手羽先を酢で煮込んで
玉ねぎとトマトを加えてカレーに。
結構いける。
来月から、5年目のそろそろ28歳。
何もかも半端で「もやもや」する毎日を脱却したくて、
もがきながらこのブログを書いて少しずつ大人の階段を昇っている。
安岡正篤さんの『運命を創る』を読み、人生の深みに改めてしみじみ。
「卒業は始業」
我々は学校を出てから、むしろ本当の意味において学ばねばならない、修行をせねばならない。-(中略)-人生学、社会学、事業学等、皆これから始まる。-感激のないところに人生はない、…怠惰と無為とは人間のあらゆる腐敗と罪悪との根源であることをいろいろに教えております。-人間生活の秘訣は、すべて自分の精神をある何ものかに集中することにあります。
現代の虚無的、頽廃的な世の中は「自己の喪失」ゆえ。
ニュンベルクの裁判で、ナチ当時の軍需相であったシュペアが述懐して
「科学技術が発達して、機械的組織が完備するに従い、人間は次第に単なる命令受領者にすぎなくなって、その結果、独裁者を生じるようになる。今後、社会が機械化するほど、同時に自由な個人の完成に努力せねばならない」
といったそう。
私は社長に惹かれ会社に入り1年は必死で充実していたが、
2年目・3年目に会社への不満でお酒の量が格段に増え、情緒不安定になった。
生きていて、どんな理想が語られ期待しようと、実際経験する中では
概して不満を抱きやすい。青い鳥が近くにいるのに気付かないのは何故か。
期待し、期待が外れ、それでも新たな期待をし、
それを「自ら」形にする経験をしないとわからない。
うちの会社の若手の口癖。
「当時の自分は甘かった」。「社長は見せ方がうまい」から「だまされた」。
なんて他力で自己中な響き。
しかし同時に「鍛えられた」と転職して活躍している人多数。
残って活躍している人も多数。
パスツールは、学生に向け語ったのが以下。
「何ものも生み出すことの出来ない懐疑主義に染まってはならない。諸国民を覆うある時期の悲哀によって落胆せしめられてはならない。
まず自ら問うてみることである、自己の修行のために何をしたかと。そして諸君が次第に進歩したならば、自分は祖国のために何をなしたかと自問してみなさい。そして諸君は、ついに人類のため、また、その進歩のために、何らかの形で寄与したという自覚で、広大な幸福感に浸りうる時が必ず来るであろう」
虚無的な社会にあって、どんな迫害を受けても、毅然と孤独に生きる志。
それだけの信念と見識をもつことが大切という。
うちのチームのTOPでもある、T取締役曰く、
「うちの会社はとても日本的で、社風を大切にする。その価値を感じて欲しい」。
すなわち、自分に任された仕事に自発的に取り組むこと+社風の影響を受けることのスパイラルの中で、より個人的価値を高め、会社の社風を伸ばしていくことを目指す。
自己中でもダメ、右から左もダメ。
主体性を保つ方法を語る中では、仕事が重大になっている。
・悲観と興奮は心の病
⇒すぐ悲観したり興奮しやすいというのは病的で、事をなすに足りないという。
こういう人は環境に支配される力が強いので、容易に自己の主体性を失いがちである。伝染病にかかりやすいのと同じ。
⇒ただ、人間は感情があるもの。
精神的動揺があっても、仕事は平常通り続けられることが必要。
⇒そうなるには、絶えず自分で反省し、修養する必要がある。
東洋哲学に「止」とある。ものに打ち込んで、ものと一つになると、そこから本当の叡智と、直観力が出て来る。
⇒現在の仕事は自分の生涯の仕事とするに足るかどうかを考えよ。
もし生涯の仕事とするに足らないのであれば、できるだけそれを生涯の仕事とするべく研究するか、何かそこに落ち着いた正しい工夫と努力をすること。我々の心構えと努力によっては、そんな小さいことでも生涯の仕事とするに足りるという。
ここで、大切なのが、
「自分の仕事があわない」というとき、自分の生活が退屈ときたら、自分の満足を何によって得るかを考えること。
働くことによって消費されるエネルギーよりも、退屈によって消費されるエネルギーの方が大きい。
「四耐」
・冷ややかなる事に耐える。人生の冷たさに耐える。
・苦しいことに耐える。
・煩わしいことに耐える。
・閑に耐える。
⇒人格の向上に努めること、将来のために実学を学ぶこと。
両方大切。
そして、自分に何か信仰や信念、哲学を持つこと。
地位や身分や家族がなくなっても、何か残る自分の中で永遠なるものをもつこと。
最後の言葉は、その通りながらつらくもある。
情報があふれ「目標をもて」といわれすぎて、自己責任の時代で
いったいどうしていいかわからなくなったという、
パラドックスな世代の一人として、さあどうするか。
4年目で「もやもや」から脱却!
これから頑張る骨格の形成の時期。
5年目は試行錯誤するのは同じにしても、
覚悟を決めて、自分に専門をつける年にしたい。
玉ねぎとトマトを加えてカレーに。
結構いける。
来月から、5年目のそろそろ28歳。
何もかも半端で「もやもや」する毎日を脱却したくて、
もがきながらこのブログを書いて少しずつ大人の階段を昇っている。
安岡正篤さんの『運命を創る』を読み、人生の深みに改めてしみじみ。
「卒業は始業」
我々は学校を出てから、むしろ本当の意味において学ばねばならない、修行をせねばならない。-(中略)-人生学、社会学、事業学等、皆これから始まる。-感激のないところに人生はない、…怠惰と無為とは人間のあらゆる腐敗と罪悪との根源であることをいろいろに教えております。-人間生活の秘訣は、すべて自分の精神をある何ものかに集中することにあります。
現代の虚無的、頽廃的な世の中は「自己の喪失」ゆえ。
ニュンベルクの裁判で、ナチ当時の軍需相であったシュペアが述懐して
「科学技術が発達して、機械的組織が完備するに従い、人間は次第に単なる命令受領者にすぎなくなって、その結果、独裁者を生じるようになる。今後、社会が機械化するほど、同時に自由な個人の完成に努力せねばならない」
といったそう。
私は社長に惹かれ会社に入り1年は必死で充実していたが、
2年目・3年目に会社への不満でお酒の量が格段に増え、情緒不安定になった。
生きていて、どんな理想が語られ期待しようと、実際経験する中では
概して不満を抱きやすい。青い鳥が近くにいるのに気付かないのは何故か。
期待し、期待が外れ、それでも新たな期待をし、
それを「自ら」形にする経験をしないとわからない。
うちの会社の若手の口癖。
「当時の自分は甘かった」。「社長は見せ方がうまい」から「だまされた」。
なんて他力で自己中な響き。
しかし同時に「鍛えられた」と転職して活躍している人多数。
残って活躍している人も多数。
パスツールは、学生に向け語ったのが以下。
「何ものも生み出すことの出来ない懐疑主義に染まってはならない。諸国民を覆うある時期の悲哀によって落胆せしめられてはならない。
まず自ら問うてみることである、自己の修行のために何をしたかと。そして諸君が次第に進歩したならば、自分は祖国のために何をなしたかと自問してみなさい。そして諸君は、ついに人類のため、また、その進歩のために、何らかの形で寄与したという自覚で、広大な幸福感に浸りうる時が必ず来るであろう」
虚無的な社会にあって、どんな迫害を受けても、毅然と孤独に生きる志。
それだけの信念と見識をもつことが大切という。
うちのチームのTOPでもある、T取締役曰く、
「うちの会社はとても日本的で、社風を大切にする。その価値を感じて欲しい」。
すなわち、自分に任された仕事に自発的に取り組むこと+社風の影響を受けることのスパイラルの中で、より個人的価値を高め、会社の社風を伸ばしていくことを目指す。
自己中でもダメ、右から左もダメ。
主体性を保つ方法を語る中では、仕事が重大になっている。
・悲観と興奮は心の病
⇒すぐ悲観したり興奮しやすいというのは病的で、事をなすに足りないという。
こういう人は環境に支配される力が強いので、容易に自己の主体性を失いがちである。伝染病にかかりやすいのと同じ。
⇒ただ、人間は感情があるもの。
精神的動揺があっても、仕事は平常通り続けられることが必要。
⇒そうなるには、絶えず自分で反省し、修養する必要がある。
東洋哲学に「止」とある。ものに打ち込んで、ものと一つになると、そこから本当の叡智と、直観力が出て来る。
⇒現在の仕事は自分の生涯の仕事とするに足るかどうかを考えよ。
もし生涯の仕事とするに足らないのであれば、できるだけそれを生涯の仕事とするべく研究するか、何かそこに落ち着いた正しい工夫と努力をすること。我々の心構えと努力によっては、そんな小さいことでも生涯の仕事とするに足りるという。
ここで、大切なのが、
「自分の仕事があわない」というとき、自分の生活が退屈ときたら、自分の満足を何によって得るかを考えること。
働くことによって消費されるエネルギーよりも、退屈によって消費されるエネルギーの方が大きい。
「四耐」
・冷ややかなる事に耐える。人生の冷たさに耐える。
・苦しいことに耐える。
・煩わしいことに耐える。
・閑に耐える。
⇒人格の向上に努めること、将来のために実学を学ぶこと。
両方大切。
そして、自分に何か信仰や信念、哲学を持つこと。
地位や身分や家族がなくなっても、何か残る自分の中で永遠なるものをもつこと。
最後の言葉は、その通りながらつらくもある。
情報があふれ「目標をもて」といわれすぎて、自己責任の時代で
いったいどうしていいかわからなくなったという、
パラドックスな世代の一人として、さあどうするか。
4年目で「もやもや」から脱却!
これから頑張る骨格の形成の時期。
5年目は試行錯誤するのは同じにしても、
覚悟を決めて、自分に専門をつける年にしたい。
所詮他人事 早く自分の基準値決めて!