【合気道 横濱金澤クラブ】電子掲示板

横浜市立金沢中学校の武道場をお借りして合気道教室を開いています。もっぱら初心者を対象として基本技を中心に教えています。

勝って生きるか、負けて死ぬか

2013-12-06 14:30:45 | エッセイ
「勝って生きるか、負けて死ぬか」
 戦闘者である武士にとって、最高の価値は、相手に「勝つ」ことにありました。
 「武者は、犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本(もと)にて候こと」(『朝倉宗滴話記』)
明治以降今日に至るまで、武士道の精神は、さまざまに歪曲され、また抑圧されてきたように思います。武士道の根本精神は、言うまでもなく「武」にあり、「武」とは、「勝つ」ことであり、「強さ」です。新渡戸『武士道』をはじめ近代の武士道論は、戦いに勝つという「武」の本質を、どこかないがしろにしているように思われます。(中略)
 そもそも戦闘とはリアルな力のぶつかり合いです。その戦闘の結果は、勝敗・生死・存亡という冷酷な現実として示されます。たとえ相手がどんな卑劣な振る舞いをしようとも、負けてしまえば、何も言うことはできません。生きるためには絶対に勝たなければならないのです。
 だから、武士がまず何よりも追究すべきは、相手に打ち勝つ強さでなければなりません。「勝つことが本」とは、そういうことです。(中略)
 ただし、朝倉教景が言いたかったのは、敵の卑劣な手にかかって負けても、負けは負けだ、相手が卑怯だったということは言い訳にはならない。本当の強さとは、敵のありとあらゆる手立てを超えて、それに打ち勝つ力なのだ、と。
 でも、強さを追究していった果てに、武士たちが最終的に卑怯・非道を肯定しなかったのはなぜか。それは、結局、卑怯・非道は強さではないという単純な理由によるのです。このことを、武士たちは五百年以上にわたる戦乱の経験から、骨身に徹して学んできたのでした。
「武士道に学ぶ」(菅野覚明著)より引用

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