【画像】本宮大社の世界遺産センターで頂戴したDual Pilgrimピンバッジ 3月末日
❤~~とうとう迎えちゃったよね~~❤
そう、これが最終回。
最後に熊野の本宮大社を訪れて、、“ご報告”と“お礼参り”するところね!
これでこのブログとも、いよいよお別れっちゅうことなんやね・・・・・・・・・( ˘•ω•˘ )
・・・・・・・いまは私も少しばかりtension高めなんで・・・・・・・
ついつい調子に乗ってしまって、、我を忘れてしょうもないことをダラダラ書かんようにせなあかん。。
そして“冷静さ”を忘れないようにしながら、最後のEndingを見事に!Coolに!キメちゃいたいところやね🎇
【画像】本宮で、、、大斎原に咲き誇る満開の桜
当初、留年が決定したときの“怒りの勢い”で立ち上げてみたブログやったけれど、、、、(´・ω・)
この一年三カ月の間に、、、当初はあった、あの“やるせない怒り”はすっかりと鎮静化し、、、、、
その代わりにいろいろな想い出が、このブログの中には徐々に詰まってきた・・・・・・
そして当然のように、いつの間にやら“愛着みたいなん”も湧いてきた。
つまり初めて“ブログ”なるものをつけてみた一年と三カ月やったワケやけど、、
ブログを綴ることの有用性について、改めて考察してみると、、、、、他人にアピールするとか、想い出を込める、、、というのは、まあ想定範囲内やとして・・・・・・
その一方で、ブログをつけることで私が得ることの出来た、想定外のものとは?
当初、私の中にあった“留年でのやるせない怒り”が、、、、年月とともに、、、ブログつけてるうちに、、、いつの間にやら綺麗に昇華されてしまっていたことを考えれば、、、、
『ブログにはけっこうKatharsis的な効果があるんじゃね?』ということやったかもしれん・・・・・・・・
ま、何はともあれ、いまじゃあ愛着あるブログに育っちゃったから、別れも少し名残惜しいかな・・・・・・・
そんなんやから折角やし、Endingを気持ちよく締めくくって、、“最後のお別れ”としたいんや!
せやから、、
果たしてどんなカタチで最終回を迎えるのがbestなのか、、いろいろと迷っているところなんやで(´-ω-`)
まずは、、、映画のEndingばりに、サントラでも流しながらいっちゃっとく?
Internet Explorer画面の“別のタブ”でYouTubeのMVなんかを再生して音楽を流しながらってのが洒落てるから、この場で思い入れのある曲を数曲choiceしておくことにしようそうしよう・・・・・・♬♬
ということで、一曲目は・・・・・・・
https://youtu.be/k2qgadSvNyU
Dua Lipa の“New Rules”
この曲は、私が2~3月のサンチアゴ巡礼の間、、道中通過する街のいろいろなところで耳にしたので、想い出深い一曲なんや・・・・・
バルで美人のねーちゃんが陽気に鼻唄を歌って、ご機嫌だった様子に、一瞬心を奪われかけたっけ・・・・・
当初、スペインに行く前までは、私の趣向とは異なるタイプの曲だと思って見向きもしなかった。
しかし巡礼道中に幾度も耳にするうちに、、いつの間にか非常に気に入ってしまい、、、
今では私のFavorite tunesの一曲に見事ランクイン!したという次第 ♬~♬~♬
さて、それはさておき・・・・・・
帰国してからというもの、巡礼道中で毎日つけていた“旅日記”なんて、当然ながら全くつけていないから、この日記帳は、帰国した時点でプッツリと途絶えてしまっている・・・・・・・・・
ほやから、今はそのころのことを、懸命に思い出しながら書かなあかんのが、実にしんどいところなんや。
卒業旅行から帰国して、、、、国試の合格発表があった日の、3月19日から、、10日ほど経過して、心身共ににようやく落ち着いてきたころに、私は桜満開の熊野の本宮大社へと赴いた。
その頃からは、早や2カ月近くも過ぎちゃったワケやけど・・・・・・
今更ながらに思い出しながら、、“記憶の糸”を懸命に手繰り寄せている。
こうして二カ月近くも前のことを想い出しながら書き綴らねばならないのは、なかなかに無理/無茶/面倒だよね・・・・・・・・(・_・;)
【画像】本宮大社でお参りのあと、道の駅“ほんぐう”からグルリ参詣道を歩いてきた
このブログは、、研修医生活が始まるまでに完結する予定であったが、、まるで間に合わなかった。
仕方ないから、今度はGWの間に決着をつけるつもりでいたが、、、結局それも叶わず、、、、5月半ばもとうに過ぎた今頃になって、、ようやくにして、ケリをつけるときが来たってワケ。。
折角の“体験記”なんやから、、回想録はいいとしても、、、、記憶が新鮮な/ホヤホヤなうちに、、一気に畳みかけるようにして仕上げるのが理想的やったが・・・・・・・・・
・・・・・まあ・・・変に“想い出補正”がかかっちゃって、美化して書いてしまうとしても・・・・
・・・・それはそれで、、今となっちゃあ仕方ないよね ❤
・・・・・ということで話は元に戻るが・・・・三月末日、新大阪から特急“くろしお”に乗車してイザ和歌山へ。
・・・・・・・・仕事が始まってしまうと、熊野古道に行くことですら時間的に、ままならなくなりそうな気がする。
医学生時代のように、、、年に2~3回も、気ままにふらりと“熊野の地”へと赴くことは、もう半ば諦めるつもりでいる。
体力的にも、時間的にも、、どんな局面においても、人生には限りがあるという“無情さ/愛おしさ”を、日々噛み締めるような年齢に、私は突入してしまった!
一般の人と違い、“働き盛り/いい歳”しといて、長らく仕事をしてこなかった私は、、いよいよ年貢を納めるときがやって来たものと、自覚してもいる。。
つまり、今までのように“自由気ままでマイペースな毎日”なんて当面、戻っちゃあくるまい・・・・
・・・・・・サヨナラ・・・・・今マデノ日々ヨ・・・・・・・・
そして熊野古道も・・・・・・・次に行くのは果たして何時になることやら(。´・ω・)?
そんな覚悟/決意でもって、、、私は可能な限り/許されうる限り、、、医師として世に貢献/奉仕することを願っているんや。。
せやから、、、
大好きな熊野古道ですら、もはや遠い存在になってしまっても、、いまの私にとっては仕方のないことなんや・・・・・・
・・・・・そんな私の名残惜しい気持ち・・・・・・
どなたか引き継いで頂き、熊野古道とかサンチアゴ巡礼に、Challengeしちゃって盛り上げてくださると嬉しいんやけどね~~~ ❤
まあそれはさて置き、、そろそろ次の一曲をいっちゃっとく?
https://youtu.be/CTFtOOh47oo
French Montana の“Unforgettable” ft. Swae Lee ♬~♬~♬
この曲のPVを見たら、、、黒人たちの無邪気で幸せそうな笑顔に、きっと誰もがほほえましさを覚えることやろう。怪しげで、超ヘタクソなダンスで・・・・・・・(笑)
・・・・あくまで、勝手に私の目から見ての判断で恐縮だが・・・・・
貧しい雰囲気の漂うウガンダの小さな村で、、ゆとりのない生活/日々を送っているはずやのに・・・・・・・・
『きっと食うや食わずがギリギリで、不衛生な世界にいて、いったい何がそんなに楽しいねん?』
このPVを見て、まず最初に私が思ったのは、そんな奇妙な感情やった。
こんなこと言っちゃうと、人種偏見みたいで自分でも嫌だが、、、貧しいものを食い、ボロいお家に住み、、、不衛生で平均寿命も短くて、、、、、
文明的な今の私の生活からは、とてもとても想像つかないような、なんにもなくて貧しい“アフリカ土人”の生活を送っていらっしゃるハズなのに・・・・・
・・・・・・地位や名誉なんてなさそうやし、衣食住ですら“まともでなさそうな”・・・・・・なあーんにもない世界の住人たちのようだけれど、、、、、
・・・この場ではとにかくみなさん、実に楽しそうで充実した笑顔をしていらっしゃる・・・・(;´・ω・)
生きるのに精いっぱいで、ゆとりなんて無いはずやのに何故、そんなにも屈託ない笑顔で、楽しそうにダンスが出来るんや?
みんな揃ってあまりにも楽しそうやから・・・・・・
ついつい・・・・・・私も一緒になってダンスをしたくなってしまったやんけ!!
・・・・・・・この曲とMVには・・・・・・・・・
肌の色を問うことなく、、、、誰もが笑顔になってダンスしたくなってしまうような、、、万国共通のノリに溢れている ♬~🎵 (/・ω・)/
“世界(宇宙)の愛と平和”を切に願う私にとって、、このMVは、まさにそんな気持ちを見事に大便、、、、違う違う!、、、、、代弁してくれるEnergyに満ち満ちている!
そんなこんなで今の私の心境を表す曲やから、ここに載せておくことにしようそうしよう・・・・・・
おおっと、、、最終回やから、、、メンゴメンゴ!ついつい饒舌になってしまうわ・・・・・・・
話は元に戻るね、そう、、本宮大社へ行くところ・・・・・・・
朝6時起きで、、、、春めいて素晴らしくいいお天気! 10~25℃
手早くリュックサックに、、スペイン巡礼でのクレデンシャルと、、熊野古道のスタンプ台帳(昨年11月末のもの)とを詰め込んで家を出た。
そして新大阪から特急“くろしお”に乗って、、、、紀伊田辺駅で下車。
竜神バスを待つ間、観光センターとかをウロウロして、、、バス・チケットを買う(本宮まで片道で2100円)
【画像】JR紀伊田辺駅の前のバスロータリーにある、弁慶像(弁慶は田辺出身・・・・・)
10時過ぎの竜神バスに乗ると、片道2時間かけて本宮大社へ・・・・・・・・
今まで、本宮大社まで行くのにバスを用いるなんてことは一度もなかったが、今回は日帰りを予定していたので、初めて全道中をバス移動。・・・・・・・これはこれで新鮮やった。。
沿道や富田川の土手沿いでは桜並木が見事に満開で、それはそれは素晴らしい、この上ないくらいに気持ちの良い日和やった!
当初は、スペイン巡礼から帰国したら、私自身がまだ未踏の熊野古道を行くつもりでいた・・・・・・・・・
昨年末に、大阪の九度山から南の那智へと紀伊半島をタテに縦断したから、、、
今度は紀伊半島を西から東に横断、、、つまり、紀伊田辺からスタートして本宮大社で“お礼参り”したその足で、、、初めての(未踏の)“伊勢路”を経て東の端の“花の窟神社”まで行き、、近鉄電車で大阪に帰ってくることを考えていた。。
しかし、いざスペイン巡礼から帰国してみると、暫くの間は身体をダラーン、、とさせて安静にして過ごしたくて、、、『やっぱ、今回はもういいや、、、、』となってしまった。。
・・・気力がね・・・・ちょっと今はしんどい・・・ムリ・・勘弁してクレメンス、、てな感じやったんや。。
竜神バスにゴトゴト揺られ、、退屈やったから、思い切って通路の反対側の、ベルギーから来たという白人女性に話しかけてみた。
そう、今や、あんな超ド田舎の“ガタゴトのローカル・バス”でも、車内案内に英語のアナウンスが流れるようになった。
それくらいに、外国からの熊野古道への訪問者が多くなって国際化した、、ということやが・・・・・・・
私は、つい先日クリアしたばかりのサンチアゴ巡礼を自慢したくて、“巡礼証明書”を見せながら説明した。
残念ながら、彼女はただのWalkerということで、Pilgrimにはあまり関心がなさそうやったが、、、、、
しかし、私が『今日あなたは熊野古道にChallengeするんやから、、、きっといつの日か、サンチアゴ巡礼にも挑戦すべきやで!!』というと、まんざらでもなさそうなご様子やった。
・・・・・・あの調子なら・・・・・・・恐らく・・・・・・・
『日本の熊野古道で、今日私から聞いたサンチアゴ巡礼のこと』が、どうにも頭から離れなくて、、必ずや将来、彼女はサンチアゴ巡礼にchallengeするハズやと、私は踏んでいる・・・・・・・
てっきり私も彼女と同じく、バスを滝尻で降りて、中辺路を行くものと、彼女は思っていたようだが、、、
今の私にとっては中辺路すらも、肉体的にしんどかった。
なので、、中辺路スタート地点の(正式には違うが、、、、)、滝尻のバス停で下車する彼女とお別れして、、そのまま引き続き私はバスに揺られて本宮大社へ。
【画像】満開の桜の向こうに、たうたうと流れる熊野川と、、、静かにたたずむ果無山
バスが本宮大社に到着すると、、まずは世界遺産センターへ。
私は満面の笑みSmileを用意して、、得意気にDual Pilgrim認定のカウンターへと向かった。
担当のおねーさんが、すぐに私の持参したクレデンシャルと、熊野古道のスタンプ台帳とをしばし、じーっと凝視していたが・・・・・・・・
このとき、、、
スペイン巡礼で、私がSantiago de Compostelaの大聖堂にゴールした時に、、、“巡礼認定書”を貰うべく、巡礼事務所に立ち寄ったところ、、審査員のオッちゃんが、暫くの間ジーっと私のクレデンシャルを凝視していたのをリアルに想い出した。・・・・・・状景がぴったりと重なったんや!
あのときは、まるで『カミーノの巡礼路を、本当に私が辿ってきたのかどうか』を、疑っている様子やったが、、、、
たったいま、、同じようなシチュエーションのなかで、あの瞬間が懐かしく想い出されたんや・・・・・・・・・
徒歩なら、巡礼路(フランス人の道)の踏破には平均して43日かかるらしいが、、私は20日でクリアしているし、、、また何よりも、、
最低限、巡礼路の踏破の認定に必要とされる、、残り100KmのSarriaからのスタンプ(Sello)の数がとても少なかったので、、巡礼事務所のオッサンに不審に思われた様子だった。。
結局、『走ったりもしたので、短い期間内で到着できたんだ・・・・・』ということを伝えることで、ご理解いただけて事なきを得たが・・・・・・・・・
それはさて置き、、本宮の世界遺産センターのカウンターでは、、ちょっとした事務手続きが面倒であったものの、、スムースに認定書を発行してくださり、、、、念願のDual Pilgrim認定の記念バッジもいただけた。。
やっぱ、、あのDual Pilgrim認定バッジを実際にこの手に収めた瞬間は、、特別な感情が押し寄せてきた!
なにしろ、二年半前に『この記念バッジを入手してみたい!』と思ったのが、全ての始まりやったからね・・・・・・・・(´・ω・)
ジーンという感動をひきずったまま、私は世界遺産センターをあとにしたが、、、、、
次いで向かうは、熊野の神々への“ご報告”や!
“熊野大権現”の白旗が無数に立ち並ぶ参道の階段を登り、、、、本殿の手前にある社務所へ。
ここでDual Pilgrimの証明書を係の人に見せて、、、“特別な祝福の太鼓”を叩かせて頂いた。
まず最初に、宮司さんがお手本で太鼓を叩いてくださり、、、、、、
次いで、私に太鼓のバチを手渡してもらって、宮司さんの示してくださったとおりに、私も太鼓を打ち鳴らした!
・・・・・まるで鎮守の森の静けさを打ち破るように、、太鼓の音は大きく大きく鳴り響き・・・・・
大勢の参拝客らが、一斉にこちらを注視している様子が伝わってきた。
私はそんな“好奇の視線”をいっぱいに浴びながら、、夢中で太鼓のバチを振り続けた!
一分間くらいにわたって、、
ドン・・・・ドン・・・ドン!・・ドン!・・ドン!・・ドン!・ドン!・ドン!・・・・・という具合に、熊野の山々に太鼓の音を轟かせ続けた・・・・・・・
ひととおり打ち終えると私は太鼓のバチを宮司に返し、、辺りはスグに元通りの静寂の森へと戻っていった。
そして、、太鼓の後は、、、いよいよ、熊野の神々へのお礼参りや!!
本殿に入ると、、素戔嗚尊(スサノオノミコト)、速玉大神、夫須美大神、天照大神、八百萬の神へと、それぞれ順番通りにまわり、お賽銭を入れて鈴を鳴らしては“二礼二拍手”して深々とお礼のご挨拶をしてまわった。。
神々の前で、順番に手を打っていったこのとき!!
私は緊張の面持ちで、、可能な限りもっとも美しく、、かつ大きく、熊野の森に響き渡らせるようにと、手を打っていったワケやが・・・・・・・
自分でもビックリしてまうくらいに、、凛としていて、まるで透き通るかのような美しい柏手の音が、周囲の森や山々に響き渡ったんや!
私の左右の手の平が、、もっとも理想的な“タイミングと手の形状”とでお互いに打ち合って、、
パーン!パーン!と飛び出したその柏手の音は、、、乾き過ぎもせず、湿り過ぎもせずに、、丁度いい塩梅の音で・・・・
信じられないくらいに澄んだ響きをもっていた!
私がこれまでに数知れず打ってきた、幾多の柏手の中でも、間違いなく飛びっ切りに美しい音だった!
・・・・・・そして周囲一帯の森や山々にこだましたこの音は、一方では、何とも言えない懐かしい響きを含んでもいた・・・・・・・
そう、、この音は、、、記憶もおぼろげな、遥か遠く昔の、、、昭和の末頃に聞いたことがある!!
幼きころの私が神社で耳にしたんやが、、、一体、誰が手を打った音だったのか、今となっては知る由もないが、、、、
今しがた私が打ち鳴らした柏手の音は、、あのとき耳に聞こえてきた『心に響くような柏手の音』に、限りなく近かったんや!!
【画像】本殿お参りのあと、周囲の参詣道をグルリ
・・・・・・この一年余り、、機会があれば私は神社で柏手を打ってはお参りをしてきた・・・・・・
如何にして、美しく大きな“柏手の音”を鎮守の森全体に響き渡らせることが出来るものかと、幾多の神社で幾度となく手を打っては腐心/苦心してきたワケや・・・・・・・・
その結果、、『かなり、理想とする柏手の音に近いものが出るようになってきたかな・・・・・・?』
と思う、今日この頃ではあったが、、、
まだまだ、、何か、決定的な“音の成分”が欠落しているように思えてならなかった。
それが、、、今日打った柏手の音は、そんな“欠落”をまったく感じさせない、完璧なものやったからね!!
この素晴らしく完成度の高い柏手の音が、私の“両手の平”から打ち出されたとき・・・・・・
まるで、、、
大きな一つの線が、、巨大な輪っかLoopを描き、、、再び戻ってきて、、閉じて円Circleをつくろうとしているのを、私はひしひしと感じた。
こうして・・・・ようやくにして・・・・私はもとの生活に戻り・・・・・・そして・・・・はじめて足を一歩、前に踏み出す用意が出来たんだ、、ということを実感できた!!
いよいよ、次なるStageが始まろうとしている・・・・・・・・
私は、“完璧に近い柏手”の“音の余韻”に酔いしれながら、本殿から踵を返したが、、、、
本殿をあとにして、よろよろと立ち去ろうとする私の背後から・・・・・・
熊野の神々の、、
温かいご来光が、優しくそっと背中に差し込むのを、、確かに私は感じとることが出来た・・・・・・・
~~~~~~~~~~~ Fin ~~~~~~~~~~~
【画像】桜満開の大斎原
【画像】 大阪に戻るとき、、和歌山駅で下車して立ち寄った“清乃”
積年の想いが詰まった念願のラーメン。グランプリに輝いていたから、ぜひとも一度は訪問してみたかったんや。
では最後に、、、、、
最後の想い出の一曲をChoiceさせてね!
・・・・・・・・・・これがEndingということで・・・・・・・・
https://youtu.be/0mlFlJ1Rjq0
2PACの、、、“Life goes on”
言わずと知れた、90年代半ばのヒット作。
当時大学生だった私は(ついこないだも大学生していたが・・・・・)よく聴いていたが、長らくご無沙汰していた。
最近、You Tubeでたまたま見つけたものが、『和訳テロップつき、、』ということで、、お陰様で、初めて歌詞の内容をしっかり把握できた。
そして約20年ぶりに、このところ何回も聴いていたので、貼っちゃうことにしようそうしよう!
まるで辞世の句のようなこの曲を世に出して、間もなくして2PACは銃弾に倒れて、帰らぬ人となってしまう(享年若干25歳)
・・・・・・歌詞の途中に『50、60歳まで生きる連中だっているんだから・・・・』とあるけれど・・・・・・
今や、私自身がそんな年齢にさしかかるのも、それ程に遠い先のことではないのを感じる。
それはさて置いて、、私も40年チョイ生きてきたので年相応に、、
これまでに身近なところで、何人かがこの世を去っていくという経験をしている。
まだまだ若いというのに、、病気や事故、自殺なんかで・・・・・・・・・
マスコミを通じて知っている有名人だって、2PACはじめ、多くの人々が亡くなっていった。
つい最近では、先日5/21に、登山家の栗城史多さんがエベレストからの下山途中にお亡くなりになったっけ(享年35歳)・・・・・・
・・・・・なので・・・・・そんなんやから、さすがに・・・・ひとの死、ということを身近なものに感じるようになってきた・・・・・・
2PACのこの曲には『生きていくしかないんや、、、』という、人生に対してPessimistic/Negativeなニュアンスを強く感じるが・・・・・・・・・・
昔、私が大学生だった当時(つい最近も再び大学生していたが・・・・)、、、、
何事もうまくいかなかった私はむしゃくしゃしていて、そんな時にこの曲を聴いて共感し、若くして死ぬことがカッコよく思えたりしてたっけ・・・・・・・・(´・ω・)
しかし、、、
今や私も40歳を超え、バリバリのおっさんになれば、気分はすっかりと大人の落ち着いた雰囲気になった。
そして人生というものを、安定した気持ちでとらえることが出来るようになってきた。
そうやって人生がどのようなものなのか、ようやく、、、何となく分かってきたので、、、、
それに伴い、私の生きるstyleも確立してきたので、、、、、
今では50、60歳、、いや、100歳まで、Optimistic/Positiveに生きるつもりでいる。
趣味として巡礼道を行くようになってから、、その道中では、死を近くに実感することもあった。
愛くるしい小鹿や小鳥の亡骸を見ることがあったし、、道中に行き倒れた人々を弔う墓碑も数多く見かけた。
生々しい交通事故直後の現場にも遭遇した・・・・・・・・
そもそも“巡礼”という行為そのものが、、実は『“一種の覚悟”をもって旅立つ・・・』という意味合いをもつことを、最近になって初めて知った。
きっと、それだけ往時の巡礼が、命がけの厳しいものであった、ということやろう・・・・
お遍路さんたちのあの白い衣装が、、まさに『死を覚悟しての白装束』に由来するということを知ったのも、つい最近のことだ。何時、何処で野垂れ死んでもいいように・・・・・・・ということらしい・・・・・・・
・・・・・これから私は日々、生死に直面するようなところを舞台にして働こうとしている・・・・・・・・
熊野古道とサンチアゴ巡礼と、、当初は“お遊び気分”で出かけた巡礼だったが、、、、、、
しかし今振り返ってみると、、『私の“死生観”に影響した巡礼道中・・・・』ということで、、、自分自身の成長につながる多くの貴重な経験をさせていただけたと思う。
“いろいろな気づき”も得ることが出来たし、それらの経験はきっと、これからの医療現場で役立つものと信じている。
おかげ様で、今では私の心は大変に穏やかなものとなり・・・・・感謝の気持ちでいっぱいだ・・・・・・・・・・
研修医生活が始まって、早くも二カ月近くがたとうとしているが、、、、
病棟では、病に苦しむ患者さんたちが、堰を切ったかのように私に話しかけてくることが多い。
勿論、話に耳を傾けることは、研修医にとっての大事な仕事なのだが、、
病気に対して、気持ちだけでも寄り添ってあげるということが、、患者さんにとって如何に重要であるかを実感する毎日やった。
サンチアゴ巡礼では道中、Buen Camino!の挨拶とともに、満面のSmileを返せるようにと努力したものだが、、、、
・・・・・・・たとえ、白人のように自然なSmileを見せるのが難しいとしても・・・・・・・
あのときの・・・・
せめてSmileをつくろうとしてみる努力というものは・・・・・
一生忘れないでいたいもんやな・・・・・・・・