トライアングル」と呼ばれている。
かつてはケシ畑が広がり、麻薬の一大産地だった。
ことにラオスやミャンマーの貧しい農家にとっては、大事な収入源だったようだ。
現在ではケシの代わりに茶やコーヒーなどの栽培が行われ、観光客が行けるような
場所になったと聞く。
私達はチェンマイの丘の上から、そのあたりを眺めた。

国境あたりの山岳民族はいまも経済的に厳しい状況にあり、タイへも大勢、出稼ぎ
に来ている。
彼らはタイの市民権を持つことができない。

私達はN田さんと一緒に三人の子供達と食事をしたが、彼らの母親は山岳民族、
父親は日本人だという。三人はきょうだいで、それぞれ日本語名を持っていた。
両親は入籍しているらしく、タイに住んではいるが子供達の国籍は日本だ。
しかし日本人の父親は行方知れず。母親も子供達を祖母に預けたままどこかへ行っ
たきり戻ってこない。どちらからも仕送りはない。
内職仕事だけの祖母が育てているから、生活は食うや食わずだ。生活保護という
ものもこちらにはない。
それよりなにより、もうすぐ子供達の滞在期限が切れる。このままではあと数日で
無国籍児童になってしまう。
滞在延長の手続きをするため、N田さんは子供達を連れて奔走しておられた。
「教育を受けられなかった人達が多いから、子供が無国籍になるとどうなるかがわか
ってないんです。だから放っておく。その問題意識のなさが問題なんですけどねえ」
食事もそっちのけで子供達のために書類を作成しながら、N田さんが言った。
たった四泊六日の駆け足旅行だったが、知らないことがいかに多いかを知る
旅になった。
海外旅行は体力的に年々辛くなるが、やはり、行かなければわからないことも多い。
日本に帰られた時はぜひ会ってくださいとN田さんにお願いして、帰国の途についた。
写真は、あまり観光客が行かないという寺院「ワット・ウモーン(トンネル寺)」
で見た古い石像。
「ああ、くたびれた」と座り込んでるようで、親近感を覚えた。
