水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑えるユーモア短編集-42- 困った人種

2017年02月11日 00時00分00秒 | #小説

 世間には、法律ではどうにも出来ない困った人種がいる。取り分けて暴力とか一般社会の迷惑にはなっていないのだが、その人がしたことが、他人から見れば困った人種だ! と、怒れる場合が困った人種である。この手の人種は悪人よりも性質(たち)が悪く、取り締まりようがない上に、捕(とら)えることすら出来ない。
 通勤電車の中である。宮野(みやの)はこの朝も吊り革を持って立ち、電車に揺られていた。正面下には、50半(なか)ばの中年女、右下には通学風の中学生が一人、そしてどこから見てもホームレスとしか見えない60前の男が左下の座席に座っていた。宮野の視線は最初、車窓(しゃそう)に流れる景色を捉(とら)えていたが、いつの間にか三人を見下ろす格好になっていた。というのも、三人三様に困った人種だ! と思える仕草(しぐさ)が目の中へ飛び込んできたからである。正面下に座る50半ばの中年女は、人目も憚(はばか)らず、ボタ餅を素手(すで)でムシャムシャと食べ、手に付いた餡(あん)をぺチャぺチャと舐(な)め始めた。それが別に悪いというのではないが、宮野には女性の所作とは思えず、見たくもない困った人種だっ! と怒れた。そして、左下のホームレスとしか見えない60前の男といえば、伸(の)びた鼻毛を一本一本、手の指で引き抜くと、その毛を左の車体金属へ植え付け始めた。これ自体、宮野に実害はないのだが、汚(きたな)いからやはり見たくもなく、困った人種だっ! と怒れた。男は左隅で 「 形に座を占めていて、左には誰もいない。宮野は、思わず見まい! と上を見上げたが、首が痛くなり、しばらくすると仕方なく下ろした。宮野の左横に立つ同じサラリーマン風の若者は器用に釣り皮を持ちながら眠り、我、関知せず・・の風情(ふぜい)だった。右下の中学生はノートを見ながら、何やら呪文(じゅもん)を唱(とな)えるようなほとんど聞こえない小声で、「&$#%’””…」と、訳が分からないことを呟(つぶや)いていた。ほとんど聞こえない声なのだが、気になり出した宮野にとっては余計に大きく聞こえ、困った人種だっ! と怒れた。見まい! と怒れた宮野が、また車窓を見ようとしたとき、50半ばの中年女と、うっかり目と目が合ってしまった。
「お一つ、どうです?」
 ぺチャぺチャと舐めた手で、笑顔の女はボタ餅を一つ、宮野の前へ差し出した。
「いえ、結構ですっ!」
 宮野は困った人種だっ! と、汚い手で差し出した女に怒れたが、笑顔で、すぐ断った。

                             完


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