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屋根裏としょかん

静かに世界が見える場所

~いい本はみんなでこっそり読むのだよ~

その手紙は扉を開けたのか、封じたのか。「往復書簡」

2011-04-28 22:39:44 | お見事な本
◆「往復書簡」 (湊かなえ/幻冬舎)

 
心と心がつながった、あの時の、あの人たちへ。
問いかけたいこと、確かめたいこと、
共有した「あの事件」について知りたいこと…、
何かしらの思惑をこめて手紙がつづられる3編の短編集。

たとえば、十年ぶりに出会った学生時代の友人に、
卒業してから今日までのエピソードを聞くのは、ありがちなこと。

かつてお世話になり、今は闘病生活を送っている恩師からの頼みを、
聞いてあげたいと思うのも、当然の心理。

海外の危険をともなう国でボランティア活動を始めた恋人に、
自分たちの気持ちを確かめあう手紙を送るのも、微笑ましいこと。

だけどそこには「裏」があったらどうだろう。
それぞれの主人公すら知らなかった「事件」の真相が、
手紙のやりとりによって明らかになったとき、
読み手はホッと胸をなでおろしたり、不安な気持ちに揺さぶられたりする。

なかでも3編目の『十五年後の補修』は、
十五年も付き合った恋人が突然、海外ボランティアに発つことから始まる。
日本に残された女性が、彼への思いを綴った手紙を送ると、
彼も彼女に負けず、ロマンティックな言葉を返してくる。
でも…、二人が出会った出来事について話が進んでいったとき、
思いもよらない「真相」がむき出しになり、
二転、三転する「事実」と、
彼と彼女の胸にある「隠された真意」の切り返しが見えてくる。

ラストは、ゾクッとしてホッとして悲しくなったりもして…。

でもこの『十五年後の補修』について一言だけ疑問を書いてみると、
あの事件で隠されていた彼女の行為、
果たして十五年前の彼女に、そんなことが本当に実現できたのかどうか、
そのあたりのリアリティが気になってしまったのだけれど…。

この『往復書簡』は、『告白』『夜行観覧車』のように
人間の悪意が潜んだ作品ではないのだけれど、
それでも「隠されている事実」が何なのか興味は募っていったし、
真相が見えたときに受ける衝撃は同じくらい大きかった。

「人間って、こんなものだよね」っていうダークな真実でなくても、
胸をつかれる人の姿があることに驚きました。
小説ってすごいし、
湊かなえさんの着眼点で描く「人間像」はやっぱり奥深い。


お久しぶりの、くるみより
純平副館長さん、お留守の間、ありがと~!!!

猫だって、義理人情に厚いのよ。「かのこちゃんとマドレーヌ夫人」

2010-10-24 20:43:15 | お見事な本
◆「かのこちゃんとマドレーヌ夫人」(万城目 学/ちくま書房)

小学校1年生の少女、かのこちゃんの家に、
ふらっと現れたメス猫。
「マドレーヌ夫人」と名づけられたこの猫は、
他の猫にも人にも媚びないのに、不思議とおちゃめ。
かのこちゃん家の飼い犬と夫婦になって、
地元の猫グループや、かのこちゃんを取り巻く人々に
あったかい奇跡を起こしていく。


この本だけの不思議なルール、
「フツーの猫には犬語が理解できない」とか。
「しっぽが二つに分かれて猫又になると、奇跡が起こせる」とか。

万城目さんらしい幻想的なアイデアに笑わされているうちに、
ふだん忘れてしまっている貴重なものを、
はっと思い出されてくれる。

マドレーヌ夫人は、
誰にも媚びないで自由に生きているんだけど、
それは自分勝手ということじゃない。

自分に大切なものをくれた相手に、
せいいっぱいの気持ちを返していきたいと願う
マドレーヌ夫人の必死さが、
そうと感じさせないくらい自然に描かれているから
読み終えた後になって、胸に迫ってくる。

万城目さんの「鹿男あをによし」を読んでいる方には、
ボーナス的なエピソードがありますね!
それにはニヤリとさせられちゃいます。

純平さんのレビューのとおり、
大人も子供も読んでほしい、ホントに「いい本」です。


くるみ


「殺っちゃえば?」の声はひとりでは振り切れない。「夜行観覧車」

2010-09-23 19:26:56 | お見事な本
◆「夜行観覧車」 (湊かなえ/双葉社)

丘の上の高級住宅地に、憧れのマイホームをかまえた遠藤家。
父、母、受験に落ちて凶暴化する娘の、平凡な家族。

対して、向かいに暮らす高橋家はエリート一家。
医者の夫、美人の妻、優秀な息子や娘たちに恵まれた家族。

しかし殺人事件は、高橋家の方で発生する。
この背景には何があるのか…。


家族だからこそ、押してしまう「殺人」のスイッチ。
それを振り切れるどうかは、もはや本人の良心じゃなく、
家族以外の「誰か」の介入しかないのかもしれない。

生意気で、親を親とも思わない遠藤家の娘の暴れっぷりが、
憎らしくて生々しくて、娘をもつのが怖くなりそう。
部屋中のものを壊したり、
食卓の唐揚げに箸を突き刺してニヤニヤ笑ったり…。
でも、娘がこんな風に凶暴化したのは、
本心では望んでいなかった受験に失敗したから。

「高級」「優秀」なものに対する大人の憧れに、
自分も便乗したものの、うまくいかなくて
その責任をすべて母親に押し付けている。

それは、恵まれていると思われた高橋家でも同じ。
母親が「こうではくては」とイメージした将来像に、
当てはまらない家族や自分に対する苛立ちが、
思いもよらぬ最後の一線を超えさせてしまう…。

もしかしたらどんな家族であっても、
観覧車のような小さな箱に入った人たちが、
穏便に何事もなく日常を送っていけるのには、
家族以外の他人の働きが必要なのかもしれない。

ときには、他の家族を踏み台にしてでも。

こだわりを捨てよう、
世間的に「不幸」になることを恐れないでいよう、
そうしなきゃいつか自分も、
大切だったはずの家庭を壊すことでしか解決できなくなるよ。

作家からのそんなメッセージが聞こえてくるような
衝撃的な本でした。


くるみ

人情の町に切りこむ名探偵「新参者」

2010-05-30 21:06:37 | お見事な本
◆「新参者」 (東野圭吾/講談社)  【★★★★★】


テレビドラマの方も好調な「新参者」。
ドラマでは阿部寛が演じる「加賀刑事」がはまっていて、
あの愛嬌のあるような、ちょっと手強いような
含みのある視線で見つめられて、
毎回、町の人々が隠している何かしらの「秘密」が
暴かれていくのがおもしろい。

その「秘密」はたいてい事件には直接関係していないもので、
相手への思いやりから生まれているものがほとんど。
家族を傷つけないための「嘘」だったり、
愛情を素直に表現できない「意地」や「照れ」だったり、
恋人を元気付けるための「サプライズ」だったりする。

そして舞台となる場所も味わい深い。
煎餅屋や時計屋、瀬戸物屋など、昔ながらのお店を取り上げ、
家族や友人、恋人どうしの心に絡まる
「優しい秘密」を紐解いていくことで、
少しずつ、小伝馬町で起きた殺人事件の核心に近づいていく。

ちなみに「新参者」は、ひとつの商店やひとりの人物を
ターゲットにした短編を集めたもので、
最初の物語が発表されたのは2004年。
それから殺人事件が解決する最後の物語まで
5年の歳月が費やされている。
その間にじっくり育まれてきた人形町の人々の
あったかい絆、不思議な縁のめぐり合わせはお見事。

今までの東野圭吾の作品のように、最初の方に用意された
伏線が事件解決のキーになるというような
ミステリの驚きはないけれど、
こういった人間ドラマがメインの物語も
この作家さんは巧みに描けてしまうのだと感心しました。

描きたいものがたくさんある作家というのは、
読者にとって神様みたいな存在ですね(笑)。


迷探偵くるみ


キレイなものを汚したくなる心理。「骸骨ビルの庭」

2010-05-23 10:33:21 | お見事な本
◆「骸骨ビルの庭」(宮本輝/講談社)

舞台は戦後大阪の下町に建つ、通称「骸骨ビル」。
主人公の「私」は、このビルの住民を撤去させるために
派遣され、しばらく骸骨ビルで生活をする。

この骸骨ビルでは、12人の戦災孤児が育てられ、
育ての親は子供たちとは何の血縁関係もない、
一人の男とその友人だった。

しかしその男は、育てた孤児の一人から、
性的虐待を犯したという汚名を着せられ、
身の潔白を証明できないまま亡くなってしまう。

物語は「私」が、大人になった孤児たちや、
その周りの人々との会話を記録した日記の形式で展開する。


「戦争」という過酷な時代を潜り抜けてきた経験からか、
まだ若く、独身だった男が、
自分のビルに住み着いていた孤児たちの親になることを決意し、
子育てに生涯をささげるくだりは、
まるで聖職者のようにも感じられる。
結果的に裏切られるところも、イエス・キリストのよう。

結婚して自分の家庭を築くという、一般的な幸せさえ
得られずに、他人の子供たちを12人も育てるなんてことは、
現代の人にできるのだろうか……。
自分の子供にすら虐待する親もいる今の時代に?

そして育てられた恩をあだで返した女性の胸にある、
理由のない悪意。

まるで神様のように無償の善意を見せるのも人間ならば、
悪魔のように無邪気に相手を傷つけるのも人間。

その不可思議な人の心の深遠を改めて感じた
作品でもありました。

ただ、「人がどう生きるべきか」は、
その哲学を言葉でストレートに語っていて違和感がありました。

登場人物の生き様について、あれこれ意見を述べたり、
哲学や宗教を用いて理由づけをするよりも、
その有様を圧倒的な描写力で表現して、
読者の前に放り出してくれる方が、受ける感銘は大きいような
気がしました。

儒教を含め、いろいろな思想が混じってしまい、
読み手が「正しい生き方」を説得されているような感じで、
作者自身が伝えたい「物語」を見つけにくくて……。

宮本輝の初期の作品を、改めて読み返したくなりました。


くるみ
そろそろの季節です(笑)


映画VS原作本  原作本の勝ち!!「火天の城」

2009-11-23 20:44:53 | お見事な本
                      「火天の城」(山本兼一/文春文庫)

いやー実を言いますと、純平!時代歴史物と言うと
柴田錬三郎の「眠狂四郎シリーズ」ぐらいしか読んでないんですよ(笑い)
司馬遼太郎とかいろいろ魅力ある作家がいっぱいいますが
時代小説と言うのは読み出すと嵌り過ぎそうな気がして(笑い)
もうちょっと歳とってから読もうと思っています(もう、充分に歳かぁ~。大笑い)
なんでまた、急に「火天の城」かと言うと、
映画を先に見たんですよ!!

映画は西田敏行さんが主演で、脇役を個性豊かな役者で固めた中々のもんでした!!っと思っていたんですけど
どうも映画に納得のいかない事が見てる最中から沸々湧き出てきて(笑い)
帰りに駅前の本屋で原作の文庫本「火天の城」を買ってしまいましたよ(笑い)
細かい事は言いませんが、原作を読み終わり映画での矛盾点は全て解決しスッキリして(笑い)
原作に軍配を上げてしまいました(笑い)

安土城は築城後三年で炎上し消滅してしまい。なかなか文献も残っていないにも関わらず、
原作では城造りに関わる人々のそれぞれの人間の視点が事細かく書かれ、
その視点の中心に安土城が見事築城されていました。そして炎上・・・
織田信長と言えば今川義元を桶狭間に破り、諸方を征略し足利義昭を擁して上洛し
足利義昭を追って幕府を滅ぼすと派手好きなで華麗な武将でしたよね。
ゆえに城としては初めて、あの華麗なる天守閣をそなえた安土城を造り上げたのに納得。
でもこの物語は織田信長の話では無く
安土城建設に最後の命火をかけた総棟梁「又右衛門」と息子「以俊」との建築家としての葛藤と
それを助ける職人の壮絶な物語と安土城の炎上までを描いています。

それなのに映画では何と息子が娘に置き換えられて、妻と娘との「家族愛」みたいに脚色されていました。
それに炎上まで描かれていなく、純平が一番期待した天守閣の命柱の檜の御神木を切り出し運び込むシーン。
ここはほんとに純平はどうなるんだろうと
総棟梁又右衛門になり切って楽しみに期待して待っていたのですが、すっかり割愛されていました。(残念!!)
純平の思ったとおり原作の方は映像での再現はチョッと無理かな~と思うような大スペクタルシーンでした。
予算の関係でしょうかね~(笑い)

映画の豪華パンフレットの最後に、原作者へのインタビューページがありますしたが
そこで原作者の山本兼一さんも
「私がシナリオを家族の視点で書いたとしても絶対、娘にはならなかった」っと書いてありました(納得)
だから今回映画には何か無理を感じました。
でも映画だけ見れば、それはそれで面白い所がいっぱいありましたから(笑い)
後日!純情映画館の方でお目にかかりましょう。

純平

連鎖していく、ちぐはぐな償い。「贖罪」

2009-09-06 17:24:51 | お見事な本
◆「贖罪」(湊かなえ/東京創元社)

「罪」と「償い」をテーマに、
「告白」と同じ手法で描かれた物語だな~って思いました。
ただ、「告白」に慣れてしまった読者は、
ワンランク上の衝撃や感動を求めてしまうものだから、
この作者の本を初めて手にとる人でなければ、
ちょっと物足りなかったのでは?

物語の始まりは、
空気のきれいな田舎町で起きた、少女の強姦殺人事件。
事件当時、一緒に遊んでいた小学生の4人の少女たちは、
犯人の顔を見ているはずなのに思い出せない。
事件は迷宮入りし、被害者の母親は、娘の友人4人に、
憎悪の言葉をぶつける……。

少女たちの心のなかで、そのぶつけられた「言葉」が変化し、
大人になったときにそれぞれの「贖罪」のかたちを、
実現したり、認識したりしていく。

この作家さんならではの、
人間にエゴや悪意という名の「毒」を見出して拡大してみせる
手腕は、さすがさすが。

人間に対して「きれいなもの」だけを見ていたい人にとっては、
毒が強すぎて、目を背けたくなるかも。

それぞれ、4人の少女たちが大人になり、
過去の殺人事件の負い目を見つめていった結果では、
「どうしてそうなっちゃうの~?」って理解に苦しむくらい、
極端な行動もとられていく。

母親が、わが子だけを愛しく思ってしまうエゴを、
愚かしくも愛おしく感じるような理解の仕方は…、
この少女たちには難しかったのかな。

個人的にはそこが疑問。

それからここからはネタバレになってしまうけれど。

最後に登場する、犯人らしき男。
彼が、幼い少女を殺すまでの理由が、
過去の因縁からは見つからない。
彼と昔の恋人とのやりとりが、
事件を起こすに相当なことには、とても思えなくて。

「贖罪」という言葉と、少女たちのとった行動もちぐはぐで、
少女を殺した男の、動機と行動もちぐはぐで、
そこがちょっと引っかかりました。少し甘かったのでは…なんて。

「告白」のときの凄まじい説得力、あれをまた体験したいです。


くるみ

どこまでいっても、オンナの敵は女。 「森に眠る魚」

2009-08-09 18:31:54 | お見事な本
◆「森に眠る魚」(角田光代/双葉社)

同じ年頃の子供をもつ、5人のママさんグループ。
その輪ができた頃は、
女性にありがちな束縛的な仲間意識がなく、
なんだか新しい感じのママさんたちの友情が
描かれていくのかと期待していたんだけど…。

なんででしょうね。

子供たちの「小学校お受験」を前にして、
腹を探り合い、火花を散らすママさんたち。

失望したのは、「受験するもしないも、息子の意志に任せる」
なんて懐の広いところを見せていた、
リーダー的なママさんが、
こそこそと自分の息子だけいい塾に入れて、
一流の小学校に入学させようと躍起になりはじめるところ。

ティーンエイジャーの女学生たちが持つみたいな、
「私たち、同じよね」
と相手を自分と同じポジションに置かないと気が済まない
妙な集団心理、束縛することでのみ成り立つ連帯感を、
大人になってまで持っているのが
フツーの女性なのだとしたら…。

つくづく、やっていけないな。なんて思ってしまう。

そう。ここに描かれている5人のママさんたちの、キャラクターは、
今まで私が出会ってきた同級生のなかに、
ことごとく共通点があって、学生時代を思い出すシーンがいっぱい。

「こういう女、いるいる!」って頷いてしまうほど、
凄まじいまでのリアリティがあって、
そんな女性たちが心のなかで繰り広げる、
嫉妬心もえさかる思惑の森は、読んでいて鳥肌が立つほど。

同じ女性であるってことだけで、自分が情けなく愚かに思えてきました(笑)。
 
私にとって一番不思議なのは、「自分の子供を東大に入れたい」と
思うなら、その目標に向かって教育をすればいいのであって、
他のママさんグループの子供がどの学校に行くのかなんて、関係ないだろうってこと。

身近な人が東大を目指そうが、実際に受かるか受かるまいが、
自分の子供には関係ない。
どうしてママさんって、狭いところで「背比べ」をしたがるんだろうねぇ。
5人チームのママさんグループのなかで、
自分の子供がずば抜けて優秀だったとしても、
それはちっぽけなグループのなかでのこと。

日本には、世界には、もっと知能の高い子供たちがいるんだから、
敵愾心を燃やすなら、そこまで視野に入れた方が健全だと思うんですが。

逆に公立の小学校に行くからって、子供の人生が終わるわけじゃないでしょうが。

ママさんたちのダンナが、異様なまでに影の薄いことも、
不気味なことこの上なし。
角田さんがあえて男親の視点を省いたのか、パパたちには興味がなかったのか。
つくづく不思議でした。どの家庭でも男は草食系だなんて。
 

「ウチは悪いがビンボーだ。
 知識がほしけりゃ、図書館にでも行けばタダで手に入る。
 だから息子よ、娘よ、自分でもぎ取ってこい」

私だったら親になっても、こんなふうに突き放しそうだ。わっはは。
だって税金は納めているもの。


くるみ

こんな格差社会に黙っていられるか!「オリンピックの身代金」

2009-03-27 22:27:47 | お見事な本
◆「オリンピックの身代金」(奥田英朗/角川書店)

オリンピックを支えたのは、使い捨ての職人たち。
こんな格差社会に黙っていられるか!
ダイナマイトを手に、ひとりの東大生が立ち上がる。

舞台は、昭和60年代の日本。
東京オリンピック開催に向けて、近代化していく町の裏側で、
……貧しき労働者たちが犠牲になっていく。

主人公は、まるで蟹工船のように劣悪な労働環境を、
自ら体験したエリート東大生。
彼は、マルクス主義とも異なる、独自の考えから、
国家権力を相手に、爆弾魔「草加次郎」として戦いを挑む。

東大生の青年が許せなかったのは、
オリンピックという繁栄の「光」しか見ない人たちのこと。

スタジアムを建てるため、町を整備するために、
安い労働力で雇われた職人たちは、
肉体と精神をぎりぎりまで酷使され、やがて自滅していく。

そこまでして金銭を稼がないと、日々の生活すら送れない
底辺の人々がいるのに。
世間では、そんな職人たちが生命を落としても見向きもされない。

当時の社会はおかしいと、確かに思う。

でも、立ち上がった青年は、「正義」といえるのかというと…どうでしょう?

この青年くらいの頭脳があったら、
警察を相手に爆弾をしかける、なんて方法じゃなくて、
もっと時間をかけて、強烈な一矢を報いることができたんじゃないかと、
そう思えるから残念。
それこそ国を、内側から揺るがすくらいに。

そしてせめて最後に、警察サイドでもひとりぐらい、
青年の信念に気づいて共感してほしかったなとも思えてきます。

彼の考えていたことは、当時でも、今の日本でも、
ある面で正しいことだと思うから…。

この本を読んだら、去年の北京オリンピックでも、
華麗な成功の裏で犠牲になった「人柱」があったんじゃないかと、
危ぶんじゃいます。

とにかくリアルで、生々しい時代の息吹が感じられる奥田作品。
60年代の雰囲気を満喫できる一冊としても、おススメですよ。


くるみ

透明な湖水のように冴えわたる復讐心。 「告白」

2009-03-08 18:11:13 | お見事な本
◆「告白」(湊 かなえ/双葉社)

中学の終業式の日、
退職する女性教師が教え子たちに告白した真実。
このクラスに、娘を殺した犯人がいるということ。
社会的には罪を問われない少年たちに、
女性教師が残した復讐のかたち。

第一章を読み終えた瞬間の、背筋の凍るような思いが、
あまりにも衝撃的で唸ってしまったくらい。

物語はその後、女性教師からのおそろしい復讐を、
しっかりと刻み込まれた少年をめぐって描かれる。
何事かを感じ取った旧友、
本質的な問題にまったく気づかない犯人の家族など、
さまざまに視点を移して語られる「告白」の続き…。

この女性教師がしたことに、反発できる人はいるんだろうか。

生命の重さを感じることができない犯人に、
的確な方法で、そのことを痛感させた“教師”の聡明さ。
その極限まで突き詰められた悲しみの力に、
共感こそできでも、否定はできない。

明確な「理由」なき殺人。
悲しむ人を見ても、贖罪する気持ちを持たない犯人。
どこか狂った人の心を裁く力が、
現実の世界でも存在してくれますようにと、
願わずにはいられなくなりました。

きれいごとだけで、生きてはいけないでしょう?

くるみ