いつか書こうと思っていた事を今日は書きます。
子供の頃の「怖いモノ」って
たいていは「親にしかられる」とか「お医者さん」「雷」など
直面した事例に対して感じるだけの恐怖だと思います。(自分の場合)
これは私が初めて「畏怖心」(怖れおののく気持ち)を経験した出来事であります。
小2か小3くらいの頃、
私は男の子達と「新築の空家」へ探検に行きました。
大通りの向こうにあった畑の一部が整備され、家が一軒建ったのですが
いつまでたっても引っ越しして来ない「新築の空家」へ。
たぶん「どうして誰も住まないのか?」と子供なりに思ってたのでしょう。
その日、家の裏口のドアは何故か鍵がかかってなく開きました。
私達は生活感の無いピカピカのキッチンに土足で上がり込みました。
我々のテンションは上がって来ました。
隠れ家を手に入れたような気持ちになってたのです。
キッチンの隣は小さなリビング(と言うよりお茶の間)、その先は玄関。
廊下を隔てた側には和室、そして襖の奥にもう1つの和室……
そこで私達はとんでもないモノを見つけたのです。
畳の部屋のド真ん中に高さ50センチくらいの
盛り塩の大山があったのです。
八畳間いっぱいに、白い塩の砂場があるような風景です。
全員が絶句で真っ白い塩の山を見つめました。
そして盛り塩の天辺に榊がさしてあったのです。
子供ですから盛り塩の意味も、榊の神聖も分かりませんが
黙って見ていた私達の心に「ワケの分からない恐怖」、
たぶん「畏怖心」が湧いて来て……一気にパニックとなって現われました。
みな大声を上げ、玄関に走りましたが
正面玄関のドアは空きませんでした。
そこで入って来た裏口のドアから外へ押し合いしながら出て
後も見ずに走って逃げました。
何か怖いモノ、幽霊とか怪物を見た訳ではありませんが
全身がザワっと来る恐怖を感じたのを覚えてます。
その後の事は思い出せませんが、
今日の事は「無かったコト」にしてしまったのでしょう。
つまり今後、この話はせず、誰にも口外しない。
事実、この事を私は親に言いませんでした。
他所の家にだまって土足で入った事も知られたくなかったし
あの盛り塩のある部屋を思い出したくも無かったから。
子供というのは都合の悪い事は「忘れられる」のです。
実際に数年は忘れてました。
その後も「新築の空き家」には誰も住みませんでした。
が、その周りにはだんだん家が 建ち始め 、
ついに「新築の空家」もリフォームされ家族が越してきました。
その頃には私も中学生になっていて
「ああ、ついに人が住むんだ」と思う程度でした。
畳の上にあった「盛り塩」の記憶は鮮明に残ってましたが
その意味を知るのは、美術の教職課程で「民俗学」を取った頃です。
塩は、穢れを祓い清める力を持つとみなされ神道行事にかかせないモノです。
そして榊は、神と人との境を意味するもの。
私達が子供の頃に見た「部屋の中の盛り塩」の光景は
地鎮の意味があったのではないだろうか……とその頃から思うようになったのです。
そうなると、あの家が気になりだします。
新築なのに誰も住まなかったと言う事は、
土地の神様との間に不都合が生じて、
何かマズい事が起きたのではないだろうか?
でも、今は人が住んでるのだから大丈夫なんだろうな。
そう思っていました。
2年ほど前、犬の散歩中にこの事を思い出し
「よっし、あの家を見ておこう」と、今では角にコーポが建ち
家並が続く奥になってしまった「新築の空家」の方へ歩いていったのですが……
私の目の前に現われたのは
草が背丈ほどものびきった荒れ放題の庭とボロボロのあばら屋。
周りの家がちゃんとしているだけに、その荒み方が目だちます。
「空き家になってる?」……私は絶句してしまいました。
地鎮が上手くいかず何かあったのだろうか……
いやいや、単に引越したのかもしれません。
事実はまったく分かりませんが……その家は…また空家の様に見えました。
近所の住人と会ったら、どうして空家なのか聞いてみたいとは思ってますが
未だに真相は分かりません。
子供の頃に感じた「畏怖心」を私は解決できずにおります。