おにぎり2個の里みち歩き 農山漁村の今昔物語

おにぎりを2個持って農村・山村・漁村を歩き、撮り、聞き、調べて紹介。身辺事象もとりあげます。写真・文章等の無断転載禁止

東北地方太平洋沖地震災害1  水田の地割れと液状化・噴砂

2011年04月10日 00時00分00秒 | 農村
写真1
写真2


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 2011年03月11日の東北地方太平洋沖地震は、
 関東地方の内陸部に位置する埼玉県幸手市の高須賀池と、その周辺にも災害を及ぼした。

 水田には地割れが北~南に走り、液状化現象の跡がある(写真1)。
 液状化した砂と水が噴き出すボイリング(噴砂)の砂が地割れの周りに薄く積もっている。

 4月に入り、水田の代かきが始まる。
 地割れをほっておけない、修復が必要。
 写真1の近くの水田では、親子が地割れを耕土で埋めている(写真2)。

 写真1のオレンジ色ネットの向こう側に高須賀池がある。
 高須賀池は中川右岸にあり、1947(昭和22)年9月15日までは面積3ha、最大水深6mの南北に長い池だった。
 しかし、翌16日、カスリン台風による利根川右岸堤防決壊・大洪水で一変。
 南側の大半は土砂で埋まり、北側の西の方に洪水でえぐられた新しい窪み(湖盆)ができた。
 そこに洪水が溜まり、東西に長い瓢箪型の現形となった。

 写真1・写真2の水田は、上記の土砂で埋まった南側の部分にあたる。

 そもそも、高須賀池は1783(天明3)年浅間山大噴火の、いわば副産物。
 火山灰や噴石などが利根川を流れ下り積り、河床を浅くした。
 そのため、1786(天明6)年、利根川が溢れ出し、残ったのが高須賀池。

 執筆・撮影者:有馬洋太郎 撮影年月日:2011年04月02日 撮影地:埼玉県幸手市
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