ウチに来たばかりのおねぇちゃん
今日は長いよ(笑)
今でこそワンコ生活しているけれど、JARAは本来はネコ型なやつ。
性格もそうだし、実家ではずっと猫と一緒だった。
犬とは全然違うし、頭が良いのは犬だろうけど、猫には他に変えられない魅力がある。暮らしてみないと分からないかもね。小学6年生からずっと猫と暮らし、生死とも向き合ってきたのは、とてもよい経験だったと思う。ホントに大変だったの実際には母親で、JARAはガキンチョだったからいいとこドリでいい思い出しかないけど。。。
それまでも、猫婆のJARA母が野良の面倒みてたりしたから猫にはなじみがあった。最初にウチでちゃんと一緒に暮らしたのは、小学6年の時。6/30深夜、明けて7/1になっていたかも?迷い猫、それも一ヶ月くらいの小さい小さい、ねずみのような仔猫を拾った。里親を探したけれど、今のように広く公募する手段を知らず、そのままウチに居つくことに。
名前は「おねぇちゃん」(笑)
賢くて、おとなしくて、頑固で、わがままで。
でも、ほんとに可愛かったよ~。食がわがまま以外はホントに手のかからないいい子だった。この子は、JARAが東京に出るまでずっと一緒に暮らした。それからも実家で仙人のような佇まいで静かに暮らしてた。帰る度に控えめに歓迎してくれた。いつしか、おねぇちゃんもねぇだろう、ってことで、おばぁちゃんと呼ばれるようになり(笑)このままいつまでも生きてそうな気もしていたけど、2001.6.8、遂に天に召された。 享年19歳1ヶ月。
当時の日記が出てきた。
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6/7/2001 THU 晴れのち雨
いつ来てもおかしくないと
覚悟はしてたけれど、
いよいよ来てしまった。
19年間がんばってた実家の猫、
老衰でついに回復の見込み、
なくなってしまたそうだ。
とにかく、明日実家に帰る。
俺が拾った猫だから
最期までしっかり見届ける。
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6/10/2001 SUN 曇り後雨
金曜日の未明、実家の猫「おねぇちゃん」が
亡くなった。
老衰だった。
1982年6月30日の深夜に捨てられていたのを拾い、
以来、19年。
拾った時点で1ヶ月くらいの仔猫だったから
推定19歳と1ヶ月。
人間で言うと100歳近く。
大往生。
とはいえ、やっぱりね、
悲しいものは悲しい。
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晩年のおばぁちゃん
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おねぇちゃんと暮らして8年目、ひょんな事で迷い込んできたのが「チビ」
といっても6kg超の大きな♂の赤トラ猫。なつこくて、甘えん坊で、JARAに一番なついて、とてもカワイイ猫だった。1997年の1月、事故で他界。突然の別れは一番悲しい。
1991年、外にいついていた2匹の猫が4匹ずつ出産してしまい、一気に仔猫が8匹!苦労して里親探したものの、1匹のこってしまったのが「チビクロ」。ものすごい甘えん坊で、JARA母にべったりの子だったけれど、わずか1年ちょっとで事故に会い、他界。仲良しだったチビがチビクロの亡骸をぺろぺろと舐めていたのが忘れられない。
もう二度と新しい子はウチに入れない、悲しいのはいやだ、と母と話していた矢先、口では猫はきらいじゃ、と言っていた父が、カラスに襲われていた仔猫を拾ってきてしまった(苦笑)。これが「パンダ」。とてもキレイな♂。
ウチに来てすぐに大病し、生死の境を一週間彷徨った。そのせいか、運動能力が他の子より明らかに劣るし、ちょっとキレ易く(苦笑)、JARAもJARA母も何度も血だらけにorz。基本的には甘えんぼなんだけどなぁ。なんだかんだで今も病気がちだけれど健在。すっかり丸く、おっさんくさくなって、今でも実家にかえると歓迎してくれる。
JARAも結婚し、実家を出てしばらく経ち、老猫のおねぇちゃんと、おっさんのパンダとすっかり静かになったJARA実家。もう自分も歳だし、新しい子はもういいよ、なんて言ってたJARA母。
ところが、ある日、実家に帰ると、真っ黒な小さなイキモノが蠢いてる。
「拾っちゃった」
かーちゃん、あんたねぇ
それが「ポロ」
孫みたいなもんなのか、JARA母はこの子にべたべた(笑)まさに猫かわいがりしてる。でも、今じゃすっかりでっかくなっていばってる(笑)歴代最強のわがまま息子!JARA母もすっかり元気になってしまって、一時期が嘘のような活気のある(ありすぎる)実家になっております(笑)
そのほか、一週間だけ居ついていた「シロウ」君、いつの間にか家に入り込んでいた「ネズミ」ちゃん、外猫でいついてしまっていた多くの猫達。すべて避妊して去勢して、ひーひーいいながらJARA母が面倒みてた。
生き物と暮らすって凄くいいものだけど、反面とってもとっても大変なんだぞ、というのは、コドモのころから嫌でも感じてた。
結婚して、犬大好きなユウコ犬と暮らすようになってからも、お互いそれが分かっていたから、犬猫暮らしは躊躇していて、指をくわえて見ていた。で、遂に決心したのがつい先日で、今やこの犬バカ生活というわけで(笑)
猫って本来の生活をさせようと思うと、都会ではとっても難しい。犬のように預けるのも、連れ歩くのも難しいし。。。しつけは無理だし。
田舎で、拾い敷地があればまた猫暮らしもして見たいとココロのどこかでは思っていたり。
今日は長いよ(笑)
今でこそワンコ生活しているけれど、JARAは本来はネコ型なやつ。
性格もそうだし、実家ではずっと猫と一緒だった。
犬とは全然違うし、頭が良いのは犬だろうけど、猫には他に変えられない魅力がある。暮らしてみないと分からないかもね。小学6年生からずっと猫と暮らし、生死とも向き合ってきたのは、とてもよい経験だったと思う。ホントに大変だったの実際には母親で、JARAはガキンチョだったからいいとこドリでいい思い出しかないけど。。。
それまでも、猫婆のJARA母が野良の面倒みてたりしたから猫にはなじみがあった。最初にウチでちゃんと一緒に暮らしたのは、小学6年の時。6/30深夜、明けて7/1になっていたかも?迷い猫、それも一ヶ月くらいの小さい小さい、ねずみのような仔猫を拾った。里親を探したけれど、今のように広く公募する手段を知らず、そのままウチに居つくことに。
名前は「おねぇちゃん」(笑)
賢くて、おとなしくて、頑固で、わがままで。
でも、ほんとに可愛かったよ~。食がわがまま以外はホントに手のかからないいい子だった。この子は、JARAが東京に出るまでずっと一緒に暮らした。それからも実家で仙人のような佇まいで静かに暮らしてた。帰る度に控えめに歓迎してくれた。いつしか、おねぇちゃんもねぇだろう、ってことで、おばぁちゃんと呼ばれるようになり(笑)このままいつまでも生きてそうな気もしていたけど、2001.6.8、遂に天に召された。 享年19歳1ヶ月。
当時の日記が出てきた。
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6/7/2001 THU 晴れのち雨
いつ来てもおかしくないと
覚悟はしてたけれど、
いよいよ来てしまった。
19年間がんばってた実家の猫、
老衰でついに回復の見込み、
なくなってしまたそうだ。
とにかく、明日実家に帰る。
俺が拾った猫だから
最期までしっかり見届ける。
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6/10/2001 SUN 曇り後雨
金曜日の未明、実家の猫「おねぇちゃん」が
亡くなった。
老衰だった。
1982年6月30日の深夜に捨てられていたのを拾い、
以来、19年。
拾った時点で1ヶ月くらいの仔猫だったから
推定19歳と1ヶ月。
人間で言うと100歳近く。
大往生。
とはいえ、やっぱりね、
悲しいものは悲しい。
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晩年のおばぁちゃん
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おねぇちゃんと暮らして8年目、ひょんな事で迷い込んできたのが「チビ」
といっても6kg超の大きな♂の赤トラ猫。なつこくて、甘えん坊で、JARAに一番なついて、とてもカワイイ猫だった。1997年の1月、事故で他界。突然の別れは一番悲しい。
1991年、外にいついていた2匹の猫が4匹ずつ出産してしまい、一気に仔猫が8匹!苦労して里親探したものの、1匹のこってしまったのが「チビクロ」。ものすごい甘えん坊で、JARA母にべったりの子だったけれど、わずか1年ちょっとで事故に会い、他界。仲良しだったチビがチビクロの亡骸をぺろぺろと舐めていたのが忘れられない。
もう二度と新しい子はウチに入れない、悲しいのはいやだ、と母と話していた矢先、口では猫はきらいじゃ、と言っていた父が、カラスに襲われていた仔猫を拾ってきてしまった(苦笑)。これが「パンダ」。とてもキレイな♂。
ウチに来てすぐに大病し、生死の境を一週間彷徨った。そのせいか、運動能力が他の子より明らかに劣るし、ちょっとキレ易く(苦笑)、JARAもJARA母も何度も血だらけにorz。基本的には甘えんぼなんだけどなぁ。なんだかんだで今も病気がちだけれど健在。すっかり丸く、おっさんくさくなって、今でも実家にかえると歓迎してくれる。
JARAも結婚し、実家を出てしばらく経ち、老猫のおねぇちゃんと、おっさんのパンダとすっかり静かになったJARA実家。もう自分も歳だし、新しい子はもういいよ、なんて言ってたJARA母。
ところが、ある日、実家に帰ると、真っ黒な小さなイキモノが蠢いてる。
「拾っちゃった」
かーちゃん、あんたねぇ
それが「ポロ」
孫みたいなもんなのか、JARA母はこの子にべたべた(笑)まさに猫かわいがりしてる。でも、今じゃすっかりでっかくなっていばってる(笑)歴代最強のわがまま息子!JARA母もすっかり元気になってしまって、一時期が嘘のような活気のある(ありすぎる)実家になっております(笑)
そのほか、一週間だけ居ついていた「シロウ」君、いつの間にか家に入り込んでいた「ネズミ」ちゃん、外猫でいついてしまっていた多くの猫達。すべて避妊して去勢して、ひーひーいいながらJARA母が面倒みてた。
生き物と暮らすって凄くいいものだけど、反面とってもとっても大変なんだぞ、というのは、コドモのころから嫌でも感じてた。
結婚して、犬大好きなユウコ犬と暮らすようになってからも、お互いそれが分かっていたから、犬猫暮らしは躊躇していて、指をくわえて見ていた。で、遂に決心したのがつい先日で、今やこの犬バカ生活というわけで(笑)
猫って本来の生活をさせようと思うと、都会ではとっても難しい。犬のように預けるのも、連れ歩くのも難しいし。。。しつけは無理だし。
田舎で、拾い敷地があればまた猫暮らしもして見たいとココロのどこかでは思っていたり。
そう、猫は可愛いですがいろいろ大変ですもんね(実感)
ウチの近所も外飼いは出来ません。してる家も数件あるにはありますが…
交通事故で亡くなってしまう事が多いです(涙)
なので我が家は歴代室内のみ。
いろいろ大変ですが「家族」なので大目に見てやってます(汗)
多分、理解してないだろうけど(笑)
犬、猫、その他動物は全然好きなんですけど、
やっぱり最後の別れのことを考えるとどうしても。
実家でも昔飼っていた犬が亡くなって、
ちょっと軽く喪失感があったりで。
命を預かる以上、責任を持って最後まで面倒をみるべきなんでしょうが、
自分にはその責任が重く感じてしまうんですよねぇ・・・
死なせてしまうのが可哀想って思ってるウチは、
生き物は飼わないようにしようと思ってます。
ついにコチラにも来てくれましたね
>多分、理解してないだろうけど(笑)
ははは。猫なんてそんなモンですよね
でも可愛いんだから困ったもんだ。
>いんなんさん
>自分にはその責任が重く感じてしまうんですよねぇ・・・
そう言う責任感をもってくれる人ばかりなら、世の中に捨犬猫はいなくなると思いますよ。
ちゃんと考えずに信じられない理由で放棄するウマシカヤロウの多い事、多い事。
何度も別れを経験して、現実を受け止められるようになりました。
でも、このエントリ書きながら思い出し