ADONISの手記

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ザビーネ・クライバー その五

2015年11月15日 23時10分17秒 | 小説

 少女が男性に抱きついていた。否、噛み付いて血を吸っていた。少女は弓塚さつき。先日まで人間であったが、ロアに血を吸われて死徒になってしまった。

 ロアは、二十七祖級の力を持つとはいえ、真祖ではなく死徒にすぎない。彼に噛まれた場合、余程霊的ポテンシャルが高くないと一気に死徒にまでなることなどできないが、さつきは不幸にも死徒として才能があった。故に半日ほどで死徒になった。

 さつきは血を吸った男を地面に寝かせて、その場から移動しようとする。

「あら、その人間殺さないの?」
「誰っ!!」

 私は魔術で隠れていたので気付かなかったが、さすがに声をかけると分かる。

「誰か、まぁいいでしょう。私はザビーネ・クライバー。貴女と同じ吸血鬼ね」
「同じ…」

 さつきが不信感に満ちた顔をしていた。

「念のために言って置くけど、私は貴女を襲った吸血鬼とは無関係ですから」

 実際、私はロアとは関わりがない。精々情報として知っているという程度。

「……そうみたいだね。姿が全然違うし」

 当代のロアは青少年の姿をしているから間違いようがない。

「どうやら貴女は人を殺すのに躊躇しているみたいね。それでも生きるためには血を吸わなければならないというのも大変ね。でも、この三咲町で活動を続けていたら、いずれ始末されるわよ」

 この町には真祖の姫君や埋葬機関第七位がいる。新米死徒など一溜まりもないだろう。私の言葉にさつきがふるえる。

「なんなら私の所に来る? 死徒として知るべき事も知らないようだし。ここで会ったのも何かの縁でしょう。色々と面倒を見て上げるわ」
「良いのですか?」

 さつきが嬉しそうな表情で聞いてきた。

「ええ、構わないわ」

 私の差し出した手をさつきが握る。

 弓塚さつき、ゲット! 後は信用させて少しずつ私に依存させていきましょう。久々に萌えるわ。バイセクシャルな私は相手が男でも女でもOKです。暫くは、さつきルートの攻略に集中しましょう。

 

 その後、私は本拠地にしているL.C.L.の海に満ちた世界にさつきを連れて戻った。ここならば一々人間の血を吸わなくても糧に困らない。おまけに五月蝿い奴らもいないから落ち着いてくつろげる。まだ死徒になりたてで、力の使い方も満足に出来ていないさつきには落ち着いて学べる環境が必要だろう。

 ザビーネは時間をかけてさつきを信用させて、少しずつ依存させていった。自分の不幸さに悲しむさつきを慰めて、ついでにスキンシップとして一緒にお風呂に入ったり寝たりして馴らしていき、少しずつ私に依存させていった。

 一言で言うと、ザビーネはさつきを順調に攻略しているわけです。そろそろ駄目押しをしておきましょう。やはり思い人がいる人間を落とすには失恋させた方が早い。

 この世界の月姫は、アルクェイドルートになっているらしく、志貴とアルクェイドが恋人になっています。ということは、さつきの恋は終わっている。アルクェイドが志貴の恋人だと、さつきに教えてやればいい。というわけで、私は三咲町に訪れた。

 

「初めまして、貴方が遠野志貴さんですか?」

 私は目の前の魔眼殺しの眼鏡を付けた男子高校生に話しかける。

「君は?」

 志貴が私に話しかけるが表情に緊張は走っていた。やはり私が人間でないことが分かったのだろう。

 それに流石はもてる男だけに色々と輝いて見える。悪くはないね。でも男性としての意識がある私には通用しないけどね。

「退魔衝動があるから分かると思うけど、私は人間ではないわ。私はザビーネ・クライバー。これでも死徒二十七祖の一角をしめる者です」

「死徒がこんな真っ昼間に!?」

 今は高校の昼休みですから、確かに真っ昼間ですね。

 確かに死徒は普通昼に活動しない。それは日光に弱いからだ。浴びるだけで身体を痛めてまともに活動できない。

 しかし、真祖にして人間である私にとって日光はさほど問題ではない。精々力が制限させる程度。それも機械で紫外線を遮断しているのでまったく問題なく、私は真っ昼間でも全力で戦える。

「私は話し合いに来たんですよ。だからこそわざわざ昼間に来たわけですしね」
 と、敵意の無いことをアピールする。

 確かこいつって最初退魔衝動にかられてアルクェイドを殺したんだよね。釘刺しておかないと危ない。いくら私でも昼間に直死の魔眼でバラバラにされたら死にかねない。

「話し合い?」
「ええ、遠野さんとアルクェイドに話しておきたい事があります。だから後日お会いしたい。アルクェイドには私の名前を出しておけばいいですよ。それで話しが通じますから」

 

 翌日の公園。ここを待ち合わせの場所に選んだ私が言うのも何ですか、夜の公園というのも薄気味悪いものですね。

「こんばんわ。ザビーネさん」
「はい、遠野さんこんばんわ。それに久しぶりね。姫君」
「……そうね」

 アルクェイドは私にあまり好意的ではない。それも仕方ありません。

「それはそうと何故教会の者がここにいるのですか? 私が呼んだのは遠野さんと姫君だけの筈ですか」

 何故かこの場には埋葬機関 第七位 弓のシエルがいた。

「死徒が遠野くんを呼び出すなんて見過ごせません」
「そうですか。まあ、いいでしょう。聞かれて困る事でもありませんから」
「私の目が黒い内は勝手はやらせません」
「先輩それはいくら何でも…」
「遠野くんは甘いです。相手はあのザビーネ・クライバーですよ。彼女は順位こそ下位の祖ですが、その能力は確実に祖の中でも上位にいます」
「そうですか?」
「そうです。そもそも彼女は真祖と人間のハーフでありながら、その力は純粋な真祖を上回り、おまけにこの世界で五人しかいない魔法使いの一人でもあるんです。更にこのアーパーが生まれる前は、魔王狩りに参加していて、何人もの魔王を倒している程の実力者です」

 ……私ってちゃんと評価されていたんですね。ちょっと心配していましたよ。

「ちょっと待って下さい。そんなに強いなら、なんで二十六位なんです?」

 そりゃそうだよね。欠番の順位でももっと高い位があるのに。

「それは彼女がこの世界ではあまり活動しないからです。祖の順位は脅威度で決まりますから、この世界では活動しておらず、実質無害な彼女は聖堂教会では優先順位がかなり低いわけです」
「この世界?」
「この女は異世界転移の魔法を使って、異世界に自由に行き来できるんです」
「い、異世界ですか?」

 志貴が驚いている。そんなに驚くかな? 確かに異世界なんて神秘を行使するこの世界でもお伽噺の領域だしね。

「あの~、そろそろ本題に入って良いですか?」

 ほっとくといつまでたっても話しをしていそうなので、ここで本題に入ります。

「実はお二人をお呼びしたのは彼女にあって貰いたいからです。さつき出てきなさい」

 私の言葉で物陰からさつきが出てきた。

「ゆ、弓塚!?」

 志貴が驚愕する。いきなり数ヶ月も前に行方不明になっていたクラスメイトがこんな状況で現れたら驚くでしょう。

「ザビーネ、これはどういうこと?」

 あのアルクェイドさん怖いからそんな顔で睨むの止めて下さいね。

「かくかくしかじか、というわけで、彼女は私が引き取っていたんですよ。それでお二人にお知らせしておこうと思いまして。彼女は遠野さんにとっては仲のいい“クラスメイト”だったわけですし、姫君にとってはロアの娘ですから孫に当たるわけですから」

 状況の説明をするついでに、さりげなく志貴には恋人ではなくクラスメイトであることを強調おく。一方、アルクェイドはロアの娘と聞いて眉を顰めていた。

「心配しなくてもかまいませんよ。私の所にいれば人間を襲うこともありませんから」
「信じられません。そんなことが可能なのですか?」
「先程も言ったけど死徒を人間にするのは至難ですが、人間の血液の代用品を用意するだけなら簡単に出来ます」

 不可能ではなく至難。さらりととんでもないことを言いましたが、これは本当です。この世界では死徒を人間に戻すなど不可能ですが、監察軍ならそれが可能です。もちろん簡単ではありませんが。

 実際、以前私に反抗した死徒メイドを人間に戻して、この世界に追放した事がある。反逆者の始末ついでに人体実験をしたのだ。

「それはそうと、姫君は遠野さんと恋仲になったとか遅れながら祝福致します」
「えっ、それほどでもないわ」

 アルクェイドは志貴と恋仲になったという言葉に反応して赤くなる。知ってはいたけど変わりましたね。あの頃とは別人ですよ。

 さつきは「えっ!?」と声を上げて固まっていた。ふふ、計算通りです。遠野もアルクェイドも否定しないものだから決定的です。これが言いたかったんです。

 そういえば帰り際に、アルクェイドが「あの時に私を倒した奴はどうしているのか?」と聞いてきました。私が今も元気にしていますというと、アルクェイドは「そう」とだけ言った。その表情は複雑そうでしたね。

 そもそも私とアルクェイドの関係は複雑です。元々同じ真祖として面識ぐらいはあったけど、800年前のアルクェイド暴走時に、私はあるトリッパーと共にアルクェイドと戦った。

 実は私はそれほど強くはない。少なくとも暴走したアルクェイドと一対一で戦うのは分が悪すぎた。その為、アルクェイドを確実に圧倒出来る強力なトリッパーに助太刀を頼んだ。そのトリッパーはとても強くて、あのアルクェイドをザコのように圧倒した。それは、その場にいたアルトルージュを愕然とさせるほどだった。

 正直、あの人をこの世界につれてくるのはかなり危険な行動だった。この世界の抑止がどう反応するか分かったものではありませんでしたから。

 私がそこまで危険を犯してまでアルクェイドを止めようとしたのは、可能な限り原作に近づけるためです。実は私の干渉で歴史にそれなりに影響が出てきていたから、アルクェイドの暴走が原作通りに収まるとは限らず、下手をすると世界が滅びかねなかった。だから行った博打。でも姫君の暴走という世界の危機ならば、ある程度黙認されると踏んだ。そして、それは正しかった。

「それも過去の事ですか。さつき帰りましょう」
「……はい」

 私は失恋のショックに呆然としているさつきを連れて帰った。

 


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