VANNON32のブログ  『生命の實相』哲學を學ぶ

谷口雅春大聖師の教えを現代に生かす

今後、日本の求むる人物は?

2015-08-11 00:40:38 | 生長の家

           生長の家創始者  谷 口  雅 春 大聖師


 静慮し、理解し、決意し、行動することは人間にのみ与えられている聖なる “意識の秩序” であって、それは天界の秩序を地上に実現したものである。

 群集に附和雷同して行動するものは犬狼の類である。 静慮を失って発作的に行動するものは狂犬である。

 三島由紀夫氏は、一人で行動することができないで群集で行動するものは弱者の自覚をもっているからだと喝破した。

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 「危険に面して動ぜず、肉体の欲情に汚されず、逆境に処して幸福感を失わず、動乱に面して心の平静を失うことなく、人から媚び又は恐れられている権力者の誘惑に対して微笑を酬いて靡かざる人物こそ、彼は肉体の本能を超えて、天界の光を受けたものということができるのである」  とはセネカの名言である。

 今後の日本に必要なる人物はこのような人間だと思われるのである。

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 真に偉大なる人物は、包容力が大きいのである。 包容力が大きいとは、単に大小善悪無差別に包容するという意味ではなく、“悪” と見える者〈物〉の奥にも善なる実相があることを見、“小” と見ゆる事物の奥にも、偉大なる神の生命と智慧と愛とが宿って、それが現れているのだと知り、“小” は小なりに  “大” は大なりに、そのまま其処に神が顕現することを知り、その実相を尊敬して大切にする者のことである。

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 大人物は、よく人を赦すのである。 この場合 「赦す」 というのは、「あいつは悪い奴だけれども勘弁してやれ」 と、彼の悪をみとめるだけで、その悪の跋扈をゆるしてやるという意味ではないのである。 「あいつは悪く見えていても“根”は立派な奴だから、その“根”の立派なところを見て、育ててやったら立派な人物になる」 とその実相の善と完全さとを見て、その実相を解放することでなければならないのである。 「“根”が立派だ」 と見るその “根” とは、その人の根本実相のことである。

 諸君は大人物にならねばならぬ。 大人物はよく人を赦すが故に、多くの人々が味方となってついて来て、大事業を成就することができるのである。

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 真の剛胆不敵は “実相・神の子” の自覚からのみ生まれるのである。 かかる自覚のある人は、常に 「われ神と倶にあり」 との自覚があるために如何なる困難に面しても臆することなく、怯むことなく、困難を克服し、平静に事物の推移を観察し、何を為すべきかを速かに知り、擾乱を鎮めて秩序を恢復し得る人である。

 時局が危機に面してくればくるほど、真に神との一体感をもち現象界の擾乱に動ずることなくよく静慮し、よく理解し、よく決断し、よく遂行する人を必要とするのである。

 諸君は毎日、神想観を実修して神との一体感を深め、祖国の危急時に際して、何を為すべきかの指示を霊感によって受け、神との一体感による真の 「剛胆不敵」 の勇気をもって、為すべき事、為すべき時に為すべき場において、勇敢に遂行する人になって貰いたいのである。



      『理想世界』 誌  昭和47年1月号 より

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