昨日(2月6日)、板見亮さんの告別式に参列しました。
仕事関係・PTA・友人などなど、各方面から本当にたくさんの方が参列
されていました。
改めて、板見さんの偉大さ…というより「誰からも愛されていた!」方だ
ということを実感しました。
私が連合会のイベントに参加するようになったのは、ちょうど小P連と
中P連が連合として発足した年(平成18年度)からでした。
その時の初代会長が板見さんだったのです。それまでも単位PTAや
連合会で中心的存在として活躍されていた方でしたし、当時はまさに
雲の上の存在のような方で、私なんかが意見を交換する…なんて無理な
話だったんですが、時々こちらが発言すると、「ニコッ」と笑みを
浮かべながら正面からきちんと回答してくれました。
また、平成15年に米子で開催された日Pの全国大会を機に結成された
「劇団ピュア」の活動でもご一緒させていただいたのですが、板見さん
自身はあまり舞台に上がることはなかったんですけど、舞台裏のスタッフ
として鳥取市での公演など遠いところまでも嫌な顔一つせずについてきて
くださって、「本当に器の大きい人だな
」って思っていました。
とっても信頼できる方でした。
まだまだ板見さんの楽しいエピソードはいっぱいあるんですが、
ここでは書きにくいので何かの機会に・・・
市P連を卒業された後も行く末を気にかけてくださり、いろんなイベ
ントに顔を見せてくださいました。
今…小中PTA連合会は連合して7年を迎えようとしています。
これまでの役員や単位PTAの協力により、少しずつですが充実した
活動を展開しています。
でも、今の市P連があるのも板見さんをはじめとする当時の役員の
皆さんが7年前の統合に向けて苦労されたおかげであることは言う
までもありません
今私たちは、環境の変化に対応しながら、少しずつ連合会の体制や
活動内容を見直したりしていますが、その根底には、「米子市の
PTAが力を合わせて子供たちを見守ろう!」という先輩方の強い
想いがある!ということを忘れずに活動していかなければなりま
せん
その大先輩の一人である板見さんの早すぎる逝去を惜しみ、
これからも天国から私たち市P連のことをあたたかく見守ってくだ
さることを願いたいと思います。
板見さん…本当にお疲れ様でした
第3代 米子市小中PTA連合会会長 山 口 一 樹
仕事関係・PTA・友人などなど、各方面から本当にたくさんの方が参列
されていました。
改めて、板見さんの偉大さ…というより「誰からも愛されていた!」方だ
ということを実感しました。
私が連合会のイベントに参加するようになったのは、ちょうど小P連と
中P連が連合として発足した年(平成18年度)からでした。
その時の初代会長が板見さんだったのです。それまでも単位PTAや
連合会で中心的存在として活躍されていた方でしたし、当時はまさに
雲の上の存在のような方で、私なんかが意見を交換する…なんて無理な
話だったんですが、時々こちらが発言すると、「ニコッ」と笑みを
浮かべながら正面からきちんと回答してくれました。
また、平成15年に米子で開催された日Pの全国大会を機に結成された
「劇団ピュア」の活動でもご一緒させていただいたのですが、板見さん
自身はあまり舞台に上がることはなかったんですけど、舞台裏のスタッフ
として鳥取市での公演など遠いところまでも嫌な顔一つせずについてきて
くださって、「本当に器の大きい人だな

とっても信頼できる方でした。
まだまだ板見さんの楽しいエピソードはいっぱいあるんですが、
ここでは書きにくいので何かの機会に・・・

市P連を卒業された後も行く末を気にかけてくださり、いろんなイベ
ントに顔を見せてくださいました。
今…小中PTA連合会は連合して7年を迎えようとしています。
これまでの役員や単位PTAの協力により、少しずつですが充実した
活動を展開しています。
でも、今の市P連があるのも板見さんをはじめとする当時の役員の
皆さんが7年前の統合に向けて苦労されたおかげであることは言う
までもありません

今私たちは、環境の変化に対応しながら、少しずつ連合会の体制や
活動内容を見直したりしていますが、その根底には、「米子市の
PTAが力を合わせて子供たちを見守ろう!」という先輩方の強い
想いがある!ということを忘れずに活動していかなければなりま
せん

その大先輩の一人である板見さんの早すぎる逝去を惜しみ、
これからも天国から私たち市P連のことをあたたかく見守ってくだ
さることを願いたいと思います。
板見さん…本当にお疲れ様でした

第3代 米子市小中PTA連合会会長 山 口 一 樹