大林寺
本郷通りより少し入ったところに入り口があり、そこから木立の生い茂る参道を進むと本堂です。
●大林寺 文京区向丘2-27-11
松平太郎の墓
松平太郎氏の墓 戒名
幕臣として江戸に生まれ洋式兵法を学ぶ。
慶応3年外国奉行支配組頭・陸軍奉行並となり鳥羽・伏見の戦いに出陣。
江戸へ戻り旧幕軍の脱出に尽力し、自らも榎本武揚等と共に蝦夷地へ至る。
蝦夷共和国政府では副総裁となり、五稜郭の戦いを指揮するも力尽き新政府へ降伏。
投獄されるも新政府へ召しだされ出仕。 晩年は東京に戻り亡くなる。
幕臣として、徳川家の存続と新政府への抵抗との狭間で両立をなしえるため尽力した偉人です。
●墓の位置 本堂の手前左側、墓石には「松平家之墓」となってます。