板倉勝静氏の碑 鳥居耀蔵?氏の墓
板倉勝静の碑
備中松山藩主で、松平定信は祖父にあたる。
陽明学者山田方谷を起用し藩政改革を成し遂げ、幕閣の中心としてペリー来航から戊辰戦争まで活躍する。
幕府そして徳川慶喜に忠義を尽くした隠れた名君といえるでしょう。
碑自体はかなり大きなものなのですぐに見つけることが出来ると思います。
●碑の場所 本堂を正面に見て左側、経蔵の前です。
鳥居耀蔵の墓
まず最初にお断りしますが、これが鳥居耀蔵の墓かわかりませんのであしからず。
林術斎の子で、鳥居家に養子として入る。
目付けとして大塩平八郎の乱の鎮圧、蛮社の獄の推進者。南町奉行矢部定謙を讒言により失脚させ後任として南町奉行に就任。
とかく黒いうわさがある人物ですが、それも実家の朱子学を信奉するあまり他派を目の敵にしてしまったというところでしょうか。
●墓の場所はあえて載せません。というより案内など出ていないので、戒名・没年などを手がかりにされたほうがよいかもしれません。