明けましておめでとうございます。
本年度初の記事は2011年度センター国語物語文加藤幸子「海辺暮らし」を物語構造論で解いてみようという試みです。さあ、倒れるのは私か、出題者か。真剣勝負です。
さて、まずは使用する武器について紹介しましょう。
・物語構造論
wadyが主張する、「テーマ性物語登場人物変化日常回帰性仮説(仮)」と記号論の組み合わせにより、主に物語のテーマを明確化しようとする理論
今回取り扱う小説はセンター国語の中でも伝説級の難問、もとい悪問です。それはおいおい示していきますが、まずは問題文を読んでいきましょう。
その前に語句をやっつけます。
問一
ア つくづくと 同じ単語の繰り返しで成り立つ語句で主体の感情は含まれない→④
イ 躍起になって 一発。むきになって→⑤
ウ 頓狂な声 素っ頓狂とも。アラマア!と言う感じ→②
さて問題文。問六以外は基本的に自由記述のように考えてから選択肢と参照します。
問二
傍線部A「教育のし甲斐もあるというものだ」とあるが、この時のばばあの心情はどのようなものか
問三
傍線部B「新任の"市役所"の顔色が変わった」とあるが、それはなぜか。
問四
傍線部C「アナタノ楽シイオ話ヲモット聞キタイノデスガ、残念デス」とあるが、この部分の説明として…云々
問五
84行目~105行目が持つ意味は何か
問六
この文章の叙述について適切な説明を以下から二つ選べ
以上前準備終了です。
次に構造分析に移ります。この小説文のジャンルは何でしょうか。
これは、ばばあを主人公とした日常物です。やったね、みんな大好き日常物だ!
はい、冗談ではありません。この作品そのものは恐らく公害被害を大事にしないように玉虫色の対応をする役所を尻目に生きていくお婆さんの日常を描きながら、何らかの生活の変化に焦点を当ててその原因(すなわち公害問題)に光を当てる構成になっているのでしょう。ところが、残念ながら登場人物の変化が抜粋部分に殆どありません。その為、テーマ性を語ることが非常に困難です。よってこれはドキュメンタリー型や日常物と解釈するのが最善でしょう。ばあさんの日常、開幕です。
さて、物語構造論としては日常回帰性という性質がある筈です。日常を生きる主人公に何かの非日常が訪れ、やがて日常に戻る。それに従うと、抜粋部分はAパートとBパートに分けることができます。
Aパート ばばあ生きる。ばばあの元を公務員Aが訪ねてきてお話しする。帰る。
Bパート ばばあ生きる。猫騒ぐ。猫ぐったりする。そのままいつまでも座っている。
Bパートのラストが大事ですね。いつまでも座っていた、つまりこれは猫が死んだことを意味します。そうでないと永遠にはそこに居れないでしょう。潮も満ちるし。
それはまあ無いにしても、静的なイメージで終わっているのは注意です。
また、全体としての語り手の人称に注意してみましょう。三人称に見せかけた、ばばあの心情も語っちゃう系です。非常にたちが悪い。ただし、Aパートのばばあと公務員Aの会話パートだけは厳密に三人称です。つまり、この部分以外は一人称的嘘が混じる可能性があるので論理性に注意が必要です。
ではAパートに付随する問二、問三、問四から考えていきます。
ここで登場人物は二名。ばばあと公務員。それぞれの行動原理は、ばばあ→公務員「ごたごた煩く言わないように参らせよう」、公務員→ばばあ「立ち退いてもらおう」。そしてその行動原理を変化させられたのは残念、公務員Aの方でした。
特に秀逸なのは、相手の言い分を利用した反撃。公務員の迂闊さもあってばばあが場慣れしている様子が描写されています。そして立ち退き要求にロボット化して気力を削り追い返す。結果として、「市の意向を伝える虚しい努力の末に、梶氏は落胆しきっ」たとあるので端的に言ってばばあの勝ちです。
問二
教育しがいもある→役所側の主張を退けられるというばばあの余裕が表れています。前任者の存在もありますし、実際問題今回もばばあはやり遂げた。
解答例としては「公務員の気力を打ち砕くのを楽しみにしている」などでどうか。
→④
問三
顔色が変わった、つまり自分の失言にビビっているわけです。ばばあを舐めて掛かるからそうなるんだ。
解答例としては「市としては公害の実態を住人の健康上直ちに影響はないとして大事にしたくないのにも関わらず、自分から工場の存在にわざわざ触れた上に海産物に化学物質が含まれていて接触に適さないと言ってしまい、それをばばあに吹聴される事態になりかけ、そうなると役所の見解と異なることを言ってしまった自分の立場が悪くなるから」でどうか。
→①
問四
さて、出ました。悪問その一。これまで見たように、基本的にばばあは余裕です。これまで通りのやり方で若造を捻ろうというところ。と言う訳で、解答例としては「ばばあは既に若造から一本取ったので、後は平行線の議論には飛び込まずだんまりを決めて対話を終わらせようとしている」でどうか。
ポイントは、ばばあの戦略は相手の気力を削って帰らせることです。当然役所仕事なので時間はばばあの味方。しゃべらなくてもばばあに損はない。かなり合理的な戦略です。
しかし、選択肢にはこの辺りの要素が薄い。上の戦略をばばあの賢さ、と評している選択肢くらいしかないのでこれにします。
→④
と言う訳で④ですが、別に賢くはないと思います。賢いというのは前半の罠はめみたいに論理的であるべきでしょう。また、実は⑤はテクニックで消せます。即ち、傍線部Cには謝罪の意味が無い。
さて、Bパート。冒頭から暗い。「太陽が町の後ろに、ひきずりこまれていく。」暗い、暗すぎる。「空気が枯草のように黄ばむ。」枯れてない、日光の加減や!老眼か?
このように、エセ三人称は物理的現象にも心情を押し込んでくるので迷惑です。
「七本の煙突は、ごく薄い最後の息を吐くと、錆色になって凍りついた」おっと記録的寒波か、氷点下か?煙突の色変わったんか?そもそも煙突は息してないぞ。これは所謂擬人法と言うやつです。
「太陽の死んだ空から鉛色が注がれて」。いや待て、日はまた昇る。太陽は死と復活のシンボルだぞ、悲観的すぎないか。
以下不吉な言葉がひたすら並びます。注意点としては、これらはエセ三人称、すなわち全部ばばあに起因したものの見え方です。ばばあ疲れてるんかな。元気出して!
さて、登場人物はばばあと猫です。夜の帳が降りる中、猫の鳴き声から非日常スタート。
「今まで聞いたことのないほどの物憂げな声」とは。どんなだ。
水大っ嫌いのはずの猫が水に囲まれた陸地で異常にジャンプしまくる。その後二、三回小さくバウンドしてグッタリ。近付くと身を起こしてどっか向いてる。ばばあの「視界が次第に狭くなり、中心に細い光のリボンが残った。闇を縦に切り開いたその光の中には、猫だけがいつまでも坐っていた」。どうしたばばあ、眠いんか。そして闇が縦に切り開いてるってことはばばあの瞼は左右開閉式やな。もしくはばばあ鳥か。瞬膜発達してるんか。
さて冗談はこのくらいにして、少し真剣に考えましょう。まず、エセ三人称と呼びましたが、これが地の文なのに正確でない小説の怖さです。太陽は引きずり込まれていない。地球の自転です。煙突も暗くなるにしたがって入り身が変化したのを凍ったと表現しただけ。問題は、これらBパートの色覚的表現の大半がばばあの心情を反映した語りになっていること。公務員の若造くしゃくしゃにしてたのと比べたら弱気になっています。また、その一方で、最後の最後で突如厳密な三人称になります。また、鳴き声についてもそう聴こえた、というにすぎません。
と言う訳で、物理的な登場人物の変化としては、猫が急にジャンプした後倒れて起き上がって海を見つめた、ばばあの視界が狭まった、しかありません。最初に断った通り、この抜粋部分は日常物なのでテーマは無い。かといって、普段の猫が海に囲まれてジャンプする習慣があるのかないのか情報が無いので、比較しようがない。
ここ嫌らしくて、猫が水の中でジャンプしていたら明らかに異常だったのに、水に囲まれた陸地なのです。たまたま水の近くでのんびりしてたら満ち潮で逃げ場を失ってパニクッてジャンプしたけど体力尽きて諦めた、とかの解釈も出来るわけですね。情報が無い。とにかくばばあの視覚異常と猫の異常行動しか読み取れない。原因が読み取れないのです。え?公害?やだなぁ、役所の人が直ちに影響ないって言ってたでしょ!
問五
以上のように、Bパートはエセ三人称と擬人法の波状攻撃、ばばあの視覚異常、猫の異常行動です。もう原因はあれとしか思えないのですが、なんと!設問にこれが無いのですね。
解答例としては
「夕暮れから夜にかけた時間に、太陽が沈み、生き物が活動を停止していく様を擬人法的に死と結び付け、普段とは違う飼い猫の行動やばばあの視覚異常を描くことで二人の体に変化が起こっている様子を不吉さと共に表している」
それで結論から言うと⑤が正解なのですが、これがもう酷い。
「太陽、工場、チゴガニ、猫についての繊細な視覚イメージを伴った表現の中に死を連想させる要素がちりばめられていることで、干潟に生きるばばあの身に起こるであろう事態が暗示的に描かれている」
一つ一つ見ていきます。繊細な視覚イメージとは、恐らく対象の色を細やかにとらえて描写している、と言いたいのだと思いますが、太陽についての繊細な視覚イメージが本文中に見当たらない。その中に死を連想させる、と書いてあるがぶっちゃけ死って書いてあるし、連想と言えるのか。直接結びつけている。ばばあの身に起きるであろう事態とは何だ。現在進行形でばばあ体やばいんだから、起こるであろうも何もないよ。
と言う訳で、解くとしたら消去法しかない。①生き物を救う×(言及無し)②猫のジャンプがばばあの役所との戦争に重なる×(ばばあはもっと余裕)③淘汰、過酷な自然のありよう×(死の外的要因が描かれていないので、淘汰と断定するのはダメ)④工場の停止が生き物を安堵させた×(本文中で安らぎを得たのは鳥だけだし、それも人の退去に従って)
問五は論理的な解法の通用しない悪問です。
問六
最後の問題ですが、これも消去法で解くしかないですね。
①公務員Aがヒーロー ×
②公務員Aを擬人法で指し示す ×(擬人法は人でないものを人で表す技法で、公務員は人間です。血の通った人間です)
③ふたりの関係性の変化 ?(かなりグレー。公務員とばばあ別にお友達じゃないし。ただ、公務員が居住まいを正して改めて発言したという意味ならまあ)
④ばばあ責める、公務員責められる ×(互いの主張は平行線なだけで、どちらがどちらを責めるという話ではない。ばばあ攻めてたが、責めではない)
⑤これが問題。エセ三人称→三人称に変化した箇所。ただ、ばばあと猫の心的距離の変化はグレー。地の文がばばあから離れただけなので ?
⑥抽象的に示す ×(抽象の語義に反している。抽象的とはなんとなくとかぼんやりとかそういう意味はない)
以上のように、2011年度が高難度だった理由は明らかです。まず一つ、テーマがこの部分にないから、作問も選択肢も非常に曖昧であること。次に、小道具として物語を方向付けるはずの表現技法としての記号が殆ど無いこと。強いて言えば猫が好物にしてるっぽい汚染された貝の佃煮か。しかし、これも飛びついただけで食べた描写が無い。記号足りえない。
そして、消去法でしか解きようのない問題に、正解と呼べる選択肢が無い事。
でも、これをありもしないテーマを自分で作って読んだり、公害問題を直接的に結び付けて読んだりと言った、物語文を読みなれているからこそやってしまいがちな誤りを、構造とテーマを明確化させることで防げるのではないか、というのがこの問題を解いた感想です。
物語構造論の強さは、ジャンル分析によりテーマの有無を探れる、人称を分析することで地の文の信用度を判別する、登場人物の変化を読むことでその原因と結び付けられる、だと考えています。特に、小説特有の叙情的な記述に左右されず論理構造に着目できるのではないでしょうか。
これを生かして、今後は玉虫とスピンスピンスピンを解いていきたいと思います。
以上、お読みいただきありがとうございました。
本年度初の記事は2011年度センター国語物語文加藤幸子「海辺暮らし」を物語構造論で解いてみようという試みです。さあ、倒れるのは私か、出題者か。真剣勝負です。
さて、まずは使用する武器について紹介しましょう。
・物語構造論
wadyが主張する、「テーマ性物語登場人物変化日常回帰性仮説(仮)」と記号論の組み合わせにより、主に物語のテーマを明確化しようとする理論
今回取り扱う小説はセンター国語の中でも伝説級の難問、もとい悪問です。それはおいおい示していきますが、まずは問題文を読んでいきましょう。
その前に語句をやっつけます。
問一
ア つくづくと 同じ単語の繰り返しで成り立つ語句で主体の感情は含まれない→④
イ 躍起になって 一発。むきになって→⑤
ウ 頓狂な声 素っ頓狂とも。アラマア!と言う感じ→②
さて問題文。問六以外は基本的に自由記述のように考えてから選択肢と参照します。
問二
傍線部A「教育のし甲斐もあるというものだ」とあるが、この時のばばあの心情はどのようなものか
問三
傍線部B「新任の"市役所"の顔色が変わった」とあるが、それはなぜか。
問四
傍線部C「アナタノ楽シイオ話ヲモット聞キタイノデスガ、残念デス」とあるが、この部分の説明として…云々
問五
84行目~105行目が持つ意味は何か
問六
この文章の叙述について適切な説明を以下から二つ選べ
以上前準備終了です。
次に構造分析に移ります。この小説文のジャンルは何でしょうか。
これは、ばばあを主人公とした日常物です。やったね、みんな大好き日常物だ!
はい、冗談ではありません。この作品そのものは恐らく公害被害を大事にしないように玉虫色の対応をする役所を尻目に生きていくお婆さんの日常を描きながら、何らかの生活の変化に焦点を当ててその原因(すなわち公害問題)に光を当てる構成になっているのでしょう。ところが、残念ながら登場人物の変化が抜粋部分に殆どありません。その為、テーマ性を語ることが非常に困難です。よってこれはドキュメンタリー型や日常物と解釈するのが最善でしょう。ばあさんの日常、開幕です。
さて、物語構造論としては日常回帰性という性質がある筈です。日常を生きる主人公に何かの非日常が訪れ、やがて日常に戻る。それに従うと、抜粋部分はAパートとBパートに分けることができます。
Aパート ばばあ生きる。ばばあの元を公務員Aが訪ねてきてお話しする。帰る。
Bパート ばばあ生きる。猫騒ぐ。猫ぐったりする。そのままいつまでも座っている。
Bパートのラストが大事ですね。いつまでも座っていた、つまりこれは猫が死んだことを意味します。そうでないと永遠にはそこに居れないでしょう。潮も満ちるし。
それはまあ無いにしても、静的なイメージで終わっているのは注意です。
また、全体としての語り手の人称に注意してみましょう。三人称に見せかけた、ばばあの心情も語っちゃう系です。非常にたちが悪い。ただし、Aパートのばばあと公務員Aの会話パートだけは厳密に三人称です。つまり、この部分以外は一人称的嘘が混じる可能性があるので論理性に注意が必要です。
ではAパートに付随する問二、問三、問四から考えていきます。
ここで登場人物は二名。ばばあと公務員。それぞれの行動原理は、ばばあ→公務員「ごたごた煩く言わないように参らせよう」、公務員→ばばあ「立ち退いてもらおう」。そしてその行動原理を変化させられたのは残念、公務員Aの方でした。
特に秀逸なのは、相手の言い分を利用した反撃。公務員の迂闊さもあってばばあが場慣れしている様子が描写されています。そして立ち退き要求にロボット化して気力を削り追い返す。結果として、「市の意向を伝える虚しい努力の末に、梶氏は落胆しきっ」たとあるので端的に言ってばばあの勝ちです。
問二
教育しがいもある→役所側の主張を退けられるというばばあの余裕が表れています。前任者の存在もありますし、実際問題今回もばばあはやり遂げた。
解答例としては「公務員の気力を打ち砕くのを楽しみにしている」などでどうか。
→④
問三
顔色が変わった、つまり自分の失言にビビっているわけです。ばばあを舐めて掛かるからそうなるんだ。
解答例としては「市としては公害の実態を住人の健康上直ちに影響はないとして大事にしたくないのにも関わらず、自分から工場の存在にわざわざ触れた上に海産物に化学物質が含まれていて接触に適さないと言ってしまい、それをばばあに吹聴される事態になりかけ、そうなると役所の見解と異なることを言ってしまった自分の立場が悪くなるから」でどうか。
→①
問四
さて、出ました。悪問その一。これまで見たように、基本的にばばあは余裕です。これまで通りのやり方で若造を捻ろうというところ。と言う訳で、解答例としては「ばばあは既に若造から一本取ったので、後は平行線の議論には飛び込まずだんまりを決めて対話を終わらせようとしている」でどうか。
ポイントは、ばばあの戦略は相手の気力を削って帰らせることです。当然役所仕事なので時間はばばあの味方。しゃべらなくてもばばあに損はない。かなり合理的な戦略です。
しかし、選択肢にはこの辺りの要素が薄い。上の戦略をばばあの賢さ、と評している選択肢くらいしかないのでこれにします。
→④
と言う訳で④ですが、別に賢くはないと思います。賢いというのは前半の罠はめみたいに論理的であるべきでしょう。また、実は⑤はテクニックで消せます。即ち、傍線部Cには謝罪の意味が無い。
さて、Bパート。冒頭から暗い。「太陽が町の後ろに、ひきずりこまれていく。」暗い、暗すぎる。「空気が枯草のように黄ばむ。」枯れてない、日光の加減や!老眼か?
このように、エセ三人称は物理的現象にも心情を押し込んでくるので迷惑です。
「七本の煙突は、ごく薄い最後の息を吐くと、錆色になって凍りついた」おっと記録的寒波か、氷点下か?煙突の色変わったんか?そもそも煙突は息してないぞ。これは所謂擬人法と言うやつです。
「太陽の死んだ空から鉛色が注がれて」。いや待て、日はまた昇る。太陽は死と復活のシンボルだぞ、悲観的すぎないか。
以下不吉な言葉がひたすら並びます。注意点としては、これらはエセ三人称、すなわち全部ばばあに起因したものの見え方です。ばばあ疲れてるんかな。元気出して!
さて、登場人物はばばあと猫です。夜の帳が降りる中、猫の鳴き声から非日常スタート。
「今まで聞いたことのないほどの物憂げな声」とは。どんなだ。
水大っ嫌いのはずの猫が水に囲まれた陸地で異常にジャンプしまくる。その後二、三回小さくバウンドしてグッタリ。近付くと身を起こしてどっか向いてる。ばばあの「視界が次第に狭くなり、中心に細い光のリボンが残った。闇を縦に切り開いたその光の中には、猫だけがいつまでも坐っていた」。どうしたばばあ、眠いんか。そして闇が縦に切り開いてるってことはばばあの瞼は左右開閉式やな。もしくはばばあ鳥か。瞬膜発達してるんか。
さて冗談はこのくらいにして、少し真剣に考えましょう。まず、エセ三人称と呼びましたが、これが地の文なのに正確でない小説の怖さです。太陽は引きずり込まれていない。地球の自転です。煙突も暗くなるにしたがって入り身が変化したのを凍ったと表現しただけ。問題は、これらBパートの色覚的表現の大半がばばあの心情を反映した語りになっていること。公務員の若造くしゃくしゃにしてたのと比べたら弱気になっています。また、その一方で、最後の最後で突如厳密な三人称になります。また、鳴き声についてもそう聴こえた、というにすぎません。
と言う訳で、物理的な登場人物の変化としては、猫が急にジャンプした後倒れて起き上がって海を見つめた、ばばあの視界が狭まった、しかありません。最初に断った通り、この抜粋部分は日常物なのでテーマは無い。かといって、普段の猫が海に囲まれてジャンプする習慣があるのかないのか情報が無いので、比較しようがない。
ここ嫌らしくて、猫が水の中でジャンプしていたら明らかに異常だったのに、水に囲まれた陸地なのです。たまたま水の近くでのんびりしてたら満ち潮で逃げ場を失ってパニクッてジャンプしたけど体力尽きて諦めた、とかの解釈も出来るわけですね。情報が無い。とにかくばばあの視覚異常と猫の異常行動しか読み取れない。原因が読み取れないのです。え?公害?やだなぁ、役所の人が直ちに影響ないって言ってたでしょ!
問五
以上のように、Bパートはエセ三人称と擬人法の波状攻撃、ばばあの視覚異常、猫の異常行動です。もう原因はあれとしか思えないのですが、なんと!設問にこれが無いのですね。
解答例としては
「夕暮れから夜にかけた時間に、太陽が沈み、生き物が活動を停止していく様を擬人法的に死と結び付け、普段とは違う飼い猫の行動やばばあの視覚異常を描くことで二人の体に変化が起こっている様子を不吉さと共に表している」
それで結論から言うと⑤が正解なのですが、これがもう酷い。
「太陽、工場、チゴガニ、猫についての繊細な視覚イメージを伴った表現の中に死を連想させる要素がちりばめられていることで、干潟に生きるばばあの身に起こるであろう事態が暗示的に描かれている」
一つ一つ見ていきます。繊細な視覚イメージとは、恐らく対象の色を細やかにとらえて描写している、と言いたいのだと思いますが、太陽についての繊細な視覚イメージが本文中に見当たらない。その中に死を連想させる、と書いてあるがぶっちゃけ死って書いてあるし、連想と言えるのか。直接結びつけている。ばばあの身に起きるであろう事態とは何だ。現在進行形でばばあ体やばいんだから、起こるであろうも何もないよ。
と言う訳で、解くとしたら消去法しかない。①生き物を救う×(言及無し)②猫のジャンプがばばあの役所との戦争に重なる×(ばばあはもっと余裕)③淘汰、過酷な自然のありよう×(死の外的要因が描かれていないので、淘汰と断定するのはダメ)④工場の停止が生き物を安堵させた×(本文中で安らぎを得たのは鳥だけだし、それも人の退去に従って)
問五は論理的な解法の通用しない悪問です。
問六
最後の問題ですが、これも消去法で解くしかないですね。
①公務員Aがヒーロー ×
②公務員Aを擬人法で指し示す ×(擬人法は人でないものを人で表す技法で、公務員は人間です。血の通った人間です)
③ふたりの関係性の変化 ?(かなりグレー。公務員とばばあ別にお友達じゃないし。ただ、公務員が居住まいを正して改めて発言したという意味ならまあ)
④ばばあ責める、公務員責められる ×(互いの主張は平行線なだけで、どちらがどちらを責めるという話ではない。ばばあ攻めてたが、責めではない)
⑤これが問題。エセ三人称→三人称に変化した箇所。ただ、ばばあと猫の心的距離の変化はグレー。地の文がばばあから離れただけなので ?
⑥抽象的に示す ×(抽象の語義に反している。抽象的とはなんとなくとかぼんやりとかそういう意味はない)
以上のように、2011年度が高難度だった理由は明らかです。まず一つ、テーマがこの部分にないから、作問も選択肢も非常に曖昧であること。次に、小道具として物語を方向付けるはずの表現技法としての記号が殆ど無いこと。強いて言えば猫が好物にしてるっぽい汚染された貝の佃煮か。しかし、これも飛びついただけで食べた描写が無い。記号足りえない。
そして、消去法でしか解きようのない問題に、正解と呼べる選択肢が無い事。
でも、これをありもしないテーマを自分で作って読んだり、公害問題を直接的に結び付けて読んだりと言った、物語文を読みなれているからこそやってしまいがちな誤りを、構造とテーマを明確化させることで防げるのではないか、というのがこの問題を解いた感想です。
物語構造論の強さは、ジャンル分析によりテーマの有無を探れる、人称を分析することで地の文の信用度を判別する、登場人物の変化を読むことでその原因と結び付けられる、だと考えています。特に、小説特有の叙情的な記述に左右されず論理構造に着目できるのではないでしょうか。
これを生かして、今後は玉虫とスピンスピンスピンを解いていきたいと思います。
以上、お読みいただきありがとうございました。