いのちの煌めき

誰にだって唯一無二の物語がある。私の心に残る人々と猫の覚え書き。

美代子さん

2023-04-30 13:50:00 | 日記
美代子さんは80歳代後半、女性。気管切開をしているため、発声ができない。慢性的に食も細く、虚弱体質。認知症はない。

大抵、部屋でTVを観ている。気分転換に買い物等の外出援助を提案しても、あまり喜ばれない。入浴は好きだか、男性介助は絶対拒否。切開した喉の穴から、お湯が侵入しないように注意しつつ洗身介助を行う。

美代子さんの御主人は、10年位前に他界されている。子どもさんはいない。
一度、妊娠したことがあったが流産した、と筆談で教えてくれたことがある。
その時、御主人はポロポロ…と涙をこぼしたと。
美代子さん自身の気持ちは、聞かなかった。

大相撲が好きで、各場所がある時期はTV観戦にも熱が入る。時々、友人が訪ねて来られて、ランチに連れ出して貰ったりもしていた。

そんな美代子さんがある時、さらさら…と紙に書いてくれた言葉が、今でも私の心に残っている。
「80年なんて、アッという間。ボロクソや。」

美代子さんは今年の始め、新型コロナに感染後、数日で他界された。

私は美代子さんの「人生なんて、アッという間」という言葉が忘れられない。






茂さん

2023-04-29 01:15:00 | 日記
茂さんは80歳代、男性。慢性呼吸器疾患を患っておられる。在宅酸素吸入を必要とされているが、それ以外、身体の麻痺も認知症もない。

現役時代は会社役員をされていたそうだ。今でも、その頃の名残りが残っている。私が家事援助に伺った時も、上司から部下に指示を出すような口調になることがあった。なんだか、ちょっと面白い。私が関わるのは短時間のことだから、内心、面白がって、やり過ごしていれば問題ないのだか、これが奥さんで、毎日のことなら、大変だっただろうな…と想像する。

また茂さんには、アルコール依存の傾向も見られた。部屋の中には、いつもワインの空き瓶がゴロゴロしていた。毎日、夕方頃からワインを飲み始めるのだか、何かのことで、うっかり、その時間帯に訪問してしまうと、とても機嫌が悪く乱暴な対応をされた。飲んでいる時の茂さんは、かなり恐い。

私は茂さんの居室では、特に念入りに(上司みたいに叱られないように)お掃除をするようにしていた。ある時、その掃除を気に入ってもらえたようで「いつも家の中を、こんなに綺麗にして貰えてたら、旦那さんは幸せやろうな」と言われたことがある。それから、呟くように「わしは若い頃は、そういう事が全然、わかっていなかったんや」とも。何か、深く後悔しているようだった。

茂さんの奥さんは鬱病を発症して、別の施設に入所しておられた。

もっと、労わってやればよかった、優しくしてやればよかった、茂さんの心には、そんな気持ちが込み上げていたのかもしれない。でももう、遅すぎたのだ。




八重さん

2023-04-27 11:27:00 | 日記
八重さんは、当時80歳代、女性。

当時というのは、私が20歳前半のころのことだから。私は金融関系の仕事をやめ、思うところあって老人介護の仕事に就いた。まだ、介護という言葉さえ、あまり一般的ではなかった時代だ。研修に行った特養老人ホームでは、介護士のことを「寮母さん」と呼んでいた。
私は先の記事に書いた通り、親との関係性の中で、今頃よく言われる、自尊心や自己肯定感というものが、上手く育っていないことに気付き始めていた。何をやっても空回りするような、行き詰まるような感じ。外見的なことではなく、もっと内面的な問題。世はバブルを謳歌している最中、私は世に背を向けた。

八重さんのことを思い出したのは、先日、統一地方選挙があったからだ。

八重さんは、瞳の大きい綺麗な顔をした女性だった。大人しくて、無口。身体の麻痺はないが、アルツハイマー型の認知症ではあった。
たまたま昔、ご近所に住んでいた人が一緒に入居しておられて、時々、八重さんの陰口を言った。「あの人は、何やらいう…相撲取りの4号さんや」と。2号でも、3号でもなく、わざわざ4号さんと呼ぶところに、その人の意地悪な気持ちを感じた。

八重さんには、子どもさんはいなくて、訪ねてくる姪御さんが一人いた。でも、訪ねてくるのは、選挙の前に限る。認知症の八重さんに公◯党の候補者の名前を何度も練習させ、それから選挙会場に連れて行くのだ。大人しい八重さんは、言われるがまま。

そんな八重さんは、外出援助で近くの神社に出掛けた時、天を見上げ、日の光をじっと見つめていた。それから、少しよろけて倒れそうになった。私は、慌てて支えたことを覚えている。
八重さんは子ども時代から、昔、遊郭があった場所で、暮らしていた。はじめから、そういう場所に生まれ落ちたのなら、人生の選択肢も限られていただろう。
八重さんはモダン柄の和風コートを羽織って、佇んでいた。まるで、竹久夢二に描かれた美人画のように儚かった。


誠さん

2023-04-22 00:53:00 | 日記
誠さんは60歳代、男性。筋萎縮性側索硬化症(ALS)に罹患されている。現状は車椅子での自走移動は可能。ハンティング帽をたくさんコレクションされていて、いつもお洒落な格好をされている。自己にて車椅子を使用し、近くの映画館やスーパーに行かれたりする。ただし、家事や入浴には人的サービスが必要。

長年、金融関係のお仕事をされていて、海外赴任の経験もあり、明るく話題も豊富な人だ。海外の写真をよく見せて下さる。写真の中の誠さんは大柄で恰幅が良く、その頃から比較すると、今は病状が進行していることがよくわかる。
写真の中には、綺麗なアジアの女の人が多く写っていた。私が冗談混じりに「この人、彼女だったの?」と問いかけると、「違う、違う、」と笑っていたが、どうなんだろう。

誠さんは他府県から来られている。自分で選んでそうした、と話してくれた。何でも、奥さんが介護職をされているそうで、自分が側にいると、かえって奥さんに気を遣わせるから、そうしたんだと言われた。奥さんの負担になるのが、嫌なようだった。

家事援助の途中、私が話した他愛もない話題を、どこかに記録しているのかと思うほど、よく覚えておられたりする。次に伺った時、前回、話題にしたことを、もう一度、問い直してきたりする。元々、とても頭のいい人なんだと思う。

そんな誠さんは、入浴介助の時、裸足になった私の足のペディキュアにすぐ気がついた。それから「あっ、なんか、色っぽいな…」と呟かれた。
私は、ちょっと驚いたけど、何となく、やっぱり写真の中の綺麗な女性は、誠さんの彼女だったのかな…と思った。




みち子さん

2023-04-18 18:38:00 | 日記
みち子さんは70歳代、女性。ご主人は数年前に他界。息子さんと娘さんがおられる。両膝関節に痛みがあり、杖歩行。認知症の症状はみられない。

みち子さんは、お話し好き。また、お話し上手でもある。いつも笑顔で、色んな話しの中心になっている。
みち子さんには節子さんという、年上のお友達がいる。だいたい、いつも一緒に座っている。節子さんは聞き役に徹するタイプ。だから、二人のバランスはいいな…と思うし、節子さんがみち子さんを、精神的に支えているような気がする。

みち子さんの息子さんは地元の名門高校を経て大学を卒業し、今はとある上場企業にお勤めされている。自慢の息子さんだ。

一方、娘さんはみち子さんにとっては、常に心配の種。
10代の頃から、ありとあらゆる反抗を繰り返し、両親の説得や心配をよそに、最後には反社の男とくっついてしまう。
娘さんが自分の身体に、相当な刺青を入れているのを知った時には、絶望的な気持ちになったと話してくれた。

しかし、相手の男は薬に依存していた上、暴力を振るうこともあったらしく、結局、娘さんも実家に逃げ帰ってくることになる。

ところが、逆上した男がみち子さんの家に刃物を持って乗り込んで来た。その時、娘さんの盾になったみち子さんは、腕や上半身を斬り刻まれた。何十針も縫った傷跡を見せてもらったことがある。
その出来事の後、男は逮捕され、娘さんは別れることが出来た。

でもその後、娘さんは精神を病んでいく。

娘さんが入院するまでは、私も時々、お見かけすることがあった。すごく大人しい人で、話しかけると静か微笑んで、ゆっくり答えてくれることがあった。
でも、この時のみち子さんの反応には、ちょっと驚いた。

バッと横から話しに割り込んできて、娘さんの言葉を取り上げてしまう。みち子さんは娘さんの代弁をして、助けているつもりなのかもしれないが、娘さんを一人前に扱っていないようで、私にはすごく違和感があった。娘さんは私と話したそうにしていたのに、みち子さんはそれを妨害する。自分の言葉で、気持ちを言い表せない娘さんは辛いだろうな…と私は思った。

それから暫くして、娘さんは入院した。病院では、食事の時に出されたスプーンやフォークを飲み込んだりする自傷行為を繰り返しているらしい。

昔、母原病と呼ばれる病気があった。今は、そういう呼び方の病気はないのかもしれない。
だけど、ふと、、私はそんな言葉を思い出した。