家の近所に献血センターがある。
常連ではないが時に献血をする。
「A型の血液が足りません!」と表通りで勧誘していた職員のおじさんと
人波のなかでバッチリ目が合ってしまう。
「・・・・・・。」
「そうですかそうですか、ではでは2階へ」
「今日は400mlでお願いします」と言われ、
「200じゃだめなんです?」
「最近は病院でもほとんど400mlの血液パックしか使われないので、200はもうやってないんです」
「じゃあ私ダメですよ、私50キロないんで」と言ったら、
「えぇーー」と落胆した職員は私のつま先からてっぺんまで一瞬でスキャンした。
(50キロないと400mlの献血はダメで、200mlしか出来ない)。
しかも何か不服そうな顔をしている。
さらに「え?ナイの? ね、あるでしょ?出来るよね献血」とせまり来る。
「いや、ないんだけど…」
50kgナイと言うてるのに「あるよね?ね?」と迫り来るほどにA型血液に困窮していたのか?
それとも、「50kgない」という私の自己申告に疑惑を感じたのか??多少失礼ではあるが、まぁいい。
ナイものはないので、しかたない。
オジサンは「もっと食べないとアカンよ」と言った。
心配しないでオジサン、背が低いのよアタシ。だから50なくても別にやせてないの。
オジサンは「んーじゃあまたねぇ」とシブシブ中に帰っていった。
いつか50キロ超えたら来るねわえ。
さっきyahooのニュースでいじめの克明に記された記事を読み、憤る。
やりきれない。。。
わたしも高校の時にイジメられてたことがある。
小学校から大学まで揃っているカトリックの女子高に、高校から入学したのだが。
中学からエスカレータ式に上がってきた子は「内部生」、
高校から入った子は「外部生」と区別され、その呼び名は卒業まで続く。
当然「内部生」が何かと幅をきかせているのだが、
ひときわ目立つ内部生のコが
近所の男子校のイケメンK君に惚れていた(片思い)
K君と私は中学の同級生だった。ただの元同級生。
そりゃ通学路で会えば「げんき?」と挨拶くらいはする。そっからイジメ突然スタート
上履きは捨てられ、傘は買うたび折られ、
落書きをされ、へんな替え歌を日に何度も歌われ、
食堂に入ったら「出て行け!」とシュプレヒコールが巻き起こる。
始めは
「逆恨みしないでよ!アタシ関係ない!」
と事あるごとに逆ギレしていたが、
いちばん悲しかったのは、
それまで仲のよかった友達が見て見ぬふりを始めたこと。
1対20~30の戦いだった。
校長先生(シスターだ)に「仲良くなさい」と諭されたので、
「この学校はおかしい!なんでやねん」と物申してみたが、
校長シスターは
「キリスト様が見守ってくださいます、そんなすさんだ事を言ってはいけません」
と能天気なことを言う。だめだこりゃ
結局2年以上続いたように思うが、
自殺どころか常に怒っていた。
でも、そのうち違う学校の子とバンドを組んでつるみだしたので、
そうなると放課後命ですから、学校でのいろんなことはどうでもよくなっていった。
そんで私は
「アタシはロッカー
だからアンタらとは違うのね」と
何を間違ったのか不必要に態度がフフンとデカくなり(今思うと笑える)、
そのナメた態度がさらに敵軍の炎をゴォーッとあおり、
イジメがさらにエスカレートするなどという、
ワケのわからないイタチゴッコの日々を繰り返していた。
でもそっからはもうつらくなかった。
イジメがなくなる日など来ない。
現実逃避と言われるかもしれないが、
わたしは、何でもいいから「うっとりと陶酔できるようなこと」を見つけられたら
ずいぶんラクになりそうだと思う。
根本解決ではないけれど、
子供の時は、それが大きな唯一の抜け道になり得る気がしてならない。
そこから、周囲とは一線を画す自分の確固たる価値観の世界がはじまる。
周りの評価なんてどうでもいいと思えたら大丈夫だ。
自分の世界がたとえささやかで、ヘンテコな妄想で出来ていたってかまわない。
各種どんなんでも、アリだ。
先生が助けてくれるだなんて、夢にも思ったことはない。
だから私は、当時も今も、味方してくれなかった友達や校長を恨んではいない。
悲しかったことは事実だが、今でもクラスメイトとの仲は続いている。
友人に至っては
「あの時さー 私がイジメられてんの見て、とばっちりを恐れていつも知らんぷりしてたわねコンニャロめ~(笑)」と抗議しても、
「だってメグさぁ、イジメられる度にすごい勢いでキレてたし、
別に助ける必要ないかなと思って」
などと飄々とぬかす憎めぬ女である。
そして彼女のいうことはやはり概ね事実なのである。
最近困ってることがある。
夜ゴハンを食べたあと、睡魔に襲われてうたた寝してしまうのだ。。
お化粧落としてない!
案の定夜中に目がパッチリと醒める→
そこからお風呂に入ったりする →目が冴えてもう眠れない→
ひとり遊び開始 →しかし5時くらいに再び睡魔に襲われる →寝る
→少ししたらまた起きなくちゃいけない →寝起きはサイアク→
一日中眠い →また晩御飯をたべてうたた寝・・・以下繰り返し。
お化粧を落とさず寝るのはとってもイケナイ
祇園にお勤めの美しき姐貴分がいつも言ってた
「メグ、何があってもお化粧したまま寝たらいけない。どんなに疲れていてもよ。
お化粧したまま寝ると、肌年齢が1日で1才老けるのよ」
この計算でいくと
私はここ半月で10歳くらい老けたことになるでないの!
この悪循環を断ち切らなくては。
でもまた眠いの・・・
ちなみにこの祇園の姐さんはいろんな美の格言
を吐いていて、
この他に「ガードルをはくべからず」というものがある。
「ガードルなんかに頼ってはダメ。自力でヒップラインを保たないと、
脱いだ時に目も当てられないでしょ」
だから私はガードルは1枚も持っていません、これからもはきません。
でもお化粧は・・・・
母が「だからビオレふくだけコットン
をスタンバイさせといたらいいのに~、働く女の味方やのに~。お母さんのひと箱持って帰ったらいいのに~」と差し出してくるのを、
「不要!そんなん邪道!」と押し戻していたのですが、
こうなるとふくだけコットンのほうが何もしないより断然マシですよね・・・
友人のR君が東京へ旅立つことになった。
和風流のメンバーと、
Jack Beat LipsのKAZ君とで
R君宅へ会いに行った。
偶然りゅーじ君も来て久々に会った。
これから寒くなるし、東京は寒いのかしら?と思い
お餞別にあったかそうなマフラーを贈った。
カズヤ君は美容師なのでハサミを持参し、
R君宅で出張美容室を開いた。
画像はR君の髪を団子状にした不気味な物体で、皆で転がしまくる
私は東京へ10回くらいしか行った事がない。
会社の研修で1ヶ月新宿のワシントンホテルに滞在したことがあってそれが最長。
「田舎からたくさん若モンが出てきて、
意志を実現するために出てきて、
そういう人らのパワーできっと動いとる街なんやろなぁ」
と、ホテルの高層階から景色を見てて、思ってた。
生粋の東京人の同僚は「なにそれ、大げさだよ」と笑ってたけど、
私は今でも普通にそう思っている。
R君は東京の人になるのか。
いつものように深夜の道路でバイバーイと別れた。
引越しを知った時はさみしくなるなぁと思ったけど、
そんなこといいからR君の旅立ちを祝う。
先日スタジオバンビのママと男子禁制トークをしました。
また、スタッフのオクちゃんはいつもお仕事の合間に遊んでくれます。
オクちゃんはメンバー全員が一目置く存在。
オクちゃんのカラミはいつだって知的でハイセンス。
うちのメンバーが突然どんな話題をふっても、
それがどんなに意味不明でカラみづらかろうとも
すばらしい返しをしてくれます。
こないだアキラ君とバンビの近所にある某スタジオの前を通りかかり、
「ここのスタジオもええトコやねんけどさー
ただ、ここ駐車場ないし、階段いっぱい登らなアカンし、
それにここにはオクちゃんがいないし」
という理由でもちろんお流れ。
我々は断然スタジオバンビラブなのであります。
ウチにやってくる野良猫、最近傍若無人。
当初はビクビク顔色を窺う小心者であったが、
今では警戒心ゼロでヒトんちでウツラウツラ居眠りしてるのだ。
しかも部屋に上がり、メグお気に入りのデカイ魚型のぬいぐるみにネコパンチを入れ、しまいには噛んで連れ去ろうとするのだ。
ゴミ袋も噛む。
玄関にいるぶんには可愛いのでいいが、
ヤツら絶対に部屋には上がらせん!
近頃すっかりナメられてしまい「コラー」と言っても逃げない。
言葉で言ってもダメなので脅かしてやることにした。
いつも猫が座る位置にギターアンプをスタンバイし隠れる。
3年前の誕生日に当時メンバーだったtoraちゃんにもらったオシャレアンプだ。
何も知らぬ猫がフンフンとやってきた。
猫がアンプの前に座ったのを隣室から見届け、
大音量ハードサウンドでBmをお見舞いした。
猫はとびあがった
体毛をギザギザにしてギターアンプをにらんでいた。
次にEmをお見舞いしたら一目散に走り去ってしまった。
猫はハードサウンドはキライらしい。
大成功!と大満足していたが、
家のヒトはそんな私に終始冷ややかなまなざしを向けていた。
しかもちょっと軽く脅かすつもりの冗談だったのに、
猫は思いのほか恐怖だったらしく、それ以来寄りつかない。
家の人は猫が可哀想だと言った。
やりすぎた。
反省・・・