めんどりおばあの庭

エッセイと花好きのおばあさんのたわ言

山 桜

2015-02-04 17:03:17 | 日記
                                  
菜の花の便りがちらほら届きます。
 懐かしいですね。
 少女の頃、菜の花畑でモンシロチョウを追いかけて遊んだ事を思い出します。
 菜の花畑の向こうにはふんわりと山桜が咲いていました。
 あのときの景色、昨日の事のように思い出されます。



 今日は、私の拙いエッセー『 時間の扉 』から、「山 桜」を抜粋させて頂きます。
 親元を離れて、祖父母に育てられていた頃の思い出です。

         山  桜
 縁側に腰掛けた私は、遠く春霞の空の彼方に浮かぶ薄紫色の霧島山を、ぼんやりと
 眺めていた。
 「そろそろ、桜の塩漬けを作りましょうか」
 「ほう、もうそんな時期か」
 奥の茶の間の方から、祖父と祖母の静かな話声が聞こえた。
 「さくら・・・ そうだ」 
 私の脳裏に一本の山桜が浮かんだ。
 私は急いで、靴脱ぎ石の上の赤い鼻緒の下駄を履いた。
 門を出ると、屋敷に沿った裏の細い山道を登って行った。
 10歳の私は、山道の両側から垂れている木の枝に掴まりながら登って行った。
 歯の磨り減った下駄を履いていたので小石で滑って大変だった。
 屋敷の屋根を見下ろす位置まで来ると、目の前がぱっと開けて、広い台地に出た。
 菜の花畑と麦畑が黄色の絨毯となって遠くまで広がり、そのずっと先の林の中に
 大きな山桜が薄桃色の雲となって浮かんでいた。
 菜の花には数え切れないほどのモンシロチョウが群れ遊んでいた。
 菜の花畑は孤独な私の楽しい遊び場所であった。いつもならば、蝶たちと鬼ごっこを
 するのだが、きょうはどうでもよかった。
 麦畑の中でさえずる雲雀たちにも関心がなかった。
 何かに取り付かれたように、薄桃色の雲を目指して歩いた。
 林の前で、私は立ち止まった。
 森閑とした杉木立の中に、その山桜は大きな桃色の枝を広げて立っていた。
 私は一瞬たじろいだ。今まで、林の中に一人で入ったことがなかった。
 あたりを見回すと人影は見当たらない。
 林の奥から鳥のさえずりが聞こえてくるだけであった。
 私は、山桜に誘われるように林の中に足を踏み入れた。
 近くで見る山桜の幹は抱えきれないほどの大きさで、枝は桃色の振り袖のように
 垂れ下がっていた。
 見上げると幾つものふんわりとした花の雲が重なった上に、わずかな空があった。
 じっと見上げていると、そのまま自分の身体が浮いてしまうような錯覚にとらわれた。
 私は背伸びをして、花を摘みはじめたが入れ物を忘れたことに気がついた。
 幸い、スカートにポケットが付いていた。その中に摘んだ花を押し込んだ。
 山桜の根元に生えていたノイバラの棘が膝を引っ掻いたが気にならなかった。
 突然、林の奥で鋭い鳥の鳴き声がした。私は恐怖に襲われた。グリム童話に出てくる
 魔法使いのわし鼻が浮かんだ。
 桜の花を握りしめ、慌てて林を飛び出した。山桜を振り返ることなく菜の花畑を
 駆け抜けた。途中、何度か、下駄が脱げた。
 山道を転がるように駆け下りて家にたどりついた。
 私は息を弾ませながら、祖母に山桜の花を得意げに差し出した。    
 「あら、まあ、ありがとう。いい匂いだこと」
 無残につぶれてしまった山桜の花はふくいくした香りを放っていた。
 それはあの林に漂っていた香りだった。
 
                 
 台地一帯と山は母の実家の土地だったので、暮れに叔母にくっついてお正月用の
 松やウラジロなどを探して山に入ったことがある。
 桜の季節になるとあの大きな山桜を思い出す。そして、親と離れた孤独な少女を。
 森閑とした林の中で、山桜を前にしてひとり立ち尽くしていたおかっぱ頭の自分を
 とてもいとおしく思う。
 あの山桜のあった林は消え去り、体育館とグランドが出来ていた。
 しかし、山桜は、私の心の中にいつまでも咲き続けている。
 
 
コメント (6)
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