赤毛のアンちゃん

主人公のワンギャル・柴犬のアンちゃんは11歳。『決してリードは放しま宣言』発信中のブログです♪

2011年に想う

2011-12-28 15:51:49 | その他
ニュージーランド地震にはじまり東日本大震災と原発事故そして
秋には台風12号、15号など自然災害に見舞われ
わが家でも11月16日に空いた大きな穴・・・

この2011年も幕を閉じます。

さて、今年も数多く多数の方々から展示会のご案内をいただきながら
秋以降はすべて失礼させていただきましたことを
心よりお詫び申し上げます。
また、全く更新のできなかったこのブログにも
今までと変わらずご訪問いただきました多くの皆さんへ
重ねて御礼申し上げます。

最後に、天描画も大阪展のあと52作目は手付かずのままになっていますが
年明けには、皆さんへのお知らせと共に再開したいと思っています。

決していい一年だったとは言い難いものの
決して忘れることのない特別な報恩感謝の一年でした。
そして、一人でも多くの方が幸せになることを願った一年でした。

ありがとうございました。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

母 逝きて

2011-12-01 18:54:01 | 祈念日
11月16日 母が88年の生涯を閉じました

同19日 地元岸和田での友人葬にて 
地域の方々はじめたくさんの皆さまにお見送りいただきました

理容師として70年間現役で働き続けたその一生は
ただひたすらわが子を育て家族を守ることだけを願ってのものですから
私たちが幸せでなかったはずはありません

いくつもの季節が移ろうなかで
70日の入院闘病中毎日付き添い看病ができたことは
私たち家族にとっては心の財(たから)になりました

もうすぐ私が母の子として生まれて60年のいま
母を亡くして思うことは・・・やっぱり
“さみしい“
こんなあたり前の言葉しか思い浮かびません

近日中に全国の皆さまへ喪中はがきをお送りいたしますが
まずはお知らせまで
最後に時節柄ご自愛ください


長谷川 雅清
コメント (2) |  トラックバック (0) | 

66年目の夏

2011-08-15 14:09:15 | 祈念日


今年もまた8月15日を迎えました。
66回目の終戦記念日です。

またひとつ悲しみを重ねた66回目の夏も
大空に向かい、こう綴ります。
世界中から戦争と核兵器がなくなる日が来ることを
そして日本という国が『平和大国』への道を
ひた走ることを願ってやみません。



終戦から66年、戦没者追悼式に6100人
産経新聞 8月15日(月)12時23分配信

66回目の終戦の日を迎えた15日、
政府が主催する全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で開かれた。
天皇、皇后両陛下のご臨席のもと、
菅直人首相や全国各地の遺族ら約6100人が参列。
戦争の犠牲となった軍人・軍属約230万人および一般市民約80万人、
あわせて計約310万人の冥福を祈るとともに、
平和への誓いを新たにした。

式典は正午前に始まり、両陛下のご入場後、参列者全員で国歌を斉唱。
菅首相は式辞で東日本大震災について触れ、
「我が国は国民一人一人の努力によって戦後の廃墟から立ち上がり、
今日まで幾多の困難を乗り越えてきました」と述べ、
震災から日本を再生させることが
先人の尊い犠牲や労苦に応えることだとした。

その後、正午の時報とともに1分間の黙祷がささげられ、
天皇陛下が「かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、
深い悲しみを新たにいたします」とお言葉を述べられた。

遺族代表で父をフィリピン沖で失った甲府市の河西佐智子さん(67)は
「この悲しい歴史を二度と繰り返さないことをお誓いします」と
追悼の辞を述べた。
参列予定だった西岡武夫参院議長は体調不良で出席を取り止めた。

厚生労働省によると、戦没者遺族の出席者は4817人。
最年長は、夫が中国雲南省で戦死した東京都の馬場宮子さん(97)。
曽祖父が沖縄戦で戦死した沖縄県の宮城海皇ちゃん(5)は、
平成21年に続き2回目の最年少者となった。




2007年8月に綴った追悼の旅の記録です。
ぜひもう一度ごらんください。

特集●62年目の夏
特集●62年目の夏[1]ヒロシマへ
特集●62年目の夏[2] この地に立って その1
特集●62年目の夏[3] この地に立って その2
特集●62年目の夏[4] この地に立って その3
特集●62年目の夏[5] ヒロシマからナガサキへ
特集●62年目の夏[最終回] 平和への礎



もう一つのサイト天描の世界もごらんください。





人気blogランキング参加中です。
『決してリードは放しま宣言』に賛成の方は
クリックしてください
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

残暑お見舞い申し上げます

2011-08-10 14:56:37 | 歳月



残暑お見舞い申し上げます


猛暑の夏は今年も・・・
まだまだ厳しい日々が続きますが
年配の方は節電もほどほどに
水分もしっかりとって無理せず
どうぞお元気でお過ごしください



アンちゃんも11歳を過ぎて
この夏はややバテ気味のようです。


夏場の自転車散歩はグンと少なくなりますが
たまには保冷剤入りのタオルも巻いて
しっかりガードしています。



もう一つのサイト天描の世界もごらんください。





人気blogランキング参加中です。
『決してリードは放しま宣言』に賛成の方は
クリックしてください
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

原爆と原発を問う―ナガサキの夏

2011-08-09 14:16:48 | 祈念日


1945年8月9日午前11時2分、長崎
あの日から66年目の夏です。

<長崎原爆の日>
「原子力に代わるエネルギーを」平和宣言
毎日新聞 8月9日(火)10時53分配信

長崎は9日、66回目の「原爆の日」を迎えた。
長崎市松山町の平和公園では、長崎原爆犠牲者を慰霊する
平和祈念式典が開かれ、被爆者や遺族、
初出席の米国を含む各国政府代表ら約6000人が、
平和への思いを新たにした。
東日本大震災や福島第1原発事故を受けた今年の平和宣言で、
田上富久長崎市長は被爆国が再び放射線の恐怖に脅かされる現状を指摘し、
今後の社会づくりに向けた深い議論を呼びかけると共に
「原子力に代わる再生可能エネルギーの開発を」と訴えた。
また、長崎が廃虚から復興したことに触れ「希望を失わないで」
「世界が応援している」と被災地にエールを送った。

田上市長は「『ノーモア・ヒバクシャ』を訴えてきた被爆国が
どうして再び、放射線の恐怖におびえることになったのか」と述べ、
「自然への畏れを忘れていなかったか、
人間の制御力を過信していなかったか、
未来への責任から目をそらしていなかったか……」と問い、
「根底からの議論」を呼びかけた。
そのうえで「より安全なエネルギーを基盤とする社会への転換」を訴え、
48年に始まった長崎平和宣言で初めてエネルギー政策転換に言及した。

また、「1カ所の原発事故による放射線が
これほど大きな混乱を引き起こしている今、核攻撃がいかに非人道的か、
はっきりと理解できるはず」と述べ、改めて核兵器廃絶を世界に訴えた。

一方、「核兵器のない世界」を掲げる米国が臨界前核実験などを
継続していることにも触れ、
オバマ大統領に「被爆地や世界の人々を失望させないよう
リーダーシップの発揮を」と求め、
核保有国をはじめ国際社会に核兵器禁止条約の締結を呼びかけた。
さらに日本政府には、非核三原則の法制化と、
「北東アジア非核兵器地帯」の創設を訴えた。

そして、被災地の復興と原発事故の収束、
原爆と東日本大震災の犠牲者の冥福を祈り、
核兵器廃絶に取り組むと結んだ。

平和宣言の起草過程では、被爆者などから「脱原発」のアピールを
求める声が強かったが、市長は「議論することが大切だ」と繰り返し、
文言としては盛り込まれなかった。

一方、菅直人首相もあいさつで原発事故に言及。
「事故原因の徹底的な検証と安全性確保のための抜本対策を
講じるとともに『原発に依存しない社会』を目指す」と述べた。

被爆者代表として「平和への誓い」を読んだ松尾久夫さん(83)は
「原爆を使用し、無残な悲劇が長崎を襲った。
尊い命を無差別に奪い去ることは人道的に許されない。
この悲劇が二度と繰り返されぬよう世界の指導者に訴える」と述べた。

式典には昨年より12カ国多い過去最多の44カ国の代表が参加。
米国からジェームス・ズムワルト臨時代理大使が初めて出席するなど、
初参加国は15カ国。
震災被災地の福島市長や福島県いわき市の中学生も出席した。
式典は、今年初めて世界にインターネット中継された。
この1年間に死亡が確認された原爆死没者3288人の名簿3冊が奉安され、
死没者数は計15万5546人になった。【下原知広】


平成23年長崎平和宣言



もう一つのサイト天描の世界もごらんください。





人気blogランキング参加中です。
『決してリードは放しま宣言』に賛成の方は
クリックしてください
コメント (0) |  トラックバック (0) |