腹話術人形けんちゃんの日記

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絶望名人カフカの人生論(その2)・2019年11月24日(日)

2019-11-24 12:26:52 | 日記
絶望名人カフカの人生論・頭木弘樹 編訳・新潮文庫・152ページと153ページからの転載です。

 文学者としてのぼくの運命は、非常に単純だ。

 夢見がちな内面生活を描写することが人生の中心となり、

 他のすべてのことを二の次にしてしまった。

 ぼくの生活はおそろしくいじけたものになり、いじけることをやめない。

 内面生活の描写以外、他のどんなことも、ぼくを満足させられないのだ。

 しかし今や、描写をするためのぼくの力は、まったく当てにならず、

 おそらく永久に失われてしまったようなのだ。

                     -日記ー

 「他のすべてのことを二の次にしてしまった」というのは、たしかにその通りです。

 勤めもおろそかになりましたし、結婚もうまくいかず、家庭をもつこともできませんでした。

 にもかかわらず、そこまでして人生の中心にすえている「夢見がちな内面生活を描写すること」

 が、「まったく当てにならず」それどころか「おそらく永久に失われてしまったようなものだ」

というのですから、まったく絶望的な告白です。

 でも、この日記が書かれたのは、1914年の8月のことです。

 これ以降にカフカは、「訴訟(審判)」「城」などの重要な長編小説や、「流刑地にて」

「田舎医者」「万里の長城」などの数々の名作短編を生み出していきます。

 これは絶望が間違っていたということではありません。

 人は絶望からも力を得ることができるし、絶望によって何かを生み出すこともできる、ということです。

絶望名人カフカの人生論・2019年11月23日(土)

2019-11-23 16:33:21 | 日記
      絶望名人カフカの人生論・頭木弘樹 編訳・新潮文庫・46ページと47ページからの転載です。

    人間の根本的な弱さは、

    勝利を手にできないことではなく、

    せっかく手にした勝利を、活用しきれないことである。

                  -断片ー

 子供の頃から目指していた偏差値の高い大学に、ようやく合格したのに、

それで燃え尽きたり、お金持ちになったのに、かえって家庭が不和になったり、

好きな人をライバルから奪ったのに、けっきょくうまくいかなかったり。

 自由を手に入れるために命がけで戦った時代もあったのに、自由な時代に

なってみれば、自由をもてあまして無気力になってしまったり。

 人は負けることも苦手ですが、勝つことも意外に苦手なものです。

 勝つか負けるかだけで人生が語られがちですが、勝ったにしても負けたにしても、

手にしているものをどう生かすかのほうが、より大切なのかもしれません。

カフカの絶望名言(その3)・2019年11月12日(火)

2019-11-12 08:47:24 | 日記
絶望名言・頭木弘樹・NHKラジオ深夜便制作班からの転載です。

     将来にむかって歩くことは、

     ぼくにはできません。将来にむかって

     つまずくこと、これはできます。

     いちばんうまくできるのは、

     倒れたままでいることです。

       (フェリーツェへの手紙)

頭木 カフカは何か特別な不幸があった人じゃないからこそ、その言葉は、

   誰にでも共感できるはずのものなんです。
   
    平凡で日常的な人生から出てきた言葉なので、
   
   自分には関係ないということはないはずなんです。

    関係なく思えるとしたら、それは元気だった時のぼくのように、

   いろんなことに気づかずにすんでいるというだけです。

    たとえば病気のような大きな挫折を経験すれば、

   気づかなかったことに気づくようになるわけです。

    カフカが何を言っていたかがわかって、そこに感動があるわけです。

ドストエフスキーの絶望名言・2019年11月11日(月)

2019-11-11 05:41:46 | 日記
絶望名言・頭木弘樹・NHKラジオ深夜便制作班からの転載です。

  もしもどこかの山のてっぺんの岩の上に、

  ただ2本の足をやっと乗せることしかできない

  狭い場所で生きなければならなくなったとしても

  ―しかもその周囲は底知れぬ深淵、

  広漠とした大洋、永遠の暗闇、

  永遠の孤独と永遠の嵐だとしても―

  そしてこの方1メートルにも足らぬ空間に、

  一生涯、千年万年、いや永久にそのまま

  とどまっていなければならないことになったとしても

  ―それでもいますぐ死ぬよりは、

  そうしてでも生きているほうがまだましだ!

  生きて、生きて、ただ生きていられさえすれば!

  たとえどんな生き方でも―

  ただ生きていられさえすればいい!……。

  なんという真実だ!

  ああ、まったくなんという真実だろう!

             (罪と罰)

シェークスピアの絶望名言・頭木弘樹・2019年11月09日(土)

2019-11-09 19:05:49 | 日記
       絶望名言・頭木弘樹・NHKラジオ深夜便制作班の213ページからの転載です。

「どん底まで落ちた」

     と言えるうちは、

     まだ本当にどん底ではない。

             (リア王)

頭木 ぼく自身も、20歳で難病になった時は、どん底だと思いました。これこそ

   どん底だと思いました。けど、やっぱり、まだまだ底はあるんですよね。

    だからどん底だと思ってしまうのは、まだちょっと傲慢というか。

   傲慢というのはちがうかもしれないですけど、ちょっと思い過ぎ?

    まだまだ下があるというのは、すごく恐ろしいことでもありますけれど、

   まだそこまでじゃないということでもあり……。

    生きているうちは、まだ本当のどん底ではないのかと思います。