討論の広場

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後藤さんへの質問/コメント

2005-06-08 23:46:34 | Weblog
 抵抗概念への問題提起ありがとうございます.後藤さんへの質問/コメントです.

 言うまでもないですが,当事者の営みを私や後藤さんがどう呼ぶかより,そう呼ぶことでなにを提起できるのか?ということが重要です.後藤さんは,「抵抗」を政治的な意味合いが込められたものとし,政治性をともわない営みは「オートノミー」とする必要性を指摘されましたが,それはなぜですか?私はそれでは抵抗概念の問題意識やまた実情にもそわなくなってしまうと考えます.

 なぜなら,抵抗概念の問題意識は西澤晃彦さんが,抵抗を「感受性喚起概念」であると述べたように,独立した事象ではないのです.ここでの感受する側は間違いなくマジョリティの方です.だから,後藤さんのいう「オートノミー(※)」では,その問題意識が薄れてしまいます.また,抑圧を被っている人にとっては「抵抗なんてしたくねえよ」ってのが大前提です(もちろん,「抵抗なんて呼ぶな」ともいわれそうですが・・).だから,統制とは独立した「オートノミー」ではダメなんです.抵抗をいうにはその統制とセットで提示することがまた重要な点だと考えています.そうしないと,両者の非対称性が隠蔽されてしまいます.また抵抗の実情もそのようになっていると思います.

※ 私は「なんらかの事柄や人物が,被抑圧者を統制しようとすることからの独立や自由」と訳しました.意訳しすぎか・・.

 それと, 

>打越(2005)の暴走族の営みをめぐる議論は、政治性の欠如にその抵抗の独自性を見出そうとする.
 私は,政治性の欠如した抵抗を議論したつもりはないですが,後藤さんはどこからそのように解釈されたのでしょうか?教えてください.私の提示した〈見えない抵抗〉/〈見える抵抗〉は,当事者の営みにおける主体の仕組みの違いで議論しました.そもそも,後藤さんの政治性(政治的意味合い)っていうのは,どういうことですか?政治的でない抵抗なんて研究する意味あるのですか?

『〈コンパッション〉は可能か?』

2005-06-06 14:55:23 | Weblog
 テキスト【『〈コンパッション〉は可能か?』対話集会実行委員会編,2002,『〈コンパッション〉は可能か?』影書房.】では,〈コンパッション〉を共感共苦と訳しています.この本を紹介したいのは,先月に私がここに書き込んだ「扶桑社の教科書も含めて民主主義なんだと思うのです」と書いてしまったことを再考させていただいたテキストであったからです.このテキストを読んで私の書き込みの軽さを現在は感じています.その言葉の暴力性にこそ自覚的であるべきなのに,自ら発してしまい情けない限りです.

 テキストでは,私のようにすべてを相対化したりすることや,ニヒルに〈コンパッション〉なんてできない(偽善的だ)とすることのどちらでもないという問題意識から,疑問形で「〈コンパッション〉は可能か?」となっているようです.

 前回の書き込みでは教科書検定制度の撤廃を中心的に書きました.それを今書くことにしても,現在日本社会の右傾化する状況把握に対する自身のあまさを感じています.検定制度の撤廃の前に,戦争を正当化する教科書の存在を認めないこと,そちらの方が先のように現在では思います(打越).

オートノミーとしての抵抗

2005-06-03 23:44:37 | Weblog
中心と周辺(あるいは権力―被支配)をめぐる社会的関係を、[統制―抵抗]の枠組みから認識しようとする人々が増えてきた.「市民社会」とマージナルな集団との、必ずしも剥き出しの暴力を伴わない、日常的な相互関係を描写する切り口として用いられている.
ところで、「抵抗」概念の今日的な使用に違和感を感じるのは私だけであろうか.抵抗(Resistance)には元々、政治的な意味合いが込められていたのではないであろうか.
野宿者の生活構造の自立化していく過程に抵抗を読み取る議論(妻木,2004)などは、先鋭化した異議申し立てという意味での政治性を、その「抵抗」概念に含めようとはしていないように見える.さらに、打越氏(2005)の暴走族の営みをめぐる議論は、政治性の欠如にその抵抗の独自性を見出そうとする.
政治性の希薄な「抵抗」とはいかなるものだろうか.むしろ、「オートノミー(autonomy)」と概念化する方が適当でなかろうか.オートノミーは英語で、「independence or freedom from someone or something trying to control you」と説明される※.独自の生活世界を上からの力からまもり、意味世界と物質世界を自律的に生きようとすることだ.
いくぶんプライバタイゼーション(私事化)と重なるきらいがあるが、「抵抗」の現在性を考えるには有効でないだろうか. ※http://home.cwru.edu/~ngb2/Pages/Impor_Phil_Notes.html (ごとう)