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ユン・チアン、ジョン・ハリディ『マオ―誰も知らなかった毛沢東』下巻(講談社、2005)

2006-12-17 02:46:31 | その他の本・雑誌の感想
(上巻の感想はこちら
 下巻は、新中国建国後から毛沢東の死去までを扱っている。
 私は建国以前の毛沢東や中国共産党についてはあまりよく知らなかったが、建国後については、以前文革関係の本や李志綏の『毛沢東の私生活』などを読んだことがあるので、大まかなことは知っていた。
 しかし、毛沢東が金日成をけしかけて朝鮮戦争を始めたとか、インドシナ戦争で北ベトナムに中途半端な形での和平を強要したとか、飢餓輸出を推進し、農民の惨状を意に介さなかったとか、周恩来の癌治療を許さず自分より先に死ぬように仕向けたとかいった、これまでに見られなかった毛沢東像が描かれている。

 文革期の中国については、現在の金正日の異常な独裁体制を理解する上で参考になるのではないかと以前から考えていたが、例えば、5年ごとに開かれる党大会が61年に開かれなかったのは、毛沢東が大会で党主席を解任されることを恐れたからだというエピソードが紹介されている(p.249~252)。毛沢東は代わりに62年に投票権を持たない会議(七千人大会)を招集するが、劉少奇の反撃により自己批判を余儀なくされ、一時的に後退せざるを得なかったという(結局党大会が開かれたのは文革後の69年)。
 北朝鮮でも、80年の第6回党大会を最後に党大会が開かれていない(規約上は5年に1回)し、より頻度の高い党中央委員会総会も94年の金日成の死後は開かれていない。同様の理由によるものだろう。

 文革派による実権派の排除と文革派同士の内ゲバによる混乱で、党の機能は停止した。68年の劉少奇打倒後、紅衛兵は下放され、軍と政府により国家秩序は維持された。軍のトップであり毛沢東の後継者とされていた林彪がクーデターに失敗して?死亡し、代わって軍トップとなった葉剣英と周恩来首相が手を結んで小平をはじめとする実権派を復活させ、毛沢東や四人組もこれを阻止できなかった。毛沢東の死後、後継者華国鋒が小平や葉剣英と組んで四人組を排除し、中国の政治は正常化された・・・というのが私の文革期の理解だが、同様のことが北朝鮮でも起こり得るだろうか。
 党が正常に機能せず、先軍政治と称して軍主導で国家を維持している点で、現在の北朝鮮は文革期の中国に似ているようにも思える。しかし、北朝鮮には、実権派に相当する勢力が存在しない。国中が文革派一色に染められているようなものだ。軍も金正日を支持しており、クーデターの可能性も低い。
 かつてソ連でもフルシチョフが排除されたり反ゴルバチョフのクーデターがあったことを考えると、金父子は全く恐るべき独裁制を完成させたものだと思う。

 話を戻すが、本書の内容が全面的に正しいと言えるのか、私も自信がない。
 毛沢東神話を解体するというか、率直に言って毛沢東を貶めるのが目的の本であるから、当然筆致は公平ではない。証言や文書の扱い方にも偏向があるだろうと思われる。中国研究者の矢吹晋は本書を酷評しているという(その要約)。
 しかし、スターリンや金父子に対する批判的な見方は今や常識だが、中国版スターリンと言うべき毛沢東に対しては必ずしもそうではなく、私がそうだったように未だに神話の影響が残っている。そうした風土に一石を投じた本書の意義は大きい。

 惜しむらくは、本書には原書にある厖大な注釈や参考文献が欠けている。
 訳者土屋京子はあとがきで、

《これは本書の衝撃的な記述を裏付ける極めて貴重な資料ではあるが、これを本書に含めると、ただでさえ分厚い本のページ数がますます増えて、読者の財布と上腕二頭筋に余分な負担をおかけすることになるので、この部分は本体と分離して講談社のホームページ(http://shop.kodansha.jp/bc/books/topics/mao/)に掲載し、必要に応じて無料でダウンロードしていただけるようにした。》

と述べているが、本はそれ自体で完成されたものであるべきだと思う。
 これを講談社がいつまでも掲載し続けるとは限らないし、講談社自体もいつまでも存続するとは限らない。
 しかし、書物は、百年、二百年と保存され、読み継がれていく可能性がある。
 しかも、本書のように内容が論議を呼びやすいものの場合、注釈や参考文献の呈示は必須と言えるのではないだろうか。
 おそらくは訳者の希望ではなく出版社の都合による措置なのだろうが、大失策だったと思う。講談社の書物に対するいいかげんな姿勢がよくわかる話だ。


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