今朝の田んぼ

2017-09-17 | 日記

    

昼下がり、少し雨が降って来た。涼しい風が入って来る。この写真の中のあちこちから虫の鳴き声が聞こえて来る。遠くから川の流れる音もしているし、雨垂れの音も微かに聞こえる。鳥は空を飛びながら鳴いているのか、その声が移動している。静かな日曜日の午後である。生物たちの営みの音響が、稲を刈った後の田んぼというコート (ここでは、自然の中の中庭) で出会う。昼をカップ麺で済ませて、これから町に出て買物をしなければならない。明日は「敬老の日」なので何か母に美味しいものでも作ろうと思うが、やっぱり自分が食べたいものを作ろう。先日、スーパーの書籍売り場から『毎日らくちん「万能菜」』(高木ゑみ著)という料理本を買って来たが、まだ一度も作っていない。今晩はこのテキストで…。

夜、昨日から読み始めた吉岡実の『うまやはし日記』から、その中に書かれた歌を幾つか書き出して見る。

    夏野ゆく金髪少女の横顔をかすめる影あり落ち葉なりけり (軽井沢)

    六角の鉛筆のかげ夜ふけて馬追虫めぐり秋となりめる

    あるかなく水を流るる泡沫の影よりあはき若き日の夢

    秋ひらく詩集の余白夜ふかみ蟻のあしおとふとききにけり

    手紙かく少女のまつ毛ふるふ夜壁に金魚の影しづかなり

    病のごと思郷のこころ湧く日なり目にあをぞらの煙かなしも 

                             etc.

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

吉岡実著 『うまやはし日記』

2017-09-16 | 日記

  

書肆山田から1990年に発行された詩人・吉岡実 (1919-1990) の日記である。著者のあとがきによると、日記は昭和13年から15年のものであるという。従って吉岡の19歳から21歳の時の日記ということになる。この『日記』が刊行されてわずか一か月余りの内に彼は鬼籍に入った。この中から昭和14年9月10日(日曜)の項を紹介する。「うまやはし」とは隅田川にかかる橋「厩橋」のことで、この橋の東岸は詩人の生まれた墨田区本所である。

 

       秋闌けて林檎の香り歯にしみる薄きいたみも恋知りそみて

    窓に驟雨。かつて作った初恋の歌を、くちずさむ。昼寝三十分ほど。外を

    号外の鈴の音がとおり過ぎて行く。夜七時過ぎ家に寄る。出征軍人を見送

    ったと、母が戻った。久しぶりで一緒に食事をした。

 

僕もブログを、詩人の文体に倣って書いて見ようか。それで、冒頭に歌を詠まなければならなかった。

    秋闌けてスーパーの林檎の値も下がり行くのかどうか薄きのぞみか

窓から秋の微風が入る。空は雲に覆われてるが、秋の雲は高くて薄いので青空も見えているのだった。空の色はとても透明なブルーである。お昼頃、2時間半ばかり庭の “草取り” をした。母がうるさく言って、また嘆くので仕方ないのである。夕食は肉屋のとんかつを買ってきて、かつ丼にした。料理が不味い時、母はボソッと独り言を言うのだった。「うまくなくても、ご馳走さまって言わないとね…」。その母も夜七時にはもうベッドに入った。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

秋は来ぬ

2017-09-10 | 日記

     

近くの神社で太鼓と笛の音がしている。秋の祭りである。写真を撮りに行って、お神酒の茶碗酒を一杯いただく。甘い香りの酒だった。昨日もいい天気だったが、今日も日差しの暑い日になった。帰宅してこのブログを書いていても窓の西日がまだ暑い。破れた障子から涼しい秋風が入ってきても日差しの方がまだまだ勝っている。そして、ここでももう稲刈りの季節になった。豊穣を願っての秋の舞であるから、出されたお神酒は断ることができなかった。家の前の田んぼ風景と路上から発とうとするカマキリの、もう2枚の写真を追加して “ 秋きたる ” である。

    

    

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『 マイ・スキップ 200号記念 』 発刊

2017-09-03 | 日記

9月1日、長岡の文化情報紙『マイ・スキップ』の200号目が発刊された。創刊は2001年1月ということで、実に16年8か月の長きに渡って発刊され続けている「ご自由にお持ち下さい」なるフリーペーパーなのである。継続は新しいヒストリーを奏でるだろう。過去、この紙面には何回か寄稿させていただいている。2012年6月号「没後30年 私的西脇順三郎展」、2013年7月号「久保克彦という詩心」、2014年7月号「忘れられた歌人・内藤鋠策」、2014年8月号「矢沢宰生誕70年に寄せて」、2015年3月号「井上井月・ヴァガボンド俳人」、2016年1月号「哀惜!長岡現代美術館」、2016年10月号「図書館の首都・長岡という妄想」など。ということで僕の連載「パブリック・アート 」も10回目である。

       

上の紙面の文章部分を下記に改めて書いておく。

「 オルテガの微笑み” 高橋清 (1925-1996) 制作 ブロンズ彫刻 ホテルニューオータニ長岡  長岡市台町2丁目8-35

ホテルのロビーというのは、もう一つの公道である。時間の制約もなく誰でも出入りできて無用に通過でき、誰とでも待合いできるのだ。はなはだ便利な施設であると思う。気が向けば食事もしようし、コーヒータイムを楽しむこともいい。一般的にはそれなりにホテルには絵画や彫刻が飾られているから、また奇麗なショップも並んでいるから、散歩者の楽しいプロムナードである。もちろん天候の心配はない。

「オルテガの微笑み」はホテル正面玄関に立って、正面の壁面上部に掛かっているブロンズ抽象彫刻である。ドアを入って見上げると岩石の欠片か巨大な卵の化石のようなものである。普通にホテルに入るだけだと、高さの位置のこともあってきっと気づかないに違いない。通常的には目立たないのである。しかし一旦目に留まればこれは相当な存在感を持っているのではないだろうか。何と言っても、ホテルにこんな“塊”があるのである。どういう経緯でここに「微笑み」を設置することになったのか、とても興味あることである。

作品のネームプレートで制作者が高橋清であることが分かる。見附市生まれの彼は東京美術学校 (現東京芸術大学) を卒業し、そして30代の頃からほぼ10年間、メキシコに滞在してメキシコの美術や古代文明を研究し、教えてもいたという。従って「オルテガ」と言うのはメキシコに因んだ人の名前だろうし、スペイン系の人名に違いないのである。かつてオルテガさんが微笑んだことの印象をこの作品に込めたのかは僕は知らない。しかし、ここにあの有名なスペインの哲学者、ホセ・オルテガ・イ・ガセット (1883-1955) を持ち出してきてもいいかも知れない。そうするとその「微笑み」は割と皮肉なものになるだろう。こんな作品を造形する作者だからこそ、おそらくスペインの哲学者のことも念頭にあったと考えるのである。オルテガはその著書『大衆の反逆』で「大衆とは、権利は主張するが義務を持たない、高貴さを欠いた人々である」と言う。僕は大衆の一人である。そして大衆の一人として「オルテガの微笑み」に向き合うのである。誰でもの市民という大衆に開放されたホテルのエントランスに、岩石のような非常なマッスを持つ高橋実の抽象彫刻が飾られてあることは、知られていいことである。

公園や道路や野外のアートだけでなく、公共施設や企業や病院などの建築物の内側にもそれぞれにパブリックなスペース (ここではこれを公道と言ってもいい) があるだろうから、そういう探索も面白いと思う。街を散策する者にとっては一層その都市空間が豊かに感じられると思うのである。」

 

創刊当初からの編集者、石原洋二郎デザイン室の石原氏が今回の紙面を最後に去って行く、という。何か hommage でも捧げたいのだが、しかし月並みな言葉しか出てこない。大変お世話になりました。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

秋の日

2017-09-02 | 日記

      

今日は母の退院の日だった。ちょうどひと月の入院だったが思ったより足元もよかった。空もよく晴れたから遠く離れて行く両翼を持った総合病院の建物が、穂をつけた田んぼの真ん中で白いトンボに見えていた。今年は夏がなかったが、9月になったばかりの秋の空の下で、家の庭の紫の花は静かに直立している。定家卿の歌 (ちくま学芸文庫版『藤原定家全歌集 上下』より) にもこういうのがある。

          夏か秋かとへどしらたまいわねよりはなれておつるたき河の水

校訂者・久保田淳の読解によると「余りにも涼しいので、今は夏なのか秋なのか、問うけれども分からない。滝川の水は岩の根元から、白玉となって落ちる」と言うのである。でも、ここでは、空気が澄んでいるから今日の日は秋になった。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加