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危険運転致死傷罪について思うこと(2)

2008-01-30 22:29:36 | 事件・犯罪・裁判・司法
承前

 今回の報道では、危険運転致死傷罪の条文中の「正常な運転が困難な状態」という表現が元々あいまいであるのが問題だとの指摘が見られた。

 福岡地裁の解釈、つまり「正常な運転が困難な状態」とは「アルコールを摂取しているために正常な運転ができない可能性がある状態でも足りず、現実に、道路及び交通の状況などに応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態」という解釈は、厳密に過ぎるものなのだろうか。

 この危険運転致死傷罪は平成13年12月の刑法改正により刑法に追加された罪である。この際、国会ではどのような議論がなされたのだろうか。政府はどのように説明し、議員はどのような質問をしたのだろうか。
 衆参両院の法務委員会の会議録を見てみた。
 第153回国会の衆議院法務委員会の平成13年11月6日の会議録を見てみると、次のような問答がなされている。


《○漆原委員〔註:公明党の漆原良夫。現国会対策委員長〕 先ほど、本罪が故意犯だということでございますので、まず第一項について、故意の内容について運転者はどこまで認識していることを要するのか、故意の内容についてお尋ねしたいと思います。
○古田政府参考人〔註:法務省刑事局長〕 第一項の前段は、これはアルコール等の影響により正常な運転が困難な状態というのが要件になっておりまして、そこでそういうことの認識が必要なわけでございますが、その内容としては、アルコール等の影響によって道路あるいは交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な事態になっているという認識ということになります。
 ただ、そういう評価まで必要かと申しますと、それは別でございまして、例えば目がかすんでちらちら前方がよく見えなくなっているとか、そういうような困難な状態に当たる事実の認識があれば、故意としては十分であろうと考えております。
 それから、後段の高速度運転につきましては、もちろんこれは速度が速過ぎるために車のコントロールが非常に難しいという状態を意味しているわけですが、したがって、そういうことの認識が必要なわけですけれども、それは速度と同時に、カーブが曲がり切れないおそれを感じているとか、あるいはちょっとした運転のミスによってすぐぶつかってしまう可能性があるとか、そういうおそれを感じているような状態というようなことが基本的には本人の認識の重要な部分になろうかと思っております。(漆原委員「一番最後、もう一つ、進行を制御する技能」と呼ぶ)
 この進行の制御というのは、先ほど申し上げましたように、車の走行全体をコントロールすることが困難ということをあらわすためにこういう言葉を使っているわけで、そういう意味で、先ほど申し上げた酒酔い運転の場合であれば、どうも目がかすんでよく見えなくなっている、あるいは高速度運転の場合であるならば、カーブが曲がり切れないおそれがある、そういうふうなことを認識している、そういう状態のことをいうということでございます。
○漆原委員 そこで、「正常な運転が困難な状態」ということは具体的にどのようなことなんでしょうか。
○古田政府参考人 先ほど申し上げましたとおり、車両を道路あるいは交通の状況に従って的確に走行させることが困難な状態ということを意味しているということでございます。
○漆原委員 いや、それは条文を読んだだけのことであって、表現として抽象的なんですね。正常な運転が困難な状態、認識する必要、故意の内容ですから、これは認識しなきゃなりませんので、どんな状況を認識すればこれに当たるのか、これはしっかり答弁していただかないと今後のこの法律の適用に困ると思うんですが、できたら具体的な事例を挙げて解釈の基準を示していただきたいと思います。
○古田政府参考人 先ほど若干申し上げたところでございますけれども、例えば酒酔い運転であるならば、その影響のためにどうも前方がよく注視できなくなっている、見えなくなっている、あるいはふらふら蛇行運転を時々するという状態になっているというような、要するに、酒酔い運転で車の運転がまともにできないような兆候をあらわしているいろいろな事実、これはいろいろあると思いますけれども、そういう事実を認識しているということでございます。》

 また、民主党の細川律夫議員は、この危険運転致死傷罪の新設について、

《○細川委員 今、外国の例としてアメリカのミシガン州の例を出して、無免許運転致死罪が十五年以下の自由刑だ、こういうふうに言われたわけなんですけれども、このミシガン州の法律というのは、わけがわからぬといいますか、例えば故殺、故意に殺した場合ですね、車で殺したんだと思いますが、これも同じ十五年以下の自由刑になっているわけですね。本来、本質的な過失ですね、無免許運転致死罪が十五年で、故殺も十五年以下の自由刑というのは、どうもちょっと理解できないんですけれども、特別なミシガン州の例を出して、十五年が適当だというのはちょっと私は解せないんですけれども、世界の立法例からいくと、通常そんなに高くはない。最大十年ぐらいが適当な上限ではないかというふうに私どもは考えたんですけれども、それはいろいろ見解の相違でありましょうから、もう後は申しませんけれども、非常に刑が重いということで、これでは、運用上は非常にまた慎重にしていただかなければいけないというようなこともここで要望をさせていただきたいと思います。》

と、慎重な運用を要望している。

 そして、11月9日に政府原案どおり全会一致で可決されているのだが、その際附帯決議がなされている。この附帯決議のうち、次のような項目がある。

《政府は、本法の施行に当たり、次の事項について格段の配慮をすべきである。
 一 本法の運用に当たっては、危険運転致死傷罪の対象が不当に拡大され、濫用されることのないよう、その構成要件の内容等も含め、関係機関に対する周知徹底に努めること。》

 参議院の法務委員会では、平成13年11月22日に、次のような問答がなされている。


《○佐々木知子君〔註:自民党の佐々木知子議員。元検事〕 刑法は一般人にとってのマグナカルタというようなもので、こういう行為をしたら、こういう運転行為をしたらこの罰条に該当するということが私はある程度というのは、ある程度じゃなくてもうかなり明確に、一義的に定まるようなものでなければいけないのではないかと思っておりますが、残念ながら法律家の私が読んでもちょっとわかりにくい文言が並んでいるように感じてなりません。
 まず、一項の前段ですけれども、これは飲酒運転と薬物運転というふうに考えてよろしいかと思います。「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態」とございますけれども、これは道路交通法による酒酔い運転、「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」というのはどういうふうに違うんでしょうか。
○政府参考人(古田佑紀君)〔註:法務省刑事局長〕 ここで「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態」と申しますのは、これらの影響によりまして道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な状態、心身の状態をいうものであります。したがいまして、単に正常な運転ができない可能性があるというだけでは足りず、例えば酒酔いの影響によって前方の注視が困難になったり、ハンドル、ブレーキ等の操作等を意図したとおり行うことが困難になる、現実にそういう運転操作を行うことが困難な状態になっているということが必要だということでございます。
 一方、道路交通法上の酒酔い運転罪につきましては、これは御案内のとおり、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転した場合を処罰するものでございますが、これはアルコールの影響等により正常な運転を期待し得ないおそれが顕著な状態ということでございまして、その認定につきましては、飲酒によるアルコールの影響によって車両を正常に運転する必要な注意能力を欠くおそれがあると認められる状態にあれば足り、実際にその能力を欠いたり、あるいは失ったというふうな状態に至るまでのものではないと、そういうことでございまして、要するに、おそれの段階の話か、実際にそういう正常な運転ができない、あるいは困難な状態というところまで必要とするかという違いということでございます。
○佐々木知子君 正常な運転が困難な状態であると運転者本人が認識しているかどうかということに、その立証はどうするのか、あるいはそういう認識の要はないというふうに考えておられるのか。実務において道路交通法における酒気帯び・酒酔い運転もそれは同時に立件するのか、もしそうだとすれば、その罪数関係もお伺いいたします。
○政府参考人(古田佑紀君) これは、基本的行為が故意によって行われるということが前提でございますので、正常な運転が困難な状態にあることについての認識は必要でございます。
 ただ、正常な運転が困難という評価自体を本人がしていると、そこまでの認識が必要だというわけではなくて、そういう困難であるということを基礎づける事実を認識していれば故意としては十分であると考えております。
 その具体的な例としては、例えばしばしば居眠りしてしまうとか、あるいはしばしば目がかすんで見えなくなる、あるいはハンドルを思うように操作できなくてしばしば蛇行する、そういうふうな状態になってきている、そういうことを本人が認識していれば足りると。そういうことの立証につきましては、もちろん走行の形態が非常に大きな要素になるわけですが、その前の飲酒量でありますとかそういうようなことから総合的に捜査をして判断をして立証していくということになると考えております。
 また、罪数関係についてのお尋ねですが、これは酒酔い運転あるいは酒気帯び運転の一部を完全に取り込んだものでございますので、そういう意味ではこの本罪に当たるような事故を起こした場合には、本罪の事故との関係で酒酔い運転あるいは酒気帯び運転の罪は本罪に吸収されると考えております。》

 参議院法務委員会でも原案どおり全会一致で可決されている。その際附帯決議がなされており、その中には次のような一節がある。

《政府は、本法の施行に当たり、次の事項について格段の配慮をすべきである。
 一 危険運転致死傷罪の創設が、悪質・危険な運転を行った者に対する罰則強化であることにかんがみ、その運用に当たっては、濫用されることのないよう留意するとともに、同罪に該当しない交通事犯一般についても事案の悪質性、危険性等の情状に応じた適切な処断が行われるよう努めること。》


 以上のことから、「正常な運転が困難な状態」について政府は、
「車両を道路あるいは交通の状況に従って的確に走行させることが困難な状態」
「例えば酒酔い運転であるならば、その影響のためにどうも前方がよく注視できなくなっている、見えなくなっている、あるいはふらふら蛇行運転を時々するという状態」
「単に正常な運転ができない可能性があるというだけでは足りず、例えば酒酔いの影響によって前方の注視が困難になったり、ハンドル、ブレーキ等の操作等を意図したとおり行うことが困難になる、現実にそういう運転操作を行うことが困難な状態になっている」こと
「例えばしばしば居眠りしてしまうとか、あるいはしばしば目がかすんで見えなくなる、あるいはハンドルを思うように操作できなくてしばしば蛇行する、そういうふうな状態になってきている」こと
だと説明していることがわかる。そして、
「そういうことを本人が認識してい」
ることが必要であり、その立証については、
「もちろん走行の形態が非常に大きな要素になる」
が、飲酒量なども合わせて総合的に判断するとしている。

 前回述べた福岡地裁の判決における危険運転致死傷罪の解釈は、この政府解釈と一致していることが、対比していただければおわかりだろう。

 そして、両院の委員会の会議録をざっと見てみたが、これでは要件が厳しすぎるのではないかとか、もっと容易に適用できるように緩めるべきではないかといった指摘はない。
 それどころか、この罪の適用に当たっては、「不当に拡大され、濫用されることのないよう」にしなければならないなどと決議している。

 ということは、立法の趣旨に鑑みると、やはり今回のようなケースにこの罪を適用するのは困難だったのだと思う。
 そんなことは検察も承知しているが、幼児3人死亡という悲劇的な結果と世論の高まりを受けて、無理を承知で危険運転致死傷罪での起訴に踏み切らざるを得なかったのではないだろうか。
 
 例えば、昨年6月、兵庫県尼崎市で、泥酔運転の上大人3人を死亡させるという事件があり、12月に危険運転致死罪で懲役23年の判決が言い渡された。
 この件と対比してみると、今回の件が危険運転致死傷罪にそぐわないことが理解しやすいだろう。
 
 私は、今回の福岡地裁の判断は、極めて妥当だと考える。

(2008.2.2 尼崎の事件のリンク先を追加するなど若干修正)

(以下2012.6.2付記)
 衆議院会議録の引用中、質問者の細川委員の発言として、
「今、外国の例としてアメリカのミシガン州の例を出して、無免許運転致死罪が十五年以下の自由刑だ、こういうふうに言われた」
「無免許運転致死罪が十五年で、故殺も十五年以下の自由刑というのは、どうもちょっと理解できない」
とあるが、引用した部分の前を読むと、答弁者の古田政府参考人(法務省刑事局長)は、
「アメリカの例を申し上げますと、州によって差がございますが、例えばミシガン州では、飲酒運転致死罪が十五年以下の自由刑または二千五百ドル以上一万ドル以下の罰金あるいはその併科、イギリスにおきましても、飲酒運転致死罪が十年以下の自由刑、そんなような処罰規定があるように承知しております」
と、無免許運転致死罪ではなく、飲酒運転致死罪の規定について述べている。
 これが単に細川委員の勘違いなのか、それとも無免許運転致死罪についても同程度の重罰規定があるのかは不明。


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2 コメント

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まるでリンチ (カァ)
2008-01-30 23:39:23
世論を見ていると、「こんな悪い奴は吊るしてしまえ!」と言ってるようで、何だかリンチのように感じていました。
前回と今回の記事は、たいへん勉強になりました。
返信する
Re:まるでリンチ (深沢明人)
2008-02-02 14:02:34
ご無沙汰しています。
何かの参考になれば幸いです。
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