Art & Life in Toronto

カナダ・トロントに住んで出会ったアートを紹介します

アラブの現代美術(その2)

2015年11月14日 14時07分03秒 | 美術
(その1から続く)

続く壁には、<Responses to an Immigration Request from One Hundred and Ninety Four Governments>という作品。エジプト出身でオーストラリアに移住した作家Raafat Ishakは、世界194ヵ国の政府に対し、「あなたの国に移住し、永住したいのだが」とメールを出す。各国の国旗をパステルカラーで卵型にアレンジした絵に、各国政府からの回答をアラビア語で書き込んだ絵が、194枚並んでいる。
私はアラビア語は読めないけれど、回答を英語でまとめたパネルがあって、実は全体の7~8割が「No Response」である。日本の回答は「Japan doesn’t have an immigration program」、一方カナダの回答は「Please refer to the website」、つまり定められ、公開された手続きがあるということで、この点において日本とカナダは正反対だ。カナダの絵は、他の192ヵ国から少し離れたところに、誇らしげに掛けられている。カナダの隣に、何も描かれていないパネルが掛けられていて、これはパレスチナや東スーダンなど、未だ国家として存在しない「国」を表している。
回答の中には、「いつでもどうぞ」的な、冗談のようなものも若干数あるが、概して自分の祖国以外の国で生きる自由は大きくない。実は自由ではない、ということに気付かないでいられるのは、幸せなことだろうか。

一番奥の部屋に展示されているのは、<Nation Estate>というサイエンス・フィクション風の9分間の映像と写真で構成される作品。旅行鞄を持ったお腹の大きい女性が、近未来的な高層ビルにやってくる。指紋と網膜認証で入ったそのビルは、パレスチナ自治区をひとつのビルに「入居」させたもので、各階にエルサレムやガザ、ヘブロンといった都市が入っている。女性はベツレヘムの階でエレベーターを降り、部屋に入る。そこでは、オリーブの木を育てたり、宇宙食のような食事をとったりする「生活」が営まれる…。作者は東エルサレム出身のLarissa Sansour。実写とCGによる非現実的な映像と電子音楽が陶酔を誘うが、パレスチナ問題に対する、また、離れた自治区間での連帯意識の希薄化に対する、具体的な解決策の提案でもあると思うと、この想像力に望みを託したいような気持ちになった。

ここに出品している作家の多くは、アラブ地域に生まれ、欧米で教育を受けたり、活動したりしている作家たちだ。故郷の悩みや痛みを欧米の文法で語る彼らの美術のあり方は、広く受容されていくだろう。翻って、日本の現代美術はどうだろう。世界の人々に共有される悩みや痛みを持っているだろうか。また、それを語り、あるいは想像させる技術を持っているだろうか。日本の現代美術家にも、世界に出て、様々な人と社会を見て、強靭な作品を生み出してほしいと思う。

Home Ground: Contemporary Art from the Barjeel Art Foundation
(11/8/2015, Aga Khan Museum

アラブの現代美術(その1)

2015年11月13日 14時28分36秒 | 美術
アガ・カーン美術館は、昨年9月にオープンしたばかりの、イスラム美術専門美術館である。アガ・カーンとはイスラム教イスマーイール派のイマーム(最高指導者)の名で、当代は49代イマーム、カリム・アガ・カーン4世。槇文彦設計の白いマッスは清々しく、建物内部には中庭がある。





約1000点のイスラム関係資料を所蔵し、所蔵品展示室と企画展示室、そして研究施設も持つこのような美術館が、なぜトロントに建設されたのかわかるようでわからないが、ディアスポラ映画祭に触発されて、1年ぶりに出かけた。

現在開催されている展覧会は「Home Ground: Contemporary Art from the Barjeel Art Foundation」という。Barjeel Art Foundationとは、設立者Sultan Al Qassemiのアラブ近現代美術の個人コレクションを管理・紹介する、アラブ首長国連邦の芸術団体である。この展覧会にはアラブにルーツをもつ12の現代美術家の24の作品が出品されているが、やはりいずれも移動や移住、地政学的境界、そしてアイデンティティをテーマとする。

会場に入ってまず目に入るのは二羽の鳩。<Suspended Together>という、サウジアラビア出身の女性作家Manal al-Dowayanによる、鳩をかたどった陶芸作品である。鳩の羽には査証のようなものが描かれている。サウジアラビアでは、女性が一人で旅をするには、父親や夫など、予め定められた男性の保護者の許可を得なければならないのだそうで、描かれているのはその許可書である。この許可書があって初めて、鳩は自由に羽ばたくことができる。

入口近くの壁には、同じサイズで同じような絵柄の、油絵が3点掛っている。タイトルは<Heap>。物が積み重なって塊となっている様を表わすタイトルどおり、一見抽象画にも見える画面に描かれているのは、山のように積み重ねられたスーツケースや旅行鞄、様々な個人の持ち物である。この作品を描いたのは、レバノン出身のMohamad Said Baalbaki。幼い頃、レバノン内戦とイスラエルとの紛争のため、家族と共に避難生活を送った記憶に基づく。戦争を経験した人はスーツケースを見ると逃亡や亡命を想起し、いざという時のために、常に荷物をまとめたスーツケースを手元に置くようになる、という作家の言葉が壁に記されている。

(その2に続く。)

Home Ground: Contemporary Art from the Barjeel Art Foundation
(11/8/2015, Aga Khan Museum

ディアスポラの映画

2015年11月12日 01時56分04秒 | 美術
トロントの映画祭と言えばTIFF(トロント国際映画祭)、そしてHot Docs(トロント国際ドキュメンタリー映画祭)が知られているが、実はトロントにおいては、中小規模の映画祭が年間通じて多数開催されている。今週末だけでも、国際ディアスポラ映画祭(11月6日~8日)、トロント・南アフリカ映画祭(11月7日~8日)が開催され、リール・アジアン映画祭(11月5日~15日)、ランデヴー・ウィズ・マッドネス映画祭(11月6日~14日)が始まった。映画祭が盛んなのも、それを主催するエスニック・コミュニティが存在すること、つまり多文化社会であることと深く関係があるだろう。国際ディアスポラ映画祭に興味をひかれ、今年は「イラン・ディアスポラ再考」がテーマということで、イランに関係する映画を2本見た。

ひとつは「My Stolen Revolution」。Revolutionは1979年のイラン革命のことである。このドキュメンタリー映画の監督は、イラン革命時、学生活動家であったが、イスラム教勢力が権力を握り、左翼に対する弾圧を始めたとき、スウェーデンに亡命した。彼女には2つの負い目というか後悔があって、ひとつは多くの仲間が捕まって投獄されたにも関わらず自分は逃げのびたこと、もうひとつは弟を見捨てたことである。弟も投獄され、そして処刑された。2009年にイランで起きた反政府デモを契機に、これらの後悔と向き合うべく、当時の仲間を探し出し、話を聞く旅をする。さらには再会した仲間4人を自宅に招き、共に数日間を過ごして当時のことを語り合う。再会したのは全て女性でありイラン国外に住む亡命者で、監督以外は皆、イランで何年かを獄中で過ごした経験を持つ。1979年頃に20歳前後ということで、今は50代か。皆、近所にいそうなごく普通の印象を与える女性たちだが、彼女たちが語るレイプを含む様々な拷問の話は尋常ではない。自分自身が耐えて乗り越えた拷問の話は淡々と語る強靭さを持つが、家族が受けたむごい仕打ちに対しては声を詰まらせる。

これも名も無き個人の人生である。祖国を離れて住む人の中でも、よりよい生活を求めて移住する人はまだいいのかもしれなくて、身の危険があるために祖国で暮らせない人が、―実は移民の国カナダゆえに恐らく身近にも―数多くいるのだということを改めて想像した。外国で暮らしていると言っても、私のように駐在員として、守られた状況で、限られた年数をここで暮らし、また戻るべき祖国があるということは、ずいぶん幸せなことだった。

もうひとつの映画は「Fifi Howls from Happiness」。こちらもイラン人女性監督によるドキュメンタリー映画で、描かれるのは、イランで最も重要なモダニズム美術家とされるBahman Mohassessである。Mohassessは、イラン革命の頃、イランを離れてローマに移住。行方がわからなくなっていたが、この監督がローマでホテル住まいを続けているMohassessを見つけ、その最晩年を記録した。「ペルシャのピカソ」と呼ばれる彼は、イランで数多くの絵画や彫刻作品を制作し、ヴェニス・ビエンナーレやサンパウロ・ビエンナーレに出品したり、皇帝一家の像の注文を受けたりするほど認められた美術家であった。しかしイラン革命後、彼の多くの作品はイスラム教政権により破壊され、同時に彼自身もイランにあった自分の作品を破壊した。映画の中で、図録のページをめくりながら、「これも死んだ(dead)、これも、これも」と、破壊した(された)作品のことを語る。ホテルの部屋にかけられている、顔のない、赤い人物像については<Fifi>と呼び、これだけは持ってきた、なぜなら自分自身だから、と語る。ヘビースモーカーで、肺を患っており、カッカッカッと苦しげな笑い声をあげ、監督からの問いかけはのらりくらりとかわし、さらに言えば、ゲイで昔出会ったかわいい男性について語る、作家の真の思いはなかなか見えない。しかし投げやりに見える中で、時折感じられる芸術への情熱や、イランに戻ったとき、政権はともかく、イラン市民が無関心であったことが悲しかった、というようなことを語るシーンにははっとする。作家が自分で作品を破壊したのは、他人に破壊されるくらいなら自分で破壊したかったのではないかと思う。

注文を受けた最後の絵画制作にとりかかろうとしたまさにその時、作家は斃れた。この映画にはどんなバックミュージックを考えているのかと作家に問われた監督は、モーツァルトの「レクイエム」と答える。監督は最初から、孤独な作家の死までを見届けるつもりだったのかもしれない。

My Stolen Revolution (Directed by Nahid Persson)
(11/7/2015, International Diaspora Film FestivalCarlton Cinema

Fifi Howls from Happiness (Directed by Mitra Farahani)
(11/8/2015, International Diaspora Film FestivalCarlton Cinema

アンディ・ウォーホルと銀幕の(スーパー)スターたち

2015年11月03日 13時52分50秒 | 美術
トロント国際映画祭(TIFF)の事務局として、施設名にもその名のついたTIFF Bell Lightboxでは、毎年秋に映画にまつわる特別展を開催する。一昨年はデヴィッド・クローネンバーグ、昨年はスタンレー・キューブリックで、今年はアンディ・ウォーホルの展覧会が10月30日から始まった。

ウォーホル展といっても、TIFFの展覧会なので、映画に関連して2つの切り口からウォーホルにアプローチするものとなっている。ひとつは往年のハリウッドスターの写真などの蒐集家としてのウォーホル、もうひとつはアングラ映画監督としてのウォーホルである。ピッツバーグにあるアンディ・ウォーホル美術館との共同企画展で、出品作品・資料は1000点にのぼる。

展覧会場に入ってまず目に飛び込んでくるのは大量の白黒写真。シャーリー・テンプル、マレーネ・ディートリッヒ、イングリッド・バーグマン、グレゴリー・ペックといった映画スターの顔が並ぶ。展示ケースにはウォーホルが子どもの頃に作ったスクラップブックもある。スロバキア移民の子で、貧しい環境で育ったウォーホルは、兄たちと共に近所の映画館に行くのが楽しみだったという。ハリウッドスターのサインを入手することに熱中したそうで、展示物には、シャーリー・テンプルによる「To Andrew Warhole」と宛名書きされたサイン入り写真も含まれている。

ウォーホルのハリウッドスター写真コレクションは膨大なもので、既にオークションで一部売り払われているが、ウォーホル美術館にはなお約500点が残り、本展にはそのうちの約200点が出品されている。数が多いのはもちろんマリリン・モンロー。それにエリザベス・テイラー、ブリジット・バルドー、グレタ・ガルボ、キム・ノヴァクなど。数に差はあるものの、一人の女優・俳優に特化したものではないので、「ハリウッドスター」という存在に憧れ、のめり込んでいたことがわかる。
そして、ウォーホルの十八番、ハリウッドスターのイメージをシルクスクリーンで再現する作品も、その延長線上に位置づけられている。

ハリウッド映画については昔も今もよく知らないのだが、情緒がないと感じる現在よりはまだ、真に美しいものがあって夢を見させてくれた時代だったのだろうと、大量のゼラチンシルバープリントを見ながら思う。

映画監督としてのウォーホルについて。ウォーホルは1963年にボレックスの16mmムービーカメラを入手して以来、ほぼ10年間に、実験映画・アングラ映画と呼ぶべき大量の映画・映像を残している。その変遷についてはこちらに詳しい。TIFF Bell Lightboxは映画館なので、映画上映プログラムは別途用意されており、展覧会場では、再現されたSilver Factory(1962年にニューヨークでレンタルされた最初のスタジオ)内での<Screen Tests>と<Factory Dairy>、それに、Superstarsと呼ばれた主な役者ごとに、出演映画を30分程度にまとめたフィルム・クリップが上映されているのみである。映画監督としてのウォーホルを紹介するセクションにおいても、主な展示物は白黒写真である。ウォーホルのSuperstarsとは要するに、ウォーホルが付き合い、映画に出演させた「逸脱者」たちであり、ここではEdie Sedwick、Mario Montez、Taylor Mead、Vivaが主に取り上げられている。ドラァグ・クイーンのMario Montezの若かりし日の姿が、きれいでわくわくする。これらの写真からは、寺山修司の天井桟敷や唐十郎の状況劇場といった、日本のアングラ劇場を思い起こさせる。考えてみれば、1960年代~70年代初めということで、年代的にもほぼ重なっている。ウォーホルのSuperstarsとはすなわち看板女優(俳優)であって、Vivaなどは緑魔子(あるいは李礼仙)を彷彿とさせる。映画と芝居の差はあるが、これらの写真は、細江英公らが撮影した状況劇場の舞台写真と似たようなものかもしれないとも思った。

ウォーホルの、特にミニマルな映画は見るのがしんどいが、状況劇場と同時代的なものだと思ったら、ちょっとだけ親しみと関心が高まった。映画上映プログラムのほうも、できるだけ足を運んでみようか。



TIFF Bell Lightboxは1階に展覧会場、2階、3階にシアターがある。2階の空中に浮かんだ、ガラス張りの映写室がかっこいい。

Andy Warhol: Stars of the Silver Screen
(11/2/2015, TIFF Bell Lightbox