Art & Life in Toronto

カナダ・トロントに住んで出会ったアートを紹介します

ハーバード大学、マーク・ロスコー壁画「修復」プロジェクト

2015年06月01日 14時25分50秒 | アメリカの美術館
初めてボストンを訪れた。トロントからは、ニューヨークとほぼ同じ、飛行機で片道約1時間半の位置関係。今回は正味丸一日の短い旅行で、街歩きの時間は取れなかったが、車窓から見たボストンは、歴史のある、落ち着いた美しい街だった。

ハーバード大学美術館で、過去35年間ほとんど展示されることのなかったマーク・ロスコーの壁画が、久しぶりに展示されている。これは、ハーバード大学ホリオークセンターの最上階のダイニングを飾るためにロスコーに制作委託された壁画で、1964年に5点が設置された。ロスコーといえば瞑想を誘う独特の色面が印象的で、特にバーミリオンは胸に沁みいるような感じがあるが、それはリソールレッドという顔料によるものだという。ロスコーはその顔料を、獣皮を原料とする糊と混ぜて使っていたが、そのことによって色の定着が不安定になっていた。壁画が飾られたダイニングには大きな窓があったため外光によって赤色は退色し、展示に堪えない壁画は1979年にハーバード大学によって取り外され、倉庫にしまわれたままになっていた。このたびその壁画が修復されて、展示される運びとなった。

その「修復」の仕方が変わっている。修復というと、絵画の表面に直接触る方法を思い浮かべるが、今回取られた方法は、退色した色をプロジェクターの光で足す、というもの。写真資料と、最終的に採用されなかった「第6の壁画」を基に、設置当時の色を分析し、それを現在の壁画の色と比べ、足りない色味を割り出して、それをプロジェクターで壁画の表面に「上乗せ」する。ハーバード大学の保存修復の専門家が、MITのメディアラボとの共同で専用のソフトウェアを開発して実現した。
作品の前に立っても、そのような操作が行われていることは感じない。壁画の前に紙をかざしてプロジェクターの光を受け止めると、確かにうっすらと色がついていることが確認できる。しかしプロジェクションが行われている間はそれがどのくらいの効果をもたらしているかを知ることは難しいような自然さだ。

毎日16時になるとプロジェクションが停止され、残りの1時間はありのままの壁画を見せる時間となる。16時ちょうど、セキュリティの男性によるショータイム。まず壁画の前に白いパネルをかざしながら一巡し、それぞれのプロジェクターがどのような色を照射しているかを確認。その後、5台のプロジェクターを1台ずつ、スマートフォンの操作によって停止していく。1台止まるごとに観客からどよめきが起きる。予想以上に赤色が失われている。赤紫に赤の要素と青の要素があるとして、赤の要素がそっくりなくなるような色の変化だ。
全てのプロジェクターが停止すると、先ほどまであった輝きが消え、恐竜の化石を見ているような感覚を覚えた。プロジェクターが動いている間は、描かれている形のほうが気になって、何か不穏なものが描かれているのではないかと考えたりしていたが、ロスコーの真骨頂はやはり色なのだった。

この研究と展示の試みは、大学美術館らしく、とても興味深い。作品との出会いは通常、そのときの作品の状態とその作品が置かれた環境において行われるしかなく、しかしその制約が面白味にもなりうる。このような修復技術は、作品との出会いを豊かにするかもしれない一方で、想像力を奪うこともあるかもしれず、「見る」という経験についてしばし思いを巡らしたくなった。

Mark Rothko's Harvard Murals
(5/30/2015、Harvard Art Museums