東京さまよい記

東京をあちこち彷徨う日々を、読書によるこころの彷徨いとともにつづります

雑司ケ谷霊園(4)

2011年05月08日 | 荷風

雑司ヶ谷霊園 部分案内地図 小泉八雲の墓 小泉八雲の墓 永井荷風の墓と岩瀬忠震の墓との間を奥に進むと、左の部分案内地図(前回の記事と同じ地図)のように、小泉八雲の墓がある。墓石左側面に「明治三十七年九月二十六日寂」と刻まれている。

永井荷風は大正11年(1922)9月小泉八雲の墓を訪れている。「断腸亭日乗」に次の記述がある。

「九月十七日。昨夜深更より風吹出で俄に寒冷となる。朝太陽堂主人来談。午後雑司ケ谷墓地を歩み小泉八雲の墓を掃ふ。塋域に椎の老樹在りて墓碑を蔽ふ。碑には右に正覚院殿浄華八雲居士。左に明治三十七年九月二十六日寂。正面には小泉八雲墓と刻す。墓地を横ぎり鬼子母祠に賽し、目白駅より電車に乗り新橋に至るや、日既に没し、商舗の燈火燦然たり。風月堂に飰して帰る。」

荷風が詣でた墓石は上の写真のとおり。

ラフカディオ・ハアン(小泉八雲)は、1850年(嘉永三年)6月27日ギリシアのイオニア諸島のレフカス島、別名レフカダ島(古名レウカディア島)に生まれた。ラフカディオはこの古名にちなむとのこと。父はアイルランド出身のイギリス軍付き軍医で、母はマルタ島生まれといわれるギリシア人。1869年19歳のとき米国に渡る。1890年(明治23年)40才のとき横浜到着。島根県松江中学校の英語教師。次の年、小泉節子と結婚。熊本の第五高等学校に転任。1894年(明治27年)新聞論説記者として神戸に移る。1896年(明治29年)東京帝国大学英文科講師。牛込区市ヶ谷富久町21番地に住む。1902年(明治35年)西大久保265番地に転居。次の年、東京帝国大学退職。後任は、夏目漱石と上田敏。1904年(明治37年)早稲田大学文学部に出講。9月26日狭心症で急逝。享年54歳。

市ヶ谷富久町21番地は、成女学園のあたりで自証院坂の西側であるが、ここに小泉八雲旧居跡の碑があるらしい。しかし、坂の両わきにはないので、学園の中にあるのだろうか。西大久保旧居跡の碑もあるとのこと。

「断腸亭日乗」にもどって、昭和四年(1929)正月に次の記述がある。

「正月二日 空隅なく晴れわたりしが夜来の風いよいよ烈しく、寒気骨に徹す、午前机に向ふ、午下寒風を冒して雑司カ谷墓地に徃き先考の墓を拝す。墓前の蠟梅今猶枯れず花正に盛なり、音羽の通衢電車往復す、去年の秋頃開通せしものなるべし、去年此の日お歌を伴ひ拝墓の後関口の公園を歩み、牛込にて夕餉を食して帰りしが、今日はあまりに烈しければ柳北八雲二先生の墓にも詣でず、車を倩ひて三番町に立寄り夕餉を食し、風の少しく鎮まるを待ち家に帰る、夜はわずかに初更を過ぎたるばかりなれど寒気忍びがたきを以て直に寝につきぬ。」

この年は、風が強かったようで、荷風は、亡父の墓参りを済ませると、柳北・八雲の墓には行かず、すぐに帰ったようである。昭和7年(1932)、昭和11年(1936)元旦には、小泉八雲の墓も訪れている。

荷風は、小泉八雲の読者であったようで「日乗」にときどきでてくる。

昭和10年(1935)「三月廿九日。隂。後に晴。終日鶯語綿蛮たり。ラフガデオハアンの仏蘭西訳本怪談を読む。藪蚊の一章最妙。夜美代子と銀座に飰す。」
鶯語:うぐいすの鳴き声
綿蛮(めんばん):小鳥のさえずり

同年「四月九日。春雨瀟々夜に至って霽る。小泉八雲の尺牘集を読む。八雲先生が日本の風土及生活について興味を催したる所のものは余が帰朝当時の所感と共通する所多し。日本の空気中には深刔なる感激偉大なる幻想を催すべきものゝ存在せざる事を説きたる一文の如きは全く余の感想と符合するなり 仏訳本五十六頁・・・」

同年「四月十七日。朝来風雨夜に入るも歇まず。此日電話にて神田の一誠堂に注文し、和訳ハアン全集を購ふ 金八十円 余が少年時代の日本の風景と人情とはハアンとロチ二家の著書中に細写せられたり。老後この二大家の文をよみて余は既徃の時代を追懐せむことを欲するなり。」

荷風は、八雲が日本の風土と生活について興味を示した所に注目し、帰朝当時の自らの所感と共通することが多いと書いている。和訳ハアン全集を購入し、自らの少年時代の日本の風景と人情とはハアンとロチ二家の著書中に詳しく、老後に、この二大家の文を読んで昔を懐かしみたいなどと記している。八雲にかなり心酔している様子がみてとれる。
(続く)

参考文献
永井荷風「新版断腸亭日乗」(岩波書店)
上田和夫訳「小泉八雲集」(新潮文庫)
野尻泰彦「碑(いしぶみ)の東京」東京史蹟研究会

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