トラッシュボックス

日々の思いをたまに綴るブログ。

林房雄『大東亜戦争肯定論 普及版』(夏目書房、2006)

2006-09-28 00:37:13 | 日本近現代史
 この著作については、読んだことはなかったが、かねてから有名なので概要はどこかで聞いて知っていた。
 曰く、大東亜戦争はアジアを欧米の植民地支配から解放するための戦争で、日本は残念ながら敗れはしたが、結果的にアジア諸国は独立を果たした、故に大東亜戦争の目的は達成されたのであり、日本は過去を恥じることはない、といった趣旨のものだと。
 論理が倒錯しているだけでなく、事実関係としても誤っていると思うので、古本屋で見かけることはあっても、購入する気にはならなかった。しかし、近年この種の主張が保守系論壇誌で目に付くようになり、やはり一度は読むべきかと思いつつあった。
 数年前に夏目書房から復刊されたが、3990円という価格と、かなりの分厚さから、買うのを躊躇していた。最近になって、この1575円の普及版が出たのを機会に、購入した。この種の本でこの価格のものはなかなかない。やはり売れているのだろう。
 読み始めて、これがかつてあれほど問題視された著作なのかと違和感を持った。筆致が非常に穏当なのである。書き出しからして、
「たしかに人騒がせな題名に違いない。「聖戦」、「八紘一宇」、「大東亜共栄圏」などという御用ずみの戦争標語を復活し、再肯定して、もう一度あの「無謀な戦争」をやりなおせというのかと、まず疑われるおそれが十分にある。
 いかに調子はずれの私でも、そんなことは言わぬ。」
というもので、題名から想起されるような、悲憤慷慨したり高圧的な表現を用いたりするものではない。
 この本は改訂版だそうなので、雑誌連載時や最初の単行本の時に比べて筆致は抑えられているのかもしれないが、それにしても、昨今の一部の保守系言論人に見られる文章の見苦しさとは比較にならない、格調の高さを感じる。
 しかし、展開される主張の要点はやはり上記のとおりであり、それには納得できない。
 まず、著者の言う「東亜百年戦争」という前提自体に疑問がある。ペリー来航のころから、欧米は東アジアを侵略し続けてきたと言えるのか。日本に対してもそうか。欧米の文物や制度の流入は日本にとってもアジア諸国にとっても良い面もあったのではないか。
 次に、東亜百年戦争を戦うため、日本はアジアを支配する必要があったという説にも同意できない。東亜百年戦争というなら、中国や朝鮮からは対日八十年戦争とでも言われかねない。欧米のふるまいは侵略で、日本のそれは自衛のためだという理屈にはついていけない。
 そもそも、日本はアジアか? 私はアジアではないと思う。いや、地理的にはアジアの一国だが、歴史的には、いわゆるアジア主義者や、この林房雄が言う意味でのアジアとは言えないと思う。
 日本はアジアではない。もちろん欧米でもない。これまでも、これからも、孤立して独自の立場を取らざるをえない。-という趣旨のことを福田和也が論壇デビュー作「遙かなる日本ルネサンス」で強調していたのを思い出した。私もそのように思う。

 日本が欧米に人種差別問題の解消を主張したことや、日本社会においてアジアを欧米の支配から解放するという気運があったことは事実だが、日本のアジアに対するふるまいはそういった理想とは相反するものではなかっただろうか。
 また、大東亜戦争と名付けて、東亜の解放が戦争目的であると主張したのは開戦後のことであり、そもそもは米国などによる経済制裁(特に石油)に耐えかねて、開戦に追い込まれたというのが本当のところである。
 林は、欧米協調路線である幣原外交を継続していたとしても、結局欧米と一緒になってアジアを搾取していただけだというのだが、では幣原路線を廃した後の日本外交はどうだったのか。欧米と協調しているかそうでないかの違いだけで、アジアにとっては結局同じ事ではないか。
 文中、興味深いエピソードがちりばめられていたりもするのだが、基本的な主張にはやはり同意できない。本書は売れているようだが、この程度のものを真に受けて、日本は解放戦争を戦ったなどという誤解が広まるようでは困る。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (たたずむひと)
2006-09-29 01:18:30
 いつも楽しんで読ませていただいております。はじめてコメントさせていただきます。



 本田勝一にしろこの方にしろ、左も右もなんでこうも極端なんでしょう? 確かに中国側には、日中戦争時の死者数の水増しだの、現代のチベット人・ウイグル人に対する虐待だの、ベトナムへの侵攻だの、上海事変での事変開始直前の挑発的行為だの、色々と負の点があるのは確かですが、日本側だって、重慶無差別爆撃だの、麻薬のばらまき(これは共産党も国民党もやってますが)だのがあるわけですし、太平洋戦争を含めて15年間の戦争状態中、彼らの主張ほど多くないにせよ中国人を殺していないというわけでなし(しかも少数とは強弁しがたい数ではあるでしょう)、中国の主権をないがしろにして(武力を背景に恫喝して結ばせた条約にもとづいた合法的(?)なものかもだが)軍隊を駐留していたのも確かなわけです。



 なんで「こっちも悪いことばっかりじゃないけど、どちらかと言えばこっちの方が悪かったよ」とか「昔から言うじゃん、盗人にも3分の利って」という、ぬるくてカッコ悪い結論にならないんでしょうか? 



 ぬるくてカッコ悪いからか。

返信する
Unknown (深沢明人)
2006-09-30 12:40:26
コメントありがとうございます。

そうですね。ぬるくてカッコ悪いからですかね。中国や韓国の言い分にもおかしな点はあると思います。でもとりあえず、日本が朝鮮や中国に出向いていったのであり、その逆ではないですからね。その基本を忘れて、まるで日本が被害者であるかのように強弁する最近の一部の議論には不安を覚えます。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。