こんばんは。お久しぶりです。毎回ブログの書き出しが「お久しぶりです」となっていてすみません。
どうにも私生活が忙しく、なかなかブログを開く機会に恵まれず…高校生のときは通学する電車の中で、しかもスマートフォンでそれなりの長さのブログを書いていたのですが、今はパソコンの方が早いので、パソコンを開くという一手間を惜しんだ結果久しぶりの更新が続いている…といったような状態です。
ちなみに4月の末ごろに初めてコロナにかかりました。
周囲に感染した人はいなかったのですが、直前までとても忙しくしていたのでおそらくそのせいだと思います。
ひどい倦怠感に苦しめられ、お風呂に入るのすらやっとという状態だったのですが、後遺症というほど引きずることなく日常生活を送ることができています。
また、5月に入ってから近しい人を2人立て続けに亡くすという悲しい出来事もあり、相変わらず忙しい日々を送っています。
さてこれも最近の傾向ですが、何かことが起こった時にブログを更新するようになってきています。
今回も例によってことが起こったからなのですが、その理由はタイトルに書いてある通りです。
数日前、勇気を振り絞って呼吸器内科を受診したところ、高確率で喘息だという診断を受けました。
正直、小学生の頃から花火や湯気、液体の制汗剤を吸い込むと激しい咳が急に出ていたこと、中1の秋と中3の春に喘鳴とも言える症状(息苦しさで目が覚め胸からキューキュー音がする、仰向けが苦しい、ゼーゼー音がする)を経験していたこと、喘息と診断は下りていないまでも気管支の弱い家系であったことなどから、喘息だと言われることに一種の覚悟のようなものをしていました。
今回は春先から夜中に目が覚めて咳が出ること、舞台を観に行っても咳を必死で我慢するために集中できない時間が生まれることを理由に受診しました。
大したことでは無いけれど、なんとなく困っているという程度の症状での受診だったので、おそらく一番辛かったであろう中学時代の頃と比較すると落ち着いた状態での受診だったと思います。
なんとも無いならそれでいいかな、という気持ちで受診したのですが…。
まずは問診の段階で、今の私の症状に一番当てはまるのは喘息では無いかという話がありました。
ただ喘息と診断するためには肺炎や結核といった他の疾患を除外する必要があるため、まずはレントゲンとCTを撮り、呼吸器の検査(後からNO検査と判明)、血液検査を受けるように指示されました。
検査を終えて診察室に入ると喘息についてのパンフレットが置いてあり、そこでなんとなく察しました。
血液検査の結果は出るまでに時間がかかるということでしたが、CTを見る限りでは気管支が腫れて狭くなっていること、NO検査で確定とはいかないが喘息の可能性が高い数値であったことを伝えられました。
ここまでの段階で「血液検査の結果次第なところもあるが、おそらく喘息なので、今日からもう喘息の治療を始める。治療すると比較的早期にNOの数値も下がっていくと思う」と告げられました。
先ほども書いた通り、ある程度の覚悟をして受診していたので大きな動揺はなかったつもりです。
でも診察室でパンフレットを見つけたときにはなんとも言えないショックのような感情が襲ってきました。
あ、やっぱりそうなんだな。喘息だったんだな。という言葉が浮かんできただけで、あてはまる感情を表す言葉は見つけられていませんが、やはりドキッとしました。
早速吸入治療がスタートし、苦い吸入薬と悪戦苦闘する毎日です。
明確な症状があまり無い今で診断されるなら、中学生の時の私はやっぱり辛かったんだということを実感しました。
そしてそんな自分に対して少し悲しい気持ちになっています。
あんまり無理せずに早く治療をスタートしていれば、こんなに不安な気持ちにならずに済んだのだと思うと複雑です。
状態の良くない気管支を放置していたせいで今も腫れているのだと思うと、もっと早く誰かに相談すべきだったなと反省する気持ちもあります。
ただ、病名がついて治療がスタートしたので、やっと普通の人と同じ生活を送れるかもしれないという希望もあります。
すぐに息切れしない、咳も突然でない生活が送れることが楽しみです。
血液検査の結果もなんとなく過去のデータを考えると予想ができるので、喘息だと改めて宣告されるという覚悟をして次の外来に行こうと思います。
なんにせよ今は吸入がスタートしたところなので、苦いしむせるし大変ですが頑張ろうと思います。
どうにも私生活が忙しく、なかなかブログを開く機会に恵まれず…高校生のときは通学する電車の中で、しかもスマートフォンでそれなりの長さのブログを書いていたのですが、今はパソコンの方が早いので、パソコンを開くという一手間を惜しんだ結果久しぶりの更新が続いている…といったような状態です。
ちなみに4月の末ごろに初めてコロナにかかりました。
周囲に感染した人はいなかったのですが、直前までとても忙しくしていたのでおそらくそのせいだと思います。
ひどい倦怠感に苦しめられ、お風呂に入るのすらやっとという状態だったのですが、後遺症というほど引きずることなく日常生活を送ることができています。
また、5月に入ってから近しい人を2人立て続けに亡くすという悲しい出来事もあり、相変わらず忙しい日々を送っています。
さてこれも最近の傾向ですが、何かことが起こった時にブログを更新するようになってきています。
今回も例によってことが起こったからなのですが、その理由はタイトルに書いてある通りです。
数日前、勇気を振り絞って呼吸器内科を受診したところ、高確率で喘息だという診断を受けました。
正直、小学生の頃から花火や湯気、液体の制汗剤を吸い込むと激しい咳が急に出ていたこと、中1の秋と中3の春に喘鳴とも言える症状(息苦しさで目が覚め胸からキューキュー音がする、仰向けが苦しい、ゼーゼー音がする)を経験していたこと、喘息と診断は下りていないまでも気管支の弱い家系であったことなどから、喘息だと言われることに一種の覚悟のようなものをしていました。
今回は春先から夜中に目が覚めて咳が出ること、舞台を観に行っても咳を必死で我慢するために集中できない時間が生まれることを理由に受診しました。
大したことでは無いけれど、なんとなく困っているという程度の症状での受診だったので、おそらく一番辛かったであろう中学時代の頃と比較すると落ち着いた状態での受診だったと思います。
なんとも無いならそれでいいかな、という気持ちで受診したのですが…。
まずは問診の段階で、今の私の症状に一番当てはまるのは喘息では無いかという話がありました。
ただ喘息と診断するためには肺炎や結核といった他の疾患を除外する必要があるため、まずはレントゲンとCTを撮り、呼吸器の検査(後からNO検査と判明)、血液検査を受けるように指示されました。
検査を終えて診察室に入ると喘息についてのパンフレットが置いてあり、そこでなんとなく察しました。
血液検査の結果は出るまでに時間がかかるということでしたが、CTを見る限りでは気管支が腫れて狭くなっていること、NO検査で確定とはいかないが喘息の可能性が高い数値であったことを伝えられました。
ここまでの段階で「血液検査の結果次第なところもあるが、おそらく喘息なので、今日からもう喘息の治療を始める。治療すると比較的早期にNOの数値も下がっていくと思う」と告げられました。
先ほども書いた通り、ある程度の覚悟をして受診していたので大きな動揺はなかったつもりです。
でも診察室でパンフレットを見つけたときにはなんとも言えないショックのような感情が襲ってきました。
あ、やっぱりそうなんだな。喘息だったんだな。という言葉が浮かんできただけで、あてはまる感情を表す言葉は見つけられていませんが、やはりドキッとしました。
早速吸入治療がスタートし、苦い吸入薬と悪戦苦闘する毎日です。
明確な症状があまり無い今で診断されるなら、中学生の時の私はやっぱり辛かったんだということを実感しました。
そしてそんな自分に対して少し悲しい気持ちになっています。
あんまり無理せずに早く治療をスタートしていれば、こんなに不安な気持ちにならずに済んだのだと思うと複雑です。
状態の良くない気管支を放置していたせいで今も腫れているのだと思うと、もっと早く誰かに相談すべきだったなと反省する気持ちもあります。
ただ、病名がついて治療がスタートしたので、やっと普通の人と同じ生活を送れるかもしれないという希望もあります。
すぐに息切れしない、咳も突然でない生活が送れることが楽しみです。
血液検査の結果もなんとなく過去のデータを考えると予想ができるので、喘息だと改めて宣告されるという覚悟をして次の外来に行こうと思います。
なんにせよ今は吸入がスタートしたところなので、苦いしむせるし大変ですが頑張ろうと思います。