goo blog サービス終了のお知らせ 

月のカケラと君の声

大好きな役者さん吉岡秀隆さんのこと、
日々の出来事などを綴っています。

柴又発・平山涼くん

2007年05月18日 | 山田監督作品

こちらの涼くんは、平山工務店の涼くんとは別人でありまする。

この柴又発の涼くんも腰がなかなか落ち着かない方でありましてですね、
それが原因で親父さんと喧嘩してはっとばされた挙句に、
ぬわぁ~んと泣きながら線路沿いを疾走しつつ家出をしてしまうという、
疾走家出王子であります。

この映画は冒頭から、涼くんが怒ったり泣いたりついでに走ったり、
ちょっぴりウヒウヒしたりお弁当食べてモグモグしたり、
列車の発車時間にアセアセしたかと思うと、
四国お遍路さんにぎやかツアーのおば様たちにとり囲われちゃって
モミモミムギュムギュスリリンされちゃったりして
はやくもマダム悩殺四文字レーダーを遺憾なく発信しちゃったり、
そうかと思えば物憂げに人生に対して哲学しちゃったりなんかしてですね、
そりゃ~まるで「吉岡ものしり大図鑑」監修・ヨージ ヤマダ、
みたいなオープニング・ロールから始まりますです。

ごちそうさまでございます。


しかしなんてまぁ~大胆な、あの
四国お遍路その一派手派手メガネムラサキきらりんおば様っ。(←長い・・・)
あんなこと涼くんに言ってのけちゃうなんて・・・・・・・。

しゃあああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!! 

私だったらあんな言葉を彼に向かって発した時点で、
瞬間沸点到達してのぼせ上がって鼻時ブーの高木ブーのビビデバビデブーで
錯乱状態になってしまうよ~。
はぁ~、ドッキリドキドキ㊙報告しちゃったじゃないか~。

あなどれないのでありまするよ、山田監督ってば。


ダメだ・・・、パヤパヤ状態になってしまう前に軌道修正いたします。


さて、この作品での吉岡くんは、
「ちょっとかったり~な~ダラ~」
みたいな、まるで午後の保健体育の授業のような雰囲気を醸し出しておりまする。

人生に疑問を持ちつつ、同時にその人生に対しての自分の情熱の不甲斐無さも
痛感しているという青年の抱える独特の倦怠感みたいなものを、
彼独特の空気の抜き方で表現しているのだと思いますです。

そしてそのちょっと気だるい雰囲気を醸し出す彼の演技が、
主人公のカッちゃんの映画に対するエネルギッシュな情熱を
更に惹きたて、と同時に、その熱さを沸騰させすぎないように
引き算させながらバランスをとらせる、自動サーモメーターのような
役目も果たしているのだと思われまするですね。

さすがでございますな~、山田監督。(←なにやつ?)

この涼くんの気だるさは、やがて結末に向けて潮が満ちゆくように
ゆっくりとなだらかに小さな希望へと変遷していくのだけれど、
全体的には、吉岡くんは力がまったく入っていない演技を貫いていると思われ。

それはなんていうか、ちょっと気の抜けちゃったスプライト、
みたいな感じの演技でありますだ。ふぁんたすてぃっくっ!

涼くんが初めて、オデオン座の前で、なんだかカバヤのジューシーみたいな
かわいいキャラのカッちゃんと出会う場面なんて、気だるいオーラが
だんだらだらり~んと彼の全身から放出されていて絶妙でしたでがんすよ。

しかし吉岡くん、その立ち方は左手をまっすぐ天に向かって上げれば
ナイットヒィ~バァ~ナイットヒィ~バァ~♪なトラボルタだよん。
今でも時々しますね、その立ち方、フフ。(←いや、トラボルタとは関係ないですけん)

吉岡くんは、概して言えることだけれども、特に山田監督の作品で脇を演じる時は、
何気に観客の注意をちょびっとだけ引くという、簡単そうでいて実は難易度大な演技を
してみせちゃってる神業くんであると思います。

この作品での彼も、大げさな動作や台詞で笑わすのではなくて、
その存在感から醸し出す雰囲気で観客をクスっとさせてしまうという、
何気にクスッとくんでありもうした。

芸がとてもさりげなく細かいので、見逃してしまいがちなのですが、
どの場面でもどこにいてもちゃんと役の中の人物として「さりげな~く」
存在しているという、お刺身のツマみたいなお人でありまするだ。

さりげなく存在する、という伊賀忍法演技でありますね。

そういった彼の何気くんの演技は、山田監督の吉岡くんに対する
揺るがない信頼感が基盤になってスクリーンに表われているのではないのかと、
私なんぞは思ってしまうのでありますよ、だいじゃえもん。

そだ、信頼感といえばもう一つ。
それはこの映画では映写技師を演じた田中邦衛さんとの共演であります。

田中さんと吉岡くん、この二人のツーショットを見るとですね、
それがどんな作品であっても、自動的に「黒板家再現フィルム」が
頭の中で上映されてしまう方が巷には多いですけど、
しかし山田監督はそんなこと屁にも思っちゃいないに違いないわけで。

そしてもちろんこの名優二人は、スクリーンに富良野の風は微塵も
吹かせないわけであり。おぉ、玉や~。

純粋に役者・田中邦衛と役者・吉岡を起用しているのだと思うと、
その思いには感慨深いものがありまするだ~。
うぅ、松竹ばんざ~い!


さて、その後の涼くんはといいいますとですね、
宿となった映画館の楽屋でおばけなんか見ちゃってフルフルしちゃったり、
給料提示を一向にしないカッちゃんに対してプンプンしちゃったり、
人形の久月みたいなお美しい顔の八重子さんから
ちょびっとお叱りを受けただけでショボショボしちゃったり、
早とちりの挙句に消火器ぶっぱなしてゲホゲホしちゃったりですね、
そんな彼の様子を映画の冒頭から文字にすると、
ヌオオンムギュムギュスリリンウヒウヒアセアセモグモグフルフル
プンプンショボショボゲホゲホとなるという、まさに
「擬音大感謝祭赤札大売出し市開催」なのでありまする、ふふ。(←・・・・・)


気付かなかったよ~ん、この時から君はすでに四文字大魔王だったのね~。
可愛いったらありゃしないじゃないの~、君ってばぁ♡


ん?


はて、一体この時の吉岡くんは何歳だったのだろう?
21,2歳の印象があるけど、確かこれは、学校IIの後に撮られた
作品のはずだから、当時の彼はすでに26歳にはなっていたはずですばい。


しかしちょっと待てよ、ラッシー。


今冷静に当時の自分の周りを思い出してみるとですね、
あの時分26歳くらいの男性で、かわええなぁ~、白いしぃ♡ 
などと鼻の下をだら~んと伸ばしきってですね、
「見つめちゃいたいわっ、うきゃっ♡」
な~んて、♡マークまで語尾にいちいち付けちゃう程に思える男の人は、
あっしの周りには皆無であったぞっ。

みんな早くもオヤジ街道まっしぐら~なオヤジララバイ達だったじゃよ~。
悲しいな、私ってば。

こんな全面的素敵オブラートに包まれた26歳の男の子は、
少なくとも私の周りにはいなかったでごじゃるよ~っ、吉岡く~ん。


そしてそれは今現在の彼にも同じことが言えちゃう事であるわけで。

だって、
あんなこんなそんなうふふんしゃらら~んはらり~んキリリ~ン圧縮パックな36歳は、


         「いないっ!」              



吉岡くん、君ってば、コンビニの雑誌コーナーでふと横を見ると
隣でジャンプなんか立ち読みしている兄ちゃん、
みたいな雰囲気全開バリバリそこんとこヨロシクッって感じなくせに、
実際に良く考えてみると実は伝説の雪男なみの希少価値のある人だったりするのだ。


彼のような人を奇跡の人、またはアンビリーバボーな兄ちゃん、
略してビリバボちゃんと言うのかもしれない。


やはり君は普通仮面の悩殺王子ホワイティなのだ。


んもぅ、これだから君のファンをいつまでたってもやめられな~いのじゃシャバダバダ~♪







書き忘れてしまいましたが、これは「虹をつかむ男」という映画のことでありますだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする