イスラエルの代表的な歌「黄金のエルサレム」を
作詞作曲したナオミ・シェメルさんと
それを歌ったシュリー・ナタンさん。
実は二人は不仲だといったことを
イスラエルで音楽家の方に取材しているとき聞いた。
えっ?ホント!? 単なる噂だろう。
でもボクはぜひ真相を知りたいと思った。
生前ナオミさんに取材した時に
ふとこのことが頭をよぎった・・・
でもオーラが覆っていたナオミさんに
そんな失礼な質問、絶対できるわけがない。
本人に聞いてどうする? 当たり前だ!
でも、優しいシュリーさんだったら?と思い
ボクはつい「サラッ」と聞いてしまった。
でもシュリーさんはニコニコして答えてくれた。
「ナオミは私を音楽の道に導いてくれた恩人よ。
ずっと尊敬していたわ。安心してね、
そんなことは絶対にないわ。
でもね、ナオミとの出会いはね・・・
そう私は、1967年のときは兵役中。
そしてその時に、歌のコンテストがあって歌った。
それがラジオ中継されていて、
私の歌をナオミ・シェメルの娘が聞いていた。
私の歌声に感動した娘は、ナオミにそのことを話した。
ナオミは作ったばかりの「黄金のエルサレム」を
誰に歌ってもらおうかと考えていた・・・。
その時、直感的にこの歌を
私に歌ってもらおうと決めたらしいの。
不思議なことね。
だって、もしこのときナオミの娘が聞いてなかったら、
私は今、歌手として存在していないもの」。
イスラエルの人たちの定説では
「黄金のエルサレム」の歌は、シュリーの歌声を
ナオミさん自身がラジオ放送で聞いて、歌声がいいので決めた。
と言うことになっている。
実はそうではなく、
真相は、シュリーの歌声を聴いたのは
ナオミさんではなく、娘だったのだ。
そのラジオで聞いていた娘の一言だけで、
「黄金のエルサレム」を歌ってもらおうと決断したことになる。
うーん、不仲の真相よりもこっちの真相の方が凄い話だった。
ナオミさんってホントに凄いひとだなぁ。
長い長い文、最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
(この文、前に「みるとす誌」に私が書いたものが、少しだけ重複しています。
ミルトス編集部の方には申し訳ありません)
作詞作曲したナオミ・シェメルさんと
それを歌ったシュリー・ナタンさん。
実は二人は不仲だといったことを
イスラエルで音楽家の方に取材しているとき聞いた。
えっ?ホント!? 単なる噂だろう。
でもボクはぜひ真相を知りたいと思った。
生前ナオミさんに取材した時に
ふとこのことが頭をよぎった・・・
でもオーラが覆っていたナオミさんに
そんな失礼な質問、絶対できるわけがない。
本人に聞いてどうする? 当たり前だ!
でも、優しいシュリーさんだったら?と思い
ボクはつい「サラッ」と聞いてしまった。
でもシュリーさんはニコニコして答えてくれた。
「ナオミは私を音楽の道に導いてくれた恩人よ。
ずっと尊敬していたわ。安心してね、
そんなことは絶対にないわ。
でもね、ナオミとの出会いはね・・・
そう私は、1967年のときは兵役中。
そしてその時に、歌のコンテストがあって歌った。
それがラジオ中継されていて、
私の歌をナオミ・シェメルの娘が聞いていた。
私の歌声に感動した娘は、ナオミにそのことを話した。
ナオミは作ったばかりの「黄金のエルサレム」を
誰に歌ってもらおうかと考えていた・・・。
その時、直感的にこの歌を
私に歌ってもらおうと決めたらしいの。
不思議なことね。
だって、もしこのときナオミの娘が聞いてなかったら、
私は今、歌手として存在していないもの」。
イスラエルの人たちの定説では
「黄金のエルサレム」の歌は、シュリーの歌声を
ナオミさん自身がラジオ放送で聞いて、歌声がいいので決めた。
と言うことになっている。
実はそうではなく、
真相は、シュリーの歌声を聴いたのは
ナオミさんではなく、娘だったのだ。
そのラジオで聞いていた娘の一言だけで、
「黄金のエルサレム」を歌ってもらおうと決断したことになる。
うーん、不仲の真相よりもこっちの真相の方が凄い話だった。
ナオミさんってホントに凄いひとだなぁ。
長い長い文、最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
(この文、前に「みるとす誌」に私が書いたものが、少しだけ重複しています。
ミルトス編集部の方には申し訳ありません)