26年余にわたり世界のカトリック教会の頂点に立ってきたローマ法王ヨハネ・パウロ2世(84)の容体が「深刻な状態」に陥っている。法王はこの2カ月間、入退院を繰り返し、急激に衰弱した。入院しても公務復帰を強く希望、病にもかかわらず可能な限り信者の前に姿を見せたことが病状を悪化させた、との指摘もある。トップの非常事態に法王庁(バチカン)は対応に追われ、世界中のキリスト教国がその容体を注視している。【ローマ海保真人】
直接の引き金は1月末にかかったインフルエンザだった。イタリアはこの冬、例年になく寒く、高齢の法王は喉頭(こうとう)炎を起こして呼吸に苦しみ、2月1日、緊急入院した。
ただ、この時は9日後に退院。バチカンは「快方に向かっている」と発表し、大事ではないことを印象付けた。
しかし、同24日、再び呼吸不全を起こし再入院、気管切開手術を受け、のどから管を通す異常事態となった。
実は医師団は最初の入院の際、法王にもうしばらくの間の入院を勧めていた。それを公務に復帰したい法王が拒み、バチカンに戻ったとされる。2回目の入院の際はこれを教訓に入院期間を延ばしたが、容体は改善するどころか悪化する一方となってしまった。
法王の公務は日々の訪問者との接見、会議への出席のほか、毎水曜日の一般謁見と日曜日の祈りの儀で、バチカンを訪れる大勢の信者の前に姿を見せ祝福を与えるなど多忙だ。特にヨハネ・パウロ2世は一般信者に接することを重要な務めと自覚してきた。1回目の入院の際も病室の窓から祈りの儀を行い、2回目の入院中も窓から祝福を与えている。
イタリアをはじめとする欧米のメディアが病状や辞任説、後継論議をしばしば大きく報じたことに、法王もバチカンもかなり神経質になっていた向きもある。バチカンは再三、辞任説を否定、法王が慣習通りに終身で職務をまっとうしたい意向を強調してきた。側近たちは、一般信者の前に出たい法王の意思を尊重したともいわれる。しかし、これにより無理がたたったことは否めない。
法王の病状悪化に関しては、特に持病のパーキンソン病の進行が呼吸器系統に悪影響を及ぼした、との指摘が多い。かつて表情豊かで能弁だった法王は、最近では顔の神経と筋肉が弱まったせいか、笑うことも難しく、声も発せない状態になっている。
法王はキリストにならい、「苦難と自らの弱さに尊厳を持って直面する姿を人々に示したがった」(バチカン評論家)ともいわれる。再々入院を拒み、最期となる場所としてバチカンに残っているとの見方も強い。
◇回復を祈るカトリック国
法王の出身地ポーランドでは、容体急変が伝わった3月31日深夜から、テレビやラジオが病状を中心に伝えるなど事態を注視した。カトリック教徒が9割を占め、旧社会主義政権下での民主化活動を精神的に支援した法王はポーランドの誇り。自主管理労組「連帯」のワレサ元議長は「法王の容体回復を祈る」とロイター通信に語るなど、多くの人々が教会で容体回復を祈り続けた。
国民のほとんどが熱心なカトリック教徒のフィリピンでも1日、信者らが各地の教会で法王への祈りをささげた。アロヨ大統領も訪問先の南部ミンダナオ島サンボアンガでの会見で「健康悪化で我々は悲しみに包まれている。法王はすばらしい指導力で教会を導いてきた」と語った。全国のカトリック教会で、特別礼拝が催された。
一方、パリのノートルダム寺院前では、観光客から法王の保守性への批判も。英国人観光客のドン・ブルックスさん(63)は教会内には入らず、「法王がエイズがまん延する国でさえコンドーム使用を禁じたのは20世紀の最悪事」と言い切った。
◇メキシコ議会、誤って黙とう
こうした中で、メキシコでは31日夕、議会上院に「法王死去」の誤報が広がり、上院議員らが「哀悼の黙想」をささげる一幕も見られた。
「訃報(ふほう)」を聞いたフェルナンデス上院議長は議会で「ここにメキシコ上院を代表し哀悼の意を表したいと思います。皆さん起立して1分間の沈黙をお願いします」と述べ、議員ら約30人とともに黙想した。だが、この模様がラジオの生中継で伝えられて誤報と判明、上院議員は壇上に上がり「先ほどの沈黙は取り消します」と謝罪した。【ウィーン会川晴之、パリ福島良典、メキシコ市・藤原章生、マニラ支局】
【ことば】ローマ法王 全世界で10億人を超える信者を誇るローマ・カトリック教会の最高指導者で、「神の代理人」といわれる。ローマ法王庁がある国土0.44平方キロと同庁職員ら1000人足らずの国民から成る世界最小の独立国「バチカン市国」の元首でもある。
イエス・キリストの直弟子、12使徒の筆頭格だった聖ペテロが初代法王。原則終身制で、法王に次ぐ立場の枢機卿を任命する。80歳未満の枢機卿が参加するコンクラーベ(法王選挙秘密会議)の中で3分の2を超える得票を獲得した枢機卿から選ばれる。参加条件を満たす枢機卿は現在120人。うち欧州が59人(イタリア人20人)で、日本人は2人。
各教区の聖職者・信徒が集めた情報を吸い上げ、外交戦略に生かす仕組みを作り上げており、単なる宗教指導者の枠にとどまらない超国家的な政治的影響力がある。
第264代に当たる現ヨハネ・パウロ2世はポーランド出身で、1522年選出のオランダ出身のアドリアーノ6世以来450年余ぶりにイタリア人以外から選ばれた。
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