ザイルと焚火と焼酎と

ザイルを使う登山にちょっぴり憧れ、山中に泊まると焚火を囲み、下山後は焼酎でほのかに酩酊。いい加減なのんびり登山の日記です

境集落から小中沢中流へ至る山道を探索 1/2 ――― 途中で山道は消え失せ・・・・

2015年06月24日 | ハイキング/奥多摩

2015/6/13  2年前の6月6日にS子と二人で小中沢を遡行しています。その年最初の沢登りだったこともあり、中流で遡行をやめ、三ノ木戸(さぬきど)へ出ました。その際の記録は
http://blog.goo.ne.jp/1940sachiko/e/f2e591be8b0a57eb05c109c4f78fcca5
を参照してください。

小中沢の未遡行の部分を遡行してみたいと思っていたのですが、そのためには下流から一気に源流まで遡行するか、或いは中流まで山道を利用して入り、そこから遡行するかのどちらかです。


▲2万5千図を見ると、バス停のある境橋から小中沢の中流目指して山道が延びているではありませんか! これを利用しない手はありません。
ただし、ネットで国土地理院の2万5千図を見ると、この山道はもう出ていません。ハンノ木尾根の六ッ石山へつながる山道はまだ書かれている(写真中央のの左右に延びている破線の山道)のですが、途中で分かれ、小中沢、三ノ木戸へつながる山道は書かれていないのです。
実際に行って調べるほかありません!


▲写真をクリックすると拡大されます。

習慣となっている最寄り駅7時台の奥多摩行に乗車します。でも、今年から土日はそれがホリデー快速になりましたから、登山客で溢れています。奥多摩駅から乗るバスも臨時便を出さねばならないほどで、とても混みます。
僕もこの年齢になってくると、登山客で満員の電車やバスに運ばれて登山口に着く、そんなアプローチがだんだんと嫌になってきています。若いころは登山そのものに対しても攻撃的な精神でしたから、何とも感じなかったのですが、今では家を出てから登山口に立つまでも、山歩き同様、ゆったりとした時間に浸っていたいのです。
と言うわけで、今後は1時間以上早い電車で来ようかなぁと考えたりしています。


▲境橋バス停で下車し、境集落へ向かいました。この道は奥多摩むかし道です。8:40ころ。


▲2万5千図を見ながら六ッ石山へ続く山道への入り口を探しました。古いですが、標識がありました。8:44ころ。


▲2万5千図でも上の方に建物記号がありますから、この道は生活道路だったようです。8:45ころ。


▲廃屋です。手入れすればまだ住めそう。9:04ころ。

この先で休憩しました。電車でもバスでも立ちっぱなしでしたから。


▲左右の土地は以前は畑だったのでしょう。S子がくぐっているのはモノレール軌道。境集落が始点です。9:33ころ。


▲またも廃屋です。9:41ころ。


▲モノレールの駅なんでしょう。廃屋の住人が使っていたのでしょうね。9:42ころ。


▲標識があると少し安心します。9:45ころ。


▲植林の中ジグザグに登って行きました。まだ生活道なのでしょう。幅広のしっかりした山道です。9:53ころ。


▲この日僕が歩いた中ではいちばん高い場所に建っていた家です。もちろん廃屋。ここを過ぎると、山道は狭くなり、路肩も弱い普通の山道になりました。10:01ころ。


▲2万5千図の575m標高点の西の小尾根上に出たようです。10:01ころ。


▲尾根からは西へと(六ッ石山へと)山道が延びていました。でも、東へは獣道程度の踏み跡しかありません。先ほどの廃屋付近から山道があったようです。地形図でもそのようですし、僕もチラリと確認していました。でも、廃道化しているようなので、ここまで来ました。どうせ下でこの尾根と合流しますから、この尾根を下降することにしたのです。実際に下降すると、写真程度の状況。楽勝で下れます。10:06ころ。


▲尾根筋のわずか下に小さな祠が並んでいました。今では誰もお世話をしていない祠のようです。昔はこの辺りまで日常の生活圏だったのでしょう。10:09ころ。


▲最近は整備された普通の登山道を歩くことが多かったので、S子も久し振りの感覚に戸惑っているようです。10:11ころ。


▲確信は持てませんが、2万5千図で破線の山道が北西に延び始める地点がここのようです。電信柱があり、かすかな踏み跡と電線の延びている方向が一致していました。10:14ころ。


▲写真中央、かすかに山道らしきものがあること、分かるでしょうか? この道を進みます。10:21ころ。


▲その消えそうな山道は電線にほぼ沿っています。次の電信柱が見えています。その電線の下に消え入りそうな山道があるのです。でも実際は、10人中9人までは「道なんて全然ない!」と叫ぶでしょうね。
この写真では確認しようがないでしょうけれど、右に見えるススキの穂のちょっと左に三ノ木戸集落の一軒の大きな屋敷が写っています。そこまで行きたいのです。10:27ころ。


▲誰もここに道が通っているとは思わないっでしょう。10:33ころ。


▲植林に入りました。下草がない分、歩き易いですね。電信柱もしっかりとあります。それに沿って歩いて来たのですから。10:35ころ。


▲ぬた場がありました。動物の足跡らしきものも見えます。10:38ころ。


▲誰かが山仕事している音が少し離れた上部から聞こえて来ています。写真の岩の下は雨宿りくらいなら出来そうな岩屋になっています。この付近までは電信柱に沿って歩いて来ましたけれど、電信柱は僕の行こうとしている方向よりも右下へと向かっているようです。2万5千図では多分このあたりから少し標高を上げながら山道は通っているはずです。この岩を巻くように歩き、どこらへんで標高を上げようかと考えていました。10:43ころ。


▲ヤマゴボウだと思います。普通よく目にする「ヤマゴボウ」と呼んでいるのは「ヨウシュヤマゴボウ」のようですね。ヨウシュヤマゴボウは帰化植物で花の房は垂れています。このヤマゴボウは花の房が立っています。
御存知だとは思いますが、商品としての「ヤマゴボウ」はアザミの仲間の根だそうです。ちなみに、ヤマゴボウは有毒植物。10:43ころ。


▲また、モノレール軌道が現われました。境集落からつながっているレールでしょうか? 少しずつ標高を上げています。10:47ころ。

それらしき道なき道(僕でも道だとは思えません)を進んでみました。案の定、どうしようもなく行き詰ります。地形図を読み直し、周りの地形を眺め直し、もう少し標高を上げるべきだと判断しました。


▲で、道なき道を・・・・ 道なんて全然ないぞ~っ! 枯れた笹薮を漕いで標高を上げていきます。10:53ころ。

僕にとっては久し振りの地図読み山行です。高度計を持って来ていたのですが、高度を合わせ損ねたようで、信頼できません。
同じ地図読み山行でも沢筋を進んだり、尾根を歩いたりするのならば、地形が分かりやすいので比較的地図読みも楽なんです。でも、今日のように昔の山道、ほぼ廃道になった山道を探しながら歩くのは非常に難しい。山腹を巻くように山道が付いている箇所などでは、10m離れてしまうだけで分からなくなってしまいます。
だいたいの現在位置は分かっているつもりです(本当はその分かっているつもりが、いちばん危ういのですが)。目の前の支尾根状のなだらかな箇所の左端あたりに山道があったのではないか? そう考えました。もし、そこに山道がなかったならば、小さな尾根をそのまま突き上げてハンノ木尾根に出るしかないな、と考え始めてもいました。

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