無宗ださんが、「鳩山氏には国家リーダーとしての最高意思とでもいうべき心備えが完全に欠落していた」
という記事のコメント欄で次のように述べている。
そして、たつやさんという方からの、今ごろ気付いたのかという指摘に対し、
と。この結論にはたつやさんも同意している。
そのリンク先の内田樹の「基地問題再論」という記事には、次のようにある。
「国内に治外法権の外国軍の駐留基地を持つ限り、その国は主権国家としての条件を全うしていない」という一般論?
果たしてそんなものが有り得るのだろうか。
そりゃあ誰かには殴られるかもしれない。幕末なら殺されるかもしれないな。
だったら、それは「一般論」と言えるのか?
幕末の四条河原や日露戦争中の日比谷公園など、極めて特殊な状況下ではないのか?
だいたい、当時と現代では戦争自体のありようが全く異なるというのに、そんな「一般論」など成立するのか?
内田は、米軍がフィリピンから撤退し、韓国の基地も縮小したことを挙げ、まるで世界中でわが国だけが米軍基地を唯々諾々と受け入れているかのように印象づけている。
しかし、米軍は何もこの3国だけに駐留している(いた)わけではない。
米軍はヨーロッパにも常駐している。イギリス、ドイツ、イタリア、トルコなど多数の国々に及び、兵員の総数は在日米軍を上回る。
それらの国の米軍は、治外法権が認められていないのではないかという反論があるかもしれない。
しかし、軍というものの性質上、駐留米兵に対する捜査権、司法権の行使が駐留国側に全面的に認められているとは考えにくい。
外務省のサイトでは、日米地位協定についてこう解説している。
したがって、わが国とさして異なる状況下にあるとは考えがたい。
内田は、イギリスやドイツ、イタリア、トルコといった国々もまた、「主権国家としての条件を全うしていない」と主張するのだろうか。
無宗ださんはご存知かどうか知らないが、内田は護憲論者である。
彼は何も、自主防衛を唱えているのではない。
また、米軍に今すぐ出て行けと主張するわけでもない。
ただ、米軍の駐留をむざむざ許しておきながら国防だの愛国心だのを唱える資格があるのかと、右派を牽制しているだけなのである。
内田のもう一編の「さよならアメリカ、さよなら日本 (1)」に至っては、ただのヨタ話に基づく反米論、反日論でしかない。
と言うが、仮にそうだとしても、そこから何を「始める」のか、内田は決して言及しない。
それは、内田の目的が、そこから何かを「始める」ことにはなく、読者の素朴な愛国心を刺激して観念的な反米論に陥らせ、現実的な政策から目を背けさせることにあるからだろう。
内田は、私の見るところ、二昔前の進歩的文化人のポジションにうまく収まったという感がある。
こんな人物にコロリとやられてしまうようでは、わが国を「平和ボケ」と嘆く資格はありますまい、無宗ださん。
という記事のコメント欄で次のように述べている。
鳩山さんはひどい総理だったとは思いますが、
私は正直、反面教師としての鳩山氏には感謝もしているのですよ。
●日本はアメリカの属国である
ということを、私にしっかりと教えてくれた人ですから。
これまでは、気付かない振りが可能だったんですけどね。
ーーーー
cf.
内田樹
基地問題再論
http://blog.tatsuru.com/2010/05/07_1708.php
さよならアメリカ、さよなら日本 (1)
http://blog.tatsuru.com/2010/06/01_1216.php
2010/6/20(日) 午前 10:39
そして、たつやさんという方からの、今ごろ気付いたのかという指摘に対し、
申し訳ないが、
私は、私のペースでマインドコントロールを説き、
私なりの問題認識をしていくことしかできない。
占領以降、日本に施されたマインドコントロールは巧みとしか言いようが無い。
言われてみれば、当たり前の
●「国内に治外法権の外国軍の駐留基地を持つ限り、その国は主権国家としての条件を全うしていない」という一般論
これに対して、国民的合意を形成されているとは、あなたも思っていませんよね?
普天間の問題は、
沖縄の負担軽減という文脈で取り上げられただけであり、
日本はいつまで、アメリカの属国でいるべきか?
という文脈での議論にはならなかった。
上記命題を突き付けられれば、9割以上の日本人が
日本はアメリカの属国であることを認めざるを得ないだろう。
しかし、現状において、明確に
「日本はアメリカの属国である」
ということを認識している日本人はどれほどいるのだろうか?
一割にも満たないのではないでしょうか?
結局、スタート地点としては、
・日本は独立国であるという幻想を捨てること。
・日本は実質的にアメリカの属国であるという事実を認め、受け入れるところから始めるしかないのではないでしょうか?
内田樹氏が主張するように、すべては、
●「国内に治外法権の外国軍の駐留基地を持つ限り、その国は主権国家としての条件を全うしていない」という一般論
に対して、国民的合意を形成するところから。
2010/6/21(月) 午前 6:53
と。この結論にはたつやさんも同意している。
そのリンク先の内田樹の「基地問題再論」という記事には、次のようにある。
私は「日本国内にある駐留米軍基地がすべての撤去されること」を求めるのは主権国家として当然の要求であると思っている。
メディアの論調を徴するに、国内に治外法権の外国軍基地が恒久的に存続することを「望ましい」と思っている人たちもおられるようだが、その方たちにはその理路をお示し頂きたいと思う。
そして、多少想像力があったら、私に向かって説いたのと同じことを、例えば幕末の京都の四条河原や、日露戦争中の日比谷公園で道行く人に声高に説き聞かせた場合、誰にも殴られずにいる可能性がどれくらいあるかについて考えてみるとよろしいかと思う。
私はとりあえず、「国内に治外法権の外国軍の駐留基地を持つ限り、その国は主権国家としての条件を全うしていない」という一般論についての国民的合意を形成したいと願っている。
それだけである。
そのようなささやかな願いでさえも、共有してくれる国民は決して多くないのである。
毎日新聞に先日普天間基地問題についてコメントをした。
それをそのまま採録しておく。
普天間問題の根本にあるのは、米国が日本に基地を置いていることのほんとうの意味について私たちが思考停止に陥っているということだ。
米国は日本に基地を置いている理由の一つは日本が米の軍事的属国だということを私たち日本人に思い知らせるためであり、もう一つは、中国、北朝鮮という「仮想敵国」との間に「適度な」緊張関係を維持することによって、米の西太平洋におけるプレザンスを保つためである。
米軍基地はすでにあるものであり、これからもあり続けるものだと私たちはみな思い込んでいるが、米国は90年代にフィリピンのクラーク空軍基地とスービック海軍基地から撤退した。2008年には韓国内の基地を三分の一に縮小し、ソウル近郊の龍山基地を返還することに合意した。いずれも両国民からの強い抗議を承けたものである。
米国防総省は沖縄の海兵隊基地については、県外移転も問題外であるほどに軍事的重要性があると言い、日本のメディアはそれを鵜呑みにしている。だが、その言い分とアメリカが海東アジア最大の軍事拠点と北朝鮮と国境を接する国の基地を縮小しているという事実のあいだにどういう整合性があるのか。とりあえず私たちにわかるのは、日本国民は韓国国民やフィリピン国民よりもアメリカに「侮られている」ということである。
普天間基地問題では、基地の国外撤退を視野に収める鳩山首相に対してメディアは激しいバッシングを浴びせている。米国を怒らせることを彼らは病的に怖れているようだ。だが、いったい彼らはどこの国益を配慮しているのか。先日会った英国人のジャーナリストは不思議がっていた。
日本人は対米関係について考えるとき、決して対等なパートナーとして思考することができない。この「属国民の呪い」から私たちはいつ解き放たれるのか。
「国内に治外法権の外国軍の駐留基地を持つ限り、その国は主権国家としての条件を全うしていない」という一般論?
果たしてそんなものが有り得るのだろうか。
そして、多少想像力があったら、私に向かって説いたのと同じことを、例えば幕末の京都の四条河原や、日露戦争中の日比谷公園で道行く人に声高に説き聞かせた場合、誰にも殴られずにいる可能性がどれくらいあるかについて考えてみるとよろしいかと思う。
そりゃあ誰かには殴られるかもしれない。幕末なら殺されるかもしれないな。
だったら、それは「一般論」と言えるのか?
幕末の四条河原や日露戦争中の日比谷公園など、極めて特殊な状況下ではないのか?
だいたい、当時と現代では戦争自体のありようが全く異なるというのに、そんな「一般論」など成立するのか?
内田は、米軍がフィリピンから撤退し、韓国の基地も縮小したことを挙げ、まるで世界中でわが国だけが米軍基地を唯々諾々と受け入れているかのように印象づけている。
しかし、米軍は何もこの3国だけに駐留している(いた)わけではない。
米軍はヨーロッパにも常駐している。イギリス、ドイツ、イタリア、トルコなど多数の国々に及び、兵員の総数は在日米軍を上回る。
それらの国の米軍は、治外法権が認められていないのではないかという反論があるかもしれない。
しかし、軍というものの性質上、駐留米兵に対する捜査権、司法権の行使が駐留国側に全面的に認められているとは考えにくい。
外務省のサイトでは、日米地位協定についてこう解説している。
日米地位協定Q&A
問2: 日米地位協定は、在日米軍の特権を認めることを目的としたものですか。
(答) 米軍は、日本と極東の平和と安全の維持に寄与する目的で日本に駐留していますが、この米軍の円滑な活動を確保するとの観点から、日米地位協定は、米軍による日本における施設・区域(一般には、米軍基地と呼ばれています。)の使用と日本における米軍の地位について規定しています。ある国家が自国内に別の国家の機関である外国軍隊の駐留を受け入れる場合、例えばNATO諸国間や日米間、米韓間の場合のように、軍隊を派遣する国との間で駐留に関する様々な事項についての条約が結ばれてきています。日米地位協定は、他国におけるこの種の条約の例も踏まえて作成されたものであり、外国軍隊の扱いに関する国際的慣行からみても均衡のとれたものです。
具体的には、日米地位協定では、米軍に対する施設・区域の提供手続、我が国にいる米軍やこれに属する米軍人、軍属(米軍に雇用されている軍人以外の米国人)、更にはそれらの家族に関し、出入国や租税、刑事裁判権や民事請求権などの事項について規定しています。このような取扱いは、日本と極東の平和と安全に寄与するため、米軍が我が国に安定的に駐留するとともに円滑に活動できるようにするために定められているものです。一方、米軍や米軍人などが我が国に駐留し活動するに当たって、日本の法令を尊重し、公共の安全に妥当な考慮を払わなければならないのは言うまでもなく、日米地位協定はこのような点も規定しています。
問9: 米軍人が日本で犯罪を犯してもアメリカが日本にその米軍人の身柄を渡さないというのは不公平ではないですか。日本側に身柄がなければ、米軍人はアメリカに逃げ帰ったりできるのではないですか。
(答) まず、米軍人・軍属の家族等米国の軍法に服しない者が罪を犯した場合については、日本人が罪を犯した場合と同様に扱われます。
また、日本で米軍人等米国の軍法に服する者(以下「米軍人等」という。)が公務外で罪を犯した場合であって、日本の警察が現行犯逮捕等を行ったときには、それら被疑者の身柄は、米側ではなく、日本側が確保し続けます。
被疑者が米軍人等の場合で、米軍施設・区域の中にいる場合には、日米地位協定に基づき、日本側で公訴が提起されるまで、米側が拘禁を行うこととされています。しかし、被疑者の身柄が米側にある場合も、日本の捜査当局は、個別の事案について必要と認める場合は、米軍当局に対して、例えば被疑者を拘禁施設に収容して逃走防止を図るよう要請することもあり、米軍当局は、このような日本側当局の要請も含め事件の内容その他の具体的事情を考慮して、その責任と判断において必要な措置を講じています。(なお、例えば平成4年に沖縄市で発生した強盗致傷事件や平成5年に沖縄市で発生した強姦致傷事件では、被疑者が米国へ逃亡するということがありましたが、いずれもその後米国内で被疑者の身柄が拘束され、米国により在沖縄米軍当局に身柄を移された後に処分が行われています。)
日米地位協定が身柄の引渡しの時点について特別の規定を置いているのは、被疑者が米軍人等であって、米軍の施設・区域の中にいる場合に限られていますが、これらの被疑者の身柄引渡しの時点についての他の地位協定の規定を見てみると、NATO地位協定が日米地位協定と同様に起訴時としているのに対し、ボン補足協定(ドイツに駐留する米軍等のための地位協定)では原則として判決の執行時としており、また、米韓地位協定では12種の凶悪犯罪について起訴時としているものの、その他の犯罪については判決の執行時としています。
このように、日米地位協定の規定は、他の地位協定の規定と比べても、NATO地位協定と並んで受入国にとっていちばん有利なものとなっていますが、更に、1995年の日米合同委員会合意により、殺人、強姦などの凶悪な犯罪で日本政府が重大な関心を有するものについては、起訴前の引渡しを行う途が開かれています。
したがって、わが国とさして異なる状況下にあるとは考えがたい。
内田は、イギリスやドイツ、イタリア、トルコといった国々もまた、「主権国家としての条件を全うしていない」と主張するのだろうか。
無宗ださんはご存知かどうか知らないが、内田は護憲論者である。
彼は何も、自主防衛を唱えているのではない。
また、米軍に今すぐ出て行けと主張するわけでもない。
ただ、米軍の駐留をむざむざ許しておきながら国防だの愛国心だのを唱える資格があるのかと、右派を牽制しているだけなのである。
内田のもう一編の「さよならアメリカ、さよなら日本 (1)」に至っては、ただのヨタ話に基づく反米論、反日論でしかない。
日本はアメリカの軍事的属国である。
そのことを直視するところから始めるしかない。
と言うが、仮にそうだとしても、そこから何を「始める」のか、内田は決して言及しない。
それは、内田の目的が、そこから何かを「始める」ことにはなく、読者の素朴な愛国心を刺激して観念的な反米論に陥らせ、現実的な政策から目を背けさせることにあるからだろう。
内田は、私の見るところ、二昔前の進歩的文化人のポジションにうまく収まったという感がある。
こんな人物にコロリとやられてしまうようでは、わが国を「平和ボケ」と嘆く資格はありますまい、無宗ださん。
相変わらずですね。
ふむ、意味不明ですか?
> 相変わらずですね。
ふむ、相変わらずですか。
>日本はアメリカの軍事的属国である。
>そのことを直視するところから始めるしかない。
>
>と言うが、仮にそうだとしても、そこから何を「始める」のか、内田は決して言及しない。
って、そんなことをいちいち人に言及してもらう必要はないじゃないですか?
「仮にそうだとしても」って、ここが深沢さんらしさですよね。「仮に」ってところが。
深沢さんのこの記事は、
●日本はアメリカの軍事的属国である。
という命題に対する、
深沢さんの立場が表明されていないから、
今一、興味が惹かれない。
>って、そんなことをいちいち人に言及してもらう必要はないじゃないですか?
意味がわかりません。
軍事的属国であることが問題だと主張するのなら、では軍事的属国から脱却するにはどうすればいいのかという点に話が及んで当然ですが、内田がそうしないのはおかしい、その理由はこれこれであると言っているのですが。
>深沢さんのこの記事は、
●日本はアメリカの軍事的属国である。
という命題に対する、
深沢さんの立場が表明されていないから、
今一、興味が惹かれない。
「属国」というのは、主権国家ではありません。
私は、わが国は主権国家であると考えていますので、たとえ頭に「軍事的」と付けたとしても、「属国」という表現は採りません。
しかし、日米安保体制の非対称性については大いに問題だと思っています。
以前、次のように述べたことがあります。
http://blog.goo.ne.jp/GB3616125/e/d29326e2a4b7c13aa030ed3dc909c107
《民主党は、「緊密で対等な日米関係を築く」と主張していたと記憶している。
ここに言う「対等」とは、米国の主張に唯々諾々と従うだけでなく、わが国も主張すべき点は主張するという、ただそれだけの意味にすぎないのだろうか。
わが国が集団的自衛権を行使できない、しかし米国は集団的自衛権を行使できるとは、要するに、米国はわが国を守ってくれるが、わが国は米国を守らないということである。まるで保護国である。
こんな現状を放置しておきながら、どうして臆面もなく対等な関係を築くなどと言えるのか、不思議でならない。》
これが私の立場です。
ところで、この記事の本題は、
「国内に治外法権の外国軍の駐留基地を持つ限り、その国は主権国家としての条件を全うしていない」という一般論
など成り立たないのではないか、というものですが、この点について無宗ださんはどうお考えなのでしょうか?
保護国・被保護国【ほごこくひほごこく】
条約(保護条約)により,一方の国が他方の国の対外的な統治権の一部を行使する場合,前者を保護国,後者を被保護国と呼ぶ。被保護国を単に保護国と呼ぶこともある。被保護国は原則として自ら外交関係を処理し得るが,国際法上不完全な主体(半主権国)にとどまる。
-->
「一方のある国が、他方のある国に対し集団的自衛権を行使するのにもかかわらず、
他方のある国が、一方のある国に対し集団的自衛権を行使しないならば、
一方のある国は保護国であり、他方のある国は被保護国である」
という一般論が成り立つ
と、深沢さんは考えているということでよろしいでしょうか?
深沢さん的には、
「属国」という表現はNGだが、
「保護国」という表現はOKということですか。
「私」的には理解できません。
>「国内に治外法権の外国軍の駐留基地を持つ限り、その国は主権国家としての条件を全うしていない」という一般論
>
>など成り立たないのではないか、というものですが、この点について無宗ださんはどうお考えなのでしょうか?
一般論としては成り立つと考えます。
ただ、イギリスやドイツ、イタリア、トルコといった国々もまた、「主権国家としての条件を全うしていない」とは考えません。
一般論を成立させない特殊事情があるのではないかと。
日本が自国内に別の国家の機関である外国軍隊の駐留を受け入れる必要がある理由が問題であると。
と、深沢さんは考えているということでよろしいでしょうか?
よろしくないです。
私は、「まるで保護国である」と言っただけであって、「わが国は米国の(字義どおりの)保護国である」と主張しているのではありません。
わが国は主権国家です。
主権国家でありながら、一方的に保護を求める関係にあるのが問題だと言っているのです。
>一般論を成立させない特殊事情があるのではないかと。
それはどんなもので、わが国とどう事情が違うというのでしょうか。
>日本が自国内に別の国家の機関である外国軍隊の駐留を受け入れる必要がある理由が問題であると。
その理由は、上記のイギリス以下の国々と同様だと思います。
もっとも、わが国にはさらに憲法9条の制約があるわけですが。