犬、とくに毎日一定以上の距離を散歩しなければならない中型犬・大型犬にとり、人間との暮らしが幸せかどうかは、飼い主が散歩中の気晴らしの手段を見つけるかどうかにかかっている。飼い主にとり散歩の目的が散歩だけなら、遅かれ早かれ飽きてしまうはずだ。
「犬と一緒の」散歩を楽しむ人もいるのだろうが、うちの犬に限っていえば、ほかの犬が残した道端の匂いを探索するのに忙しく、私の言葉なんてまるで聞いていない。しつこく話し掛けられるのは犬としても耐えがたいものがあるだろう。話が明日の会議の議題だとか、相性の悪いお客とか、犬には(人間にとっても)どうでもいい内容なら、なおさらだ。
うちの犬にとって幸いなことに、私は何かをイヤフォンで聞くことにしている。もともと仕事中に音楽を聴くことが多かったせいか、散歩中は音楽以外のものを聞く。海外にいたころには、日本語のラジオが聞けなかったので、今は懐かしいASAHIネットで朝日新聞の記事をドーッとダウンロードして、電子読み上げソフトに朗読させたWAVファイルをCDに焼き、携帯用のCDプレイヤーで聞いていた。「豪」を「やまあらし」と読んだりする欠点はあるものの、目で読めば気が付かない些細で重要な情報を発見することもあり、新聞を普通に読むのとはまた違う面白さがあった。そんなことをしながら思いついた嘘ネタが何本かある。
過去1年半ほどは、NHKラジオのフランス語講座をMP3にしたものを聞いている。犬と一緒に歩いている中年男が、一人でぶつぶつフランス語をつぶやいているのは不気味だろうが、幸い、北海道で冬の朝6時前に外を歩いている人はほとんどいないし、いるとすればその人自体、相当変わっている。
そのフランス語講座は、05年下半期に放送されたものだ。実は04年上半期、つまり私がこの街に帰ってきた直後に放送されたものの再放送。私は海外にいたころから何度かフランス語に挑戦し、そのたびに挫折してきた。04年の放送はMDラジカセでタイマー録音して、車での移動中やフィットネスクラブでのランニング中に聞いていたが、私はタイマー録音のセットはできても、録音が成功して毎日少しずつ増えていくMDをきちんと管理したり、定期的にMDを交換するということができない人間なので、5月になるかならないかのうちに挫折してしまった。
そこで05年下半期はフランス語の学習ではなく、フランス語会話の放送の録音に専念。成功した時点ですべてのファイルをMP3プレイヤーに入れて、インターネットのオークションサイトで中古の教科書を入手して勉強を始めた。1年近くかかってなんとか100回のレッスンは終えることができた。まだ「フランス語が話せる」と言えるレベルには全然達しておらず、繰り返し繰り返し聞いているけれど、とりあえず「サンテ・ド・ウー」の意味だけはわかった。
なぜ私が最新の放送を録音して聞かないかというと、それは講師の杉山利恵子さんの声が心地良いからだ。テキストのプロフィールによれば1981年に東大卒。このとき22歳なら、27年が経過したいまはもうすぐ49歳という計算になるが、声は非常にかわいい。ちなみに杉山さんはいま、テレビのフランス語講座の講師をしているが、もし81年以前にミス東大という制度があれば、きっと選ばれたのではないかと思う。
心地よいという基準ではなく、味があるという意味なら、名前は知らないがいまラジオのイタリア語講座を担当している日本人の男性講師の語りがたまらない。イタリア語の明るい響きと不釣合いな、というよりもイタリア語の明るさを際立たせる地味な、それでいて暖かい日本語に聞き入ってしまう。派手さはないが経験豊かで確実に生徒の会話力を伸ばすことができる路地裏の「イタリヤ語教室」の趣か。
語りという意味でもっとすごいのは同じくNHKラジオ第2放送でやっている英語ニュースのHirokazu Sakamakiさんだ。Sakamakiさんの英語がアメリカ人やイギリス人にどう聞こえるのかは知らないが、私の耳にはBBCよりもCNNよりも上手に聞こえる。よく聞いてみると、声だけでなく、息を吸い込むときの音がこの人の特徴であることがわかる。自然にこういう発声にはならないはず。Sakamakiさんは、誰かの真似をして、演技しているという意識をもちながらこういう声を出しているのだろう。日本語で話し掛けたら、甲高い広島弁が返ってきたりして。
「犬と一緒の」散歩を楽しむ人もいるのだろうが、うちの犬に限っていえば、ほかの犬が残した道端の匂いを探索するのに忙しく、私の言葉なんてまるで聞いていない。しつこく話し掛けられるのは犬としても耐えがたいものがあるだろう。話が明日の会議の議題だとか、相性の悪いお客とか、犬には(人間にとっても)どうでもいい内容なら、なおさらだ。
うちの犬にとって幸いなことに、私は何かをイヤフォンで聞くことにしている。もともと仕事中に音楽を聴くことが多かったせいか、散歩中は音楽以外のものを聞く。海外にいたころには、日本語のラジオが聞けなかったので、今は懐かしいASAHIネットで朝日新聞の記事をドーッとダウンロードして、電子読み上げソフトに朗読させたWAVファイルをCDに焼き、携帯用のCDプレイヤーで聞いていた。「豪」を「やまあらし」と読んだりする欠点はあるものの、目で読めば気が付かない些細で重要な情報を発見することもあり、新聞を普通に読むのとはまた違う面白さがあった。そんなことをしながら思いついた嘘ネタが何本かある。
過去1年半ほどは、NHKラジオのフランス語講座をMP3にしたものを聞いている。犬と一緒に歩いている中年男が、一人でぶつぶつフランス語をつぶやいているのは不気味だろうが、幸い、北海道で冬の朝6時前に外を歩いている人はほとんどいないし、いるとすればその人自体、相当変わっている。
そのフランス語講座は、05年下半期に放送されたものだ。実は04年上半期、つまり私がこの街に帰ってきた直後に放送されたものの再放送。私は海外にいたころから何度かフランス語に挑戦し、そのたびに挫折してきた。04年の放送はMDラジカセでタイマー録音して、車での移動中やフィットネスクラブでのランニング中に聞いていたが、私はタイマー録音のセットはできても、録音が成功して毎日少しずつ増えていくMDをきちんと管理したり、定期的にMDを交換するということができない人間なので、5月になるかならないかのうちに挫折してしまった。
そこで05年下半期はフランス語の学習ではなく、フランス語会話の放送の録音に専念。成功した時点ですべてのファイルをMP3プレイヤーに入れて、インターネットのオークションサイトで中古の教科書を入手して勉強を始めた。1年近くかかってなんとか100回のレッスンは終えることができた。まだ「フランス語が話せる」と言えるレベルには全然達しておらず、繰り返し繰り返し聞いているけれど、とりあえず「サンテ・ド・ウー」の意味だけはわかった。
なぜ私が最新の放送を録音して聞かないかというと、それは講師の杉山利恵子さんの声が心地良いからだ。テキストのプロフィールによれば1981年に東大卒。このとき22歳なら、27年が経過したいまはもうすぐ49歳という計算になるが、声は非常にかわいい。ちなみに杉山さんはいま、テレビのフランス語講座の講師をしているが、もし81年以前にミス東大という制度があれば、きっと選ばれたのではないかと思う。
心地よいという基準ではなく、味があるという意味なら、名前は知らないがいまラジオのイタリア語講座を担当している日本人の男性講師の語りがたまらない。イタリア語の明るい響きと不釣合いな、というよりもイタリア語の明るさを際立たせる地味な、それでいて暖かい日本語に聞き入ってしまう。派手さはないが経験豊かで確実に生徒の会話力を伸ばすことができる路地裏の「イタリヤ語教室」の趣か。
語りという意味でもっとすごいのは同じくNHKラジオ第2放送でやっている英語ニュースのHirokazu Sakamakiさんだ。Sakamakiさんの英語がアメリカ人やイギリス人にどう聞こえるのかは知らないが、私の耳にはBBCよりもCNNよりも上手に聞こえる。よく聞いてみると、声だけでなく、息を吸い込むときの音がこの人の特徴であることがわかる。自然にこういう発声にはならないはず。Sakamakiさんは、誰かの真似をして、演技しているという意識をもちながらこういう声を出しているのだろう。日本語で話し掛けたら、甲高い広島弁が返ってきたりして。