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側室・妾は戦後の価値観で許されなくなったと説く竹田恒泰

2012-10-28 10:05:28 | 珍妙な人々
 前々回の記事を書くために竹田恒泰『語られなかった皇族の歴史』(小学館、2006)を読み返していると、次のような記述があった。

 現在のアラブ諸国と同様に、戦前までの日本では、一般人であっても経済的に余裕があれば妾を持つことが社会的に認められており、妾に何ら違和感はなかった。しかし終戦後は俄(にわか)に妾を悪とし、一夫一婦主義を唱えるキリスト教思想が日本を支配することになり、妾を認めない社会に変わったのである。これにより、天皇の側室は国民感情の許さないものとなってしまった。(p.67)


 そんなわけないだろ。

 明治時代において、キリスト教思想の影響からか、一夫一婦主義は既に唱えられていた。
 だから、1898年に施行された民法で、一夫一婦が制度として取り入れられ、庶子(妾の子)は相続面で差別されることになったのではないか。
(例えば、All About の「明治の初めまで日本も一夫多妻制だった!?」参照)

 そして、ジャーナリズムの発達とともに、権力者や富裕層が妾を持つことへの批判も生じた。
 黒岩涙香(1862-1920)が『萬朝報』(1892年創刊)で「弊風一班 蓄妾の実例」を連載して著名人の蓄妾を暴き、売り上げを伸ばしたのを知らないのか。

 だからこそ、大正天皇(1900年結婚)は側室を置かず、昭和天皇(1924年結婚)は「人倫にもとる」と側室制度そのものを廃止したのではないのか。

 一方で、「一般人であっても経済的に余裕があれば妾を持つこと」は、こんにちでも、表沙汰にならないだけで、「認められて」いるのではないか。「終戦後は俄に妾を悪とし」「妾を認めない社会に変わった」とは必ずしも言えないのではないか。
 時折、政治家などの女性問題がマスコミをにぎわすことがあるが、あれらは男女ともに著名人であるか、女性側が捨てられた、裏切られたなどとして告発に及ぶケースが多いのではないか。女性側が無名であり、穏当に関係が成立しているにもかかわらず、非難されるケースは少ないのではないか。
 また、それら非難されるケースは政治家や官僚といったいわゆる公人、あるいは芸能人であり、経済界をはじめとする民間人のその種の関係が非難されることはまれではないか。

 だから、側室の存在を国民感情が許さなくなったとすれば、それは敗戦後のことではなく、戦前において天皇の側が率先して制度を廃止したことによるものではないか。

 なお、イスラム社会の一夫多妻制における妻は、全て正妻である。側室や妾とは違う。
 そして、側室と妾はまた違う。側室は、子を産まなければ、ただの女官であって、正妻に準ずる扱いなど受けない。まさに「産む機械」である。

 私は、慶応を出て30過ぎてこんなことを書いている輩に、皇室がどうの、わが国の歴史がどうのと、したり顔で語ってもらいたくない。

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1 コメント

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お邪魔します (ブロガー(志望))
2012-10-28 23:32:08
お邪魔します。
 側室制度を廃止したのは昭和天皇、いわゆる旧宮家を皇族で無くしたのも昭和天皇ですから、竹田恒泰氏は「皇統断絶の元を作った張本人は昭和天皇」と書くべき(主張すべき)ではないかと思います。

 それからイギリスでは王室の相次ぐスキャンダル及びチャールズ皇太子他の結婚の破綻等で国民が冷めてしまいました。で今ウィリアム王子とキャサリン妃にその再建が託されている状態です。となればもし旧宮家の皇籍離脱が無かったら、相次ぐスキャンダルで国民の心はとっくに離れた可能性があるのではないでしょうか。

 最後に歌舞伎は松竹が丸抱えして世間一般の常識から切り離し、伝統の維持に努めさせていると聞いています。もし皇室が側室といった昔ながらのやり方を続けるのであればそういったやり方ぐらいしかないと思いますが、それをしたら天皇は「国民統合の象徴」にはなり得ないのではと思います。

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