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「不法領得の意思」について補足

2008-05-25 21:53:56 | ブログ見聞録
 18日に「グリーンピース・ジャパンは窃盗罪を犯したか?」という記事をアップしたところ、「ろ」さんという方から、次のようなコメントをいただいた。


《仰るように、最終的に不法領得の意思を認めるか否かはともかく、
問題意識を持つことが重要だと思います。

この問題を考える際には、
判例において、各々の意思を広範に認める傾向にあるということと、
この要件は毀棄罪との区別のためのメルクマールであるということに注意する必要がありますね。

この問題に関しては、
前田雅英・「刑法各論講義」198頁以下を一読されてはいかがでしょうか?
※本自体は私は好きではありませんが、この分野については比較的詳細な記述だと思います。

お節介かもしれませんが…》


 また、この問題を扱っていた、zombiepart6さんのブログ「ギロニズムの地平へ」の「グリーン・・・」という記事に先の記事のトラックバックを送ったところ、zombiepart6さんの所の常連であるKABUさんから次のようなコメントをいただいた。


《深沢さん>

横レス失礼します。で、不法領得の意思?

あのー、判例も実務も「不法領得意思不要説」ですがそれが何か?
それと、本件の行為は意思必要説も不法領得の意思を認めると思いますがそれがなにか?

意思必要説においては不法領得の意思は「構成要件的故意」なのですが、グリーンピース側弁護士の言う「形式的には窃盗のようだが」というのは、通常の刑法総論の体系的理解を前提にすれば、(もし、彼等が意思必要説を取る論者であるとしても)グリーンピース側弁護士さえ同意思の存在を認めたことになると思うのですが、それが何か?

ということで、不法領得意思は、本事案では犯罪の成立の是非にはあまり影響がないと思いますよ。》


《Zombieさん>

「不法領得の意思」は「権利者を排除し他人のものを自己の所有物と同様に、その経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」(大審院判決大正4年5月21日)とされ、上でのコメントとは違い、刑法の教科書には「不法領得の意思」を窃盗罪の成立要件とするのが判例・通説と書いてあると思います。けれど、実務では異なり、また、学説分類作業の中でも実質「不法領得の意思は不要」というのが現状。

つまり、理論的には「不法領得の意思」は、毀棄・隠匿罪と窃盗罪を区別するための、あるいは、「使用窃盗」を不可罰にするための(あくまで)論理的なメルクマールではありますが、実際、使用窃盗の成立が裁判で争そわれたことはなく実務では「無用の概念」(某本元刑法の司法試験委員!)なのです。よって、具体的に「不法領得の意思」とは何かと聞かれても、実は、答えようがないのが実情。けれども、本件では「食べちゃって」いるのだから「不法領得の意思」の要不要はもう吹っ飛んじゃっているのですよ(笑)》


 先日、「ろ」さんの勧めに従って、前田の本を読んでみた。さらに他の解説書やコンメンタールの「不法領得の意思」に関する箇所にも簡単に目を通してみた。それでもう少しわかったことがあるので、それらについて補足するとともに、KABUさんのコメントについて触れておく。

 その前に念のため断っておくが、私が先の記事で述べたのは、「不法領得の意思」という点から見て、今回のグリーンピースの行為は、窃盗罪に当たると明白には言い切れないのではないかという疑問にすぎない。
 私が、グリーンピースの行為は窃盗罪に当たらないという立場を採っているのではない。
 また、グリーンピースが今回の件についてそのように主張しているのかどうかも私は知らない。
 私はただ、グリーンピースが形式的には窃盗だが違法性はないと主張していると聞いて、そんなもん窃盗に決まってるだろと思ったものの、窃盗には「不法領得の意思」が必要とされていることを思い出し、その観点から、窃盗罪が成立しないと主張しうる余地があるのではないかと考えただけだ。

 さて、前田の本その他を読んでみたところ、大体以下のようなことがわかった。

1.窃盗罪が成立するには「不法領得の意思」が必要であるとするのが判例である。学説上も、必要説が従来からの通説であるが、不要説も有力に唱えられている。
2.「不法領得の意思」は、
(1)自ら所有権者として振る舞う意思
(2)物の経済的(本来的)用法に従って利用・処分する意思
の2つに分けて考えることができる。(1)は使用窃盗(一時的に使用した後返却する目的で占有を侵害する行為)を不可罰として窃盗罪と区別するためのメルクマール(指標)、(2)は毀棄・隠匿罪を窃盗罪から区別するためのメルクマールとしてして機能する。
3.使用窃盗について、判例は、一時使用の後返却する意思があれば基本的には不可罰としてきた。乗り物を、乗り捨てるつもりで一時使用する行為については、返却する意思を欠くとして窃盗罪の成立を認めてきた。しかしその後、自動車の一時使用について、数時間自己の支配下に置く意思があった以上、返却の意思があったとしても不法領得の意思があるとして、窃盗罪の成立を認めるなど、必ずしも返却の意思を絶対視しない判例が出ている。
4.単に毀棄・隠匿する目的で占有を侵害する行為について、判例は、不法領得の意思を欠くため窃盗罪は成立せず、毀棄・隠匿罪が成立するとしてきた。他人を陥れるために、その管理している重要な物品を隠匿する行為などがそれに当たる。しかしその後、選挙において、特定の候補者の氏名を記入して投票に混入する目的で投票用紙を奪った行為につき、不法領得の意思を認めるなど、必ずしも物の経済的用法にこだわらない判例が出ている。
5.「不法領得の意思」必要説に立つとしても、その意思の範囲を幅広く認めることにより、結論的には「不法領得の意思」不要説と変わらない判例が出る傾向にある。したがって、「不法領得の意思」は、学問的な検討課題としてはともかく、判例上はその重要性を失いつつある。

 だとすると、仮にグリーンピースが、私が先の記事で述べたように、鯨肉を食べることそれ自体を目的として奪ったのではないから、「不法領得の意思」はなく窃盗罪は成立しないと主張したとしても、鯨肉の横領を立証しようとする目的があったことをもって、「不法領得の意思」アリとみなされて、窃盗罪が成立すると判断されるということになるのだろうか。
 それはそれでもっともな話だし、そうあるべきだろう。

 で、KABUさんがzombiepart6さんの所のコメントでおっしゃりたかったのも、本質的にはそういうことなのだと思うし、それは理解できる。
 ただ、それにしてはあまりにどうかと思う箇所がいくつかあるので、指摘しておく。
 
《あのー、判例も実務も「不法領得意思不要説」ですがそれが何か?》

 そんなことないでしょ。
 判例は、不法領得意思必要説だと聞きますよ。で、判例に基づくのが実務というものじゃないですか?
 不法領得意思不要説に立つ判例があるのなら、挙げてみてください。

《それと、本件の行為は意思必要説も不法領得の意思を認めると思いますがそれがなにか?

意思必要説においては不法領得の意思は「構成要件的故意」なのですが、グリーンピース側弁護士の言う「形式的には窃盗のようだが」というのは、通常の刑法総論の体系的理解を前提にすれば、(もし、彼等が意思必要説を取る論者であるとしても)グリーンピース側弁護士さえ同意思の存在を認めたことになると思うのですが、それが何か?》

 それはおかしいでしょ。
 「形式的には窃盗のようだが」という一言をもって、グリーンピース側弁護士が、今回の件が窃盗の構成要件を満たしていると考えていると見る根拠が何処にあります?
 「社会通念上は窃盗に見えるかもしれないが……」といった程度の趣旨かもしれないでしょ。

《「不法領得の意思」は「権利者を排除し他人のものを自己の所有物と同様に、その経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」(大審院判決大正4年5月21日)とされ、上でのコメントとは違い、刑法の教科書には「不法領得の意思」を窃盗罪の成立要件とするのが判例・通説と書いてあると思います。けれど、実務では異なり、また、学説分類作業の中でも実質「不法領得の意思は不要」というのが現状。》

 その前のコメントの「判例も実務も「不法領得意思不要説」です」と矛盾しませんか?

《つまり、理論的には「不法領得の意思」は、毀棄・隠匿罪と窃盗罪を区別するための、あるいは、「使用窃盗」を不可罰にするための(あくまで)論理的なメルクマールではありますが、実際、使用窃盗の成立が裁判で争そわれたことはなく実務では「無用の概念」(某本元刑法の司法試験委員!)なのです。よって、具体的に「不法領得の意思」とは何かと聞かれても、実は、答えようがないのが実情。けれども、本件では「食べちゃって」いるのだから「不法領得の意思」の要不要はもう吹っ飛んじゃっているのですよ(笑)》

「使用窃盗の成立が裁判で争そわれたことはなく」
って、そんなことはないでしょ。ありますよ。
最判昭26.7.13
東京高判昭和28.7.6
神戸簡判昭34.12.8
京都地判昭51.12.17
最決昭55.10.30
札幌地判平5.6.28
など、多数あるようですが。

 どの司法試験委員が何をおっしゃっているか知りませんが、仮に使用窃盗の成立が裁判で争われることがないとしても、あなたのおっしゃるように「不法領得の意思」は毀棄・隠匿罪と窃盗罪を区別するためのメルクマールでもあるのですから、「無用の概念」とは到底言い得ないと思うのですが。
 嫌がらせ目的で、他人の所有物を奪って投棄したり隠匿したりする行為は、判例では、「不法領得の意思」を欠くが故に窃盗罪ではなく毀棄・隠匿罪が成立するとされています。「不法領得の意思」が「無用の概念」ならばこれらは窃盗罪となるはずですが、実務ではそうはなっていません。

 先に述べたように、「不法領得の意思」を広範に認めることにより、結論的には「不法領得の意思」不要説と変わらない判例が出る傾向にあることから、「不法領得の意思」は今日的な問題とは言えないということはわかりました。しかしそれをもって、「判例も実務も「不法領得意思不要説」です」と言い切ってしまうのは誤りだと思います。

 KABUさんは、確かに専門的知識は豊富なようですが、不正確な言動が多いように思いました。



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4 コメント

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お節介な「ろ」です ()
2008-05-26 19:47:11
>判例も実務も「不法領得意思不要説」
>実質「不法領得の意思は不要」
>実務では「無用の概念」
って、微妙にそれぞれニュアンスが違うんですよね。

一般論ですが、判例・裁判例のとらえ方は人それぞれですし、
「判例は○○説だ」という理解も人によって(微妙に)異なってきます。

また、「実務は○○」だと断定するのは、議論をする上では危険なことですね。
裁判官同士の間や、裁判官・検察(警察実務)の間でも、
(微妙に)理解が異なることがありますから。

少なくとも、誰がどのような状況・文脈で言った(書いた)ことなのか明確にする必要があるでしょう。
 ※実務家なら当然分かる・明白だなどという理由では一般人を納得させられません。

さて、今回の問題です。
私は実務を知らないので確かなことは言えませんが、
最判昭55・10・30刑集34・5・357(使用窃盗の事例)や
最判平16・11・30刑集58・8・1005(支払督促正本破棄につき不法領得の意思を否定した事例)
の最高裁判所調査官解説などが参考になるのではないでしょうか?
(後者は窃盗ではなく詐欺ですが、共に領得罪です。)

前者は最高裁判所判例解説刑事篇昭和55年度203頁以下、
後者は法曹時報59巻3号1099頁(329頁)以下に掲載されています。
(大学等の図書館には基本的にあります)

時間を取るというのはなかなか難しいこととは思いますが、
ご参考までに。 
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学は無くてもお喋りです (ビット)
2008-05-28 13:02:00
法に関しては、そう無知です。自分の感性だけで善し悪しを決めてます。たまたま見掛けて、誰が合ってるとかそんな事はともかく人に説明して善悪?を決めるのは大変だなと。僕は「オカシイだろ!変だぞ!」と暴力的になるだけ∵ゞ
カッとなるのはいかんなぁと
グリンピースですよね。僕は現場の人間だからアレは良くないと。運送屋の信用落ちましたよ。
返信する
Unknown (aa)
2008-06-20 14:34:17
確かに微妙ですよね。面白い論点になると思います。

「不法領得の意思」もそうですが
「告発の証拠として用いるためであった」というのが違法性阻却事由となる可能性もあります。(緑豆の弁護士の方はこう主張されてるみたい)

まあ、微妙ながらに今回の事件なら窃盗が成立するでしょうが、(おそらく、鯨肉の横領を立証しようとする目的があったことをもって、「不法領得の意思」アリとみなされます。)
似たような、そしてより微妙な事件が将来起こったときのために考えておく必要があると思います。

この件について感情的で雑な考察が多い中、冷静に法的議論をなさっていることを尊敬します。特に法律の問題に関しては、知ったかぶりをする人多いですから…。(お前はどうなんだと言われるとアレですがw)
頑張ってください。
返信する
Unknown (aa)
2008-06-20 14:40:45
書き忘れ失礼。

鯨肉の横領を立証しようとする目的があったことをもって、「不法領得の意思」アリとみなされる理由ですが
実は「不法領得の意思」は物の本来的な使い方による意思でなくてもいいんです。
つまり、鯨肉なら食べたり売ったりする目的でなくてもいいのです。

このことは、性的な目的から女性の下着を盗む行為が窃盗となることなどからも明らかですよね。(「刑法各論」西田典之、に書いてある例です)

納得してもらえましたでしょうか。頑張ってください。
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