(その1から続く)
続く壁には、<Responses to an Immigration Request from One Hundred and Ninety Four Governments>という作品。エジプト出身でオーストラリアに移住した作家Raafat Ishakは、世界194ヵ国の政府に対し、「あなたの国に移住し、永住したいのだが」とメールを出す。各国の国旗をパステルカラーで卵型にアレンジした絵に、各国政府からの回答をアラビア語で書き込んだ絵が、194枚並んでいる。
私はアラビア語は読めないけれど、回答を英語でまとめたパネルがあって、実は全体の7~8割が「No Response」である。日本の回答は「Japan doesn’t have an immigration program」、一方カナダの回答は「Please refer to the website」、つまり定められ、公開された手続きがあるということで、この点において日本とカナダは正反対だ。カナダの絵は、他の192ヵ国から少し離れたところに、誇らしげに掛けられている。カナダの隣に、何も描かれていないパネルが掛けられていて、これはパレスチナや東スーダンなど、未だ国家として存在しない「国」を表している。
回答の中には、「いつでもどうぞ」的な、冗談のようなものも若干数あるが、概して自分の祖国以外の国で生きる自由は大きくない。実は自由ではない、ということに気付かないでいられるのは、幸せなことだろうか。
一番奥の部屋に展示されているのは、<Nation Estate>というサイエンス・フィクション風の9分間の映像と写真で構成される作品。旅行鞄を持ったお腹の大きい女性が、近未来的な高層ビルにやってくる。指紋と網膜認証で入ったそのビルは、パレスチナ自治区をひとつのビルに「入居」させたもので、各階にエルサレムやガザ、ヘブロンといった都市が入っている。女性はベツレヘムの階でエレベーターを降り、部屋に入る。そこでは、オリーブの木を育てたり、宇宙食のような食事をとったりする「生活」が営まれる…。作者は東エルサレム出身のLarissa Sansour。実写とCGによる非現実的な映像と電子音楽が陶酔を誘うが、パレスチナ問題に対する、また、離れた自治区間での連帯意識の希薄化に対する、具体的な解決策の提案でもあると思うと、この想像力に望みを託したいような気持ちになった。
ここに出品している作家の多くは、アラブ地域に生まれ、欧米で教育を受けたり、活動したりしている作家たちだ。故郷の悩みや痛みを欧米の文法で語る彼らの美術のあり方は、広く受容されていくだろう。翻って、日本の現代美術はどうだろう。世界の人々に共有される悩みや痛みを持っているだろうか。また、それを語り、あるいは想像させる技術を持っているだろうか。日本の現代美術家にも、世界に出て、様々な人と社会を見て、強靭な作品を生み出してほしいと思う。
Home Ground: Contemporary Art from the Barjeel Art Foundation
(11/8/2015, Aga Khan Museum)
続く壁には、<Responses to an Immigration Request from One Hundred and Ninety Four Governments>という作品。エジプト出身でオーストラリアに移住した作家Raafat Ishakは、世界194ヵ国の政府に対し、「あなたの国に移住し、永住したいのだが」とメールを出す。各国の国旗をパステルカラーで卵型にアレンジした絵に、各国政府からの回答をアラビア語で書き込んだ絵が、194枚並んでいる。
私はアラビア語は読めないけれど、回答を英語でまとめたパネルがあって、実は全体の7~8割が「No Response」である。日本の回答は「Japan doesn’t have an immigration program」、一方カナダの回答は「Please refer to the website」、つまり定められ、公開された手続きがあるということで、この点において日本とカナダは正反対だ。カナダの絵は、他の192ヵ国から少し離れたところに、誇らしげに掛けられている。カナダの隣に、何も描かれていないパネルが掛けられていて、これはパレスチナや東スーダンなど、未だ国家として存在しない「国」を表している。
回答の中には、「いつでもどうぞ」的な、冗談のようなものも若干数あるが、概して自分の祖国以外の国で生きる自由は大きくない。実は自由ではない、ということに気付かないでいられるのは、幸せなことだろうか。
一番奥の部屋に展示されているのは、<Nation Estate>というサイエンス・フィクション風の9分間の映像と写真で構成される作品。旅行鞄を持ったお腹の大きい女性が、近未来的な高層ビルにやってくる。指紋と網膜認証で入ったそのビルは、パレスチナ自治区をひとつのビルに「入居」させたもので、各階にエルサレムやガザ、ヘブロンといった都市が入っている。女性はベツレヘムの階でエレベーターを降り、部屋に入る。そこでは、オリーブの木を育てたり、宇宙食のような食事をとったりする「生活」が営まれる…。作者は東エルサレム出身のLarissa Sansour。実写とCGによる非現実的な映像と電子音楽が陶酔を誘うが、パレスチナ問題に対する、また、離れた自治区間での連帯意識の希薄化に対する、具体的な解決策の提案でもあると思うと、この想像力に望みを託したいような気持ちになった。
ここに出品している作家の多くは、アラブ地域に生まれ、欧米で教育を受けたり、活動したりしている作家たちだ。故郷の悩みや痛みを欧米の文法で語る彼らの美術のあり方は、広く受容されていくだろう。翻って、日本の現代美術はどうだろう。世界の人々に共有される悩みや痛みを持っているだろうか。また、それを語り、あるいは想像させる技術を持っているだろうか。日本の現代美術家にも、世界に出て、様々な人と社会を見て、強靭な作品を生み出してほしいと思う。
Home Ground: Contemporary Art from the Barjeel Art Foundation
(11/8/2015, Aga Khan Museum)