トラッシュボックス

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貝殻島へのソ連の上陸に対し米軍が出動しなかったとの妄説について

2011-02-12 01:01:45 | 領土問題
 過去記事「北方領土問題を考える」で書きそびれていたこと。

 そこで取り上げたmig21さんの記事「286.たとえ世間は叩けども-麻生流ウルトラCを評価する-」に、mig21さんの次のようなコメントがある。


平和条約が締結されなかったのは、アメリカの横槍が入ったからです。当時の国務長官ダレスさんが4島返還を主張しないなら沖縄を返さないと日本を脅したため、腰砕けになってしまい、単なる共同宣言に終わってしまったと言ういきさつがありました。

と、4島返還を主張することを強要したアメリカですが、これも怪しいものでした。例の漁船銃撃事件のあった歯舞諸島の一部である貝殻島(ロシアはシグナーリ島と呼称)に日ソ共同宣言の1年後、ソビエト側が上陸したのですが、アメリカは知らん振りでした。つまり、日米安保条約が機能しなかったのですね。この手の話はなかなか日本では知られていないようです。(僕もつい最近知りました。)
2009/2/22(日) 午前 0:52


 このコメントの前半部については上に挙げた私の過去記事で触れたとおりだが、後半部の記述が気になっていた。
 私もこの話をここで初めて知った。

 別記事「146.北方領土問題-本当の悪役は誰か?- 」にも、同時期にmig21さんによる同趣旨のコメントがある。

興味深いのは4島返還にアメリカの協力を得られると今でも考える人が少なくないことです。1957年歯舞諸島に属する貝殻島(ロシア名シグナーリ島)にロシアの国境警備隊が上陸するのですが、アメリカは何もしませんでした。もし、彼らが当時日本に主張を要求していた4島返還を踏まえるなら、当然日本の領土が侵されたわけですから、安保条約が発動していいものと考えるのですが、発動されなかったワケですね。

結局国と国との約束事などそんなものなのでしょう。。。
2009/2/26(木) 午前 7:09


 検索してみると、ウィキペディアの「貝殻島」という項目に次のような記述がある。

1957年、ソ連国境警備隊が上陸した時、日本は日米安保条約により米国によって防衛されることになっていたが、米軍は一切出動しなかった。


 これに基づいてか、北方領土問題に関するサイトで同趣旨の記述を載せたものがいくつかあった。

 2ちやんねるには次のような書き込みがある。
 
【北方領土】ソ連の貝殻島占領は1957年!【尖閣】

1 日米安保体制下なのに、米国は守ってくれなかった(哀 2006/06/11(日) 21:12:49 ID:UAF6H6VP

北海道・納沙布岬からわずか3.7km沖の海上にある、ロシアが実効支配中の貝殻島。
納沙布岬の北方領土展望台に設置された強力望遠鏡を使うとよく見える。
ここをソ連が占領したのは何時だったのか?
衝撃の事実。
ソ連が実際にこの島を占領したのは、日米安保条約発効後の1957年だったのだ。
それまで、貝殻島は無人島だった。
そのとき、米国が貝殻島を防衛しようと思えば、可能だったのだ。
ところが、日米安保条約があるにもかかわらず、米軍は貝殻島に出動せず、みすみすソ連に奪われた。
米ソの熱い戦争を避けて米国がこうした行動を取ったことは、容易に推断できる。

そして、尖閣列島。ここも、今は無人島だ。
もし、そこを中国が占領したら…?
米国核攻撃の可能性をほのめかす米中正面対決を避けて、米軍は出動しないだろう。
そして、尖閣列島は、中国に奪われる…

こんな米軍に、3兆円も出すって?
貝殻島のソ連占領の際に米軍が取った行動を、日本人は忘れるな!


 ウィキペディアの「貝殻島」の履歴を見てみると、このソ連国境警備隊上陸の記述が現れるのは、無署名ユーザーが編集した「2006年9月24日 (日) 04:29時点における版」からであり、2ちゃんねるの書き込みの方が早い。
 それ以前から、こうした説が一部では唱えられていたのだろう。

 ちなみに、その版の冒頭部の記述は次のようになっており、現在のものとは大きく異なる。

貝殻島(かいがらじま)は、いわゆる北方領土の歯舞諸島にある小島。ロシア名シグナーリヌィ島(о.Сигнальный=灯台島の意)。無人島であったが、1957年に、当時ソ連KGBの一機関であったソ連国境警備隊が実力で占拠した。そのとき、日本は日米安保条約により米国によって防衛されることになっていたが、米軍はこのソ連の日本固有の領土に対する侵略行為にもかかわらず一切出動しなかった。 以来、日本も領有権を主張し続けており、日本の制度上は北海道根室市の管轄となるが、実効支配を行っているロシアではサハリン州南クリル管区に所属している。


 2ちゃんねるにしろ、この版のウィキペディアの記述にしろ、無人島であった貝殻島にソ連国境警備隊が上陸したのだから米軍は日米安保に基づいて出動しなければならなかったのに、それをしなかったという内容になっている。
 まるで、それまでは貝殻島はわが国が実効支配していたのに、この上陸を機にソ連に奪われてしまったかのような記述だ。

 そんなことがもし本当に起こっていたのなら、大問題だろう。
 そんな話が、mig21さんも言うように知られていないのは、普通に考えておかしいのではないか。

 その疑問への答えは、ウィキペディアの最新の版に記されている。
 
1945年、戦後にソ連の占領下となる。この後、マッカーサー・ラインが設定され、日本漁民が自由に出漁できる範囲とできない範囲とが分離された。北方周辺海域では、ラインは納沙布岬と水晶島の中間に引かれたため、戦後3年間は貝殻島周辺は日本の海域となっていた。
1948年12月、GHQは米駆逐艦コワゾール号で再調査した結果として、マッカーサー・ラインを納沙布岬と貝殻島の中間に引きなおした。この結果、貝殻島周辺はソ連の海域となり、漁民は危険を覚悟で操業を続けたため拿捕が相次いだ。マッカーサー・ラインは講和条約発効3日前に廃止されたが、中間ラインと言う事実上の国境として残された。


 また、次のような記述もある。

貝殻島(かいがらじま、露:Остров Сигнальный)は、いわゆる北方領土の歯舞群島にある。低潮時には海面上に有るが、高潮時には水没するため、国連海洋法条約で言うところの低潮高地であり、島ではない。


 ソ連が実効支配していた、高潮時には水没する島に、ソ連の国境警備隊が上陸したにすぎない。
 こんなことが、何故日米安保発動の要因になるというのだろうか。

 もっとも、わざわざこうして検証するまでもなく、そんなことは常識で想像がつく。
 mig21さんをはじめ、北方領土問題にそれなりに関心を持つ方々が、こうした記述を無批判に引用しているのは嘆かわしい。

 もう一点、重要だと思われるので指摘しておきたいが、では仮にわが国が実効支配している無人島に他国の国境警備隊が上陸したら、それは即日米安保発動の要因になるのか?
 ならないだろう。
 何故なら、それは安保条約で規定されている他国からの「武力攻撃」には当たらないからだ。
 それは単なる不法上陸にすぎない。
 先の尖閣諸島での一件からもわかるとおり、こうした事態に対応すべきはまずは海上保安庁であり、海上自衛隊でも在日米軍でもない。

 さらに付言すると、1957年には、まだ現在の日米安全保障条約は存在しない。1951年にサンフランシスコ平和条約とともに調印された、旧日米安全保障条約の時代だ。
 この旧安保条約は、米軍がわが国に駐留する権利は認めているものの、わが国を防衛する義務については明言していない。
 第1条はこうなっている(太字は引用者による)。

 平和条約及びこの条約の効力発生と同時に、アメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍を日本国内及びその附近に配備する権利を、日本国は、許与し、アメリカ合衆国は、これを受諾する。この軍隊は、極東における国際の平和と安全の維持に寄与し、並びに、一又は二以上の外部の国による教唆又は干渉によつて引き起された日本国における大規模の内乱及び騒じようを鎮圧するため日本国政府の明示の要請に応じて与えられる援助を含めて、外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することができる


 「使用することができる」であって、「使用しなければならない」ではない。
 そして、何が「極東における国際の平和と安全の維持に寄与」し、「日本国の安全に寄与」するかは、米国側が判断するのだろう。
 こうした不平等性を改定したのが1960年に成立した新(現)安保条約だ。

 したがって、これまた、貝殻島上陸に対して米軍は出動すべきだったという主張の根拠とはならない。

 つくづく、下らない説である。


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4 コメント

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Unknown (Unknown)
2012-09-18 11:03:13
古い記事ですが、時勢があれなんで見にきました。今回の尖閣諸島に対しても行動を拒否したアメリカに対しても貴方は同じ事を言い続けるのですね。しかも、嘉手納飛行場の空軍ならまだしも、抑止力の全く無い普天間基地の海兵隊まで賛成の売国奴なのですね。海兵隊の仕組み知ってます?この様に、再軍備を拒否した吉田茂の様な方が素晴らしいと言われる日本につくづく呆れます。貴方の様な方が平和憲法とぬかし、自分のケツも拭けない国を作ってきたのですね。
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Re:Unknown (深沢明人)
2012-09-18 23:09:24
>今回の尖閣諸島に対しても行動を拒否したアメリカ

拒否も何も、行動すべき事態が何か生じてましたか?
安保条約第5条を読まれたことがありますか?

>貴方は同じ事を言い続けるのですね。

いや、言いませんよ。
貝殻島はわが国の施政下にはないから安保条約の適用対象外。しかし、わが国の施政下にある尖閣諸島は安保条約の適用対象ですから。

>嘉手納飛行場の空軍ならまだしも、抑止力の全く無い普天間基地の海兵隊まで賛成の売国奴なのですね。

そんなことは言っていませんが、海兵隊の存在に賛成ならどうして売国奴になるんでしょうか。

>海兵隊の仕組み知ってます?

仕組みというか、どういうものかぐらいは。

>再軍備を拒否した吉田茂

吉田は普通再軍備をしたと言いませんか?
自衛隊の前身の前身である警察予備隊を創設したのは吉田です。

>の様な方が素晴らしいと言われる日本につくづく呆れます。貴方の様な方が平和憲法とぬかし、自分のケツも拭けない国を作ってきたのですね。

私、再軍備を拒否した吉田はすばらしいとか、平和憲法はすばらしいなどと一言も言った覚えはありませんが。
妄想との戦いはしかるべき場所でお願いします。
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安保の対象内であり、詭弁 (天の邪鬼)
2015-05-25 07:58:50
この方の理屈はいちいちごもっともに聞こえるが、どうしても安保の対象外にしたいため、独断が過ぎますね。なぜ米軍が出動しなかったか? それは当時の日本政府が米軍に要請しなかったからですよ。無人島の領有権争いのために犠牲を出したくなかったんでしょうし、本格的な戦争になるのを怖れたからではないですか?
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Unknown (あぁ)
2015-11-18 14:45:05
竹島問題にも言えますよねぇこういうの
1952年以降の独立回復後に韓国は島を着々と武装してるのに米国はなんかしたかという

まあそもそも日本自体が何もしないのに米国が出てくるわけもないのだが(笑)

これは日韓双方ともアメリカにとっては反共の砦という
同じ同盟関係の国というまた違う問題が出ますが
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