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夢のきざはし

書は言を盡さず 言は意を盡さず

多重音。

2004-09-23 00:00:00 | 過去百景

ぎゃあぎゃあと騒ぎながら終わらせた文書は、きちんと提出し既に私の手を離れた。
肩の荷を降ろして昨日、ゆったり飲み会を楽しみ(幹事がゆったりってどうかととも思うけど)
心置きなく朝寝坊した今日。
身内が大喧嘩しているらしいという話を聞いた。

2月に結婚した二人は、まあほんとによく喧嘩する一対ではあったけれど
またかい、と周囲は半ば呆れつつ苦笑しているけれど
本人達は無論真剣で、離婚騒動に発展しているらしい。

何故そんなところへ至ったのか、原因も経緯もさっぱり分からないので
(彼女のほうが掛けてきた電話は、横からがちゃんと彼により切られてしまったそうで、其れの繰り返しで話が見えなかったとか)
ましてやのんびり飲み呆けていた私が又聞きで把握できるはずもなく
またかいと苦笑して成り行きを眺めているしかやることはない。
喧嘩の最中というのはどんな助言もあんまり聞き入れられないものだ。
熱が下り坂になるのを待つしかない位置にいる私。
達観とも言う(ほんとかい)。


自分以外の人間と一緒に生活するということは、自分のリズムを崩すということだ。
それは血の繋がっている家族であっても同じこと。ぴたりと重なるリズムを持った他者など存在しまい。
家族というコミュニティに属し、そこで培ってきたリズムに自分のリズムを滑り込ませて家族の生活は成立する。
そこからそのまま別旋律(=結婚生活)を始めると
なんで?どうして?こうしかやったことないのに(其れでずっと過ごしてきたのに)何故こんなにもリズムが重ならないんだ??ということになるわけだ。
そうして大喧嘩になる。
一人暮らしをしたことのある人は、家族でさえ別々のリズムで成り立っていると
はっきり或いはなんとなく知っているから
そして一人暮らしが長い人ほど、どうすれば波風が立たないか学んでいるものだから
何かあっても結構裁いていけるみたいに見える。
私の周囲の人々はそんな感じだ。


押すところと、引くところ。
互いに押すばかりで事が成るわけもない。
もちろん引いてばかりでは身が削られていくばかりだ。
削り過ぎれば影もなくなってしまうだろうし、いやはや、難しいやね。


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嘘吐きの仮面。

2004-09-19 00:00:00 | 過去百景

素知らぬふりをして
多分私は伸ばされる手を待っている。

望んでいる素振りの僅かさえ覗かせず
横顔を見せながら、視界の端に伸びてくる手を探している。
伸ばされると期待している手を
伸びてくると思いたい手を

渇望しているくせに

自分からは腕を伸ばせない。


強情な横顔だけを晒して日が過ぎる。


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空の掴み方。

2004-09-03 00:00:00 | 過去百景

腕を伸ばす、そのやり方を私は知らない。


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誰かに似ている。

2004-08-20 00:00:00 | 過去百景

ああ、私はこの人と似ている。と思う人がいる。
見るたび不愉快になる。似ていることがではなく
多分、自分の中の不愉快な部分を突きつけられている気がするから。
つまり私はその人を通じて自分を嫌っているんだろう。




否定に次ぐ否定、無駄な矜持、意地でも反目に出る天邪鬼。

その人だけに似ているわけじゃないだろう。
きっと似ているものなんていくらでもある。


私の手など
凡百に沈む一片でしか在り得ない。


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ダウン。

2004-08-18 00:00:00 | 過去百景

同じく言葉を使って対峙しているはずなのに
何故こうも全てが伝わらない。


間に深淵を見ているのは私だけなのか。








それさえ伝えられない。否、
伝えようと労を割くことを
何処かで拒んでいる。
深く思考の沼に潜りだすと何にも辿り着けずに

ああ、無限ループだ。


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