おはようがんす
田舎は何でも旧暦で年中行事が行われる
お盆もそうだが八月の行事も全てそうだ。八月は色々な行事が重なる
一日は、釜の口開け、と言って、地獄の釜の口が開いて地獄に落ちた人達も一年に一度は故郷へ帰れる日だ
我家では万能の神様で、万能の救世主である。大日如来様の境内をお掃除する日だ
毎年変わりなくそうした事をしている、それが継続できると言う事が平穏無事の日々が続くと言う事だ
多少はくさがはえて居るが、今年は除草剤がきいているので助かる
十三佛様方向からの図。
除草終了
こうして釜の口開けの行事が終わり今度は七夕様だ
今年の新竹を切ってきて枝や葉を整えて短冊がつるせるようにしておく
そして紙の裁断機で短冊を作る。色紙を半分に裁断して、つるし元を作って書く
どんなに拙くても良いのだ思いつく事を書く。星や天体の事、家族や社員の健康祈願、ご先祖様の事等
思いつくままに書きなぐる
そうした事を継続して行うところに安寧、平穏、無事、といった祈りが込められているのだ
祈りなど糞の役にも立たないと思う事も有ろうが、愈愈最後の時の神頼みと言う事がある
いろがみで作った、紙鎖は牽牛と織女を繋ぐ、七夕の必須アイテムだ
昔は吊元の細い部分を子よりにしてしばったものだが、今は笹の葉にホチキスで止めてしまい手を抜いている
大分釣り下がった、もうこのくらいでよろしいかと思う
質素な極めてシンプルな七夕だ
此れが今年の七夕だ、毎年このほかに外飾りの祭壇を設置して、ご供物を進ぜるのだが、遠雷がしていて
様子がおかしい、雷雨に合わないうちに終了したいと思い祭壇は今年は抜きにした
手抜きと言えば手抜きであるが、神様にお許しを頂くようにお願いをして終了だ
こうして七日の午後には近くの川に七夕流しをする。川に引っ掛からないように竿を細かく切断して流すの
が通例だ。いろいろな行事を段段こなして一年が終わり、一年が無事にすんで年を取る
此れこそが究極の幸せなのではないだろうか
そんじゃあ又話すべえ
遊童子
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