独り言日記

あくまでも独り言・・・
日々考えたこと、あったことをツラツラと書きます

尼崎の小山ひとみさん

2008年11月26日 02時26分38秒 | 社会
最近、黒田清氏の著作と並行して『深代惇郎の天声人語』を読んでいる。
深代惇郎氏は昭和48年から50年にかけて朝日新聞の天声人語欄を執筆していた記者だ。
はてなキーワードによると、「名執筆者」とある。
その名の通り、本に記された数々のコラム(天声人語)は名文であり、なおかつ深代氏の主張に感嘆してしまう。

そのコラムの中の一つ、「8月15日」(S48.8.15掲載)に尼崎の小山ひとみさんのことが載っていた。


 「尼崎の小山ひとみさん」という人の作品が、朝日新聞の「朝日歌壇」によく選ばれる。いつも、戦死したひとり息子の歌をうたう。その痛哭のあまりのはげしさに、この人の名を記憶されている読者もいるだろう。

 「わが生のあらむ限りの幻や 送りし旗の前を征きし子」。この母に、この世は仮の宿だ。息子の幻と生き、幻と語り合い、行商をしながら細々と暮らしている様子が作品からうかがえる。「貧しさの中に育てて成人せり 戦死せし子よ今日の食足る」。食の足りないほどの苦しさの中で、育て上げた息子だったにちがいない。そして今日、食足りて、母の悲しみに何ほどの慰めもない。

(中略)

 ある人は、あるとき、亡き人を思う。だが生きている限り、死者を思いつづけていく人もいる。「戦死せる夫を詠みつぐ執ふかき 吾をあるとき不意と疎みぬ」。何年、歌いつづけてきたのだろう。もう、やめようと思う。だが、やはり歌いつづけてきたのだろう。もう、やめようと思う。だが、やはり歌いつづけねば生きていけないのだ。

 「恋いに恋いて心阿修羅となれる日は 遺影も遺品も棄てなんと思う」。その狂おしさは、おそらく歌にするほかにすべないものであろう。「征きし子のまぼろし消えず老い痩せて 夕星鍬にすくい畦塗る」。老夫は、黙々と畦(あぜ)を固める、田にうつる星を鍬(くわ)ですくいながら、だが、すくってもすくえぬ思いは、夕星ではない。

 また「8月15日」がきた。



ネットで尼崎の小山ひとみさんについて調べてみると、たった一件だけヒットした。
短歌の数は実に101首。
その全てが6年の間に朝日新聞の紙面に載った。
そこに書かれた一つ一つの歌を詠むと、亡き子をただただ思い続ける独り身の哀しさ、痛ましい気持ちが私の胸をつく。
戦死した息子は、おそらく私と近い歳だっただろう。
息子が消え、後に残された母はこんな痛切な想いを抱くのか。

その小山ひとみさんが詠んだ短歌を、転載だが紹介したい。
たった一件のページで、たくさんの情報の中に埋もれてしまうにはもったいない。


昭和45年

45.11.29 一片の 雲なき空より 日の光 臨終近き わが皮膚撫でる

45.12.13 野に寝たる ことなき生を 吾は持ちて 雪の夜に偲ぶ 戦死せし子を

昭和46年

46.1.10 まなかいに 黄泉見えくる 齢となりぬ 生別の子等を 十年見ずして

46.1.10 しんしんと 雪降る夜なり 戦地より 子の魂ひとり 寝る窓たたく

46.2.7 あかつきの 窓あけ見おり 死せし 子ようつし世は 光みちくる

46.4.25 戦死せし 子の誕生日 祖よりの 樟の若葉を ひとり見ており

46.5.30 老の身を ひたすら守り 生きおりと 戦死せし子の うつし絵に言う

46.6.13 戦時にて 雑穀を挽きし 石の臼 雨に濡れおり 亡き夫恋し

46.6.13 あめつちに ひとり生きゆく わが窓に 隣家の薔薇 のびきて咲けり

46.9.12 逝きし子の 幻食みて 生きられず 古稀近き身に 行商をする

46.9.19 うつしえに 戦死せし子と 並びたる 少女よいずくに 母となりいる

46.9.26 戦死の日 知らねど今日は 誕生日 黍(きび)に鳴る風 子と聞きし音

46.9.26 台風の あとに澄みたる はてしなき 空を見て居り 束の間の生

46.9.26 生のある 限りひとりの 世となりぬ 亡き子が植えし 白きさるすべり

46.10.10 わが霊は 戦死せし子の 辺にあらむ 骸はここに 誰が見出む

46.10.10 戦死せし 子の魂と居つ ひとり見る 雁来紅の 朱炎ゆる庭

46.10.31 辛き世に 吾に金貸す 人ありぬ 満月みつつ 掌を合わす帰路

46.11.7 塵のごと 宇宙に生を 漂わせ 戦死せし子の うつしえ見おり

46.11.14 山また山 山西省に 明け暮ると 転戦前か 吾子の絶筆

昭和47年

47.1.15 ひとりにて 住める砂漠の 六畳に 子の魂月と なりて照らせり

47.1.22 めざむれば ここはうつし世 戦死せし 子の墓石に 初日輝く

47.3.11 湖に ほの照る月を 戦死せし 子の魂かとも 行商帰り

47.3.26 働きて 求めし米を ひとり炊く 黄泉より夫子 呼ぶを聞きつつ

47.4.9 雪の夜に ひとり心音 聞きおれば 地の底よりか 子の軍靴の音

47.5.7 生きむため 一日働き 帰りくる 子の墓場には 春の夕月

47.5.7 半ズボン 汚し帰りし幼な子を 叱りいたりき 戦死せしかな

47.5.28 祖よりの 庭にえにしだ 咲きにけり 戦死せし子は 光なき世に

47.6.16 戦死せし 子の魂来よと 植えしには あらぬを夕顔 垣に匂える

47.7.16 過労にて ひとり寝ており 明暗の 世界何れが 住みよきや子よ

47.7.16 吾を恋いて 泣くとぞ聞きて きたれりと 戦死せし子は 昨夜の夢に

47.7.30 祖よりの 松花咲きぬ 戦いの 世生き耐えて ひとり見ており

47.7.30 戦勝と 子の生還を 祈りたる 社にひとり 樟若葉みる

47.8.20 わが生の あらむ限りの 幻や 送りし旗の 前を征きし子

47.8.20 この部屋に 他人はじめて 入らむとき 日を経しわれの 骸見出でむ

47.8.27 ながらえば 月に千円 呉れるという 霞より濃き 食をさがさむ

47.9.10 戦死せし 子の魂鎮めて 空澄めり よみじうつし世 一つとなりぬ

47.9.17 うからなき 世を三十年歩みきて 祖よりの庭に 百日紅見る

47.10.1 貧しさの 中に育てて 成人せり 戦死せし子よ 今日の食足る

47.10.1 稲の穂に 金の陽光 注ぐ夕 未練深まる このうつし世に

47.10.8 旅終えて 帰ればひとり 月光に 子の魂待つらむ 家静かなり

47.11.19 戦死の報 疑うこころ 萌しきぬ 子はジャングルに 生きているかも

47.12.10 戦死せし 子の夢さめて起きみれば 月も黄泉を さまよえる色

昭和48年

48.2.11 躓きて うつし世去りたく思う吾を 戦死せし子の 魂が励ます

48.2.18 戦死せし 子の誕生日うつし世は 天つ日の下 樹樹芽吹きたり

48.3.4 必然に 行くべき黄泉遠く置き 陽に輝ける 連翹をみる

48.4.1 戦死せし 子の幻が 骨折のわが足撫でいる 病院の夜半

48.4.15 死神の さまよう夜半の 病院にギブスの下を わが血は流る

48.4.22 右左 わが臨終の 手を取りて夫と子の魂 哭きてくれるかも

48.4.22 吾を載せ 救急車行く 街暮れて子の墓山に 月昇りたる

48.4.22 骨折の 手術の痕も 見えざらむ 火に焼かれたる われの骸に

48.4.29 死か生か ひとり迷いし 夜はあけて窓をあくれば 連翹の花

48.5.20 退院して 如何なる道の 展けこむ戦死せし子よ いままた二人

48.5.27 松葉杖 つきて病院 出でてみる子の墓山は 暮れて骸(から)色

48.6.10 どの部屋も 危き生を 守りつつ静もりにけり 病院に月

48.7.8 山茱莫(ぐみ)の葉を翻し 風白し 戦死せし子の 墓は黄昏

48.7.22 公害に いのち狙われ生きており 煙都の月は 今日も血の色

48.7.29 逝きたき日 ながらえたき日織りまぜて 戦後をひとり 子の魂と来ぬ

48.7.29 めざむれば うつし世は雨 仮にとて 立てたる墓石 森に濡れおらむ

48.9.9 消えよとも 希いしいのち ながらえて 子の墓に見る 白さるすべり

48.9.23 戦時には 藷蔓煮たる かまどにて 鈴虫鳴けり 征きし子還らず

48.9.23 はてしなく 青澄める空 戦死せし 子 と吾を結ぶ 永久の色かも

48.9.23 今日もまた わが生はあり 戦死せし 子の魂のごと 白さるすべり

48.10.14 征きし孫 かえる日までと 生欲りし 母は逝きにき 戦死を知らず

48.12.2 今日までは いのちありたり 夜半に聞く 地球の鳴りか わが心音か

48.12.5 鉄鎖にて 曳かれるごとく 子は征きぬ 彼岸花さく 径にふりむきて

48.12.15 平生を ひとり行くとは 知らずして 母夫子らを 永久と思いしは

昭和49年

49.1.26 戦死せし 子よ哭くなかれ  苦難の世  吾に生きゆかむ 力残れる

49.2.2 戦死せし 子の畑打てる 幻を うつつに返す すべなき世なる

49.2.16 山脈は 七十日目の 雨に潤い 春まなかいの 空に紫

49.3.2 臨終の わが枕辺は戦死せし 子のみ侍らんと 思う雪の夜

49.3.2 一日に 千円あらばと思いいるに 政財界人は 億も鼻糞

49.3.2 地の回転 われの心音 静かなり 宇宙は凍る 夜半のしじまに

49.3.16 失いし 一生と思う ひとり老い 四畳半にて 月蝕を見る

49.3.23 明暗を 分けてそれぞれ 孤独なり 子の墓包み 樹樹芽吹きそむ

49.3.30 国のため 子は戦死せり 国のため 小野田さん生きて 今日帰還せり

49.4.6 子の遺骨 未だも島に 眠りいて 帰国の小野田さんを 見送りたらむ

49.4.21 戦費にと 億兆円の 予算あり 戦死せし子の 墓には桜

49.6.16 黄泉へは 急ぐなかれと 戦死せし子の魂云えど 病に疲る

49.6.23 うつし世の 光を見んと窓あくれば 蝙蝠とべり 薄明の街

49.7.21 広島の 方に雲湧く 夏は来ぬああ外国に また核実験

49.7.28 戦死せし 子と住む生(せい)の また来ずや 山むらさきに みどりに光るを

49.7.28 病苦より 逃れん眠りを 待ちており 梅雨はれの月 窓を照らせる

49.8.25 劫初より 生きとし生ける人みなの 仰ぎけん空の 澄みて秋立つ

49.8.25 恵まれし 日を偲びおり戦死せし 子の揺籠を 木陰に揺れる

49.9.1 木槿咲く 野に草刈りき ひとり子は 戦いに散る生 ゆめ知らずして

49.9.8 三十年 戦死せし子の 陰膳は 変わりかわりて このごろ豊

49.10.6 ニューギニア 地図に探すも子の生を 奪いて未だ 骨もかえさず

49.12.1 虹のごと この世見えけん 農日記 遺してひとり 戦死せしかな

49.12.8 戦死せし  子の臨終の  心音か  川瀬の音は  聞こつ絶えつ

昭和50年

50.2.2 地の上に  ひとり生きゆく  吾を照らす  億万キロを 離れたる陽よ

50.2.2 物拾い  車曳きても  生きゆかむ  戦死せし子の  墓に陽は照る

50.2.23 ひとりにて  生きゆくことに  疲れたり  戦死せし子の うつしえも古り

50.3.2 石山に  石切る人ら  麓なる  一本桜に  弁当掛けつ

50.3.16 夫子をば  奪いしうつし世  加うるに 貧 にて迫れど  吾はいきてやる

50.3.30 征きし子の  還る幻  船浮ける  海の霞みて  また春はきぬ

50.4.13 征きし子の  還るを待ちて  闇煙草  カリエスの身に  売り歩きし日

50.5.18 幾度か  戦時経てきし  祖よりの  松には松の  花咲きそめぬ

50.5.18 何百万  難民作り  孤児つくり  戦は進む  何の目的

50.5.25 三十年   ひとり生ききし   こと告げに  子の墓にくれば 山ほととぎす

50.6.15 早苗とる  手並み 下手なりし  思い出や  戦死せし子よ  うつし世は夏

50.6.15 めざむれば  ひとりなりけり  起きてみる  子の墓山の  上の三日月








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3 コメント

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天声人語の小山さん (小川茂)
2009-04-25 09:34:35
昨日の同欄が気になって見てみました。ちょうどそのころ私は朝日の名古屋本社にいて、おぼろげな記憶が残っていたようです。こうして通読させていただくと、次の一首になかなかすすめないほどです。
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Unknown (yuji)
2009-04-28 20:07:52
>小川茂さん

コメントありがとうございます。
朝日の記者の方でしょうか。

24日の天声人語を読んで訪れた方が他にもいらっしゃいました。
小山ひとみさんの短歌が再び朝日の紙面に載るとは思いもしませんでした。
当時の朝日歌壇を読み返すと、戦争を詠った歌が多いように感じます。
その中でも小山ひとみさんの短歌は一首一首がズシリと重く、涙を誘われます。
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Unknown (もりしま ゆりこ)
2023-07-04 13:12:58
はじめまして、「小山ひとみ」さんを検索してこちらに来ました。
「光のうつしえ」(朽木 祥、講談社 2013)という小説のメインテーマとして小山さんの短歌があります。

46.9.19 うつしえに 戦死せし子と 並びたる 少女よいずくに 母となりいる

主人公の少女が灯篭流しの場で知らない老婦人に「あなたはおいくつ? お姉さんはいる?」「お母さんのお年は?」と呼び止められる場面から、物語は始まります。

47.5.7 半ズボン 汚し帰りし幼な子を 叱りいたりき 戦死せしかな

こちらに着想を得たエピソードも織り込んで、他何首か小山さんの短歌が作中にあり、
巻末に小山ひとみさんご本人、またはご家族の連絡先を知る方は編集部まで、とあります。
朝日歌壇にこれだけ掲載されていても記録は残っていないのですね。
そしてこんなにも沢山の歌を触れ、魂を揺さぶられております。まとめて頂いてありがとうございます。

本の冒頭には「世界中の『小山ひとみ』さんのために」
と献辞があります。 よかったら読んでみてください。
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