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外国国章損壊罪についての大いなる誤解

2011-03-08 00:47:15 | 「保守」系言説への疑問
 少し前に「虚構の皇国」というブログで、自民党が「国旗損壊罪」を新設すべく刑法改正案をまとめたと知った。

「国旗損壊罪」は「日の丸」フェチの極致

ついに「日の丸」フェチシズムが刑法にまで進出するのか。すさまじいリビドー政治だな。

もしも法案が成立すれば、国家的暴力装置を背景として一部の人間の性的物神崇拝が国家宗教にまで高められることになるわけで、我が神国日本も、米仏独伊にならぶ糞ったれ近代宗教国家に堕落してしまう。嗚呼、恥ずかしい国・ニッポソ!

「国旗損壊罪」刑法改正を提案へ 自民  - MSN産経ニュース

 自民党は23日の法務部会で、国旗「日章旗(日の丸)」を侮辱する目的で傷つけたり汚したりした場合に刑罰を科す刑法改正案をまとめた。議員立法で今国会中の提案を目指す。

 刑法には、外国国旗を損壊すれば刑罰を科す内容が盛り込まれているが、日章旗については尊重義務や罰則がない。改正案では、「国旗損壊罪」を新設し、外国国旗と同様、「2年以下の懲役または20万円以下の罰金」を科すこととした。国会図書館によると、米仏独伊などの主要国では刑法や個別法で、自国国旗に対する侮辱には罰金や懲役を科している。



 このブログは、以前興味深い記事を見かけて、しばらくROMしていたのだが、この記事はいただけない。
 「フェチシズム」「リビドー」「性的物神崇拝」……何でも性的なものと結びつけずにはおけない変態さんかしら。

 さて、この改正案だが、「政調会長預かり」となったそうだ。
 MSN産経ニュースから引用する。

日の丸「格下」扱いをこれ以上放置するな!!
2011.3.5 18:00

 自民党の石破茂政調会長は2日の記者会見で、国旗(日章旗、日の丸)を傷つけたり汚したりした場合、罪に問われる「国旗損壊罪」を新たに盛り込んだ刑法改正案を今国会に提出する方針を明らかにした。現行刑法には外国の国旗に対する損壊罪が明記されているが、日の丸に関する条文はない。石破氏は「外国の国旗に対する罪があるのに、なぜ日章旗を汚損しても罪に問われないのかと言うのは素朴な感情だ。(本来は)国旗国歌法で国旗が日章旗だと定められた時(国旗損壊罪も)立法しておくべきだった」と語った。

 この刑法改正案は議員立法。提出者の高市早苗元内閣府特命担当相は「日本人が外国の国旗を焼いたり切ったりしたら、刑法92条で2年以下の懲役または20万円以下の罰金となるのに、日の丸を日本人や外国人が傷つけても(条文がなく)対象にならない。主要国の(法令の)例を見てもアンバランス」と説明する。日の丸は「格下」扱いされていると言っていい。

 実際、米仏独伊などでは刑法や個別法で、自国国旗に対する侮辱には罰金や懲役を科している。国立国会図書館によると、米国では1年以内の禁固刑、フランスは約100万円の罰金刑や6カ月拘禁の加重刑、ドイツは3年以下の自由刑か罰金となっている。

 反日デモで「日の丸」が損壊されるケースが散見される近隣諸国も同様だ。韓国には自国国旗と同様、外国国旗に対する損壊罪もあるが、自国国旗への損壊罪の方がはるかに重罰。中国に至っては3年以下の懲役や政治的権利が奪われる罰則などがあるのは自国国旗(五星紅旗)を損壊した場合のみで、外国国旗を侮辱しても罪に問われない。

 自国国旗のみ尊重する国。外国より自国を尊重する国。自国と外国を対等に尊重する国。国によって対応はまちまちだが、少なくとも外国国旗だけを尊重する国など皆無だろう。「日の丸・君が代」に大半の日本人が賛意を示す現在、自国と外国を対等に扱う法制こそ国民感情にかなうのではないか。第一、自国の国旗も尊重しないような国は、他国から信用もされなければ相手にもされないのは国際的にも常識。高市氏が指摘する「アンバランス」解消は急務といえる。

 日本の国会は戦後、多くの「宿題」を先送りしてきた歴史がある。他国が日本を侵略した際、国民を避難誘導させる有事法制も「再び戦争を起こす国になる」という平和ボケとしか思えない反対論で長年、議論すら回避した。その意味で、高市氏が「6年前から提出を目指してきた」今回の改正案は、真っ当な国際国家に脱皮できるかの試金石となるはずだった。

 ところが、改正案は翌3日の自民党シャドーキャビネットで原則の全会一致の賛同を得られず、「政調会長預かり」となった。党関係者によると、「自民党が右傾化したと思われる」との反対論が一部議員から出たためだという。

 年度末を控え、混迷が増すばかりの今国会だが、自民党は後半国会も視野に同法案の提出を再考すべきだ。平成21年、地方の会合で国旗2枚を切り裂いて党旗に作り替えた過去がある民主党だが、「日の丸・君が代は国旗国歌として定着しており、こうした国民感情を尊重し、本内閣でも敬意をもって対応する」と今年1月の参院本会議で菅直人首相が述べたように、賛同者は少なくないはずだ。この機会を逃したら、それこそ国会は怠慢のそしりを免れないだろう。(森山昌秀)


 この記事を読んで、読者はどう思われただろうか。
 次のような感想を抱いたのではないだろうか。

「外国の国旗を損壊したら処罰されるのに、わが国の国旗を損壊しても処罰されないとは。これは確かにバランスを欠いている。外国の国旗を日の丸より尊重するとは、日本は本当におかしな国だ」

 私も少し前まではそのように思っていた。

 外国国章損壊罪を定めた刑法92条の条文は次のとおり。

(外国国章損壊等)
第92条 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
2 前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。


 そして、わが国の国章については、同様の規定はない。

 となると、上記のような感想を抱くのが当然だろう。

 しかし、少し調べてみると、これは誤解の産物なのだとわかった。


 誤解その1 あらゆる外国国旗の損壊が処罰の対象となる

 刑法92条のみを素直に読むと、「その国の国旗その他の国章」としか書かれていないから、外国のあらゆる国旗その他の国章に対する損壊が処罰の対象となりうるように思える。
 例えばデモで、手製の外国国旗を損壊する行為も、その外国政府の請求があれば処罰の対象となりうるように思える。

 ところが、それは単なる素人考えで、学説でも判例でも、そのような解釈はしていない。
 『大コンメンタール刑法(第2版)』(青林書院)と昔の『注釈刑法』(有斐閣)の刑法92条の箇所を見てみたが、国章については、私人によるものは含まず、在日外国公館などで公的に使用されているものに限られるというのが通説であり、判例も方向性としてはそれに沿っているという。
 ただ、民間の国際的な行事で使用される国旗や、より広く、その国の祝祭日に私人が掲揚する国旗なども含まれるとする説もあるという。
 しかし、もともと損壊する目的で作成した手製の国旗もまた対象になるという見解は見当たらなかった。

 したがって、デモで手製の国旗を損壊するような行為は処罰の対象にはならない。

 先に、駐日ロシア大使館前において右翼団体がロシア国旗を引き裂いたとしてロシア政府から捜査を求められているのに対し、わが国外務省が罪とならないとの立場を表明しているのもうなずける。
 毎日jpの記事より。

ロシア:国旗は模造品、侮辱の事実なし 日本が伝達
 「北方領土の日」の2月7日、東京のロシア大使館近くで日本の右翼活動家がロシア国旗を侮辱したとされる問題で、日本外務省が同月下旬までに同大使館や在モスクワ日本大使館を通じて、ロシア側に「外国国章損壊罪(刑法92条)に当たる事実は確認されていない」と伝えていたことが分かった。

 ロシア側の情報によると、日本の警察当局が捜査した結果「侮辱されたのはロシア国旗を模した手製の物体。大使館に掲揚されている国旗を侮辱したのなら罪に問われるが、そうではない」と判断したという。【犬飼直幸、モスクワ田中洋之】



 誤解その2 日の丸を損壊しても罪に問われない

 そんなことはない。
 刑法261条に器物損壊罪がある。

(器物損壊等)
第261条 前3条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。


 政治的目的をもって、官公庁や式典などで掲揚されている日の丸を損壊すれば、当然罪に問われる。

 デモなどで、手製の日の丸を燃やしたり踏みつけたりしても、確かに罪に問われない。
 しかしそれは、外国の国旗でも同じことである。

 そして、器物損壊罪の法定刑は「3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料」だから、「2年以下の懲役又は20万円以下の罰金」しかない外国国章損壊罪より重い。
 したがって、日の丸の損壊犯に外国国旗の損壊犯よりも重罰を科すことも可能なわけだ。


 誤解その3 外国国旗を日の丸より尊重するのはアンバランス

 これは一見正しいように見える。
 しかし、上記「誤解その1」で説明したように、客体である外国国旗が在日外国公館などで掲げられた公的なものと考えると、見方は変わってくる。
 例えば各国の駐日大使は、わが国において彼らの母国を代表する存在である。その大使館において掲げられる国旗は、まさに各国の権威を表すものだろう。そしてそれを損壊する行為は、各国そのものを侮辱したに等しい。
 日の丸も、海外においては、同様の役割を果たすことになるだろう。しかし、わが国国内に一般に掲揚される日の丸と、駐日大使館などで掲げられる外国国旗とでは、その重みは著しく異なるのではないか。

 だからこそ、わが国においては明治時代から外国国章損壊罪が設けられ、かつ自国の国章損壊を処罰する規定は設けられなかったのではないか。

 そう、上掲の産経記事は巧みに触れていないが、外国国章損壊罪は戦後の産物ではない。明治40年に制定された現刑法で初めて設けられたものだ(明治13年に制定された旧刑法にはなかった)。
 そして、100年以上、わが国はその「アンバランス」な状態を維持してきた。

 それでも、外国において、自国の国章損壊を処罰する規定があるのなら、わが国においても設けてもいいのではないかという意見はあるだろう。
 明治時代ならいざしらず、こんにち希薄となった国家意識を喚起する良いきっかけではないかという見方もあるだろう。

 それはそれでいい。
 ただ、私には、今このような法改正が必要だとは思えない。
 所詮、手製の日の丸を損壊する行為を取り締まれるわけではないのである。
 ならば、より重罰を科し得る器物損壊罪のままでもよいのではないか。

 そして、上記のような誤解をそのままにして法改正に及んだら、国民に対しても、海外に対しても、誤ったメッセージを発してしまうことにならないか。

 例えば、PONKOさんのブログ「反日勢力を斬る(2) 」の「外国旗を毀損したら有罪、日の丸は無罪」という記事を読むと、どうも、中韓の反日デモで見られるような日の丸損壊がわが国で行われた場合、これを処罰をすることを期待しているようである。
 もっともなことだと思う。
 ところが実際には、仮に法改正が成ったとしても、期待通りの運用をされないわけだ。
 これでは、一種の詐欺ではないか。
 自民党のような伝統ある大政党にはふさわしくない、姑息な手段だと思う。

 それとも自民党は、手製の日の丸損壊を本気で取り締まるつもりなのだろうか。
 私は、手製のものであれ、政治的意図に基づいて国旗を損壊する行為を、率直に言っておぞましいと思う。
 しかし、それを刑罰をもって取り締まるというのは、表現の自由とのかねあいから言ってどうなのか。



付記

 産経の森山昌秀記者は、改正案が「政調会長預かり」となった理由について「「自民党が右傾化したと思われる」との反対論が一部議員から出たためだ」とし、PONKOさんはこの点についてえらくご立腹だが、当の政調会長石破茂のブログを読むと、

 昨日の総務会で、日本国を侮辱する目的を持って国旗を損壊、汚損などした者を処罰することを可能とする刑法改正案が継続扱いとなりました。
 総務会の前の政策会議ではほとんど異論なく了承されただけにやや意外の感もありましたが、「このような行為に刑罰をもって臨むべきなのか」「党議拘束をかけるべきなのか」「シャドウ・キャビネットで異論が出た場合、政府における閣議のようにどうしても賛同しない『閣僚』がいた場合は罷免するのか」などなど、内容、手続きともに更なる検討が必要であるとの判断から、保留扱いとなりました。
 確かに、刑罰で臨む前に、国旗尊重義務を定めるべきだとの意見にも一理あるようです。この件と、いくつかご指摘を頂いている相続税についての考え方については来週また記します。


とあり、右傾化云々との表現はない。

 「このような行為に刑罰をもって臨むべきなのか」の「このような行為」とは何を指すのか気になる。
 少なくとも、私が上に挙げたいくつかの誤解はクリアした上での議論がなされているものと信じたい。


(関連記事 「自民党 日の丸損壊罪の法案提出」との報道を読んで


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2 コメント

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Unknown (aho)
2013-03-31 18:11:03
外国国章損壊罪は、外国国章を損壊する行為のうち、限定的な範囲のものを処罰するもの。それはそのとおり。日本国国章を損壊する行為のうち一定のものは器物損壊罪で処罰が可能。それもそのとおり。しかし、器物損壊罪で処罰し得ず、外国国章で処罰すべき行為と同様の行為が、日本国国章に対して行われた場合には処罰の対象とならないことは論理的な帰結。
外国国章損壊罪の位置づけが不明確(器物損壊罪との区別、刑罰が著しく軽いこと)から、創設しようとする日本国国章損壊罪の存在意義が不明確となり、貴殿のような疑問が生ずるのも仕方ないと思うが、少なくとも形式論理上は、法改正は正当だと思う。
それでは、日本国国章損壊罪が必要か。
外国国章損壊罪は、本来、自ら所有するものであっても、外国国章を損壊する行為は国際礼譲に反することから処罰対象となったとの理解が一般的。私人により掲揚されている日本国国章に対して行われた場合、これを処罰することとした場合、国の権威に対する侵害を処罰することとなり、不適当との判断から、日本国国章損壊罪は規定すべkでないとの議論がある。思うに、日本国の権威を侵害する行為に対する考え方と同様に、国際礼譲を私人に強制することは好ましくないとの判断から、外国国章損壊罪に対する処罰範囲も極めて限定的(何を処罰しようとしているのか不明)なものとなっているのではないか。とするならば、外国国章損壊罪自体の存在意義が問われるべきであり、外国国章損壊罪が設けられているのであれば、日本国国章損壊罪を処罰することとしたとして、なんら不合理な点はないというべきと思われる。
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ahoさんへ (深沢明人)
2013-04-07 20:40:22
>器物損壊罪で処罰し得ず、外国国章で処罰すべき行為と同様の行為が、日本国国章に対して行われた場合には処罰の対象とならないことは論理的な帰結。

 なるほど、その点はこの記事では考慮していませんでした。
 しかし、それは具体的にどういう「行為」なのでしょうか。

 刑法には、

(外国国章損壊等)
第92条 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

(器物損壊等)
第261条 前3条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。

とあります。
 第92条にある「除去し、又は汚損した」が第261条にはありません。

 しかしこれらは、刑法によって処罰できないものでしょうか。
 「汚損」は、実質的には第261条に言う「損壊」に該当すると思われます。
 「除去」も、塗りつぶしたり遮蔽したりした場合には第261条に言う「損壊」に、勝手に持ち去った場合には第235条に言う「窃取」に当たるように思われます。
 「器物損壊罪で処罰し得ず、外国国章で処罰すべき行為と同様の行為」とは具体的にどういった行為を指すのか、ご教示いただければ幸いです。

>形式論理上は、法改正は正当だと思う。

 私も記事中で、「外国において、自国の国章損壊を処罰する規定があるのなら、わが国においても設けてもいいのではないかという意見はあるだろう。〔中略〕それはそれでいい。」と述べています。

>外国国章損壊罪は、本来、自ら所有するものであっても、外国国章を損壊する行為は国際礼譲に反することから処罰対象となったとの理解が一般的。

 それはどこで「一般的」とされているのでしょうか。記事中でも述べたように、通説も判例もそんな解釈はしていません。

>とするならば、外国国章損壊罪自体の存在意義が問われるべきであり、外国国章損壊罪が設けられているのであれば、日本国国章損壊罪を処罰することとしたとして、なんら不合理な点はないというべきと思われる。

 外国国章損壊罪の存在意義については、記事中で述べたとおりです。
 そして、外国国章損壊罪の存在意義が問われるべきということと、外国国章損壊罪があるのなら日本国国章損壊罪を設けても不合理ではないということは何の脈絡もないと思いますが。

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