7月5日(木)午後 拉拉山上巴陵
午後は上巴陵バス停の西側にある小学校の方へ行く
表紙写真は午後最初に現れたタカサゴイチモンジ蝶
なかなか止まらないので撮影が難しかった
これは昼前に東側で撮影したタカサゴイチモンジで下から透けた模様
ここも少し影になるところにはジャノメチョウが現れる
ヒメジャノメ(台湾亜種)で小さい蛇の目模様の意味
路のむこうに一瞬止まったアオタテハモドキ
近くで見られたら鮮明な色彩だったのだが...
小学校の北側の谿に生えている木の花に多くの揚羽が次々と訪れた
カラスアゲハ(台湾亜種)
赤い斑点が腹と下翅にあり下翅の斑点が横長なので
これはおそらくオオベニモンアゲハだろうかと思う
揚羽の乱舞をを見ていたら時間が来て上巴陵から中壢(中歴)行きのバスを待っていたら台湾人の老人に話しかけられた
彼は85才で戦中に日本の国民小学校を卒業し終戦を迎えた
蒋介石が台湾に来た後随分と不遇な扱いを受けたらしく北京語を話す人達を罵っていた
彼の日本語は正しい標準語であったが長く話していないので舌が堅くなっていると言った
中歴までの3時間あまりずっと話してこんなに長く日本人と話したのは何十年ぶりかだということで大変喜んで居られた
台鐵中歴駅ですぐ電車が来たのであわただしく別れたが私自身もどんな理由であれ日本びいきの台湾人と話せてとても嬉しかった
中歴から急に乗った自強号(台湾の特急)立ち席
台中から埔里(プリ)行きの急行バスに乗ったのは夕闇の刻だった
1時間くらいで埔里につき食堂に入る
好物のルーロー飯を注文したら丼とスープと焼き鯖のおかずつきで55元(200円余り)
食堂でホテルへの地図を見せて身振りで道を聞いたらバス停から逆の方向だった
中学生くらいの兄妹二人の母である若女将がバイクで送ってあげるというので
好意に甘えて何十年ぶりかでバイクの後ろに乗せて貰った
頭がデカい私でも幸いに息子さんのヘルメットが入り兄妹のガッツサインに見送られてバイクで出発した
若女将があまりに可愛い美人だったので気後れして腰に手を回せず荷台の後ろをシッカリトつかんだ
5分あまりで宿に着き何度もお礼を言ってチェックインした
食堂家族との写真はあまりにあわただしくバイクに乗せて貰ったので撮れなかった
Puli Town B&B (埔里小鎮)の部屋は2畳くらいの独立天井がない部屋
シングルベッドが一つありサイクリング用の自転車も吊れる部屋で
2泊朝食付きで計1,040元(4千円足らず)という一応独立部屋
今日お世話になった現地の人達のことを考えながら
かなりの強行軍で疲れもあり直ぐに深い眠りに落ちた
3日目-1に続く
撮影 NikonD90 70-300mm NikonD5500 TAMRON90mm2.8MACRO
Panasonic DMC-TX1