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23 〈今〉〈現在〉へ収斂する都市

過去と未来を現前化する“文字”
 過去の記憶をとどめる手段として人間が創り出したものが“文字”である。それまで“過去”は、人それぞれの記憶の中にしかとどめる事ができなかった。その過去を他人と共有するために“言葉”があったが、言葉は発せられた瞬間に消え去り、言葉を聴いた者もまたその言葉を記憶としてとどめる事しかできなかった。
 文字の発明は、それまで記憶の中にとどめるしかなかった“過去”を、眼前の“現実”として立ち現れるものにした。人々が実際にその過去を体験し、その記憶を持っていなくても、また発せられた言葉を記憶にとどめていなくとも、刻み付けられた“文字”によって“過去”を呼び起こすことができた。
 しかし“文字”が現前化するものは“過去”だけではなかった。

ティカルComplex-Q Stella-22/グアテマラ
 
 古代マヤでは、神殿の壁や石碑に多くの神々の姿や“文字”が刻み付けられた。そこには王家の歴史や神話、伝説などの“過去”の記憶のほかに、高度な天体観測にもとづく“暦”が刻まれていた。それは太陽や星々の運行とそれに伴う雨期や乾期の気候の移り変わりを正確に予測し、未来に起こるであろう(正確には繰り返し起こるであろう)出来事が記述されていた。すなわちマヤで刻まれた“文字”は“過去”と“未来”を現前化させるものであった。

“時間”を超越する神殿と都市
 もともと古代の時間概念は、現代のように直線的ではなく、円環的で、不連続で、自由自在に変化する概念*01であった。一日、あるいは一年単位のループ状をなしていたり、昼と夜のように「繰り返し現れる対立の不連続」*02であったり、伝説や神話のように、過去におけるインパクトの大きさによって、その過去の時間距離が決定されたり、予言や神託のように、現在において未来の事象が決定されるなど、時間概念は過去、未来にわたって、自由自在に変化した。
 過去-現在-未来という“時間”を超越する存在が神だとするならば、古代マヤでは、神殿全体がその神の真理である“時間”を現前化し、記述する“文字”のための記録媒体としてあった。そして春分と秋分の日に、ククルカン(羽毛の蛇の神)が姿を現すチチェンイッツァのピラミッド*03やテオティワカンの“太陽が訪れる日”*04のように、神殿や都市計画そのものが、その形状や配置、都市軸などによって“暦”を現前化し、“時間”の超越を民衆に証明する装置としてつくられた。それは神のみに与えられていた時間を超越する特権を人間が手に入れた証でもあった。そして“文字”と“時間”を操る神官=王が神の代理として現世を支配した。

〈今〉〈現在〉に収斂する過去・未来
 古代マヤでは“時間の超越”として神殿や都市がつくられたが、それらは神殿の形や都市の配置、刻み込まれた“文字”などによって、物的に現在化された“過去”と“未来”であった。過去のその現象が起きた日の記憶と、未来の再びその現象が起こる日の正確な暦による予測。これら過去の記憶と未来の予測が、テオティワカンにおける“太陽が訪れる日”のように、ある〈時〉に向かって集約し、〈今〉〈現在〉眼前で起こる現象へと収斂する。その〈今〉〈現在〉は過去と未来が融合した〈時〉であり、平野仁啓のいう「収縮する時間」*05である。未来と過去と現在が“一点”の〈時〉に収斂することによって完結し、充足する。そしてまさにマヤの神殿と都市は、“過去”や“未来”を〈今〉〈現在〉に収斂する装置としてつくられたのである。
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*01:時間の比較社会学/真木悠介/1981.11 岩波書店
*02:人類学再考/エドマンド・リーチ/1990.01 思索社
*03:ククルカンの像のある階段の側面に、春分と秋分の年2回、太陽の光によって蛇の胴体が現れ、時間の推移によって蛇が階段を下りてくるように見える現象。(七つの蛇の現象

Castillo(戦士の神殿より見る)/チチェンイッツァChichen Itza/メキシコ
*04:テオティワカンの「大通り」は南北軸から約17度ずれており、5月12日と7月26日の年2回、太陽が中央メキシコの真上を通過する日、太陽のピラミッドの正面に太陽が沈み、正午にはテオティワカンからは影というものがまったくなくなる。「太陽がわれわれの都市」を訪れたとして盛大な祭典が繰り広げられたという。(川添 登/都市と文明 雪華社)

太陽のピラミッド(左)と「大通り」/テオティワカン/メキシコ
*05:続 古代日本人の精神構造/平野仁啓/1976 未来社


時間の比較社会学 (岩波現代文庫)
真木 悠介
岩波書店

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人類学再考
エドマンド・ロナルド リーチ
思索社

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都市と文明―古代から未来まで (1966年)
川添 登
雪華社

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古代日本人の精神構造〈続〉 (1976年)
平野 仁啓
未来社

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