yanの気まぐれ山雑記

山行記や山野草について綴っていきたいと思います。

平戸往還(早岐一里塚~四郎丸橋)(5)

2024年01月31日 | 平戸往還

日時…2024.1.29(月)  天気…晴れ 

コ-ス&タイム ➊早岐一里塚跡碑9:29→❷小森橋9:46→❸広田城址入口9:58→❹道標「鶴ケ峰」10:00→❺金田橋10:09→❻矢通し石10:15→❼浦川内の旧道10:31→佐世保拘置所支所前10:39→❽重尾の交差点(買い物)10:45~10:55→⓫藩境舳ノ峯(へのみね)番所跡11:17~:26→⓬重尾峠(旧舳ノ峯峠)11:31→⓯四郎丸橋12:06~12:29→重尾のバス停13:45  

※歩行沿面距離…早岐一里塚跡→四郎丸橋 5710m  復路 四郎丸橋→重尾バス停2639m  合計8349m

※地図の編集作業中に画像ソフトが壊れまして、未完成のままのコ-ス地図になってしまいました。

2月4日訂正地図と差し替え

 

  早岐一里塚跡碑~浦川内区間です。

 

  ➊早岐一理塚跡碑9:29

 

ホテル「ファーストイン早岐」前にあります

 

  一里塚があるホテル「ファーストイン早岐」と中通りの様子 振り返る

 

  JR大村線の踏切を渡る(踏切から早岐駅方面をパチリ)

 

  旧小森橋は江戸時代からあったことが伊能忠敬の「測量日記」に記載されているそうです。

 

 

 

  小森橋から上流方向を眺める9:48 

 

  横断歩道を左から右へ渡りますが 撮影した場所から少し左側を進むと

 

  ❸「広田城址入口」の碑が立っている。そして右折して道路を渡ると下記の道標があった。

 

  ❹「鶴ケ峰」の道標

 

  佐世保市立広田小学校

 

 

 

  ❺金田川に架かる金田橋を渡る10:08

 

  ❻矢通し石「戦国時代に広田城を攻めた大村方との戦いの逸話が残っている」(出典:させぼの歩き方) 広田城から直線で約400mあるのだそうです。

 

  同上

 

  「矢通し石」と書かれているようですが?

 

  浦川内~重尾峠(旧舳ノ峯峠)区間です  ※重尾峠の赤点線は平戸往還が通っていると思われる区間です。(平戸往還の表示あり)

 

  ❼浦川内地区の旧道の様子10:31

 

 佐世保拘置支所前を通って坂を下り重雄の交差点を右折すべく進む10:39

 

  ❽重尾の交差点 進行方向は右折します  (私は直進して左側にあるコンビニに立ち寄る)

 

  ❾「わくわくふれあい市」を振り返る10:59

 

※2024.2.8(木)追加

❾わくわくふれあい市と番所跡のほぼ中間地点の右側に、番所の開設当時から舳ノ峯番所のお役人として勤められていた八並様のお屋敷があります。

○2本の藩境界石は大村藩と平戸藩の藩境に立てられていたが、その後ご当家が引き取って保管しているのだそうです。○関所を通行する旅人や民の訴え等を取り調べる前に「お手つき石」に手をついて役人に申立をした… 

撮影とブログへのアップのご許可を頂きましたので、撮影させて頂きました。気持ちよくご許可下さいました八並さまに心から御礼を申し上げます。 尚2つの藩境界石には風雪から保護のために白いシ-トを被せてありましたが、ご丁寧に私のために取り外して下さいました。

  藩境柱石とお手つき石

 

 

 

 

 

  お手つき石  撮影後丁寧にお礼を申し上げてお屋敷をあとに致しました。 

 

 

 ❿旧道11:14

 

 ⓫「藩境舳ノ峯番所跡」の碑 地図の番所と記載されている辺りになります。 ~11:26  ※舳ノ峯…へのみね 

天正14年(1586年)10月3日大村藩と平戸藩の境界を決めるべく、両藩の代表者が舳の峰峠(現重尾峠)で相対した。当初は意見が一致しなくて交渉は難航したが、ついにここ舳ノ峯峠を藩境と決定しました。平戸側になるここに番所を設け両藩から番人が常駐し武器を備え周囲は竹矢来をめぐらして通行人を監視したそうです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

  重尾峠(旧舳ノ峯峠)付近 往還は山側を通っています

  ⓬

 

 

 

   上記の「番所峠」を抜粋ね拡大したものです

 

 往還は赤破線のように通っていたようです。

 

  平戸往還の石垣

 

  

 

 

  番所~四郎丸端の区間です

 

  ⓭瀬道瓦木面 11:51

 

 

 

  ⓮

 

  瀬道入口から番所峠方面を振り返る11:55

 

  同上から進行方向の「四郎丸」をパチリ

 ⓯本日の終点の「四郎丸橋」12:08~12:30 ここでランチ

 

  同上から針木峠方面を眺める

旧往還を歩きながら昔の旅人たちが往還をどのような気持ちで、又服装はどのような恰好で歩いたかと江戸時代へと気持ちは…… 

針木峠(平戸往還で最高地点)方面へいつの日か歩きたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

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