僕の細道

となりの山劇】第65話

<樽見鉄道に乗った の巻、その4>

 昨日の樽見駅で見たときから想像はしてたが、その5両編成の車内はがらがら。1両に10人も乗っていない。やっぱり桜のシーズンが過ぎればこんなものかな。私らは2人掛けシートをひっくり返して4人ボックスをつくり、それと同じものを通路を挟んだ反対側にもつくり、1家族で左右8シートを占領してしまった。文句を言う人は誰もいない。

 実は、このオハ14という車両には初めて乗るのです。そもそも客車に乗ること自体がむっちゃ久しぶり。以前に乗った記憶があるのは確か今から25年くらい前かな。中央本線で中津川から先がまだ電化されていなかった頃、家族旅行で木曽福島へ行った時に、中津川からSLで牽引された客車に乗った事があるのが最後だと思う。

 その頃の写真によると、中津川や木曽福島にはSL用の車庫があって、石炭を補給する機械がはっきりと写っている。私が記憶しているのはそこまでだが、母の証言によれば、かつては名古屋駅から中津川駅も電化されていなくて、鶴舞の高架にSLが走っていたらしい。何時の話やら。

 という事で、こういった走行用動力がついていない客車というモノに正直乗ってみたかったのです。とはいっても、名古屋近郊ではすでに殆どが電化されていて、客車自体が運行されていないし、客車が運行されている所は遠いローカル線しかない。最近では団体用ですら運行するのはまれではなかろうか。多分一生乗れないだろうな。などと考えていたら、なんとすぐ近くに走ってたんだね。

 見つけたのは偶然だった。子供らよりもむしろ私自身の方が興奮していた。でも、そんな事をカミさんには悟られるのは不味い。終始何気ない顔をしていたつもりだが、口元や目じりが緩んでくるのが自分でもわかるのである。

 発車の時刻が来た。音もしないまま扉が閉まり、列車は何の衝撃も音も無いまま静かに動きだした。発車のアナウンスやベルや汽笛音も聞こえなかった。

 速度は、はっきり言って遅い。せいぜい時速60キロくらいではないだろうか。なにしろ踏切待ちしている車の運転手とじゃんけんでも出来そうなくらい遅い。この速度は最初だけかなと思ったら、とうとう終点の樽見駅までずーっとこの速度だった。

 列車は大垣駅を発車するとまず、東大垣という小さな駅でレールバスとの擦れ違いのために停車。次に東大垣駅を出発すると長い揖斐川の鉄橋をゆっくりとした速度で進んだ。そこから暫くはカキ畑が拡がるだけののどかな平野部をのんびりと走ってゆく。

 ウォータースライダーがある糸貫プールの横を通過し、本巣を過ぎた辺りでやっと平野部が途切れ、列車は山間部に入る。ここからが樽見鉄道のハイライトである。
 本巣から谷汲口の区間は、根尾川を挟んで反対側には名鉄谷汲線が走っている。運がいいと赤もしくは白のこれまた年代物の車両を見ることができる。今日はそこに510型という白い電車が走っていた。

 別に鉄っちゃんでもない私がなーんでこんな事を知っているかというと、今年の正月に谷汲へ初詣でに行った際、たまたまあの電車に乗り、そこがたまたま最後部だったので、暇つぶしにいろいろ眺めていたのです。その時、車両の銘板を見ていて、その形式番号を覚えていたのでした。

次号に続く


copyright by<山ひげ>無断転載掲載を禁じます
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「胃次元」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
1998年
1997年
1996年
人気記事