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小林節の改憲論批判

2007-05-28 01:00:02 | 日本国憲法
 一週間前の5月20日の『朝日新聞』の社会面の連載インタビュー「60歳の憲法と私」で、小林節・慶大教授が自民党の改憲論を批判している。

 あれ、この人は改憲論者だったはずじゃあ・・・・?

《まず私は現憲法の国民主権、平和主義、人権尊重という3大原理は正しいと考えている。それを前提に改憲すべきだという立場。いい憲法をもっと良くしよう。つまり車のモデルチェンジ、バージョンアップと同じだ。
 特に9条については全面的に書き直し、侵略戦争の放棄、自衛戦争の権利留保と文民統制、国際機関の要請と国会での事前承認を条件とした海外派遣を明記すべきだ。
 20年前からこうした改憲論を主張し続けて、憲法学の世界では異端だった。その代わり自民党の派閥の勉強会に呼ばれることも多かった。自民党は元々は明治憲法へ復古しようという後ろ向きの改憲論だったが、これを僕が前向きに変えて改憲への舗装道路をつくったと自負していた。
 ところが、最近、自民党の改憲論に非常に危うさを感じ始めている。
 まずイラク戦争の時、当時の小泉首相が非戦闘地域という架空の概念を持ちだして、海外派遣できないという憲法の制約を破って無理やり自衛隊を派遣したことに納得できなかった。
 しかも小泉首相は非戦闘地域がどこかを問われて「私に聞かれたって分かるわけない」と開き直った。最高司令官が憲法も法律も軽く見ている。
 もう一つ。自民党は新憲法草案をつくるなかで国を愛する義務を強調し始めた。そもそも愛などというのは心の深い部分にかかわる事柄であり、義務として強制されるものではない。愛は魅力で勝ち取るものであり、国を愛してほしければ権力者が魅力ある国にすればいいだけの話だ。
 このようにいまの日本の政治に法の支配も法治主義の概念も足りないのであれば、彼らにとって不自由さを感じる今の憲法をしばらくそのままにしておいた方がいいのではないかと思い始めている。》

 私は、『憲法守って国滅ぶ』という著書があること、田中真紀子のブレーン的存在だったことぐらいしか、この人物について知らない。そもそも護憲・改憲論議の詳細についても知らない。自衛隊を憲法に明記すべきだという程度の素朴な改憲派だ。
 だから、改憲派だったはずの彼からこのような発言が出てくることに驚いた。
 ちょっと調べたら、ここ数年、このような発言を繰り返しているとわかった。昨年7月の「マガジン九条」の記事でも同趣旨のことを述べている。

 これは要するに、自分は改憲派だが、現在の自民党の改憲姿勢には反対であり、そのためなら護憲でもかまわない、ということか。

 疑問点が3つ。
 まず、「自民党は元々は明治憲法へ復古しようという後ろ向きの改憲論だったが、これを僕が前向きに変えて改憲への舗装道路をつくったと自負していた」という点。
 本当だろうか。
 私は自民党の改憲論議の歴史の詳細は知らない。しかし、自主憲法制定が自民党の結党以来の党是であったことは知っている。この自主憲法とは、明治憲法への復古を狙ったものだったのか? たしかに改憲に積極的だった鳩山一郎や岸信介は戦前からの政治家だが、彼らにしても明治憲法への復古などという時代錯誤なことを企図していたかどうか。今後、調べてみたい。
 次に、非戦闘地域をめぐる小泉答弁について。
 この答弁、よく批判されるのだが、私は当時テレビの二ユースを見ていて、そういった批判に違和感を覚えた。
 今、国立国会図書館の国会会議録検索システムで当時の会議録を見てみると、次のような答弁になっている。

《○菅直人君 今のイラクに非戦闘地域というのがあるんですか、一体。これまでの答弁では、国際的な紛争という定義のもとで、組織的な攻撃とは言えない、いわば野盗なんという言葉を総理が使われたことがありますが、そういう散発的な行動はそういう意味でこの法律が言う国際的な紛争としての戦闘行為には当たらないという、これも変な理屈ですが、それで逃げておりました。
 しかし、今や、現地の米軍司令官そのものが、組織的なゲリラ戦が行われているということを言っております。どこが非戦闘地域なんですか。逆なんじゃないですか、今総理が言われたことは。
 これは防衛庁長官の議事録を読んでもそうですが、非戦闘地域でなければ出してしまうと憲法に反するから、非戦闘地域というものをどうしてもつくらなければいけない。フィクションじゃないですか。現実に、イラクの市内、あるいは北の方、南の方、ほとんどの地域で何らかの普通の言葉で言う戦闘行為が行われているのは、ニュースを見れば、新聞を見れば、テレビを見ればわかるじゃないですか。それを、非戦闘地域というものを観念の中でつくって、現実はそういうものに相当するものはないというのが、米軍の司令官の言葉からも明らかじゃないですか。
 結局は、この法律はつくったとしても、非戦闘地域が見つからないから自衛隊は出せないということになるのかもしれませんけれども、少なくとも、非戦闘地域が例えばどこなのか、一カ所でも言えるんであったら、総理、言ってみてください。

○内閣総理大臣(小泉純一郎君) それは、私はイラク国内のことを、よく地図がわかって、地名とかそういうものをよく把握しているわけではございません。今も、民間人も政府職員も、イラク国内で活動しているグループはたくさんあるわけですから、今でも非戦闘地域は存在していると思っています。
 しかし、菅さん言われたように、日本政府が非戦闘地域をつくるなんという、そんな考えは毛頭ありません。日本政府が非戦闘地域をつくることなんかできるわけないんですから。
 だから、今後この法案が成立すれば、よくイラク国内の情勢を見きわめて、そして非戦闘地域があるかないか、よく状況を調査して、そういう地域に自衛隊の活躍する分野があれば自衛隊を派遣することができるという法案なんですから、今後よく状況を見きわめなきゃ、それはわからないことです。
 また、どこが非戦闘地域でどこが戦闘地域かと今この私に聞かれたって、わかるわけないじゃないですか。これは国家の基本問題を調査する委員会ですから。それは、政府内の防衛庁長官なりその担当の責任者からよく状況を聞いて、最終的には政府として我々が判断することであります。
 はっきりお答えいたしますが、戦闘地域には自衛隊を派遣することはありません。》

 これは、首相としては、まずい答弁だとは思う。
 同じことを言うにしても、もう少し言いようがあるだろうにとは思う。
 しかし、小林の言うように、「最高司令官が憲法も法律も軽く見ている」とまでは思わないし、「法の支配も法治主義の概念も足りない」とも思わない。
 少なくとも、これが改憲論を保留させるほどの問題とは思えない。

 最後に、愛国心について。
 小林は、国を愛する義務を憲法に設けることに批判的だ。これには私も同意する。
 しかし、小林はさらに、「愛は魅力で勝ち取るものであり、国を愛してほしければ権力者が魅力ある国にすればいいだけの話だ。」と述べる。これには同意できない。
 では、権力者が魅力ある国にできなければ、愛国心はなくてもいいということか。
 そもそも、魅力ある国にすることは、権力者だけの責任だろうか。国民全体の責任ではないだろうか。
 憲法は、国民が国家権力を縛るものだとはよく聞く。小林はそうした見方に慣れ親しんだあまりに、権力者とそれ以外を常に対立すべきものとしてとらえすぎているのではないだろうか。

 私は、現実との齟齬を解消すべきという意味で、9条はすぐにでも改正すべきだと考えている。
 小林が、9条改正論に立つにもかかわらず、「しばらくそのままにしておいた方がいいのではないか」と考えるのならば、それは小林が真の改憲派ではない、言わばなんちゃって改憲派であることを物語っているように思う。
 何が小林を変えたのだろうか。マガジン9条の記事では、子供ができたことや、軍隊というものは本質的に非民主的だと気付いたこと、そしてイラク戦争などを挙げているが、果たしてそれだけなのだろうか。


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2 コメント

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こちらへレスします。 (静流)
2009-03-29 18:24:42
>まず私は現憲法の国民主権、平和主義、人権尊重という3大原理は正しいと考えている。それを前提に改憲すべきだという立場。

最初にこれを憲法の三大原理だと言ったのは自民党なんですよね。55年体制ができたときからですよ。

それに岸総理の下で内閣に設置された憲法調査会の委員には護憲派も改憲派もいたのですが、改憲派も全員が民主憲法を目指していました。神川博士、佐々木惣一博士の高弟の大石教授、みんな民主憲法支持者です。明治憲法復帰願望なんて誰も持っていませんでした。

で、小林節教授が変節教授になったのですが、この方は最終的に改憲派に戻ってきますよ。

今の自民党草案は、あくまで叩き台のようなもので、最初の改憲で何としても九条の条文を変えるつもりでしょうから、ちょっとでも保守的な変更は、案から軒並み削るでしょうから。

そうすると「やはり自分の言うような改憲案になった」と言って戻ってきます。断言してもいいです(笑)
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Re:こちらへレスします。 (深沢明人)
2009-04-05 22:25:48
 私は、そう簡単には改憲論には戻ってこないのではないかと思います。
 改憲が現実のものとして近づくにつれ、その重圧に耐えきれず、日和ったのではないかと見ています。
 あるいは、自民党の改憲案への違和感とか、自分が改憲を主導できなかったことへの反発とか……。

 しかし、静流さんの予想は良く当たりますからね。
 どうなるか、覚えておくことにします。

 読者のために記しておくと、静流さんのサイト「憲法改正社」の記事「車のモデル・チェンジのように憲法改正しよう」
http://constitution.blog109.fc2.com/blog-entry-161.html
に私がコメントし本記事のトラックバックを送ったところ、静流さんがこちらへレスされたのです。

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