Me & Mr. Eric Benet

私とエリック・ベネイ

NILE RODGERS and CHIC @Blue Note Tokyo 5/29 1st and 2nd

2011-05-30 17:25:24 | NILE RODGERS & the CHIC organization
4月の来日の時にブルーノートのステージで「来月もまた来るよ。」とナイルが話し、
最初は「これたらいいね。」位の気持ちを示してくれたのかと思ったら、
最終日に「決定した」と宣言した。

マカオでショウをやるのでその帰りに寄って一日だけのライブを行うと言う。
その後、ブルーノートのスケジュールにも発表になり、
ファンの間では、例え会員であっても予約が殺到して取れないのではないか、
と話題になっていた。
一日だけのライブならと迷いもなく通しで2ショウを予約。

ナイル・ロジャースのライブで何回か顔を合わせ、
またZAPPでもお会いしたYさんから「ナイルのTシャツを作ることにした。」
と仲間に入れていただき、当日はみんなでこのTシャツを着ることに。

昨日は私が習い事が夕方まであり、ブルーノート着予定は5時半頃になるので、
夫に4時半までにはブルーノートに行き整理券を確保して貰うように頼む。
通しで予約している人がかなりいるはずなので、
ゆっくり行くと1stはおろか2ndも前方に座れないかと思ったのだ。

朝から大雨。
出先が駅から遠いのだが帰りには更に雨足が強くなり、傘をさしていても雨に打たれる。
表参道に着く頃には台風のようになり、徒歩は諦めタクシーに乗る。
着いたのは5時半頃。
ロビーには人が溢れている。熱気が凄い。
入り口で煙草を吸っていた夫とは会えたが、
その他の待ち合わせをした方、初対面の方達と会えるかと心配になる。

facebookで知り合ったフランス人の女性Nさんは、
お嬢さん二人も連れてご主人やお友達とみえていて、
家族の写真も見ていたのですぐわかった。
ナイルのライブは毎回、全員で来るという素敵なご一家。
ライブ中も家族揃って楽しく踊っている様子が見えた。

Eさんもお友達といらしていて、夫が既に見つけてお話していた。
Tシャツを作ったYさん、その奥様やナイルのファンで同じTシャツを着た人達が何人もいる。
TH(chanpara)さんも私達をみつけて声を掛けに来て下さった。
整理番号の順番が20番代後半で、THさん、私達、Eさんたち、と連なっていて笑える。

そして3番を取ったYさん、朝8時に来たと聞いてびっくり。
1番はなんと5時、2番は6時だったそうだ。
うーん、エリックのファンの人にここまでする人達はいない。
やはりナイルはほんとうに日本で良いファン達に愛されている。
そして本人もそのことを良く知っている。

夫が仲良く話している人がいるので「知り合いなの?」と聞いたら、
「そのTシャツ買いたいんですけど、フロントで売っているんですか?」
と話しかけてきて待ち時間を一緒に過ごす内に親しくなったそうだ。
ナイルのショウにはブルーノートの初回から来ているそうだが、
だんだんと人が増えていると言っていた。
やはり一度観た人はもう一度観たい、また自信を持って人を誘える、
それだけの素晴らしいショウを毎回やってくれるからに違いない。

開場も30分遅れショウ開始は10分遅れだろうか。

Hanging
Everboday Dance
Dance Dance Dance
Sukiyaki(上を向いて歩こう)→I Want Your Love
I'm Coming Out
Upside Down
Greatest Dancer
We Are Family
Soup For One
Like A Virgin
Chic Cheer
Forbidden Lover
Thinking Of You
Let's Dance
Le Freak
Good Times

こんなたくさんの曲のセットリスト、とても覚えられません。
ステージ上にあったセトリを写メールしました。

前回の時と同様に"Hanging"で入場が始まり、"Hanging"で退場していく。
この中で新曲の"I Wanna Dance"の披露と写真撮影タイムがあったが、
それがどこで入ったか思い出さない。

みんな、マカオからその日に着いてほとんど寝てない状態で、
ライブをしているらしい。
それなのに少しも疲れを感じさせない。
バンドがずっと組んで周っているせいか、以前よりも更にタイトになり、
クルーたちの信頼関係も深まって、それぞれが伸び伸びとパーフォームしているように見えた。
キンバリーの歌が輝きを増している。
フォラミもパーフォーマンスが自信に満ちている。
ベースのジェリーも特にセカンドでフリープレイが炸裂した。
観客も1日だけのショウ、ほんとうのファン達が集結した。
すべての曲にお約束の正しい反応を返す。

ただブルーノートでの機材のミキシング、1stでは音合わせが間に合わなかったのか、
セランやジェリーがステージ周りのクルーに指示を出している様子がみられた。
同じメンバーでも会場が変わると調整が必要になってくるのだろう。

1stの方がナイルは饒舌だったかもしれない。
ダイアナ・ロスとの"I'm Cominig"誕生のエピソードなどをダイアナの物真似を入れて、
たっぷり聞かせてくれた。
最初はこの曲は自分らしくなくて歌いたくないと言っていたのに、
今では自分のコンサートの最初に、この曲で登場していると。
ダイアナに後になってからそれを言うと「あら~、私そんなこと言った?」
ダイアナの曲を書く頃にはナイルも経験を積んでいたから、
「契約書に歌うという事項が定まっている。」と強気に出たことなど。

ライブ中に腕時計をふと見たナイル「香港タイムからまだ日本時間に合わせてないな。」
前日と言うかマカオのショウは夜中まであるので、ナイルの話からすると、
同じ日にマカオと日本でライブをしたことになる。
ショウが終わって3時過ぎにはホテルからマカオのジェットフェリー乗り場へ。
マカオから香港へと船、そこから香港の空港へ行き、搭乗を待ちながら、
「今日、東京でライブやるなんて信じられないね。」なんてクルーたちと、
話していて、そして東京へ。
気がつくと成田空港内を歩いていた(ナイルは成田と言ったが、
羽田に着いたのではと言う説もあり)
外に出ると大雨が降っていてやれやれ。
ホテルに着いたナイルは部屋で一瞬寝てしまい、電話で起こされたと話していた。
「でも僕たちは元気いっぱいだし、ここは僕のホームタウン、we are familyだからね。
皆とまた今月も会えて嬉しいよ、来月もまた来ちゃおうかな。
いや東京に住んで毎週、毎日だってやってもいい。」
「体の半分はニューヨーク、マカオにも残っていてそして今は東京、
渾然としている状態だけど、心は東京だよ。」

2ndでは"I Want Your Love"が1st通りに終わった後に
ナイルのギターのソロが中心の演奏で、反復された。
これが予定外だったのかクルーたちが微笑みながら聴き入っている。
この哀愁を帯びたギターの調べがとても美しかった。
"Sukiyaki"、ナイルは「全米トップ1を取るってたいへんなことなんだ。
それを成し遂げた日本の歌があるなんて誇りに思って欲しい。」と紹介。
前半も素晴らしかったが、後半ではキンバリーも大泣き、ナイルも貰い泣き、
観客も直立不動で聴き入る。

キンバリー、いろいろな不安のある中、4月にナイルと一緒に東京にやってきた。
facebookには家族や友達の彼女を心配するコメントが載っていた。
それでもそんな中で日本で歌い通したことで彼女の歌に凄みが加わった。
歌詞にアドリブが入る。
雨が降っても辛い時でも上を向いて歩こう、たいへんな時の日本に来てくれた彼女だからこそ、
この曲に特別な意味を添えられる。
「歌で人々に喜びを与えられる。こんな幸せなことはない。」と4月の来日中にコメントしていた。

1stで一瞬、停電かと思える瞬間があり、ナイルのギターの音が出なくなってしまう。
そこを鼻歌から歌に、それに音が付き、ナイルがニコニコと笑顔を絶やさずに、
楽しんでいるようにさえ見えたので、誰も不安に思わなかった。
そしてギターの電源は回復。

"Like A Virgin"の前にナイルはフォラミを「彼女はこの曲にぴったりなんだ。
そしてこの曲を歌うためにヴァージンカラー、白を着ている。」と紹介。
フォラミ、チューブトップの白のドレスに翡翠色にも水色にも見えるネックレスが映える。
水色のアイシャドーも良く似合っている。
「フォラミは前に誘った時は断られたけど、今回のツアーでは参加してくれた。」
ナイルの言葉に控えめに微笑むフォラミ。
シンガー、アクトレス、モデル、そしてヘアスタイリストの肩書もあり。
表情豊かでチャーミング、ガンガン歌うキンバリーとスタイリッシュで所作が決まるフォラミ。
二人のコンビネーション、歌の役割分担がショウに彩りを添えている。

ドラムスのラルフは1stでも「最近、デビッド・ボウイと良く間違えられるんだ。
携帯の着信メロディーもこの曲にしている。」
などと言いながら"Let's Dance"を歌いだしたが、
2ndでは、更に悪ノリして別の曲も。
そしてキング牧師の演説、アーノルド・シュワルツネガ―の真似まで始めた。
ナイルも笑っている。

セカンド、"I Wanna Dance"の最初の掛け声、ラルフが始めるはずなのに黙っている。
振り返って見るナイルに「何かナイルがサインを出してくれてから始めるかと思ったんだ(笑)」
仕切り直しだが、ラルフはまた吹いてしまい、もう一度やり直しになる。
この辺りがとても和やかな雰囲気だ。

"I Wanna Dance"前回の来日では一日だけ演奏されたようだ。
今回の来日でみんなが楽しみにしていた曲。
ナイル曰く、クール&ギャングのメンバーとは従兄で子供の頃からカッコイイと思って、
真似したりしていた。
一度、一緒に組んでみたいと思っていたが、自分が癌になったりしたために、
実現が遅れた。

ナイルがセカンドでは"Everybody Dance"のアルバムを女性にプレゼントして、
彼女に向かって"Bonita・・・"と名前をもじるとキーボードのセランがその言葉に反応して、
チラッと関連曲のリフを弾く。
このCD、大勢の大物アーティストがシックのCDにナイルの書いた自分名義の曲を提供している、
そんなこともナイルは紹介。

セラン、facebookのステータスを読むとクラシックピアノからスタートしたようだ。
母の日に「お母さんは僕が三歳の時、手で目隠しをして譜面を見ないで弾けるように
ピアノを教えてくれた。」とか「ラフマニノフが自分の原点。」と書いてあった。
今回のツアーはベースのジェリーの誘いで応じた。
参加してみてとても勉強になりいろいろな体験ができたと綴っていた。

1stはキチッとセカンドはくだけてリラックスした雰囲気だった。
ラルフとキンバリーがお誕生日、ケーキのサプライズがあったが、
これはやはり1stの時にはキンバリーもラルフもほんとうに予想外だったようで、
びっくり、うるうるの表情でキャンドルを吹き消していた。
2ndには花束を用意して来ている人達もいて今回の4月に続く5月、
一連の来日の最終回でもあり盛り上がる。
ナイルもクルーも感慨深げだ。
客席から"We are family, I got all my sisters with me~"の合唱が始まる。
声が小さめになってくるとナイル「それいいね。やめないで続けて。」
とすごく喜んでいる。

1stの終了が30分伸びたので、セカンドは30分遅れて始まる。
ロビーの熱気は1stの前とは較べものにならない。
その中でYuriさんやお友達とも会えた。
Kaoruさんとこの中で会えるかなぁと思っていたら彼女もナイルTシャツを着ていて発見。
nkmrakikoさんも仕事場から駆け付けてきたが、ショウが遅れたお陰で充分間に合った。

2ndの終わったのは12時10分前位。
1ショウに1時間45分位掛けてくれている。
しかしさすがに2ショウとも、しょっぱなからオールスタンディングゆえにけっこう体力は消耗した。
また頭の中も混乱していて、それぞれのショウの様子の区別がつかなくなっている。
観ているだけでもこうなんだから、ショウをやっているシックのメンバー達はほんとうに凄い。

夫の仕事も朝早いので残念ながらサイン会はパスして帰宅することに。
出口付近にいたベースのジェリーと話すと「二日間寝ていない。へとへとだ。」
と言いながらも観客が集まるロビーにいて皆と写真撮影や歓談を楽しんでいる。

家に帰ってからパソコンを開くともう帰宅した方が写真をアップしていたり、
メールや書き込みがあるので、レスを付けたりしていると既に午前2時を廻る。
そこでナイル・ロジャースのツイッタ―を見るとナイルも部屋に戻ってツイートしているようで、
ナイル宛てに感謝と感激を書き込むと早速DMでお返事を頂く。

他の方達もみんな、どんどんツイートしているようで、
ナイルから「みんな、午前3時だよ。今日はこれくらいにして寝よう。」とツイートあり。
ナイルさまのお達しに従い「はい、お休みなさい」(笑)
ライブで感動したりすると興奮さめやらず体は疲れていても眠れない。
その上、観に行ったアーティストがツイートしていたら、ナイルが起きている間は、
一緒に起きていたいとファンなら思うはずだ。

通しで観る、ニューオリンズのエッセンスのエリックべネイ以来、日本では初めての経験だった。
今は疲れたとか言っていてもまた懲りずにやってしまいそうだ。
いろいろな違い、メンバー達の様子や観客の反応を含めて、すべて興味深かった。
そしてネットを通して知り合った同じ趣味を持つ方達とお会いできたことも嬉しかった。

アメリカンアイドル シーズン10 トップ3

2011-05-29 11:28:46 | アメリカンアイドル
トップ3になると一人三曲も歌わなければならない。
もともと知っている曲ならともかく指定された未知の曲にも、
挑戦しなければならない。

今回はボーカルコーチとしてビヨンセが登場。
ビヨンセ、ステージでも華やかだが普段のナチュラルメイクでも、
充分過ぎるほど美しい。

スコティー ローンスター"Amazed"
スコティーは自分の独特の世界を番組を通して作り上げてきた。
ラジオで彼の曲が掛かったとしたら、その声ですぐに彼だとわかるだろう。
非の打ち所のないパーフォーマンスだった。
いつも候補者たちは里帰りをして帰ってくると皆、貫録がつく。
地元の自分を取り巻く環境がどれだけ変わっているかを認識して、
それが自信に繋がってくるのだろう。

ローレン "Wild One"
ノリの良い曲の方が彼女には合っているとビヨンセ。
ローレンも里帰りをして自信を付けたようだ。
しかし少しピッチが外れるところがあった。

ヘイリー レッドツェッぺリン "What You Never Been Found"
自分の父は素晴らしいギタリストだから彼に演奏を頼みたいと申し出る。
番組初の親子共演。
ビヨンセはヘイリーがお気に入りのようだ。
こんな難しい曲に挑戦したヘイリーの心意気に拍手。
途中で転んでしまうが、すぐに起き上がって何事もなかったかのように歌ってみせた。
会場はスタンディングオベーション、審査員にも大好評だった。
ジェニファー「転んでも歌い続けるのがプロよ。私だってビヨンセだって転んだことがある。」
第一ラウンドはヘイリーが優勢だ。

スコティー 
オーディションの映像を振り返る。
今も初々しいが16才、オーディションの頃と較べるとすっかり垢抜けた。
最初は変わった声のワンパターンかと思ったが、
今はいろいろな曲が歌える。
ジミーの選んだスコティーへの曲は、"Are You Gonna Kiss Me Or Not"
トム・ぺティーの正統派カントリーソングできめた。

ローレン
オーディションの映像を見るとローレンも短期間の間に洗練されてとても綺麗になった。
自分が合格した後で家族を呼び、スティーブンを巻き込んでエアロスミスの曲を歌ったのは、
とてもキュートだった。
ランディー"You got it!"
合格者の出ない長い一日のオーディションの最後に彼女の歌を聴いて感激している映像。
「持っているヤツは持ってるんだ。年齢や経験なんて関係ない。」

ジミーはローレンにバンド・ペリー "If I Die Young"を選ぶ。
「シンガーは何百曲と歌う内に自分にぴったりな自分にしか歌えない曲と出会える。
この曲は君に合っていると思う。」
「悲しい曲だけど何か元気が出るような部分もあるから、この曲が好き。」
とローレン。
哀愁のあるメロディーを暗くさせずに心を込めた。
抜けるように明るいスコティーと較べると同じカントリーを歌ってもローレンには憂いがある。
儚げな影が彼女の魅力なのかもしれない。

ヘイリー
意外に初期の頃と余り変わっていないかもしれない。
この番組に再挑戦だと言っていたのも思い出した。
ジミーはヘイリーにスティーブン・ニックス"Rhiannon"を選んだ。
やはり三曲歌うのだと歌詞を覚えるだけでもたいへん。
一曲目を越えるには至らず苦戦していた。

3ラウンド目は審査員の選んだ曲
スコティー ケニー・ロジャース "She Believes In Me"
抑え気味の歌い方がいい。
それでもケニーのハスキーな味のある声が魅力なこの曲はやはり難しかった。
高音がちょっと苦しそうだ。

ローレン リー・アン・ウ―マック "I Hope You Dance"
しっとりと歌い上げ、もうカントリー歌手の貫録十分。
しかしカントリーの要は歌詞とアメリカ魂だ。
残念ながら、日本語が母国語の私にはそこまで曲の深みが理解できない。

ヘイリー アラニス・モリセット "You Oughta Know"
1995年のロックのヒット曲。
一曲目と二曲目との違いを出そうと努力しているのがわかる。
審査員には好評だったが、選ばれた二曲よりも、
自分で選んだ一曲目が一番良かったのでは。

さて今晩は三人の凱旋里帰りの様子とトップ2の発表となる。
今日はナイル・ロジャースのライブに行くので録画して、
結果は後ほど観ることに。

オクト―バーフェスト@日比谷公園

2011-05-26 16:37:06 | 私の日々
今年もオクト―バーフェストの季節がやってきた。
日比谷公園でのフェスティバルは5/20~29まで。
http://www.oktober-fest.jp/hibiya2011/index.html
毎年ドイツ・ミュンヘンで開催され650万人の来場者が訪れ、
600万杯以上のビールが飲まれ30万以上のソーセージが食べられるという世界一のビールの祭典。
数年前から東京周辺でも行なわれるようになった。

なぜ5月なのにオクトーバーフェストなのか。
ドイツのフェスティバルの名称をそのまま持ってきて、
秋ではなく春にやっている、それだけのことのようだ。

弟から教えて貰い2008年に初めて行ったのだが、
日比谷公園の広場、周囲は公園の緑に包まれ、薔薇が咲き乱れ、
その更に遠景には日比谷周辺のビル街が見える。
日曜の午後、陽射しが強い日だったが、日本にはないドイツのいろいろなビール、
また知人が働いていたソーセージメーカー、ハライコなどドイツ関連フードの各ブースもあり、
ビールとドイツ料理を堪能できた。

かつて9月にドイツを訪れたことがあるが、
町の中の広場でこんなビアガーデンをよく見かけた。
広場、公園、名所旧跡、いたるところにビールを飲ませるスペースがあった。
しかし街頭のビアガーデンでは料理までは出していなかったように思う。

秋でも春でも気候の良い時期に外で飲むビールの味は格別だ。
最初にビアグラス代を収めて後でグラス返却後にこのお金を返してもらうのだが、
オープンエアにもかかわらず、プラスティックのカップとかではなく、
しっかりしたビアグラスで飲ませるところも気に入っている。

2年続けて逃してしまったこのフェスティバル。
開催初日の20日からソワソワ。
行ける予定だった日曜日の夕方、3時頃から空は曇り始め、雨雲が出てきて、
どんどん雨足が強くなってしまった。
雨でも行く気でいたが、雨どころか気温が徐々に下がり始めて、
ビール日和からは程遠い陽気になったので諦めた。

昨日は待ちに待ったオクトバーフェストへと4時少し前に入場した。
今年日本初上陸というビールのブースには行列ができている。
その他にもたくさんのビアブースが出ていて目移りする。
最初に選んだビールは割と日本的だった。
次に選んだのは、黒が勝ち過ぎている。
最後にようやく自分好みの適度に癖があって、それでも濃すぎないビールをみつけた。
お摘みはハライコのソーセージやポテト、別のブースからドイツの煮込み料理、
ハムや野菜の盛り合わせ、ピクルス、アーモンドなどなど。


このフェスティバルの常連で開催中に何度も通うと言っていた人に携帯で連絡。
やはり来ていて、向こうは慣れたもので簡単に場所を説明すると
すぐに私達をみつけて来てくれた。
お薦めのビールや食べ物の情報を教えて貰う。

近くに住む友人夫婦に電話すると「これから行く。」と返事を貰う。
夕闇が迫る頃にはだんだんと混んできた。
ビールの行列も長くなってきている。
席を確保してしばし待ち、友人の到着を待ってまた酒盛りが続く。
ビールは行列が長いし、飲み飽きたので今度はワインのブースへ。
グラスでも銘柄を選んで飲める。一緒の人達の人数も増えてきたので
ボトルのシャンパンを買うと、人数分のグラスを段ボールに詰めて渡してくれた。

夜もふけるころには広場は人で溢れ、公園の入り口付近にお花見の時のように、
シートを敷いて陣取る人達が増えてきた。
そろそろ帰ろうと時計を見ると、この場所に5時間近くいたことに気づいてびっくり。
その間、都会の景色が昼から夕、夜へと移り変わるのを楽しんだ。

前に来たのは一昨年のように最初は思っていた。
その時に撮った写真があるはずだと思いパソコンのデータをさぐる。
そしてそれが3年前だと自分の髪型からわかった。
3年間などあっという間、それでもいろいろなことがあったと、
写真を見ながら、その時から今までの記憶が薄れかけていた出来事を思い返していた。

「完璧なタイミング」

2011-05-24 05:23:06 | エリック・ベネイ関連インタビュー
まもなくイギリスでツアーをするエリック・べネイに
”Blues & Soul”のPete Lewisが行なった30分間のインタビューを訳してみた。

Eric Benet: Perfect timing
http://www.bluesandsoul.com/feature/670/eric_benet_perfect_timing/

エリック・べネイ、彼の最新の5つ目のアルバム”Lost In Time”は、
ここ12カ月の間に業界や関係者の間で最高のアルバムと評されている。
シンガーソングライターでプロデューサーのエリックべネイは
今月末のライブのためにイギリスへと戻ってくる。

フェイス・エバンス、クリセット・ミシェル、レディシ、
かつてフィリーソウルで一世を風靡したオージェイズのエディー・リバートとのデュエットを含む
アルバム“Lost In Time”はエリックの70年代のロマンティックなソウルミュージックへのオマージュだ。
その時代の音楽に、そして自分自身のルーツへと回帰するため、
エリックは故郷のウィスコンシン州、ミルウォーキーへと戻り、
ストリングスの部分はミルウォーキー交響楽団が担当した。

“Lost In Time”はエリック自身とずっと彼と組んで制作に携わっているパートナーであり、
従兄でもあるジョージ・ナッシュJrが作り上げた。
アルバム全体が情熱的で真摯なソウルが感じられるものであるにもかかわらず、
フィリー系のアップビートなグル―ヴ感、そしてスローなオーケストラのストリングス、
と緻密な考察の上に成り立っている。
中でもシングルカットされたメランコリーな”Sometimes I Cry”、
ロマンスの息吹が感じられる“Never Want To Live Without You”、
気持ちが高揚するような”Feel Good”、パンチの利いた懐かしのディスコ風の”Good Life”など。

エリック・べネイ・ジョーダンは1970年の10月に(正しくは1966年)に
アラバマ州モービルで生まれ、ミルウォーキーで育った。
5人兄弟の末っ子だったエリックは、10代の終わりに地元の人気グループ、Gerardに参加する。
そして従兄のジョージナッシュと姉のリサと組み、1992年にBenetというグループを結成した。

その後、エリックは自身のソロとしてのキャリアをワーナーブラザースからスタートさせる。
デビューアルバム、”True To Myself”、
二枚目の1999年のヒットアルバム、”A Day In The Life”、
このアルバム中のタミアとのデュエット”Spend My Life With You”で彼は最初のグラミーにノミネートされた。
その後、私生活での困難な時期ー
オスカー女優、ハリー・ベリーとの別離などでマスコミにさらされることになるーが続いた後、
エリックは名プロデューサー、デビッド・フォスターと組み2005年に3番目のアルバム”Hurricane”をリリースし、
2008年には”Love and Life”で2つのグラミーにノミネートされた。
最新のアルバム、”Lost In Time”もイギリスにおいて高い評価を受けている。

新しいアルバムは70年代への回帰と言われていますが?
エリックべネイ「アメリカでラジオを聴いているとね、今の音楽には何か欠けている、
そんな気持ちになったんだ。
”Love&Life”のアルバムを作った時に、
70年代へのオマージュを”You’re The Only One”という曲にしたのだけれど、
自分の気持ちがこれに凄くフィットした。
そしてアメリカでもこの曲は数週に渡ってヒットチャートのNo.1となった。
この曲を作っている時も歌う時も自分自身でとても楽しめた。
これがきっかけとなって次のアルバムは、
アルバムすべてを70年代の自分の好みのR&Bで統一しようと思ったんだ。

エリックの他のアルバムの曲にも70年代の影響があると思いますが、
今回のアルバムでは今までとどういったことが違っているのですか。
「確かに今までも『影響』は受けていることが他の曲を聴けばわかると思うよ。
でも今回のアルバムは『影響』ではなくて、そのものズバリなんだ。
まさに自分が70年代にいるように感じられるアルバム。
そのために生音の臨場感を大切にした。
その時代のレコード録音がどのようになされたかの記録を読み、
できるだけそれに近い形で作業を進めるように試みた。
それぞれのパートを別々に作るのではなく、セッションをしながら音を作り上げるようにしたんだ。」

それをやってみて結果的にはどうでしたか。
「ものすごくオーガニックで自然、リアリティーがある音作りができたよ。
そしてそれぞれのトラックに一つ一つの個性を与えることができた。
そのことで一曲ごとの輝きが増した。予想もしないことだったけどね。
ベースがドラムスの刻むリズムを聴き、それに音を添える、そこにボーカルを僕が加え、
ギターもメロディーを作りだす、
作られた楽譜に添って正しい音を出すことではなく真のグル―ヴ感を尊重したんだ。」

“Lost In Time”の中ではR&Bの高名なシンガー達、フェイス・エバンス、
オージェイズのエディー・リバート、クリセット・ミシェル、レディシ、
といった顔ぶれがデュエットで登場していますが。
「僕の今までのアルバムにないほど、今回はデュエット曲がたくさん納められているけれど、
それは計画したことじゃなくてたまたまそうなっただけなんだ。
ジョージと曲を作りながら、これは僕一人のソロがいい、またこの曲はデュエットの方がいい、
そんな風に決めていった。
そして曲が出来上がった時にどんな人がその曲のデュエットに相応しいかと考えて交渉に入っていった。
例えば、クリセット・ミシェル、まだこの分野では新人の部類に入るかもしれないが、
独特の勝気な雰囲気、ユニークな声の持ち主だ。
彼女は”Take It “にぴったりだと思った。
そしてエディー・リバート。
”Paid”を書きあげるやいなや、この曲はオージェイズそのものだと思った。
エディーにデモを送り、彼が興味を示すか結果待ちだった。
こんな具合に曲がそれぞれ、それに相応しい結果へと自然に繋がっていった。
後はそのアーティストに連絡して説得するのみだったよ。」

5人兄弟で育ったミルウォーキーという場所はあなたにどういう音楽的な影響を与えましたか。
「正直なところ、ミルウォーキーという都市から音楽的な影響を受けたとは思っていない。
特に音楽的な背景のない、それでもいくつか地元のバンドがある、そんなどこにでもあるような
地方都市だったからだ。
むしろ自分が育った家庭環境が大きかった。
兄や姉達が音楽の趣味が豊かで自分のレコードコレクションもたくさん持っていたことから、
子供のころからいろいろな曲を聴いてきた。
その上、みんな、楽器も弾いていたんだ。
キッチンやリビングルームでアースやスティービーの曲がそこかしこから聴こえていた。
兄弟達がみんな、異なる音楽が好きでね、
例えば、クイーンからビートルズ、ジェームズ・ブラウン、エルトン・ジョン。
ミルウォーキーという土地ではなく兄弟達から影響を受けたと言えるね。」

これからイギリスの何か所かでエリックはライブを行いますが、それについて一言。
「自分のようなカテゴリーの曲、またライブミュージックに関して拘りを持つ国がいくつかある。
イギリスはその内の一つであることに間違いはない。
今、アメリカにおいては音楽自体よりもアーティストの人気が業界を左右していると思う。
そのために海外で自分のアルバムが正しくプロモーションされないことを残念に思っていた。
イギリスのマーケットに自分の曲はぴったりだと思っていたから。
自分自身が自分の音楽を体現していると自負しているので、
今回の訪英で歌を通して自分の信条をたっぷりと伝えるつもりだ。
僕のステージには大仕掛けもダンシングガールもいないけれど、
音楽への愛が溢れるグルーヴ感たっぷりの素晴らしい時間を楽しめるよ。」

アメリカンアイドル シーズン10 トップ4

2011-05-22 21:56:22 | アメリカンアイドル
トップ3に入ると地元への凱旋が待っている。
トップ4、ここが踏ん張り時だ。

シーズン9のビッグマイクは目標を「優勝」ではなく、「地元への凱旋」とまで言ったほどだ。
ずっとアメリカンアイドルで歌うために離れていた故郷へと、
あるいは生まれ育ってからしばらく帰れないでいた古里へと戻り、
VIP待遇、たいへんな歓迎の嵐が待っている。

今回のテーマは「心を揺すぶられた曲」「リーバー・スト―ラ―」

ジェームズ "Don't Stop Believing"
ジェームズはステージ映えがする。
オーディションからトップ4までの道のりと重なる歌。

ヘイリー "Earth Song"
マイケル・ジャクソンのこんな難しい曲をどうやって歌うのかと思えば、
ヘイリーのマイケルとこの曲への熱い想いが伝わってきた。
しかし審査員からは不評だった。
客席からケイシーが大喜びで声援を送っている。
落選してもこうやって親しい候補者の快挙を心から祝福している。

スコティー "Where Were You"
歌詞の中にある"Simple guy's simple song"
「自分は単なる歌い手だ。」
ランディーから「この気持ちをずっと貫くんだぞ。」と励まされる。

ローレン "Anyway"
竜巻で被害のあった地元への応援歌。
ローレンのしっかりした歌唱力を再認識。

次のテーマは「リーバースト―ラ―」
レディー・ガガがメンターの助っ人にやってくる。
レディーガガ、素顔が見られるかと思ったら、いつも以上にフルメークアップだった。

ヘイリー "I Who Have Nothing"
練習中にガガから「あなたは歌が巧いんだから、
もっとパーフォーマンスの中にストーリー性を取り込んで。」
とアドバイスされる。
エディット・ピアフのようにドラマティックにして欲しいと。
本番では前半であれほどけなされたのに、むしろそれをばねにして歌に叩きつけた。
今までのヘイリーのパーフォーマンスで最高だった。

スコティー "Young Blood"
残念ながらとても歌唱力を競うコンペティションのパーフォーマンスとは思えなかった。

ローレン "Trouble"
エルビス・プレスリーのこの曲、"evil"「ワル」という歌詞の意味を深めて、
もっと雰囲気を出してと言われる。
ローレン、ここに来てぐんぐんと力をつけてきている。
しかし出だしは良かったが、後半ステージ周辺を歩き回るとマイクの声が途切れがちになる。
ステージに戻っても音程とテンポを取り戻せないままパーフォーマンスが終了した。

ジェームズ "Love Portion No.9"
ガガからエルヴィスのセクシーさが足りないとアドバイス。
本番ではステージ、客席すべてを使ってまるでジェームズのライブのように歌いきった。

結果発表
優勝はともかく、一番里帰りさせてあげたかった人、ジェームズが落選となった。
最後の歌のパーフォーマンス中にも、さすがに無念は隠しきれない。
過去の映像を振り返ると、難病を抱えていじめを受けたり、
家庭的にも苦労をしてきたジェームズ。
婚約者と彼女の幼子に支えられて、オーディションからここまでの長い道のりを辿ってきた。

両陛下 被災地支援コンサート鑑賞

2011-05-20 02:45:19 | ピアニスト 金子三勇士
クラシック音楽プロダクション「ジャパンアーツ」主宰のチャリティーコンサート、
「音楽に祈りを込めて 東日本大震災復興支援チャリティーコンサート クラシックエイド」
が5月18日(水)19:00~東京オペラシティーにて行なわれた。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110519/t10015975991000.html

ジャパンアーツに所属するアーティスト達、約40名が被災地の復興を支援しようとノーギャラで出演、
会場も場所を無償で提供し、手伝うスタッフ達もまたボランティアで奉仕した。

金子三勇士は 後半に出演。
演奏する曲は、大河ドラマのテーマ曲も手がける吉松隆がこの日のために書き下ろした「5月の夢の歌」
金子三勇士(ピアノ) / 赤坂達三(クラリネット) / 原田節(オンド・マルトノ)
その他、弦楽アンサンブル

「再生」がテーマとのことだったがセットリストを見ると「祈り」や、
悲しみを乗り越えるのに相応しい元気や慰めを与えてくれる曲ばかり、
きっと素晴らしいコンサートになったことだろう。

天皇皇后両陛下は、20時頃に二階席におみえになられたようだ。
被災地への慰問が数週間にわたり、気遣いもされお心を痛められ、
最近になってお疲れが出ている様子との報道があった。
この日のコンサートの美しい音楽の調べにより、両陛下が少しでもお元気を回復されればと
思わずにはいられない。

最後は全員でアンコールの「見上げてごらん夜の星を」を出演者、観客、両陛下もご一緒に歌われたそうだ。
コンサートの収益金、当日募金箱に寄せられた募金は日本赤十字を通して寄付されるとのこと。

出演順が後半になったことで両陛下に金子三勇士の演奏を聴いて頂くことができた。
観客、出演者、スタッフ達が一体になって被災地へと祈りを向け、その心を両陛下が束ねて下さった。
多くの義捐金が集まるばかりではなく、人々の善念が被災した方達にきっと届いたに違いない。

コンサートの模様は昨日のNHKニュースでも取り上げられた。


エリックべネイへの5つの質問

2011-05-18 13:22:26 | エリック・ベネイ関連インタビュー
Essence com. Hillary Crosleyの5/12に行ったインタビュー
http://www.essence.com/entertainment/essence_music_festival/5_questions_for_eric_benet_on_emf_halle.php
最近、エリックべネイはプリンスの元妻マニュエラ・テストー二と婚約し、
ますます歌に磨きがかかってきている。
7月のエッセンスミュージックフェスティバルに出演するエリック・べネイ。
マニュエラの元夫が誰だったか、付き合い始めてしばらくするまで知らなかったと話している。
エッセンス・コムはエリックに恋愛、離婚、
そして最近、エリックの大ファンであると公言したリル・ウェインについて質問した。

婚約おめでとう!マニュエラとはどのように出会ったのですか?
エリック「彼女とは数年前にLAのチャリティーイベントで会ったのだけど、
その時、マニュエラはボーイフレンドと来ていると僕は思ったんだ。
その後で僕は連れと別のイベントに行って、また彼女と会い、
マニュエラが一緒にいた人は彼氏ではなく友達だったと知ったんだ。
そこで彼女の連絡先を聞き、その後数カ月デートを重ねて親しくなったというわけ。」

彼女がプリンスの元妻だとは知らなかった?
「意外なことに彼女が前に誰と結婚していたか知らなかったんだ。
彼女は僕が誰と結婚していたか知っていたけどね。
お互いにマスコミに知られている離婚を経験しているとはね。
どちらもそのことを通して多くを学んでいるよ。
付き合って何週間かの間に彼女から「前の夫は・・・」という言い方をするのは聞いていた。
ある日、彼女を空港に送って行った時、「誰と結婚していたの?」と聞いたら、
「ほんとうに知らないの?」「プリンスよ。」と言った。
その時、今まで彼女から聞いていた話を思い返して、「ああ、そうだったのか。」
そういう感じだったなぁ。」

前の結婚、ハル・ベリーとの結婚から何を学びましたか?
「自分に対しても一緒にいる相手に対しても正直でなければいけないということ。
結婚生活の中でお互いの関係がギクシャクすることを恐れたり煩わしかったりして、
腹が立つようなことも自分を押さえこんでいたんだ。
もともと文句を言ったりするのが苦手な性格だったからね。
それが災いしたというわけだ。」

リル・ウェインが獄中であなたの”Sometimes I Cry”に感銘を受けたと言っていますが、
それを聞いて驚きましたか?
「こちらこそ、その話を聞いて感動したよ。
投獄されたことはないから、それがどんな生活なのか想像するのみだけど、
自分を振り返り、辛い時期を過ごすことになるのだと思う。
そんな時に僕の作った曲が彼を慰めたとはソングライター冥利に尽きる。
そういう人のために僕は仕事しているんだと思う。
今まで話したことはないけれど、いつか一緒に組んでみたいね。
お互いを尊敬する気持ちからは良いコラボレーションが生まれるはずだ。」

さてエッセンスのあなたのステージはどんな風になるでしょう?
「僕の音楽は生で感情のこもった本物だからね。ライブもその通りだよ。
いつもステージに上がる時には、全身全霊を込め、
観客にはレコーディング以上の素晴らしい音楽を聴かせようと思っている。」

アメリカンアイドル シーズン10 トップ5

2011-05-16 10:27:29 | アメリカンアイドル
トップ5、今回は一人2曲づつのソロ。
「最近の曲」と「懐かしい曲」という幅広いテーマ。

メンターとしてシェリル・クロウがゲスト。

ジェイムズ 
サーティーセカンド・トゥマーズ"Closer To The Edge"
前回や前々回が素晴らし過ぎたせいかサプライズに欠けた。

ジェイコブ
シーズン6の優勝者ジョーダン・スパークスとクリス・ブラウンの"No Air"
歌いながら舞台に登場する姿に美川憲一を思い出してしまった。
良くも悪しくも無難にこなした。

ローレン "Flat On The Floor"
シェリルから「ただ楽しめばいいのよ。出来は気にしなくてもいい。
舞台の上でこう思いなさい。"Look where I am, I'm here"」

この言葉には身につまされた。
日常にもこういうことはあるはずだ。
ほんとうは最高の瞬間であるはずなのに、余計なことが気になって楽しめない。

歌っている瞬間に喜びを本人が感じていないとどうしても自信無げなパーフォーマンスになり、
観客も惹き込むことができない。
ミスすることを気にしているローレンをメンター達も審査員もいつも励ましている。
「キャリー・アンダーウッドの方向性できたな。」
「優勝が狙える。」と概ね好評。

スコティー
モンゴメリー・ジェントリー"Gone"
ステージを走り回って歌った。

ヘイリー
レディー・ガガがライブでは歌っているが未発売の曲"You and I"
メンターのジミーの薦めで歌ったが、ヘイリー本人もこれまで知らなかった曲。
挑戦する勇気には感服するが感情移入ができているとは思わなかった。

ジェイムズ
1970年代の曲、ハリー・ニルソン"Without You"
練習中に「離れている家族を思い出して辛くて歌えない」としばらく泣きに行ってしまう。
厳しいようだがそれではこの人に投票して番組に残すことで彼を苦しめていると、
視聴者に思わせてしまうのではないだろうか。

出だしは良かったがサビの部分が弱かった。
低音がきちんと出せていなくて高音は不安定になってしまう。
涙にむせんでいるが、テレビを通して観ている私達にまでそれは伝わってこなかった。
あまり感情に入り込んでも、自分の世界に入ってしまい共感が呼べない。

ジェイコブ "Love Heart"
イメージがつかめないというジェイコブにシェリルがソフトに歌って聴かせる。
納得できたようだ。
ジェイコブは「ディーヴァ」とニックネームをつけられているが、
もう表情も女の子そのもので可愛らしい(番組を観ていない方に:ジェイコブはアフリカ系男性)

今回、全員とも2曲歌うことで練習時間も足りず集中力も弱くなってきている。
疲れも出ているのか、ジェイムズは「家族と一緒に過ごせないのが辛い。」と言っていた。
やはりこういう状況にいたっても無敵だったアダム・ランバートやデビッド・クックは
天才的なアーティストだったとあらためて思う。

ローレン "Unchained Melody"
映画「ゴースト」のテーマ。
この曲は甘ったるさが強調されるとベタになる。

スコティー
エルヴィス・プレスリー"Alway On My Mind"
メンター達から「人と競うことを忘れて、自分らしくあれ。
"True to yourself!"」と言われる。
先ほどの動きのあるステージとは違い、じっくりと落ち着いた歌を聴かせた。
「四分の一はプエルトリカンだそうだね。」とライアンに聞かれて、
「おばあちゃんは100%だよ。」と客席の祖母を紹介する。
こういう歌以外の部分、投票者達はしっかりと観ているはずだ。

ヘイリー
アニマルズ "House Of The Rising Sun"
この曲はこの番組で何度か歌った人がいる。
旨みが出しやすい曲なのかもしれない。
ヘイリーの魅力がしっかりと生かされていた。
前半のパーフォーマンスで不評だったのにもかかわらず、
ひるまず力を出し切れたのはりっぱだ。

今回は「最近の曲」「懐かしい曲」
というたいへん広い範囲の選択肢があったにもかかわらず全般的に出来が悪い。
以前、シーズン8のダニー・ゴーキーが「歌いたい曲の候補を上げても次々と使用許可が下りなかったり、
自分の持ち時間に合わせてその曲をアレンジすることが不可能だったりして歌えないことがあった。」
と番組中に言っていたので諸事情もあるかと思うが、
今回はメンターのジミーの選択する曲に従った候補者が多かったように思える。
もっと自分の思い出の曲、最近の好きな曲を選んでぶつけてくれば見応えのある展開になったのでは。

結果発表
今回の発表は特に緊張感が強かった。
トップ3になれば地元の里帰りツアーもある。
ここまでくれば優勝も夢ではない。
そうなるとそれぞれ欲も出てくるはずだ。

ジェイコブの敗退となった。
ジェイコブはルーサーの"Dance With My Father"を最後の曲に選んだ。
やはり今回歌った2曲よりもずっと気持ちが入って歌えている。
曲の終わりにトップ4達がジェイコブの周りに近づいてくる。
皆に囲まれてもずっと最後までジェイコブは熱唱し続け、
周りもそれに歓声を送っていた。

エリックべネイ@アトランティックシティー 5/8

2011-05-13 12:01:31 | エリック・ベネイライブ(日本以外)
メアリーがファンクラブのメンバーとしてファンサイトに投稿するようになったのは、
2009年の終わり頃だったと思う。
コンサートには10年以上行ったことがないとか、
末っ子が学生から社会人になり家を出て行くことになり寂しかった、
そんな投稿を彼女がしていたのを覚えている。
今は別の子供に誕生した孫の成長を楽しみにしているそうだ。

メアリーが地元に来たエリックのライブに行ったのは去年だっただろうか。
エリックを生で観ることも初めてなら、ライブに一人で行くのも初めてだったそうだ。

今回、意を決したメアリーはアトランティックシティーまで長距離のドライブをして、
一人でエリックのライブに行くことにする。
当日の出発だと何かあって遅れてエリックのショウに間に合わなくなってはと、
前日に着いてホテルに一泊、コンサートの後もホテルに泊まり、翌日の朝に家へと向かっていった。

メアリーの投稿「準備は整った。これからピーナッツ入りのチョコとエリックべネイと、
カーク・フランクリンをお共にアトランティックシティーに向かうからね。」
コンサートの翌日「今日の朝はいつになく素晴らしい。これから家に戻る。
私の冒険もこれで完了しつつある。帰ったらリキャップ載せるからね。」

私はほんとうに感動してしまった。
初めての一人旅、長距離を運転してエリックのライブを観に行ったメアリー。
また前日と当日も宿泊することにして準備周到に備えたことにも。
人は年を重ねても変わることができる。
メアリーを突き動かしたのは、エリックとそのファンクラブとの出会いだった。

一方もう一人のファンクラブメンバーのA、リキャップのタイトルは「悪夢」
いったい何があったのかと思ったら、エリックにもライブミュージックにも興味のない友人を誘って、
車で現地に向かったがショウには遅刻、エリックにも会えず、友人に振り回されっぱなし。
やはりここぞという時は人を当てにしてはいけない、
また連れも選ばなければとファンクラブのメンバー達から慰められていた。

メアリーのリキャップ
セットリストがシカゴの時とかなり違っていて曲数も12曲と多めだ。
また昼食をとった場所でエリックを見かけたが、ショウの前のエリックを煩わせてはと、
あえて声を掛けないでそっとしておいたというエピソードも微笑ましい。

「さてファミリー達、私はこの投稿ができることにワクワクしているの。
初めての一人旅、それが素晴らしい体験だったこと、
たった一人の男、エリックべネイに会うために、たいへんな距離をドライブしたけど、
これからも何度でも繰り返してみたいと思ったわ。

早めに着いたのでファンクラブのメンバーのパトリーナとシャーリーと連絡を取って、
コンサートのあるホテルでランチをすることにしたの。
みんな、愉快な人達で一緒にお喋りして大笑いして、とっても楽しかった。
パトリーナがエリックらしき人が柱の向こう、部屋の反対側でランチをしているのを見つけた!
近くまで確かめに行ったパトリーナは間違いなくエリックだとわかったけど、
声をかけずに戻ってきた、というのを聞いて、彼女ってなんて心遣いのある人なんだろうと思ったわ。
私とシャーリーも見に行ったんだけど、部屋の片隅でエリックは凄まじいばかりのオーラを放って、
皆でお誕生日に贈った帽子を被りながら食事をしていた。
私達もやっぱり声を掛けなかった、だってショウの前にリラックスする時間って必要でしょ。
エリックが食事を終えて出て行くのも見えたけど、この時も気がつかない振りを皆でしていたの。

パトリーナはVIPセクションの席を取ってあったので、ここで別れることになる。
シャーリーと私はショウまでの間一緒に話したり、歩き回ったりしていた。
シャーリーがショウの前に着替えると言うので部屋に戻るとクレアから電話が来た。
クレアと彼女のご主人とホテルで会いしばらく話したりしたけど、
二人ともとっても感じのいいカップルだったわ。

コンサートの会場に入っていくと、良い席で皆とも近くだった。
ドラムスのウェスを見かけたけど、これから着替えるところだと言っていた。

イントロが始まる。
エリックのなぜ音楽を作り、音楽を愛したかという言葉から始まり、ライトが消える。
ジーンズとベスト、ジャケットとTシャツ、いつものキーチェーンでステージに登場。

Love dont love me
The Hunger
When you Think of me(エリックはここで自分の過去の恋愛について話す)
Chocolate Legs
Spend My life (この曲がウェディングソングとして選ばれることが嬉しいと言っていた)
Sometimes I Cry(この歌はもうすべてを忘れさせてくれた。
観客もこれを聞いてぶっ飛んだ。
歌った後でエリックは
「この曲の高音を出すためには、右の○丸をぐっと上げなければならなくて、たいへんなんだよ。」
と言ったら、私の後ろの席にいた女性が「私が手伝ってあげる!」と叫び、
彼女の夫は不愉快そうに「エリック、そういうことは言うべきじゃない。」
するとエリックは「だってほんとうなんだから(笑)」この会話で場内は爆笑の渦に・・・)
Never Want to Live without you
Spanish Fly
Dont Let Go
Feel Good
You're The only One
George Porgy
Billie Jean

ショウの後にケビンと話すと、その日は大勢の人達がエリックを訪ねて楽屋に来ていると言っていた。
みんな、私のことを誇りに思って欲しいな。
私はここに来てエリックの立場もわかってない間抜けなファンになりたくなかったから、
エリックと短い会話をしてさっと写真を撮り、ここを離れることにしたわ。
エリックと皆と一緒に写真を撮るのは初めて。
彼がそこにいてくれるだけで幸せだと思った。
前に見た時よりもずっと素敵だと思った。

ホテルへと戻る時にエレベーターを待っているエリックを見かけた。
別れを告げると手を振ってくれた。
シャーリーが「行かないで、行かないで・・・」と呟いているのが可笑しかった。

一緒に楽しい時間を過ごした後でファンクラブのメンバー達とも別れがたかったけど、
みんな、また会える時までね!」

自分がニューオリンズに行き、アメリカのファン達と初めて会った時のこと、
東京のライブで同じ想いの日本のエリックファンの方達と一緒に、待ち時間を過ごした時のこと、
思い出して、懐かしい気持ちで一杯になった。

エリックべネイ@シカゴ アルハンブラ パレス 5/5

2011-05-11 09:12:43 | エリック・ベネイライブ(日本以外)
5/5、シカゴのライブハウス、「アルハンブラパレス」で行われたエリックべネイのライブ、
シカゴ在住のソングストレスがリキャップをアップしてくれた。

会場
「アルハンブラパレスは、建築、装飾、雰囲気もモロッコ風がコンセプトの素敵な場所だった。
初めての場所なので、どんなコンサートのなるか想像もつかなかった。
しいて例えるのならこの場所は『ハウスオブブルース』に似ているかもしれない。
お気に入りのヒールの靴が見つからなかったのは、むしろラッキーだったと思う。
なにしろ会場の様子がわからなかったから、長時間立つことになることも予想してなかったからだ。
ヒールの高い靴で来ていたらきっとつま先の痛みに耐えられなかっただろう。

この会場、二階に座ると食事もできるのだが、一階でエリックが歌っている間、
二階で食事するなんて思いもしなかったので、食べ物は諦めてエリックのショウに集中することにした。」

ライブ
「現地のいくつかのバンドがエリックの前座で登場した。
二人の男がつまらない歌詞が永遠に続くかと思われるような曲を歌った。
その後、16才の女の子がクリセット・ミシェルの"Blame It On Me"を歌ったが、これが最悪だった。
待っている間がとても長く感じられたが、会場の人々を観察しているのはちょっと面白かった。
隣の席の女性に『ガムを持っている?』と聞かれる。
彼女はエリックとキスしたいので、息を爽やかにしておきたいと言うのだ・・・
もう、待ちくたびれて早くエリックに出て来て欲しいと思っていた。
そしてとうとう待ちに待った瞬間がやってきた。

イントロの後、エリックは黒に近い色のジャケットとベスト、白のTシャツ、ジーンズ、サングラス、
とても素敵なスニーカーでステージに現れた(写真を撮れば良かった!)
ショウの間でサングラスを外し、ジャケットもエリックは脱いだ。
誰かが「『もっと脱いで!』と叫んでいたが(笑)

エリックの声は完璧だった。
セキュリティーが厳しく、ステージの前にやってきて私達にもっと下がるようにと要求した。
しばらく皆はそれに従ったが、エリックが"Sometimes I Cry"を歌う頃には気がついたら、
皆、前に押し掛けていたし、室内の温度がかなり上昇していた(これは気のせいではなくてほんとう)
いつものようにバンドもとても良かったし、バックボーカルのLeah Labelleも観客に受けていた。
(彼女はなんであんなに高いヒールを履いて歌って踊れるんだろう)」

セットリスト
Intro
When You Think of Me
Chocolate Legs
Spend My Life
Sometimes I Cry
Never Want to Live Without You
Feel Good
You’re The Only One
Georgy Porgy

ショウの後
「ケビンにショウが終わるまで会えなかった。
電話しようかと思った時にケビンは現れた。
私たちはそれぞれハグをして、ケビンからエリックに会うことができると告げられた。
その後でエリックが待っている上の階へと案内された。
エリックに会うとハグをして写真を撮った。
別れ際、エリックにもう一度ハグすると彼は私の頬にキスしてくれた。
呆然としてしまった私はどうやら心の中で思ったことを口に出して言ってしまったらしい。
『彼は私にキスをしたわ!』
エリックはそれを聞いて笑っていた。
大勢の人がエリックと会うのを待っていたので、私たちはそこで楽屋を後にした。

ファンクラブの仲間や列に並んでいる時に知り合った女性達と最高の時間を過ごした。
長い夜になり、翌日の仕事もあったのできつかったけど、何もかも素晴らしい一時だった。」

アメリカのファン達のリキャップ、それぞれ個性的でいろいろな人のを読むのが楽しみだが、
ソングストレスはいつも簡潔で分かりやすく書いてくれる。
この日を始まりにエリックの全米ライブは続いていくが、以外に曲は少なめでこの日も8曲だ。
2007年の来日の時もマイケル・パウロのバンドとの共演でこんな感じだった。

Old Eric Benet performance-True To Myself

2011-05-10 01:47:51 | エリックベネイの曲
Old Eric Benet performance singing "True To Myself" on Vibe Part 1 of 2


突然、昔撮った映像、たぶんその頃はDVDとかではなくヴィデオテープで録画した映像、
それをyouTubeにアップロードする人がいる。
こういうのが案外見逃せない。

この映像、アメリカのファンクラブの会長でさえ観たことがなかったそうだ。
全くアレンジの違うイントロから始まる"True To Myself"
エリックの髪型からこれは1996~7年頃だろうか?

先ほどラッパー、ノートリアスBIGの伝記映画を観ていて、
業界の先輩と「成功するまでが一番楽しい。してからはいろいろとたいへんなんだ。」
と会話するシーンがあった。

"True To Myself"でソロデビューした頃のエリック。
'99年頃の自信に満ちてカリスマを醸し出している頃とも違う。
姉のリサと組んでBenetでデュエットしていた20代前半のまだ青い若者とは、
すっかり変わってしまっている。

レコード会社から契約を解除され、娘の母親の事故死によりインディアを引き取り、
癌の病に倒れた父を看取る。
UPSで作業員をしながら、夜はスタジオのエンジニアをして、
合間に自分の曲を作っていた。
様々な苦労を体験した後、ようやく陽の目を見ることができ、
CDが発売され、観客の前で歌っている、
そんなエリックは、輝くばかりのオーラを放っている。
これからこの業界でのし上がって行くという気合も感じられる。
映像が荒いだけに、より生々しく迫ってくるものがある。

しかしこの頃のエリックに"Lost In Time"に収録されているような曲、
"Sometimes I Cry"や"Never Wanna Leave Without You"のような曲が歌えただろうか。
また時々、iPodをランダムにして聴いているとエリックの歌う自身のアルバム外の曲、
"Over The Rainbow"や"Granma's Hand"などの曲の心地良い声の響き、
技巧を凝らしているはずなのに、自然体に聴こえる歌い方の美しさにはっとすることがある。
20代のエリックから40代のエリック。
それぞれに私は惹かれる。
そしてこれから50代、60代のエリックの歌声もずっと聴いてみたい。

アメリカンアイドル シーズン10 トップ6 

2011-05-09 09:20:33 | アメリカンアイドル
全米12万5000人の中から選ばれたトップ6。
スコティー、ローレン、ジェームズ、ジェイコブ、ヘイリー、ケイシー。
ここまで来ると皆、磨かれて顔付が変わってくる。
もちろん優勝を狙う気迫がなければ上に進めないが、
トップ6まで来たことで達成感や自信が漲っている。

今回のテーマは「キャロル・キング」
中学生時代から大ファンでずっと彼女の曲を聴いてきた。
それだけにトップ6達がどのようにキャロルの曲を歌いこなすか、
楽しみにしていた。

キャロルキング、自分名義のアルバムを出す前はライターとして曲を書いていた。
R&B、ロック、フォーク、そしてカントリー調の曲もあり、
テーマとして取り上げるのにはぴったりだ。

ジェイコブ "Oh No Not My Baby"
前回ワースト3に入ってしまいそれを引きずっている。
ジェイコブは普通に話している方が親しみを感じる。
歌い出すとどうしても作られた雰囲気が抜けない。
今回はついにジェイコブらしさがスパークした。
完璧にこの曲を自分の歌にしている。
自然体で楽しそうに歌ってみせた。

ローレン "Where You Lead"
今回、メンターに加わったベビーフェイスから「もっと高い音を出したら?」
「出なかったらと思うと不安。」と答えるローレン。
ゲストでやってきたマイリ―・サイラスから、「自分のために歌いなさい、
人の中傷に振り回されないで。」
ローレンは叩かれているらしいが、それゆえに反対に応援している人もいるのでは。
カントリーが得意なローレンにこの曲はぴったりだった。
ジェニファーから「自分の限界に挑戦する姿は美しい。」
スティーブン「声が割れた時が意外な事に一番魅力的だった。
人々の邪念が自分に向けられているとしても輝き続ければそんなものは撥ねつけることができる」

ヘイリーとケイシー "I Feel The Earth Move"
ケイシーがヘイリーを立てていて相性がぴったりだ。
しかし二人ともソロが控えているせいか、出し惜しみしたのだろうか。
ヘイリーの歌に心が感じられなかった。
彼女はキャロルに合っていると思っていただけにちょっとがっかり。
自分が思い入れのある曲は案外、この番組の候補者に歌われると満足できないものだ。

スコティー "You're Got A Friend"
この曲は難しい。感情が入り過ぎてもくさくなるし、淡々と歌えばつまらない。
ベビーフェイスから、今までの癖を抜け、カントリー風に歌うなと指導される。
出だしは秀逸だった。
ギターのソロからの始まりはラテン調でさえある。
中盤でいつものスコティーに戻った部分もあったが、
オーケストラが続き、最後ではしっかりと感情移入された彼のパーフォーマンスにぐっときた。
スコティーは好みとは違うタイプの歌手だと思っていたが、もうそういったものを超越している。
声の高さもこの曲ではバリトンからテノールへと変えた。
優勝候補かもしれない。
元々スタイルを持っていたスコティー。
アドバイスを受けて、それを生かしながら徐々にステップアップしてきている。

ジェームズ "Will You Still Love Me Tomorrow"
リハーサルで既にジミーとベビーフェイスを感動させている。
ギター一本で歌い上げた。
本番は最初はアカペラ、会場の大きさに臆することなく観客を惹き込む。
キャロル・キングが、「今晩は完璧な夜を二人で過ごしたけれど、
あなたは明日も私を愛してくれるかしら?」としっとりと歌うこの曲。
昨年、ジョディー・ワトリーもビルボード東京のライブで観客に語りかけるように歌った。
ジェームズはこの曲を途中からロック調に変調。

最後の歌詞、"Will You Still Love Me Tomorrow"を"You'd Better Love Me Tomorrow"
「明日も僕を愛した方がいいと思うよ。」と自分への投票の呼び掛けにした。
好きな曲がアレンジされて納得できない時もあるが、ジェームズは見事に自分の歌にした。
最初はアダムの二番煎じかと思っていたが、ここのところ自分らしさを確立してきている。
彼がここまで来るとは思わなかった。番組を通して最も成長した人なのでは。
ジェームズも優勝候補と言える。

ローレンとスコティー "Up On The Roof"
スコティーがローレンに押され気味、二人とも相手に遠慮がないデュエット。
それでも可愛らしかったが。

ケイシー "Hi-de-Ho"
ケイシーは受ける路線ではなく自分の好きなことを好きなようにやっている。
ステージに登場するとピアニストの脇でピアノに加わりながら歌い、
次々と楽器演奏者に寄り添って歌って行く。
遊び心たっぷりのステージだったが一般受けはどうだろう。

ヘイリー "Beautiful"
ビートルズ風に歌いたいとのことだったが、メンター達から"Get"という単語にキャロルは、
深い意味を込めているからそこを強調して、とアドバイスを受ける。
ゆったり歌うところで声が不安定になる。
曲に入り込んでいる印象を受けなかった。
アレンジが原曲の良さを消してしまった。
ヘイリーはキャロルに向いているはずなのに、このチャンスを生かせなかったのは残念。

ジェイコブとジェームズ "I'm Into Something Good"
デュエットのレベルはともかく、二人でコミカルな味を出していた。

トップ6、全員が楽しんでこの瞬間を満喫しているかに思えた。
デビッド・クックやアーチュレッタ、アダムのような強烈なシンガーは今回はいないが、
反面、全体の粒が揃っている。
それだけに誰が落ちても不思議ではない。

結果発表。
最初に全員でキャロル・キングの曲のメドレーになる。
これをキャロルが聴いたら怒るだろうか。
彼女の人柄ならきっと微笑ましく観ていたかもしれない。
前日の命懸けの本番から翌日の結果に関係ないメドレーまでの準備期間は、
当日のみかと思う。

最後にスコティーとケイシーがステージ上に残る。
脱落はケイシーだった。

今までのオーディションから予選までのケイシーの映像が映し出される。
最初からいろいろな楽器を使ったり、ケイシーの存在はユニークそのものだった。
トップ10入りから外れかけた時、審査員が特例として番組中に一度だけ使える権利を行使し、
ケイシーを救いあげたのもドラマチックだった。
ステージを縦横に使い、客席や審査員席にも入り込んで、最後の曲を歌ったケイシーは、
ここまで来たことに悔いはないはずだ。
客席の両親も拍手を送っている。
親しいヘイリーも笑顔で讃えている。

Eric Benet 全米ツアー開始

2011-05-07 06:13:23 | エリック・ベネイライブ(日本以外)
昨日のシカゴからエリック・べネイの全米ツアーが始まった。
5/22のデトロイトまで10か所を巡るロードツアー。

5/06 - St. Louis, MO
5/07 - Cincinnati, OH
5/08 - Atlantic City, NJ
5/10 - Baltimore, MD
5/12 - Washington DC
5/13 - Memphis, TN
5/14 - Indianapolis, IN
5/15 - Columbus, OH
5/22 - Detroit, MI

シカゴのシアターのプロモーション映像。
エリックの"You're The Only One""Sometimes I Cry""Chocolate Legs"
などの映像がミックスされていて、なかなか良い感じだ。

Eric Benet


台北36時間

2011-05-05 14:38:31 | その他の旅
台湾に行ったのは10年ほど前だろうか。
実家の母と二人で旅行することになり、母の年齢と持病があることもあり、
添乗員付きのゆったりとした日程のツアー、自由行動日の予定も、
「中華料理店でショウロンポウ作りを学びその後昼食、午後は台湾式シャンプーと全身マッサージ」
などというオプショナルツアーを選んだ。

結局、母は体調を崩して行けずに私は一人でツアーに参加することになった。
添乗員や他の参加者の方にも、とても良くしていただいて楽しい旅行だったが、
その時の観光名所をもう一度訪れようとは思えない。
行ったレストランは団体客を受け入れられる規模の店、何軒かの地元の土産物店、
デューティーフリーショップにも案内された。

小籠包(しょうろんぽう)作りとはどこに行くのかと思えば「鼎泰豊」(ディンンタイホン)
厨房の中で作り方を教わり、その後まかないのような料理を食べさせてもらった。
翌日また観光に組み込まれたランチで「鼎泰豊」には行ったが、
その時に食べた日本人観光客仕様のコースメニューよりも、
料理教室後のランチの方がずっと美味しかったのを覚えている。

ゴールデンウィークにどこかに旅行したことは、思い返しても一度もない。
値段も高いし混雑するという印象があったからだ。
今回4月も後半となってから「羽田から台北3日間31,000円」というツアーをみつけた。
家から羽田空港までは車で約10分。
以前から国際線チャーター便はあったが、出発が夜中、到着が早朝、
また本数も少なく行ける国も限られていた。
当時の国際線のターミナルはJR駅に隣接した高速バスの発着所のようだった。

昨年から羽田に新国際線ターミナルができたことで、
我が家にとってはたいへん便利な状況になった。
しかし同時期の香港ツアーが10万近くしているのに、
なぜ台湾はこんなに安いのだろう。

羽田から到着する台北の空港は松山空港。
そこから市内のホテルまでは10分もかからない。
行きは中華航空14:40発。
帰りは翌々日の朝、9時のフライト。
朝9時というといったい何時起きになるのだろうかと思ったら、
ホテルのピックアップが7時半とある。
空港も近いし小さいし、こんなもので充分らしい。

ホテルはリクエスト可の場所は既に満室。
迷っている内に次々とその他のホテルも埋まって行き、
旅行社からの返事は「飛行機の席は何とか確保できますが、
空いているホテルがみつかり次第連絡します。」

私達のホテルは「リンクワールド」となった。
ネットで検索すると「ここは現地のラブホです。ホテルではありません。」とか、
町の中心部から離れているとか、清潔感がないとか、いろいろな書き込みがあった。

飛行機は2列、4列、2列。
チャイナエアライン、アテンダントの制服もエプロンもデザインが素敵だ。
搭乗すると4時過ぎにもかかわらず機内食のサービスが始まる。
空港ラウンジでかつ丼を食べてしまったのに機内食もかつ丼かビーフライス。
かつ丼のリクエストは少なくビーフライス、品切れ寸前でどうやらゲットできたが、
さすがに余り手を付けられなかった。

飛行機は最初から最後まで揺れっぱなしで室温もかなり低かった。
機体の揺れと轟音が続き、飲み物を飲もうにも思うようにいかないほど。
一時的な揺れならともかく、継続的にこれほどの揺れを経験したのは初めてかもしれない。
3時間余りのフライトだが到着する頃にはぐったりしてしまった。

機内は寒く、薄着の若者まで時間が立つ内にはブランケットにくるまっていた。
機内の室温は航空会社により違い、日系は温度設定が高め、
欧米系、またアジア系の一部は低めかと思っていたが、
それだけでなく気流が悪くて風が強い時も室温は下がっていくものなのだろうか。
もっとも台湾という国自体も湿気が強いせいか、かなりエアコンがきつめだ。

両替所で台湾の通貨、元に替え、空港出口に向かうとガイドさんが待機していた。
私たち以外にも10名近くの日本からの観光客。
それぞれが立派なホテル、街中の便利そうなホテルで降りて行き、
最後の私たちのリンクワールドとなった。
近くには中学があり、そのせいか学習塾も多い。
公園もあり、地下鉄の駅もある。
市街地からは離れているがけっして物騒な地域ではない。

荷物を持ってホテルへ入っていこうとすると目の前を痩せた猫が横切っていった。

チャックインをして部屋に入ると右にエキストラベッドとソファー、
デスクが置かれている。
室内には何かこもっている匂いがある。
大きなキーを部屋に入ってすぐ脇にあるポケットに差しこむと、
強いエアコンの風と室内に音楽が流れ始めた。
音楽とエアコンを消す。
小さな窓があり遮光カーテン、レースのカーテン、普通のカーテンと三枚に遮られている。
開けてみると隣のビルの厨房がすぐ脇にあった。

左手にはダブルベッドと奥にはバストイレ。ここが無意味に横長だ。
台湾の習慣ではトイレに紙を流してはいけないこと、
脇にあるごみ箱にトイレットぺ―バーを捨てる決まりを思い出した。
今回の旅行でだいぶ変わったと思ったが、
以前来た時はトイレは日本とは違い、蓋も便座もすべて上げた状態で出る。
つい習慣で蓋をしめて出たりすると次の人にぎょっとされた。
よっぽど訳ありと思われるらしい。

荷物を置き、台北の名物、夜市へと繰り出すことにする。
最も大きな士林夜市へは地下鉄で2度も乗り換えることになるので、
タクシーで向かうことにする。
部屋にはセーフティーボックスがなく、またフロントに預ける気にもとてもなれない。
最近近場に出かける時はいつも機内持ち込みの小振りのバッグで出掛けるので、
鍵を掛けて貴重品を入れることのできるようなスーツケースも持っていない。
迷った末、全財産とパスポート持参で人混みに出掛けて行くことにする。

夜市は、例えれば原宿の竹下通りが通りではなく町全体になっているような雰囲気だ。
屋台で名物の胡椒餅や串刺の食べ物を摘まみ、夜店で一つ150円程の髪飾りをいくつか買う。
ペットショップやペットのアクセサリーショップもあるせいか、
犬を抱いて歩いている人を見かける。
お店以外にも露天商や道の真ん中に布を引き、品物を並べ始める人達もいる。
夜がふけるにしたがって、どんどん賑わってくる。
とりあえずホテルに引き返し、徒歩圏で夕食をしようということになった。

ホテルの周りには意外と食事のできる店がない。
それなのに7-11やコンビニは日本以上にたくさんある。
もうよっぽどコンビニ弁当ですませようかと思った時に「火鍋屋」の看板を見つけた。
これは今、台北にたくさんの店が出ているが、どちらかと言えば韓国料理。
メインになる材料と出汁を選び、後はビュッフェスタイルで中に入れる食材を選ぶ。
日本にはない独特の青物野菜、またゴーヤ、ヘチマ、トマト、セロリも鍋に入れる。
生卵は割って黄身だけを笊に上げて使えるようになっている。
タレや薬味も変わっていて面白かった。
お店の人達も片言の日本語でいろいろと食べ方を教えてくれた。
疲れた体に湯気の出る鍋は気持ちが休まるものがある。

部屋に戻ると早速マッサージ屋さんに電話。
送迎をしてくれる有名な店。
以前行った時にとても上手で印象が良かった。
蒸しタオルをたくさん使い、足踏みマッサージも入る。
しかし予約が取れたのは11時。
店に行くとたいへんな混雑だ。
貴重品も相変わらず持ち歩いているので落ちつかない。

私の担当になった人は決して上手ではなかった。
この日の私の体調がマッサージ向きではなかったのかもしれない。
マッサージ、合わない人にあたってしまうとリラクゼーションではなく拷問になる。
以前に来た時はマッサージ中にもうたたね、部屋に帰った後もすぐに眠ってしまったが、
今回は返って目が冴えてしまうことになった。

翌朝の朝食は屋上に設置された飲食コーナーだった。
室内ではなく外に出てコーヒーを飲む。
テラスは沖縄風の植物に囲まれ台北中心部と違い、この辺りは見降ろすと緑も多い。
ニューオリンズにあったアメリカ南部特有のスパニッシュモス風の草が
樹木から垂れ下がっている。


食後、問屋街に行くために降りた駅で台湾式シャンプーの看板を見つけた。
まだ開店したばかり、空いていたので早速入ってみる。
受け付けの若い女性は日本語が流暢だ。語学学校で勉強したと話していた。

日本と違い、椅子に座った状態でシャンプーをつけ、頭のマッサージをたっぷり。
その後、洗い流してブロー。
以前は立てロールにされてしまい唖然としたが、今回は雑誌から髪型の見本を見せて、
確認してくれる。
値段も日本の半額以下、時間も短時間で済む。
日本にもこんな店があるといいんだけど。

そこから昼食を予約した北京ダックの専門店へと向かう。

地元の北京ダックの店、1羽を下ろしてくれて残りのガラでスープを作ってくれる。

野菜をさらっと炒めた料理もお腹に優しい。
サービスで出てくる漬物数種もさっぱりとしている。
地元の人達で賑わっていて値段も廉価だ。

先ほどの美容室に買った物を忘れてきたことに気づき、
電話で問い合わせをした後に戻る。
そこで「足マッサージお薦めの場所ある?」と聞くとお店の若者達が相談しながら、
最近の人気店を教えてくれ、夕方の予約も取ってくれた。

美容室の向かいには三越がある。
中の様子をちらっと見て両替所により、
そこから地下鉄で以前から行ってみたかった「猫喫茶」へと向かう。

駅からすぐの場所にある猫喫茶。
いろいろな種類や体系の猫達、おとなしいレトリバーもいて猫達と仲良くしている。
若くてヤンチャな猫、年を取っていてゆったり寝ている猫。
各テーブルに猫用の椅子も用意されていて猫達も好みのお客を選んで、
テーブルへとやってくる。

頼んだ菊花茶のポットやカップ、蜂蜜ポットも猫柄。
店の中も猫グッツや猫タワーがあちこちに。
2008年、翌2009年の4月に飼っていた猫をそれぞれ19才で見送った。
猫を飼っている間、特に猫達が10歳を過ぎてからは置いていくのが、
後ろ髪を引かれる思いで旅行する気になれなかった。
それがいなくなった今、旅をしているが、
それでもこうして猫喫茶へと足を運んでしまう。


猫喫茶でしばらくマッタリした後、フットマッサージの店へと向かう。
前に台北に来た時は足洗い場で自分で足を洗ってマッサージ台に座った。
今回はアジアンモダン風の店で足は漢方が入った浴槽に漬け込みながら、
肩首のマッサージを受ける。
その後、場所を移動しフットマッサージが始まる。
久々にかなり痛い足マッサージを受けた。
靴を履くと足のむくみが取れて、ゆるくなっているのがわかる。

ホテルへ戻って荷物を置くと前日に夕食を予約していたフカヒレの専門店へ。
フロントの人に「今度はどこに行くの?」と聞かれるので、
行き場所を告げると「高いよ。」と脅かされるので、
心配になり電話でカードが使えるか確認する。

タクシーで店の前に着くとドアマンがいて車のドアを開けてくれる。
車道前ばかりか店前にもベルマンがいる。
お店はフランス料理のようなインテリア。
周りのテーブルの人達もみな日本人。
日本の年配の男性と現地の若くはないが一般女性ではない組み合わせが多い。
不思議なカップル達だ。

フカヒレは一番小さいサイズのものを、そして炒め物、チャーハンなどを頼む。
それぞれ素材の旨みが凝縮されたしっかりとした味つけだが決してしつこくはない。
サービスする人達も行き届いていて絶えず目を配ってくれている。
しかし値段もまた素晴らしかった。


スピーディーに夕食が終ってしまったのでホテルへ戻って、
フロントの親しくなった女性に「どこか音楽を聴けるようなバーはないの?」と聞くと、
「ディスコがいい?私も若い頃は飽きずに通ったものだったわ。それこそ毎日のようにね。」
というので「もう少し大人向けの店がいい。」と伝えると、
「行ったことないけど、ここがお洒落でいいらしいよ。」と現地のガイドブックを見せてくれた。

その店の名前は"Brown Sugar"
普段行き付けにしている恵比寿のソウルバーと同じ名前だ。
迷わずそこに行くことにする。
地域は東京ならお台場のようなところ。
台北で有名な高層タワーがそびえたっているのが見える。
庶民的な地域から一転して落ち着いた雰囲気の店がひっそりと離れて建っている。
ここにも三越をみつけた。

"Brown Sugar"は現地のファッショナブルな人で賑わうライブハウスだった。
ライムとミントをたっぷり入れて潰すモヒートが爽やかだ。
店名のカクテル「ブラウンシュガー」もバーボンベースにライムジュース、
ブラウンシュガーも入り、グラスの周りにはブラウンシュガーをまぶしてある。
これも美味しかった。
9時半からということだったが、10時頃から現地のアーティストのライブが始まった。
表情豊かで声の質も良かったが、翌日の出発も早いので11時頃には店を後にする。


翌朝の起床は6時。
フロントにモーニングコールを頼むと、朝早くて朝食を出せないので、
サンドイッチとジュースをその時間に部屋に届けてくれると言う。
今回、かかわった台湾の人達はみんな、ほんとうに親切だった。

帰りの飛行機、通路側が取れずに中心列の内側2席しか空いていない。
いったんはそれで承諾し持ち込み荷物の検査へと向かう。
お土産に買った歯磨きが液体100ccを越えているために引っ掛かり、
それを預け荷物にするためにチェックインカウンターへと戻る。

チャイナエアラインと提携しているデルタ航空のマイレッジ、
行きはお願いしたが、帰りの便は忘れていたことも思い出しこれも加算して貰う。
そしてダメもとで「通路側の席、先ほどは空いてなかったけど、
キャンセルとかでてない?」と尋ねる。
「乗務員の向かい側、非常口の脇なら空いていますが、
緊急時の脱出の際は乗務員の手伝いができますか?」と聞かれた。
以前一人の時はこの申し出を断ったが、今回は夫も一緒なので
二人で協力すればできると思い「やります。」と答える。
「緊急時脱出の際の手引」という書類を読むようにと渡されて
新しい席のボーディングパスを受け取る。

席に着くと中華系のフライトアテンダントから
「あなたたちは緊急時に私たちを手伝ってくれるんですよね?」と念を押される。
「大丈夫です。」と答えるとまた「緊急時脱出方法」のボードが二人に1枚ずつ配られ、
「良く読んでおいて下さい。」離陸までの間に熟読した。

短時間のフライトなのに食事を出し、それを下げるという手間のために慌ただしくなる。
プレートを下げに来るまでの間、見動きが取れずに圧迫感がある。
この位の飛行時間、ましてや行きは食事をする時間帯ではないのだから、
手渡しのスナックと飲み物程度で簡略化した方が
サービスする側も乗ってる方も楽なのではと思った。

2時間半余りで羽田に着く。
機内では病人が出たとのことで最初はその方の搬送を待っての後、
全員が飛行機から降りることになったが、先に乗客が降りるということに変更された。
出口で待機していたのは担架と救急隊員ではなく車椅子と空港職員だったので少し安心した。

台北、海外に行ったというよりも言語は違っても日本の地方都市に行ったような印象がある。
九州なら博多ではなく宮崎市内、あるいは山陰地方とか。
台湾は日本から近いし、のんびりしていることが良さでもある。

前回は団体旅行なので現地の人との触れ合いが余りなかったが、
今回再び、訪れたことで日本語のできる人達と出会い、親日派が多いとも感じた。
東日本大地震に多額の寄付を寄せてくれた国、台湾。
人々も優しく、食べ物も美味しく、温暖な気候に恵まれている。

アメリカンアイドル シーズン10 トップ7

2011-05-02 00:00:23 | アメリカンアイドル
トップ7、残っているのはカントリー、17歳のスコティー、
楽器の演奏も得意でアイドルっぽくないが人気のあるケイシー、
アフリカ系の男性だがディーバと呼びたくなるジェイコブ、
ロッカーとしてのスタイルが定着してきたジェームズ、
ラテン系の伊達男ステファノ、
R&Bやブルースの似合う、ハスキーな声が魅力のヘイリー、
カントリーやポップス系のローレン。

今回は21世紀の音楽という幅広い分野。

スコティー、リアン・ライムス"Swinging"
スコティーはスタイルがあるがマンネリ化しているのを避けるため、
カントリーだけでなくロッカーの雰囲気を出せとメンターのジミーに言われる。
今回、カントリーファンでない人も彼に投票しているそうだ。
ファン達を惹きつけ続けて飽きさせないようにしないと。
やはりワンパターンを脱することはできず、かえって奇をてらったアレンジが仇になった。
永遠のマンネリを通す方が良いのかもしれない。

ジェームズ、ミューズ"Uprising"
ヘビメタだけでなくメッセージ性の強いコンテンポラリーな曲も歌えることを証明した。
ドラム隊を先頭に登場。見応えのあるステージ。
舞台を大きく使い、勢いのあるドラマティックなパーフォーマンス。
ジェームズがここまでやるとは初期の段階で誰が予想しただろう。
確実に毎回、サプライズをくれて伸びてきている。
ミューズのマシューから「最後の高音を1オクターブ上げろ」とEメールを受け取り、
それを見事にやってのけた。

ヘイリー、アデル"Rolling In The Deep"
「マジックを起こさないと。」とジミー。
ヘイリーは元々の声もキャラクターも歌の技術も持っているのに、
今まで観客をあっと言わせるパーフォーマンスには中々至らない。

ジェイコブ、ルーサー・ヴァンデロス"Dance With My Father"
この日はルーサーの誕生日とライアンが紹介する。
ルーサーの誕生日は4/20、ということは今回はアメリカの放映から10日後には日本で放送されている。
12歳の時に父親を亡くしたジェイコブはこの曲に深く共感できるそうだ。
美しい曲を歌いこなしていたが、やはりルーサーと較べてしまった。
ジェイコブは最初は淡々と静かに最後に大きく盛り上がりを持ってくるというスタイルが固定化している。
盛り上がりの作り方がワンパターンになっている感じが否めない。
ジェニファーから「思い入れの強い曲ほど感情をコントロールして観客に伝えることが難しくなる。」

ケイシー、マルーン5"Harder To Breath"
ギターを手に歌いたい好きな曲を心おきなく歌ったことでここのところ自信なげに見えたケイシーが、
昔の大胆不敵なケイシーへと復活した。
ギター、ベース、バックコーラスが華やかにケイシーの歌を彩る。
ジャック・ブラックみたいに豪快なケイシー。

ステファノ、二ーヨ"Closer"
ジミーから「お前はいい男なんだからもっとそれらしく振舞え。変な動きをするな。」
好評だったが、まだまだステファノは違った面の良さがでる余地がある気がする。

ローレン、サラ・エバンス"Born To Fly"
ステージで強気の姿勢が出ないとジミーから指摘される。
フィドラ―、アコギ、バックコーラスがバックアップ。
アウトフィットもカントリー風で盛り上がる。
「もっと弾けろ。違う面を見せろ。」と審査員から。
確かに最近はずっと大人しくし過ぎているかもしれない。

ところで今回の審査員、みんないい人ばかりで、
サイモンの毒舌がすこし懐かしくなってきた。

結果発表。
脱落はステファノ。
ずっとボトム3に選ばれながら毎回、難を逃れてきた。
最後に歌う曲にステファノが選んだのは"Lately"
スティーヴィーの曲にアレンジを加えたもの。
歌うステファノの表情は晴々としている。
ここまで力の限りを尽くしたことに悔いはないはずだ。