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穴賀篤鱈から羽入鱒粘へ

折々の写真なども

エジプト8

2022年01月22日 | 日記
2月16日(木)

アカ氏とカメさんと俺の3人でバザールに行った。

    衝動買いの土産物 高い     「シャール」は次回(エジプト9)で
   
    


     
カイロでの生活  
 YH60ピアストル
 朝 サンドイッチ2pi 2個+マカロニ8 pi 
 昼 ゴシャリ(ご飯とマカロニ 碁石を4ミリぐらいに縮めたような豆に玉ねぎみじん切りのフライ+辛いソース)5 pi 2杯で満腹。
 夜もなんやかんやで20 pi以内。オレンジジュース8 pi~10 pi ニンジンジュース8 pi ペプシ4 pi シコ(コーラ)3 pi~3.5 pi 
 南京豆1キロ68 pi オレンジ8 pi へそオレンジ8 pi~15 pi パン1 pi 砂パン0.5 pi

   【1ピアストル(pi)は約4円 1ポンド(po)は約400円(「ギニ」ともいう)  レート1ドル68.8 pi】


   

   

   

   

  
   

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2月17日(金) 

カゲ氏 アテネに向けて出発。残った25ポンドをドルに再チェンジするためタハリールまで行った。
何軒も回って結局1ドル75 piか76 piで買うことができたらしい。75 piがみやげ屋の相場みたい。
アカ氏の話では空港で出国手続きをしてから換えられると言うのだ。70~71 piで。
カゲ氏を見送った後ヒルトンホテル内にあるエジプトエア―でリコンファームをしたあと
「残った金はどこで換えてくれるのか」と聞いたところ「近くにあるアメックスに行け」と言うので聞いてみたら
やはり空港の中で換えられると言う。 
決心した。俺は出る日に空港で換えるぞ。25~30 ポンド(35~40ドル)程残る予定。
YHの宿泊延長のために3時頃までに戻らなければならなかった。おかげで今日は一日がつぶれてしまった。


エジプト人=気チガイ 市バスの死闘!凄まじい。後ろ1pi 前2pi 皆後ろに殺到。 
停留所に着くと当然下車する者がいるのだが 降りようとする前に奴らは乗り込んでしまうのだ。我先に!と。 
特にタハリールとカイロ駅前。バスのドアは無し。たまに後ろの窓ガラスが無い車も見る(割られて)。そこが出入り口になる。もちろん窓も出入り口。狂気!  
いろいろと考えた末 奴らはこういうことが好きなのだ と言う結論に達した。 バスのとび乗り降りも好きなようだ。感心するほどにうまい。

   
 【バス車内には車掌がいて 客が乗り込むと満員の客の間をかき分けて料金を回収しにやって来る。私はいつも後ろに乗っていた。時計もそこでやられた。】



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エジプト7

2022年01月18日 | 日記
2月14日(火)

朝の11時半発の汽車に乗るため9時頃に起きてメシを食いに行った。
10時半に駅に切符を買いに行ったが15分ほど手こずり残り時間が少なくなってきた。
宿に帰って荷をまとめパスポートをもらってから宿を出ようとしたら なんと未だパスポートが戻ってきていないと言う。
(昨日夜遅くに来たので主人が今朝パスポートをポリスに持って行ってそのままになっていたのだ)
そんなあほな!!「10時までには戻ってくる」と昨日言っていたのに。 実際 汽車の時間まであと20分程しかなかった。
最初は宿のジジイもどんと構えていたが我々が本気で怒っているのを見てオロオロしはじめ 近くにいた若僧を呼んで
「ポリスまで行ってもらってこい」と伝えよった。俺とカメさんが一緒に付いて行くことになり早足で歩いて行った。
が なんとこのガキ officeの場所も知らず道で人に聞いては歩いているのだ。泣きたかった。タクシーも停まらず。
歩いて12~3分の所にポリスはあった。早速 訳を話し「パスポートを返して欲しいのだが」と受付のオヤジに言ったところ
5分ほど待たされててやっと手元に戻ってきた。なんと我々が行くまで何も書いていなかったらしいのだ。呆れた。 
ホテルまで走って帰り荷物を持って駅に向かった。駅に着いてから切符を再確認したら なんと こいつが明日の切符。
これは今朝 カメさんがまとめて買ったのだが ちゃんと「本日のやつをくれ」と言ったのに間違いやがって。
文句を言いに行ったら「とにかく汽車に乗って空いている席に座れ」とのこと。(全席指定) 
もう汽車はホームに入っていたので急いで飛び乗った。 なんやかんやで3人ともバラバラになって座ることができた。
今日はエジプトでのイライラが頂点に達したようであった。

カイロのユースホステルには6時頃に着いた。
俺のカードは有効期限切れであったがエジプトのYHはそんなことも気に掛けていないようなので泊まることができた。
(本来 カードが無くては泊まれない。カード代9US$ カゲ氏はエジプトだけYHに泊まるためにわざわざカードを作ったのだった。)
YHでマドリ―のロスクアトロにいた賑やか3人組のアカ氏に再会した。
カナリアに行った後モロッコに入り2月の初めにカサブランカからカイロまで飛んできたらしい。金ある~。
あとの二人とはカイロで別れて彼らはアテネまで飛んで行ったらしい。アカ氏はあと数日でシリアに飛ぶと言っていた。
数ヶ月後にドイツに帰ってYHのバイトを続けなくてはならないらしい。

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2月15日(水)

2回目のカイロ博物館。75ピアストル+ミイラ室25ピアストル。 歩き疲れた。座像の良いのがあった。
帰りのバスで時計を盗られた。 ・・・が3分後に戻ってきた。信じられん。


   【懐中時計をジーパンの右の小さいポケットに入れていた。紐をベルト通しに繋ぎ 目立たないように紐もポケットに
    押し込んでいたのだが どうも超満員のパスの中で紐と時計がポケットから飛び出して垂れ下がっていたようだ。
    座席にいた奴がそれを見てライターで時計のボウ(輪)に通していた紐を焼き切ったのだと思う。
    たまたま一緒に乗っていたイランの大学に通っている日本人女性がバスから降りたときに私の腰のあたりから
    紐だけ垂れ下がってるのを見つけて教えてくれた。
    私はは慌ててその人に「アラビア語で時計はなんと言うのか?」と聞いたところ「ソワト」だと教えてくれたので
    動き出しているバスに再び飛び乗って(ドアはいつでも開けっ放し あるいは無い)大声で叫んだ。 
    「ソワト!ソワト!俺のソワトが盗られたんや!!」と日本語でまくし立てたところ 数人の乗客が「ソワト ソワト」と
    言い始めてしばらくしてから後ろのほうから人伝いにして俺の時計が戻ってきたのだった。 各人に感謝。】

   

    これがその時計で今も狂うことなく元気に動いている(手巻だから使う時だけリューズを巻くと2日程動く)。
    紐もその時の物で応急修理をしたままになっている。

    

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エジプト6

2022年01月07日 | 日記
2月11日(土)

午後2時のバスで約3キロ離れたcastleまで行った。城と言っても土のレンガで作った低い塔が一本建っていて そのまわりが集落になっているだけ。
子供が案内してくれて塔のてっぺんまで登ることができた。上の窓から顔を出して写真を撮ったりしていたら下の民家から「ハロー ハロー」と
言う子供や大人たちの声。こちらも応対して大声をあげていたら遠くのほうの民家のベランダからも「ハロー!」殿様か王様になったみたい。
下に降りると子供が30人ぐらい寄ってきて路地は砂煙もうもう。
18歳ぐらいの若い奴が「こっちに来ないか」と言うので付いて行ったらむしろ(美しい)を編んでいるおっさんの所に連れて行ってくれた。
茶を飲んだりいろいろと話をした。次に土器を作っているところに連れて行かれた。何の変哲もない土器群ではあるが美しい仕上げである。

帰りのバスの時間が5時だと言っていたのでそれまでに道に出て待っていたがやって来ないので歩いて帰ることになった。30キロを。
5キロほど歩いたところでやっと車がやってきたので停めて乗せてもらった。夕日はとっくに沈んでいたが地平線はまだまだ明るい。
車には学校の先生たちが6人ほど乗っていた。途中 民家によって茶を飲んだ。約1時間走ってダッハラに着いた。
先生の給料 月に24ポンド(エジプト) 約1万円。

   

   

   

   

   

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2月12日(日)

明日ここを出ることにした。今日は午前中までゆっくりしていて夕方近くになってから動き出した。
俺とカメさんは風呂へ。カゲ氏は湖の向こうの砂漠に向かった。俺は30分ほどで切り上げ 湯の中にカメさんを残してすぐ近くに迫っている
沙漠を通って村まで帰ることにした。 すごいすごい! 砂丘に登ってみるとずっと向こうまで続いているのが見える。
砂は足が15センチ程めり込むところもあればあまり沈まないところもある。風紋ができているところがめり込まないようだ。曲線美も素晴らしい。
45分ぐらい歩いていると陽が沈んでしまった。これがまたすごい。到底文字では表せないぐらいに美しい。


   


陽が沈んでもまだ辺りは明るく月が白く浮かんでいる。一番星を見ながら歩いていたら握りこぶし3つぐらいの鉄鉱石を蹴ってしまい
親指の端から血がタラタラ。すでに砂丘の外れの荒れ地に入っていたので傷口に砂が入って来なくてよかった。

   

   

   

   

   

   

  

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2月13日(月)

朝8時半のバスは40分遅れて出発。4時間掛かってエルカルジャオアシスまで。そこで3時間も必要以上に休憩させられ 
また4時間ほど乗ってアシュートへ。夜汽車が無かったので一泊することになり駅前のホテルに荷を下ろした。50ピアストル。
3人で飯を食いに行ったがカゲ氏は昨日から具合が悪くて茶を飲んだだけでバナナを買って先に帰った。
俺とカメさんは食事を済ませて街をぶらついてから宿に帰ってみるとカゲ氏はもうすでにシュラフに入って寝ていた。 
なんとなくその枕もとをのぞいてみたら・・・  !!南京虫発見!!  そこでカゲ氏が起き上がってみると・・・
おるわおるわ シーツの上を体めがけて進んでいる虫どもは10匹を下らない。早速 部屋を変ることにしたが案内された所にも虫の死骸が。
とうとう宿を変ることになった。まだ金を払っていなかったのですぐに引き払うことができた。
夜も11時を回っていたので2軒訪ねたがコンプリートであった。そこの主に安ホテルを教えてもらい行ってみたところ一人30ピアストルで
4人部屋のわりとマシな部屋に寝ることができた。
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エジプト5

2021年12月28日 | 日記
2月7日(火)
ポリスに行って外国人登録をした。早速 洗濯とシャワー。頭に砂埃がすごい。3人とも何をすることも無し 宿にて読書。

   

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2月8日(水)

今日は温泉に行く予定であったが志気上がらず再び宿で読書。
昨日から夜は自炊をしているのだ。野菜の煮込みとク-ブス(砂が混じったようなまずいパン =1枚0.5 pi)
トマト1キロ7pi(1ピアストル=約4円) じゃが10 pi ニンニク200グラムぐらい1 pi ネギは畑に行ったらオヤジがタダでくれた。(昨日の話)
今日の午後は体の調子が悪かった。ゲリである。夕食時も胃にガスがたまって膨満感で食うことができなくて損をした。


   【「クーブス」は円くて薄っぺらいパン。インドのチャパティよりまだ薄い。 
   「砂が混じったような・・・」  「砂」とはもちろん食物のことで 何かのごく小さな砂状の粒(実)が入っていると言う意味だが
    エジプトの方に失礼な表現であることをお詫びする。】

   
   

   

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2月9日(木)

午前中に温泉に出向いた。2キロほど歩いて行った畑の真ん中にあり不思議な感じ。コンクリートで湯舟が造ってあり
40度ぐらいの湯が管を通って流れ込んでいる。イオウ 鉄分を含んでいる。
西洋人の男一人と女二人が上がって帰り支度をしているところであった。女二人は水着を着ていたが
アラブの若い衆は夢を見ているような目つき(でもないが)でそれをじっと眺め続けていた。刺激が強いと思うがね。
カゲ氏とカメさんはパンツをはいて入ったが俺は裸になって入った。気持ちが最高に良かったね。明日も来るぞ。

   【温泉は文字通りの露天風呂である】

   

   

   

   

   

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2月10日(金)

今日は道を変え砂漠を越えて行った。砂を採集。
風呂には人が多かったので今日はパンツをはいたまま入ったら上がる頃にはパンツが真っ黄っ黄になってしまった。
日光が強く背が焼けてヒリヒリする。夕焼けは最高。


   
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エジプト4

2021年12月23日 | 日記
2月3日(金)

朝8時半の汽車でAswanまで。カゲ氏 カメさんと一緒である。汽車は二等 窓ガラス付き。
エジプトの汽車できれいなのはエアコン付きリクライニング式の車両だけである。あとの二等 三等などは全く酷い。乗り物とは思えない。
ガラス無し 電灯無し 便所は見ることもできないほど汚れているし床は掃除しないのでゴミやサトウキビの食ったカスが散らかっている。
手を加えなければ壊れないはずのところが多数破壊されている。こいつらの愚かさを思い知る。
全くパーとしか言いようがない。アラーの教えに問題があるのか。

昼過ぎ着。早速YHに行ったがFullで断られた。ホテルを探さなくてはならなくなった。YHで安い所を聞いていたので行ってみたがどこも満室。
そうか 今日は休日であった。それに今はどうも観光シーズンらしいのだ。
10軒以上あたってようやく二人部屋にもう一つベッド加えて寝ることができる部屋を見つけて泊まることにした。40ピアストル。
がしかし電気が来ていないらしい。ひどい所である。
夕方 エジプトエア―に行って明後日のアブシンベル行きの飛行機を予約した。
飛行機代22.7ポンド バス代往復で2ポンド 入場料2ポンドの締めて26.7ポンドかかる。高い 40$弱である。
夜 カゲ氏と二人で映画館へ行った。アメリカ映画。17.5ピアストル。

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2月4日(土)

昼の汽車でアスワンハイダムまで行った。汽車がかなり遅れていたのでその間にガキどもがやって来ていろいろと質問攻めにあった。
だが 聞くことはと言えば決まって「What’s your name?」。 それと「カラテ! ヤァ!」
アホなんかと言いたい。もっと他に聞くことないんか。大人までガキの延長である。
相変わらずの汽車に乗って着いたところは地の果てか。 ハイダムは大したことがなかったが景色が良かったね。

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2月5日(日)

朝5時過ぎに起き20分歩いてエジプトエア―のオフィス前まで行った。会社のバスに揺られ空港まで。
本当は一人1ポンド取られるはずであったがなぜか取られなかった。飛行機 約40分でアブシンベルまで。
砂漠をひとっ飛びして着いたところもまた砂漠の中。そこからバスで神殿まで(これはタダ)。
入場料1.5ポンド ガイド料50ピアストル 計2ポンド。高い。
神殿の中の壁絵(彫刻)は大したことはないが大神殿のラムセス2世の四体の巨像はすごい。
約2時間滞在して再びバスで空港そしてアスワンまで。これで40ドル弱である。ボロいなー。

夕方4時過ぎの汽車に乗ってアシュートまで。汽車の窓が開けられないほど外は埃っぽい。
することが無かったの俺の提案で3人で歌を歌うことにした。順番に1曲ずつ歌い100曲になるまで歌い続けた。約4時間ぐらいかかっただろうか。

   

   

   

   

   

   

   

   

   
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2月6日(月)

アシュートに着いたのは朝の4時。
昨日のナスビのサンドイッチが悪かったのかトマトがだめだったのか駅に着くなりトマトを吐いてしまった。

7時のバスでグレートオアシスまで。約4時間 1.25ポンド。2時間半待ってダッハラオアシス行きのバスに乗った。やはり4時間ほど。
砂漠また砂漠。道路はあるのだが徐々に砂が押し寄せてきて道を覆ってしまい通行不能になるので新たなう回路を作っていた部分が何カ所もあった。
バスが町に着くや否やガキどもが集まってきた。早速ロカンダの場所を教えてもらった。このオアシスには1軒しかないのだ。
初日 28ピアストル。安い。 が次の日からは25ピアストルになった。
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エジプト3

2021年12月11日 | 日記
2月1日(水)

昨晩 3人で街をぶらついていたらタケ氏に再会。彼は今ホテルに泊まっていて明日YHに来ると言っていた。早朝8時ごろに来たようであった。
今日は俺とタケ氏が一緒に川向うに行くことになった。カゲ氏とカメさんはカルナックへ。 
渡し船の10piはイタイのでうまい具合にタダで乗り込むことができた(往復とも)。
今日は王家の谷(1ポンド)とDeir Al Bahli(ハトシェウプスト女王葬祭殿)50ピアストル。
ツタンカーメン王の墓は全く小さく如何に力が小さかったかと言うことが良くわかる。
セティ王の墓は地下奥深くにあった。壁画がすごい。まだ完成されていないものもあったようだ。
今夜は4人で野菜を買ってきて自炊をすることになった。玉ネギ1キロ50pi ジャガイモ10 pi トマト5pi
人参小4本3pi 青【不明】1 pi パン16個16 pi 計37 piで2日分。YHのガスが切れてしまったので
我々のキャンピングガスを使わねばならなくなった。 結果 皆満足。腹いっぱい食えた。


   

   

   

   

   

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2月2日(木)

俺とタケ氏はカルナック神殿とルクソール神殿へ。
カルナックへ行く途中にガキたちが寄ってきて我々に裏道を教えてくれたおかげで75 piを払わずに済んだ。
ここは神殿としては世界一の広さらしい。柱やなんかがいっぱい残っている。
ルクソール神殿のほうは50 piを払って入った。あまりたいしたことはない。ラムセス2世の顔が付いた像が並んでいる。力があったのだろう。
今晩 2階で自炊しようとして部屋に入ってガスを点けようとしたら下から男が飛んできて「もう少ししかないので使わんといて」と言ってきた。
昨日は「全くないねん」と言ってきたくせに。畜生!結局ガスを使わせない気なのか。 またキャンピングガスで煮た。 玉子1個 3 pi(約12円)

   
   
   
   
   

   

   

   

   

   


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エジプト2

2021年12月02日 | 日記
1月30日(月)

昨晩は あまり眠ることができなかった。今朝 どうしても5時半までに起きなくてはならなかったからだ。
寝る前にコーヒーを飲んだのが悪かったのか。幻覚を見ているようであった。
まだ暗いうちにYH を出て95番のバスで駅まで。列車は定刻に出発。 すごい 座り心地がサイコー。リクライニング。エアコン付き。
列車はナイルに沿って南下。ほとんど直線である。 景色はカイロの郊外からルクソールまで全く変わらず。
河の両岸をヤシのような植物(背が高い 15メートルぐらい)が挟み その向こうには田や畑が。遠くには砂漠が少しだけ顔を見せ断崖を持った丘(山)が続いている。
単調そのもの。カゲ氏に本を貸してもらってよかった。なんとかヒマをつぶすことができた。

午後3時頃 横に座っていた少年が話しかけてきた。彼らは家族四人連れ。カイロに住んでいて旅行でルクソール行くところであった。
少年 16~18歳ぐらい 兄貴22~23歳ぐらいでカイロの大学で医学を学んでいるそうだ。ミンチのサンドイッチを三つももらった。腹いっぱい。
夕方7時ごろに着いた。早速 YH に行ったらカゲ氏とカメさんがいた。彼らは昨日着いて 昨晩は駅前のホテルに泊まっていたらしいのだが
団体が来ると言うことで追い出されたのだ。
ルクソールは物価高。さすが観光地。サンドイッチはカイロのより少し大きいが5ピアストルもするのだ。どこでもツーリストプライスである。

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1月31日(火)

カゲ氏 カメさんと俺の3人でYHの自転車を借りて川向うの遺跡群に出掛けた。貸自転車1日50ピアストル。高い。
ナイルを渡るのに渡し船を使うのだがたった5分ほど乗るだけなのに10piも取るのだ。地元民は1piなのに。腹が立ったのでタダで乗り込んでやった。

ラムセス3世の神殿は50piだが門番がいなくてタダ。ここは良かった。塔門も立派。王妃の谷+墓は全くしょうもない。25 pi。
ラムセウム2世の神殿には裏から入ったのだが中で係員に見つかり50 pi払わされた。
Tombs of the Noblesは穴が五つあったのだが時間切れで四つしか入れなかった。ここも実は75piするのだが俺はメジナのところで券を拾ったのでタダで入ることができた。
Luxorは昼間の3時間程だけ暑く あとは涼しい。 すごく埃っぽく喉をやられた。 風邪をひいたみたい。


   

   

   

   

   

   


 レリーフの彫り方 三種  
   

   

   


 カゲ氏(右)とカメさん  皆なぜか手を挙げてしまう
   

   

  

   

  


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エジプト1

2021年11月21日 | 日記
1月27日(金)

今朝 カゲ氏とカメさんに再会し一緒に駅まで来た。駅で学割証を発行してもらい30日のルクソール行きを買った。2.5ポンド(Po) 2ndクラス。
彼らは29日の昼のヤツを買った。その後 カメさんはピラミッドに行き俺とカゲ氏はインフォメに行った後二人で映画を見てしまった。
本当はアメリカのポリスの映画を見たかったのだが それは次回で今日はエジプト製のメロドラマであった。もっともそれは切符を買った後で
わかったことなのだが・・・。37ピアストル(Pi)で中の席。安い席は27 Piだったがなぜか高いほうの席を買わされた。
どうせつまらんだろうなとタカをくくっていたのだが終わりのほうになってだんだんと良くなってきたのでまあまあ満足して観ることができた。

   【1ポンド=400円 1ピアストル=4円 1ドル=68.7ピアストル】

   【下はエジプトの数字。 何から何までローマ数字が使われていないのでこれを頭に入れておかないと大変なことになる。】

   

   

   

   【左が5ピアストル(直径18ミリ 厚さ1.1ミリ)で右が10ピアストル(21ミリ 1.2ミリ)
   日本に帰ってから首にぶら下げるために穴を穿ってチェーンを通した。若気の至り 良い子は真似をしないで!】

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1月28日(土)

今日はギゼーに行ってピラミッドに登る予定であったがカゲ氏とカメさんと一緒にサッカラまで行くことになった。
ラクダ2頭 馬1頭(3 Po x2+4 Po x1)+ガイド代1 Po。行きは3時間半程かかりサッカラに1時間いて帰りは3時間かかった。
俺は 行きはラクダ(中) 帰りはラクダ(大)と馬。ラクダは歩いているときはあまり乗り心地がよくないが小走りになると楽なのだ。
馬はその反対。最後のほうのアスファルトの道では馬の扱いに慣れてきて面白かった。尻が痛い。

   【帰りの乗馬では『パカッパカッ』と結構なスピード調子よく走ることができた。落馬したら大ケガをするぐらいの。】


   

   

   

   【最後の一本 カラーフィルムはコダックのエクタクローム(ポジフィルム=カラースライドになる)。
   これもディジカメで複写しているので歪んでいたり色がどぎつかったりしている(スライドマウントのまま透過光で複写)。
   因みにこれまでのカラー写真はアルバムに貼ったサービスサイズのプリントをカメラで手持ちで複写したものなので
   色が褪せていて加工調整するのに苦労した。】 

   

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1月29日(日)

朝 起きるのが辛かった。背筋 太腿 腕 腹の筋肉が激しく痛む。素早く歩くことができない。
カゲ氏とカメさんが12時の汽車でLUXORまで行くのでどんな汽車なのかを見るために俺も一緒に駅まで行った。すごい!新幹線のような座席だ。
これに11時間乗って2.5 Po (1000円)とは安い!(二等 学割)。
インフォメ近くのエジプトエア―に行って出国の飛行機の予約をした。2月25日にビザが切れるので24日のヤツで飛びたかったが既に満席でダメだった。
結局 21日の朝8時半の便になった。またカイロに戻ってきたときに24日のをあたってみるつもり。
1時過ぎにカイロ博物館に行った(75 Pi)。大きい。棺や石像などが雑然と置いてある。まるで倉庫のようだ。
黄金の装飾品やなんかもいっぱいあり過ぎてとてもじゃないが半日やそこらではすべて見ることができなぐらいに広大で且つ展示品の数が多い。
博物館の中でタケ氏と再会した。
「タケ氏」とはマドリ―のロスクアトロの会の長の人である。中東を回った後 またアテネに入り2日程前にエジプトに来たらしい。
YH の会員証が無く駅前のホテルに1.3 Poで泊まっているらしい。

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ギリシャ5

2021年11月14日 | 日記
1月22日(日)

今日は久しぶりに天気が良い。アクロポリスに行った。日曜でタダ。
アクロポリスの案内とそのパノラマ地図が付いたガイドブックを50Drで買った。(日本語)
記念写真屋がいたので見ていたら なんと奴らはまずネガプリントを作ってからそれをまた撮り直して陽画を作るのだ。
暗箱(カメラ)の中で現像をやってしまうのだ。 中に液が入っている。

 
      

   

   

   

   

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1月23日(月)

朝早く起きて(8時過ぎ)シャワーを浴びた。頭を洗う段になって湯がだんだんと水になってきた。参った。
今日はタイのビザを取った(250 Dr)。3カ月以内に入らなければならない。4月23日までに。
飛行機 カイロまで13300 Dr US$で371$強。
ヤバイことになった。持っているID カードでは航空券が学割にならないと言うのだ。本物でないと。
俺は見せていないがハウスのほうに泊まっているカゲ氏の友人のキム氏も俺と同じものを持っているのだがダメだったらしい。対策を・・・。
カゲ氏は明日エジプトに向けて出発。また会うかも。

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1月24日(火)

朝 学生証を作り直すためにHOSTに行ったらカゲ氏とキム氏に会った。昨日切符を受け取って出発まで数時間らしい。
在学証明書があったので簡単に取ることができたのでついでに切符も買うことにした。
最近ドルが悪くなってきた。19日頃が最高に良くて1ドル35.95 Drぐらい。あとはずっと下がりっぱなし。
今日はなんと1ドル35.74 Drぐらいであった。170$換えて13225 Drだったか。
木曜26日に飛ぶことにした。 夕方7時。


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1月25日(水)

昨日は映画を4本も見た。金が余っていたのだ。2本で50 Dr。全くしょうもないものばっかし。あきれた。
今日は大作の「遠すぎた橋」を見たが言葉が分からず(英語)参った。画面は迫力満点であったが。
映画を見る前2時ごろ 通りでばったりデイ君に再会。プラカのほうまで茶を飲みに行った。
ベニスで別れた後ミラノに行って3万円やられたらしい。女5人組で商品を売りに来たふりをしてうまくやったらしいのだ。3万はイタイぜ。

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1月26日(木)

いよいよヨーロッパも今日限り。ちょっと長く居過ぎたか。
飛行機はPM 7時発。午後3時 ツキ氏と挨拶を交わし出発した。空港までバスで27 Dr。高い。
出国税で40 Dr取られると思って残していたが空港で聞いたところいらないらしいので切手とハガキ5枚買い日本にハガキを書いた
(あさぎ ヤマグチ ミヤザワ カタブチ アラカワ)。
出国ロビーで5枚目(アラカワ)を書いていたら急にオッサンが「カイロ!カイロ!」と叫んで乗客を呼んでいたので書くのを途中でやめ
ボディチェックの場所で再び書いたのだがシッチャカメッチャカになってしまった。すまんアラカワ。
飛行機はもう来ていたらしいのだ。掲示板にはボーディングの合図もなかったのでゆっくりしていたのだが。
カイロには9時過ぎに着いた。やっぱり150$換金させられた。ちくしょう。さっそく400番でタハリールsqまで。
そこから8番でYHの近くまで。YH には10時半ごろに着いた。ぎりぎり。


  【アテネの空港で出国ロビーを歩いていたら後方から私服の警官二人がやって来て俺の胸ポケットに入れていた小さいナイフと
   アーミーナイフを出せと言う。一瞬 「没収されてしまうのか」と不安になった。
   カイロに着いたら返すと言うが気安く信用するわけにもいかずしばらく渋っていたが 飛行機に乗ることが出来なくなると困るので
   「着いたらぜったいに返してよ」と念を押してナイフを差し出した。
   機内で私の席は後ろから2列目の通路側で その警官二人は通路を挟んだ斜め後ろの最後列に座ってカイロに着くまで私を監視していた。
   人相 悪かったのかな? もちろんカイロでナイフは返してもらったのだが。】
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ギリシャ4

2021年11月02日 | 日記
1月18日(水)

早速 朝 宿を移った。
午後 昨日の皆(カゲ氏 ウチ氏 イナ氏 カメさん)で芸大のメンザに行く途中 なんとリスボンのYHで一緒だった〇氏とばったり再会。
モロッコ→アルジェリアに成功しマルセイユ ナポリ パトラスそしてアテネと入ってきたらしい。一緒にメンザに行った。
彼は今90Drの部屋に泊まっているらしくて2日後ぐらいに俺の「FOTIS HOUSE」に来ると言っていた。

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1月19日(木)

考古学博物館に行った。
ミケーネの遺跡からの出土品(主に王の装飾品など)やその他。土器や銅器 人形 彫刻 壁画などなどたくさん。見て回るのに疲れてしまった。
アテネに入ってから昼間や夕方に雨がパラつくことが多くなった。だから常にポンチョを持っていなくてはならない。

カネの都合によりエジプト インドに寄って帰ることになった。アテネ→バンコク直行270$ぐらい。アテネ→カイロ→ボンベイ→バンコックで370$ぐらい。
エジプト インド タイ それぞれ一か月ぐらい滞在できる計算。早速 明日エジプトのビザを取らなくては。金曜日は1日で取ることができる。
すでにエジプトに行ってきたウチ氏とイナ氏からいろいろと話を聞いた。カゲ氏からは『アジアを歩く』を1日だけ借りた。
今日の午前中 エジプトエアーに行って「何かパンフレットはないかいな」と聞いたら「ない」と返って来たのだが 目の前にあった数冊のパンフレットを指して
「これはタダか?」と聞くと めんどくさそうに「持ってけ」と言ったのでいっぱいもらってきた。


   

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1月20日(金)

朝10時にエジプト大使館に行った。申請書に書き込んだ後 順番を待って申請を受け付けるところに入っていくのだが その一歩手前でボディチェック。
俺は小型のナイフとアーミーナイフをズボンのポケットに入れていたが幸い係員の手に当たらなかったらしくOKであった。が ちょっとビビったね。
ビザは午後の2時半に下りるらしい。
あと3ヶ月の旅に不要な荷物を日本に送ることにして郵便局に行った。革のジャンパーやシーツなど適当にまとめて持って行ったらジャスト3キロ。
包装は郵便局でしてくれた。347Dr 10ドル弱 船便。印刷物をまとめたら910グラムあって これは42.5Dr 船。これで少しは荷が軽くなったぜ。
前は18キロぐらいあった。日本を出る時は9.5キロ。

《買ったもの》  
adidasの靴 革の小さい鞄とベルト 南京錠 サインペン キャンピングガス(ボンベと) 革ジャンパー モロッコ石 羽毛服 
アーミーナイフ 小ナイフ 大ナイフ トランプ ポンチョ 水筒 スゥイベルフック エジプトの香水 ノート類 他 

《手に入れたもの》
トルコ風呂の布 スプーンとフォークとナイフが一体になったもの

《日本に送ったもの》
撮影済のフィルム28本 本類(ガイドブック 六か国語会話集 独英辞書)パンフレット 革のジャンパー スリーピングシーツ 他こまかいものなど


午後 オリンピックのスタジアムへ行って一周400メートルのトラックを二周もしてしまった。一周目から本気。1分で一周。
二周目は走らなくても良かったのだが一周目がこたえたのですぐに止まるのも良くないと思いジョギングに。あまりしんどくなかった。
ウチ氏 イスタンブールに向けて出発。


   【アテネのパナシナイコスタジアムは1895年に近代オリンピックが初めて開催された場所で 
    正しくは一周は330メートルで 建設されたのは驚くなかれ紀元前329年。】

  

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1月21日(土)

コレラ予防の注射を打った(無料)。夜になって腕の傷みが激し。
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