことだった。江戸のような大都会でも、山から流れてきた美しい水が市街を潤し、人はその水で生活している。洗濯や調理、糞尿などは見事に再利用され、畑の肥料などに回されていたし、街にごみなどはあふれていない。家は木造だが古いものでも大切に維持されていて、無残な廃墟や荒れ地などは見当たらないし、森や林、野や畑も青々と生きている。神社や寺は生きているし、人々は質素だが、自然を楽しみながら暮らしている。そんな姿が描かれている。
日本人の文化意識、自然と人の共生の姿が見事に生き生きと再生され続けていた。
日本人は自分らも自然とともにその一部として生活をしてきた。それは西欧文明が日本に大量に取り入れられるようになった近代日本社会においても変わらなかった。人々は助け合い、共に働き、自然の恵みを大切に使って、また自然を味わいながら生活をしてきた。
だがそれが急変したのは戦後のことである。日本社会に生きていた日本風の価値観が崩れて、自然と共生していくのではなく、人々に自然と競い、それを押しつぶし破壊してでも欲望を満たす生活の傾向が濃厚に出てきた。
いまの日本人の生活は、自然を大切にし、自然を掌る神々に祭りをし、その恩恵の中に我々も生きていくという謙虚な姿勢が見られなくなったと言われる。自然の恵みを大切に生きる姿勢もだんだん影が薄くなってきた。日本人は昔から連れ立っての旅が好きだ。新しい風物に接し、新しい郷土の味を楽しみ、土地の風情を楽しむ民族である。だが今の日本の観光事情を見るがよい。かつては土地土地の匂いを感じさせた郷土料理などは見る影もない。看板こそは同じものが掲げられているが、過去の日本そばなどがおいしく有名だったところに行って郷土名物の山菜そばを注文すれば、中国産のそば粉をこねて、同じく中国輸入の山菜を載せた「山菜郷土料理」を食べさせられる。多くの人が土産に買う名物が、外国や大都市で造った、訪れた郷土とは似てもつかない土産品だ。個性的な日本の良さは、いつの間にか資本主義化、西欧化の流れの前に消えてしまった。
こんなことになったのも、日本の地方都市は軒並み人口や産業の大都会での集中の前に崩壊し、実は街そのものが無くなってしまいつつあるからだ。人々の各地の消費生活を賄っていた商店はなくなり、ところどころに残る無機質なコンビニが、残った人々の日々の暮らしを大量生産の無国籍食品などでつないでいる。地方特有の個性を残す産業もつぶれ、伝統技術も怪しくなった。若者たちは村を捨て、残るのは行くあてのない僅かな老人だけになった。ところどころに「観光地」と称する街は残っているが、もう、郷土の個性を残す産業は消えてしまって残っていない。
翻って人の集まる大都会を見ても、いまの日本には昔のように個性を残す商品はまれだ。均一化された使い捨て商品と、どこでも手に出来る大量生産品の飽食の中に暮らす文化に変質してきた。ファッションの宣伝に「オリジナル」とか「個性的」などという言葉がひどくはやる。こんな言葉は昔は手作りの注文生産時代の商品を指していた。だが今はこんな言葉が大量生産の売り言葉にされ、個性的商品といわれるものだが何十万も売られている。同じ「個性的」という宣伝で売られた服を着た何万人の人が並んで歩く大都会だ。
おかしなものの考え方
そんな中、日本を失ってきた日本でも資源の枯渇、来るべき時代の食糧危機などが騒がれるようになってきた。自然(地球)全体のバランスが人間の需要のために枯渇して、深刻な時代が目の前に来たというデータがそろいだした。先に触れた原発に頼らねば電力の需要を満たしきれないという問題なども、大地震で偶然起こったように見られているが、偶々こんな事故があったために表に出た、日本のかつてのリサイクル経済からはみ出し、神の知らないものを人間が作り始めた特殊な部門のその一つだ。こんな問題が起こると、需要が大きく増加して、このままでは我が国は深刻な時代になるとの危機をあおるような宣伝が起こっているのがいまの日本だ。
これを聞いて、将来の日本を限りなく汚染して、深刻な問題を巻き起こすことを知りながら、原発は続けるのもやむを得ないなどという国民の声も強いという。
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需要はほしいままに放置すれば際限もなく増える。それは人間には際限もない物欲があり、当然のことと思われる。昔の我が国では集団生活方式でいたから治安も恐ろしく良かったし、開放的な家を建て、夏は涼しい風を取り入れ、冬はちょっぴり厚着をして、林業で余った間伐材などを用いて炭などを作り、こたつや火鉢で過ごしていた。だが最近はどの家も戸をしめ切り、夏は冷房、冬は暖房で暮らすようになった。家の外に、夏は冷房で周りをいっそう暑くして部屋の中だけを極端に冷やし、吸い取った熱をまき散らし、冬は寒風をまき散らす。町中舗装して道路も建物も、水も通さず木立ちも枯らし、暑いときには周りを温め、寒い時にはその反対だ。どこででも元気に表で遊んでいた子供たちは、家にこもって電気をつけて、ゲームやテレビなどに興じている。街を歩いても子供の遊ぶ姿はめっきり減った。どこの家でも食料を大きな冷凍冷蔵庫に入れて、冬でも豊富な電気で冷やしておいて、食べるときには加熱する。家の明かりも街灯も、昼間のような明るさだ。工業生産で膨大な電気を使うその上に、こんな需要も年々増える。
こちらに手をつけることが無くては、電力など、足りなくなるのが当然なのだ。だがこんな事態を需要はそのままに確保して、それを大前提にしたままに供給だけを確保しようとする電力問題の検討など、発想自体がおかしいのではないか。
こんな話は増え続ける人口を前に、資源問題全体に、急速に我々に覆いかぶさってくるだろう。時代は自然環境のことを考えずに、人間がこれ以上、暴走することを許さぬ時代になってきたのだ。
他の宗教を批判するのは本意ではない。西欧的発想を変更するのは大変だろう。だが、それらも時代の流れを見て人間が、これからも穏やかに生き続けられるものに代わっていってくれることを望んでいる。
ただそんな中に、自然の動きを最も大切な柱として、その中で人間の暮らしを調和させ、いやさかに暮らしていくことを基本にしてきたわが文明が、たった一つでも消えるところの寸前で世界に残っていたことが、大きな今後を狙う切り札になるのではないか。
日本の文化意識の基本になる神道は、西欧からは時代遅れの「アミニズム」として過去の文化の遺跡であるかのように言われてきたものである。だがこの自然を眺め、自分らの生き方を眺める謙虚な姿勢が、私は今後の人類が生きていく中心になると確信している。
人間は過去の時代の地球を一時は制覇し、そして突然滅びて行った恐竜やマンモスと同じコースをたどってはならない。絶滅危惧種になってはならない。まだその知識の集積は地球全体の雲一つを動かすだけのものになっていないけれど、これからは従来の西欧文明の一部には見られたおのれの分際も知らずに思いあがる欠点を改めて、あらゆる地球と共存する道を探るべきだと私は考えている。
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